2人の英雄
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:エデン総長・カトー
「解放軍の連中に殺されかけるとは……災難だったな、犬塚特佐」
「他人事のように言うんだな。脱走兵のカトー」
犬塚銀を保護してやり、方舟の一室に連れてきてやったが、何ともつれない言葉を返してきた。苦笑し、適当に受け流しておく。
犬塚銀が解放軍兵士に殺されかけたと聞いた時は、ヒヤっとした。
馬鹿な解放軍兵士が暴走するのは目に見えていたが、こんな直ぐにやらかすとは思わなかった。
エデンが犬塚銀を倒すまで様子見してた奴らも多かったのに、白瑛を奪って拘束したら直ぐに殺しに来るなんて……弱い者イジメが好きなのかねぇ?
犬塚銀とは話したい事がある。バカ共に勝手なことをされると困る。
ブロセリアンド解放軍は代表や幹部を失ったことで、烏合の衆になりかけているが……未だに数は多い。戦力としてそれなりに頼りになる。
犬塚銀を倒したエデンの力や、バフォメットの力を見せつけることで指揮下に置きつつあるが……完全制御にはまだ遠い。
まあ、これからゆっくり指揮下に置いていけばいいだろう。
犬塚銀も殺されずに済んだし、結果オーライだ。
アルのおかげだ。
「詫びも兼ねて食事を用意した。そろそろ腹が減っているだろう?」
「問題ない。結構だ」
「そんな警戒するなよ。毒を警戒しているのか?」
「俺の家族と部下達に毒を盛ったのは、貴様か?」
「失礼な。オレはそんなことしてないよ」
テロリスト憎しのあまり、テロリストなら誰でも疑うのか?
椅子に座った犬塚銀の手錠の拘束だけ緩めてやる。自分で食事出来る程度にはしてやったものの、犬塚銀は食事に手をつけなかった。
箸やフォークが欲しいのか?
アンタは危険人物だから武器になるようなものは与えられねえよ。
「まあ、毒殺事件は因果応報みたいなもんだろ。交国はオーク達の食事に性欲減退財を盛って、秩序を保とうとしていただろ?」
そんなことする必要ねえのに、<ブロセリアンド帝国>が残した風評を何とかするために過剰な対策をした。
オーク達を騙してそういうことやってたんだから、毒薬を盛られたのは因果応報の一種と言っていいんじゃないのかね。
「薬の所為で、オーク達の生殖機能に障害が出たらどうする? というか、アンタ自身も生殖機能に障害が出てんだろ? だから自分の子供が作れなかった」
「それは人造人間自身の問題だ。オーク達とは関係ない。……そもそも毒殺された人間の殆どがオークだ」
「そうかい。でも、奥方様も可哀想だなぁ」
アンタの部下ごと毒殺された奥さん。
犬塚千歌音って言ったかな?
交国政府がやってきた事の巻き添えで死んじまったのは、可哀想だ。交国が真っ当な国家なら、こんなことは起きなかったのに。
「アンタに巻き込まれて死んで可哀想だ。アンタが不能な所為で子宝にも恵まれなかった。それを誤魔化すために、カペルとかいう子を養女に迎えたんだろ?」
「下衆らしい意見だな。エデンも所詮はくだらんテロ組織…………いや、違うな」
犬塚銀は冷たい瞳をオレに向け、言葉を続けてきた。
「エデンにも見込みのある若人がいる。だが、彼らは不幸にも上官に恵まれなかったようだ。お前のような下衆にあることないこと吹き込まれ、テロリストに仕立て上げられているんだからな」
「アル達が戦っているのは、アル達自身の意志だ。オークだけではなく、沢山の人々を騙し、実質的な奴隷扱いしていたお前らと一緒にするな」
「本当にそうなのか? お前は、自分に都合のいいことしか言ってないんじゃないのか? 扇動者」
目の前の男がうっすらと笑い、「お前はもう口だけの人間だ」と言った。
「神器を失い、その口先で勝負することしかできない。嘘で塗り固めた大義名分を振りかざすことしかできない薄汚いテロリストめ」
「口だけなのは、アンタも同じだろ」
そうやって拘束されて、白瑛も奪われた。
特佐という地位は失っていないが、玉帝からの命令に背いたうえに醜態を晒したアンタに、交国での居場所は残るのかねぇ……?
終わった人間のくせに、犬塚銀は未だオレを睨み続けている。まだまだ戦う意志は削がれていないようだ。
「貴様らには必ず、報いを受けさせてやる。俺は……妻も義娘も犬塚隊の皆も殺していない。殺したのは、お前ら側の誰かだ」
「そうかい」
その程度の認識なのか。
さすがの犬塚銀も、家族と部下を殺されて頭に血が昇って……冷静な判断が出来なくなっているようだ。こんな簡単な問題も解けないとはね。
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:血塗れの英雄・犬塚
「まあ、好きに吠えてくれよ。交国の英雄殿」
交国本土で捕まっていた時は、餓狼の如き瞳でオレを睨んでいたカトーが、今は余裕の笑みを浮かべている。
「ところで虜囚生活は退屈だろう? 面白い動画があるから、一緒に見ないか?」
「動画?」
カトーは笑顔を浮かべたまま携帯端末を取り出し、それを俺に見せてきた。
端末に映っていたのは、結婚式の動画のようだった。
……カペルと、カペル自身が選んだ相手と――俺の部下だった男が結婚式を挙げている様子が映っている。俺も参加した結婚式の動画だった。
だが、俺の知らない光景だ。
これは、俺が席を外していた時の光景か?
カペルとその伴侶だけではなく、犬塚隊の隊員達も笑顔を浮かべている。ウチの嫁もカペルの晴れ姿を嬉しそうに見つめている。
「アンタの義娘の晴れ舞台だ。皆、楽しそうだなァ」
「…………なんで、お前が、カペルの結婚式の映像を持っている」
当時残っていた映像は、証拠として押さえていた。
だが、これは知らない。
こんな視点の動画は、初めて見る。
「誰が撮った映像だ?」
問いかけたものの、カトーは答えなかった。
携帯端末を自分の顔の前に掲げ、目元を隠している。
ただ、口元は見えていた。
笑みを浮かべている。
カトーは口元を、三日月のように歪めていた。




