雄弁な死体
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「犬塚特佐が、殺された……?」
「あぁ……。解放軍の奴らに暴行されたり、毒を盛られたらしい」
腹立たしそうに表情を歪めている総長が、そう教えてくれた。
犬塚特佐とは、ほんの数時間前まで話をしていた。……あの人が殺された?
何かの間違いだと思いたい。でも、総長がこんな嘘をつくとも思えない。
「い、犬塚特佐は、総長が連れていきましたよね……!?」
「ああ、方舟に移送した。ウチの方舟に隠しておけば、解放軍の奴らも何も出来ないと思ったんだが……」
総長も7年前の冤罪事件や、オークの真実絡みの話を特佐に聞きたかったそうだけど……それを聞く前に解放軍の人達に呼び出されたらしい。
その隙に解放軍の人達が――犬塚特佐がいる――方舟に押しかけた。解放軍兵士が何人も押しかけた事で、警備が突破されたらしい。
「数が多すぎて誰が下手人かわかっていないんだ。だが、状況的に解放軍の誰かがやったのは間違いない。『誰か』というか、共謀してやった状態だな……」
「犬塚特佐は僕らの敵ですけど、でも、こんな……やり方……」
こんなの、正義の行いじゃない。ただの私刑だ。
直ぐにでも犯人を特定しましょう。いや、それ以前に騒動に加担した全員を捕まえるべきですよ――と言ったけど、総長は「今は難しい」と言った。
「解放軍はオレ達の仲間だ」
「でもっ! 卑怯な手で犬塚特佐が殺されているんですよ!?」
「…………」
こんなの犯罪者の手口だ。
人連や交国に「テロリスト」と蔑まれても、文句を言えない手口だ。
間違いを犯した人達がいる以上、裁くべきだ。無茶な方法を使った僕らが交国に対して「襟を正すべき」と言ったところで、何の説得力も無くなる。
だから犯人や、共謀者は全員裁くべきですよ――と主張したけど、総長は首を横に振って「今は駄目なんだ。理解してくれ」と言った。
「いま大量の解放軍兵士を裁くと……連帯が乱れる」
「僕らの正義も、大義も陳腐化しますよ!?」
「どうせ何やったところで、交国はオレ達を認めないんだ。先に無茶をやり始めたのは交国なんだ。……これも一種の因果応報だろう」
「……本気で言っているんですか?」
解放軍との連帯が乱れるからといって、卑怯な殺人犯を庇うんですか?
総長は苦しそうな表情をしている。心苦しそうにしている。
組織の長として、難しい判断をしているんだろうけど…………でも、こんなこと、許されていいはずが……。
「解放軍は……今まで何人もの仲間を犬塚銀にやられてるんだ。繊三号基地で代表と幹部連中までやっている。仇討ちしたがる奴らの気持ちも汲んでやってくれ」
「でも、これが許されるなら、僕らは交国と同じになってしまうんですよ!?」
交国は横暴を働いている。だから僕らは立ち上がった。
それなのに僕らまで同じような事をやったり、黙認していたら……僕らの正義が腐る。ハリボテの正義になってしまう。
場合によっては、「交国の被害者」ではなく、「エデンの被害者」が生まれてしまうかもしれない。今回のことがブロセリアンド解放軍兵士の犯行でも、それを見逃してしまったら――。
「当然、許すつもりはない。……ブロセリアンド解放軍は代表と幹部を失った事で混乱している。奴らをオレ達の指揮下に組み込んで、しっかり統制していくつもりだ。その体制が整った後じゃないと、奴らは裁けないんだよ」
「そんなの……」
「今は犯人捜しをしている場合じゃない。同じ交国の被害者同士、結束を強めることに集中するべきだ。……今は堪えてくれ」
「…………」
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:エデン総長・カトー
「…………」
納得がいかないどころか、悔しげな表情をしていたアルが、肩を落として去って行く。その背を見送っていると、今度はヴァイオレットとアラシアが来た。
犬塚銀が死んだ件を聞きつけ、アレコレと言いに来たらしい。
「総長。犬塚特佐の遺体を見せてください。調べたい事が――」
「遺体なら処分済みだ」
「は……?」
「酷い状態だったんだ。解剖したところで『酷い状態』ってことしかわからんよ」
「正気ですか……!? 犬塚特佐は敵といっても、1人の人間ですよ……!? せめて、遺体を可能な限り修復して……ご家族に……」
「交国の奴ら相手に、そこまで手間暇かけてやる必要はない」
犬塚銀の家族はもう死んでいる。義娘も嫁も死んでいる。
同じ玉帝の子は、そもそも血の繋がった家族じゃない。嫁の家族の方も、別に気にする必要ないだろ。交国人を気遣っている暇なんてない。
「総長、アンタ言ったよな? 対交国作戦を始める前に」
文句を言ってくるヴァイオレットを適当にあしらっていると、その後ろで腕組みして黙っていたアラシアが話しかけてきた。
「アンタは個人的な復讐のために対交国作戦を始めたわけじゃない。そう言ったよな? そのはずだったよな? ……じゃあ、この状況はなんだ?」
「…………」
「アンタは、犬塚銀に個人的な恨みがあるよな?」
「…………」
「アンタが玉帝に冤罪で捕まる前、<ゲットー>という交国領で事件があった。あの事件で……アンタの仲間だった元エデン構成員が交国に殺された」
「…………」
「あの事件の鎮圧に動いたのは犬塚特佐だった。その件で……仲間を殺されたとかで、犬塚特佐に個人的な恨みを持っていたんじゃないのか?」
「オレはエデンの総長だぞ。オレが個人的な感情で動くわけがないだろ?」
オレは、皆の意志を背負って動いているんだ。
オレを動かすのは、仲間達の意志だけだ。生者か死者かも問わず、皆のために動いているんだ。……オレの行動は「皆」の意志だ。
交国の横暴に苦しめられた「皆」の遺志だ。
「アラシア。まさかお前、オレが犬塚銀を殺したと疑っているのか?」
「…………」
「オレ達がいがみ合ったところで、喜ぶのは交国だけだぞ」
「……オレだってアンタを信じたいよ」
アラシアの眉間のしわが深くなる。
オレを睨みつけている。
「アンタはガキ共やオレ達を助けてくれた。命の恩人だ」
「…………」
「そんなアンタが、クソ外道に成り下がったなんて信じたくない。……だが、最近のアンタは……どうにも信用できん。何もかも強引に進めている」
「オレが気に入らないならエデンから出て行け。オレは交国と違って、去る者は追わねえよ。粛清とかないから安心しろ」
組織の和を乱すなら、お前らだって容赦しねえぞ――と言っておく。
軽く脅したつもりだったが、ヴァイオレットはまだまだ食い下がってきた。
犬塚銀は<玉帝の子>で、交国の支配者家系に連なる存在。そんな人間の遺体をぞんざいに扱ったら、どうなるかわかっているんですか――と説教してきた。
「知ったことか。敵に媚びを売る必要はない」
「交国とは最終的に交渉するつもりなんでしょう!? 今後の交渉に差し支えが出たら、どうする気なんですか!?」
「もう決めたことだ。総長の決定に従えないなら、組織から出ていけ」
好きにどっかに行っちまえ。
出て行く勇気もないくせに、キャンキャン吠えるな。
オレはお前らの命の恩人なんだぞ? お前らだけで逃げていたら、交国の追っ手がお前らを捕まえるだろう。殺すだろう。
お前らはもう、エデンの庇護下以外では生きていけないんだよ。特にヴァイオレットは、エデン以外に行き場がないんだよ。
「愚連隊では交国に勝てない。オレの指示に従って動いてくれ。もう、賽は投げられたんだ。一致団結して交国と戦っていこう」
「……約束を反故にしていく上官の指示に従うのは、キツいもんだぞ。総長」
「オレはこれからネウロン解放宣言と、まだ抵抗している交国軍人への降伏勧告を行ったり……代表不在の解放軍に指示や補給を与える仕事が残っているんだ」
お前らの愚痴や説教を聞いている暇はない。
戦いはまだ始まったばかりなんだ。
まずは、交国を滅ぼす。
その次は当然……奴らだ。
弱者の平和を脅かす存在は、全て滅ぼしてやる。
最終的に勝てばいいんだ。
交国のように勝てば、多くの者達がオレ達を認める。
逆に、勝たなきゃ認めてもらえない。……昔のように、最終的な勝者になれなきゃ認めて貰えないんだ。
勝利という結果を掴み取らない限り、手段を選んでいても無意味なんだ。
「交国も、プレーローマも……全てオレが滅ぼしてやる」
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:整備士兼機兵乗りのバレット
「おいコラ、タマ~っ! お前も怪我人なんだから休んどけよ……!」
ラフマ隊長の部下達と警備の打合せをしていたタマの首根っこを掴み、警備担当者から外してもらう。コイツは怪我人だから休むべきだ。
タマ本人は「もう復帰できますって」と言って抵抗したけど、「ヴィオラ姉が泣くぞ!」と脅すと――不満げながらも――言うことを聞いてくれた。
「しかし……どうなっちまうんだろうな」
「何がです?」
「いや、解放軍の奴らが暴走して、犬塚特佐を殺っちまったんだろ?」
特佐はオレらの敵だが、死んだ状況が悪い。
正々堂々戦って殺したどころか、拘束された犬塚特佐を集団私刑で殺すとか、交国や人連に「これだからテロリストは!」と言われそうなやり方だ。
解放軍のやった事とはいえ、エデンも無関係とは言いがたい。オレらが何と言ったところで、部外者は「エデンも同罪」と言うだろう。
それなのに総長が「今は解放軍を裁いている場合じゃない」と言ってるのは、ヤバくねえか――と言うと、タマは「まったくその通りですね」と返してきた。
「バレットのくせに、まともなこと言ってるじゃないですか」
「オレが単なる機械馬鹿だと思ってたのか?」
「そんな事ないですよ。お節介な機械馬鹿だとは思ってますが……」
タマはクスクスと笑っていたが、途中で少し顔をしかめた。
オレら逃がす時に受けた傷が少し痛むらしい。「おんぶしてやろうか?」と言ったが、肩にパンチしてくるだけだった。
「また何か、事件が起こるかもですね」
「解放軍がまたやらかすって事か?」
「あるいは、別の誰かですね。仮に解放軍が何かやらかすとしたら……次の犠牲者になるのはバレット達かもですよ?」
「マジで勘弁してくれ」
こっちはレンズが行方不明ってだけで、いっぱいいっぱいなんだ。
アルが犬塚特佐から聞き出した話によると、レンズは無事らしい。交国本土の<黒水>に送られたらしいけど……早いとこ助けにいかねえと――。
色んな問題に頭を痛めていると、繊一号基地内のスピーカーが耳障りな音を発した。何かの放送が始まるらしい。
繊一号にいた交国軍人は全員鎮圧できたから、繊一号にいた一般人を落ち着けるために何か言うのかね? と思っていたんだが――。
『いまから9年前、交国はネウロンに武力侵攻を行いました』
「「――――」」
放送から聞こえてきた声。
その声が聞き覚えある声だったから驚き……タマと顔を見合わせる。
知ってる人の声だ。
けど、いまあの人の声が聞こえるのはおかしい。
アルの話と違う!
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
『交国は「プレーローマ等の脅威からの保護」や「文明化」を口実にして、ネウロンに軍を駐留させました。しかし、実際はネウロンを支配するのが目的でした』
「おい、ヴァイオレット。オレの耳が腐ってなかったら、この声……」
「…………」
アラシア隊長の言葉に頷きつつ、放送に耳を傾ける。
この声は、間違いない。
でも、なんでこの人の声が聞こえるの?
これは録音? それとも――。
『交国はネウロン人の多くを魔物に変え、虐殺しました。散っていった命は戻ってきませんが……今からでも独立と自由を勝ち取る事は出来ます』
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:死にたがりのスアルタウ
『我々は、交国と戦って勝利を勝ち取らなければなりません。交国の横暴に苦しめられている全ての民が団結し、独立と自由を勝ち取らなければならないのです』
「王女様?」
なんで、メラ王女の声が聞こえるんだ。
基地のスピーカーから聞こえてくる王女様の声に愕然としていると、バレットがタマを連れて慌てた様子でやってきた。
この放送はなんだ、と聞いてきた。
「アル! お前の話じゃ、王女様は狙撃されて死んだんだろ!?」
「あ…………あぁ…………」
そのはずだ。
僕の目の前で、撃たれて…………。
『わたくし、メリヤス王家第二王女、メラ・メリヤスはここに宣言します』
「「…………」」
『ネウロンを交国に苦しめられた全ての民に解放します。交国の横暴を許してはいけません。弱者同士、手を取り合って、共に立ち向かいましょう!』
この放送は、ネウロン全土に配信されているらしい。
携帯端末でそれを見ると、画面には……メラ王女が映っていた。




