ラートの死
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:血塗れの英雄・犬塚
「黒水守が憎いか?」
『……………………』
「お前らは納得出来ないと思うが、黒水守は……単なる人殺しとは違う。神器使いとして、交国軍の仕事を手伝っただけだ」
当時の玉帝はまだ黒水守を信用していなかったのか、お前達の追跡には使わなかった。だが、ネウロンに残った脱走兵の後処理には動員した。
その結果、ラートは運悪く黒水守と出くわした。
黒水守側も仕事だから、事務的にラートを殺したんだろう。脱走兵を見逃すような事があれば、黒水守も裁かれる事になるからな。
俺は黒水守がラートを殺したと聞いて、さすがに思うところはあったが……「仕方がなかった」と納得している。
ただ、コイツらは納得できないだろうな。
流体甲冑に包まれたスアルタウの表情は見えない。
だが、どんな顔をしているのかは想像が出来た。
「…………。俺のことも黒水守の事も、好きに恨めばいいさ」
『…………』
「だが、ラート達の事は誇ってやれ」
アイツらは脱走兵だ。交国の敵だった。
だが、人間としてはアイツらの方が――。
『…………』
スアルタウは黙ってうなだれていた。
その様子を黙って見守っていると、機兵がやってきた。
さっきの奴らみたいに俺を殺しに来たのかと思ったが、どうやらスアルタウの仲間が俺を引き取りに来たらしい。
『アル、犬塚特佐はオレの方で移送しておく。お前は休め』
どうやらエデン総長自ら俺を引き取りに来たらしい。
移送名目で、本格的に尋問なり拷問が始まるのかもしれんな。
エデン総長に休むよう促されたスアルタウは、うなだれながら去っていこうとしていた。その背に呼びかけ、少しだけ引き留める。
「お前、スアルタウって名乗ったが……それは偽名だな?」
『…………』
「ラート達が逃がした巫術師の中に、そんな名前の奴はいなかった。……ただ、第8巫術師実験部隊に『スアルタウ』という少年巫術師がいたという記録を見た。ひょっとして、お前はそいつの――」
『……兄です。僕は、弟の名前をコードネームとして使っているだけです』
「何故、弟の名前を使っている」
『それは…………』
スアルタウが振り返り、こちらを見てきた。
言葉を探すように黙っていたが、直ぐに返答してくれた。
『弟の名に……恥じない人間になりたいからです』
「……お前、テロリストなんか向いてねえよ」
俺がそう言うと、機兵に乗ったエデン総長は「アンタがとやかく言う話じゃねえよ」と口を挟んできた。それを無視しつつ、スアルタウに話しかける。
「忠告しておいてやる。スアルタウ」
『なんですか……』
「テロリストの末路は、ろくなもんじゃない。お前みたいな奴には……向いてない。テロリストなんかやめて、逃げちまえ」
『逃げません。……まだ、助けなきゃいけない人が……残っているから』
スアルタウはそう言い、屋上から飛び降りた。
流体甲冑を着ているから問題はないんだろう。
スアルタウが去ると、エデン総長が「前途有望な若者に、妙なことを吹き込んでんじゃねえよ」と言ってきた。
「あのガキに色々吹き込んだのはお前だろ。テロリスト」
『ふん……。とにかく、オレと来てもらうぞ』
エデン総長は機兵の手で俺を掴み、持ち上げた。
どこかに連れて行かれるようだ。
「……1つ、聞き忘れた事があったな」
スアルタウにダメ元で聞いておけば良かった。
7年前、お前らと一緒に逃げたヴァイオレットという嬢ちゃん。
玉帝が確保しようとしていた特別行動兵。
あの子が何者で、何であんな顔しているのか、スアルタウに聞いておけば良かった。次の機会に聞けばいい話だが……俺に「次」はあるんだろうか。
テロリストの末路は、ろくなもんじゃない。
テロリストに捕まった人間の末路も、ろくなもんじゃない。
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:エデン総長・カトー
「犬塚特佐。アンタには色々と聞きたい事がある。オークの真実の告発関係とか、7年前のオレの冤罪事件とか……<ゲットー>の事とかな」
『…………』
「すんなり話してくれるなら丁重に扱う。エデン総長として誓うよ」




