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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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勝ち筋



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


「け、ケンカしてたわけじゃないんですか……?」


「うん。俺が弱気なこと言って、フェルグスを怒らせちまっただけだよ」


 ラートさんがいつものように膝を曲げて視線を合わせてくれつつ、申し訳無さそうに頭を掻いている。


 ケンカじゃないなら良かった……のかな? にいちゃんがスゴく怒った様子で走り去っていったから、心配してたんだけど……。


「でも、お前の兄ちゃん怒らせちまったのは確かだ」


「ご、ごめんなさい」


「アルが謝る必要ねえよ。謝るべきは俺だ。……フェルグスの言いたいこともわかるんだが……うーん……」


 何があったか詳しく聞く。


 模擬戦のことで話をして、もめちゃったみたい。


「にいちゃんが勝つの、そんなに難しいんですか?」


「さすがに相手が悪い。フェルグスは俺が考えていた以上によくやってくれてるが……レンズはフェルグスより強い。経験も積んでるからな」


「でも、模擬戦にはラートさんも指示役で参加するんですよね?」


 経験の差があっても、ラートさんの経験を上乗せすれば何とかならないの?


 そう思って聞いたけど、ラートさんは困り顔で「結局、機兵を動かすのはフェルグスだからな」と言った。


「俺の指示で動いていたら、実際に行動に移すにはワンテンポ以上遅れる。大筋の計画を立てる助言なら役立てると思うが……」


「んー……?」


「ええっと、そうだな。例えば……アル! ジャンプだ!」


「わ、わっ……!?」


 急に言われたから、あたふたしながら飛ぶ。


「じゃあ、次は自分の意志でジャンプしてみ」


「はい」


 今度は落ち着いてピョンと飛べた。


 なるほど。ラートさんの言いたいことって、こういう事なんだ。


「人に言われてから動いていたら、慌てるし、遅れる」


「うんうん」


「でも、自分で考えて動いていたら、慌てないし、遅れない」


「そういう事だ。このタイムラグは戦闘中、大きな問題になる」


 道なりに真っ直ぐ行こう、と「遠い目標」について言われるなら、少しぐらいの遅れは問題にならない。


 けど、目の前の攻撃を避けろ! と「近い目標」について言われると、少しの遅れが大変な事になっちゃう。


 やっぱり色々難しいみたいだ。


 ラートさんはその場であぐらをかき、困った顔を浮かべ続けている。


「ただ、近接戦闘に持ち込めば、俺の指示不要で押し切れると思うんだ」


「ふむふむ」


「近接戦闘に持ち込めれば、9割方勝てると思うんだが……近づく前に一方的に撃たれて終わりになりそうなんだよなぁ……」


「うーん……」


 にいちゃんとラートさんの力になりたい。


 ボクは弱っちいから、戦闘じゃ役に立たないけど――。


「あっ! そうだ! 防御をガチガチに固めるのはどうですか?」


「防御を?」


「流体装甲をいっぱい作って、防御カチカチにしちゃうんです」


 流体装甲なら、流体甲冑と同じこと出来るはず。


 ボク、どんくさいから戦闘でにいちゃん達の足を引っ張って、タルタリカに囲まれて死にそうになった事がある。


 その時、にいちゃんに「流体甲冑の『肉』を増やせ! 防御固めろ!」って言われて、直ぐにそうしたら何とか死なずに済んだ。


「流体装甲の上に流体装甲を着込めば、さらに固くなりますよね?」


「そうだな。現場で装甲の厚みを変更できるのが、流体装甲の良いことだ」


「硬くなったら、相手の攻撃が効かない! 弾を気にせず近づけるかも……?」


「けど、装甲を増やせば機動力が落ちる」


 流体装甲の材料となる混沌は、混沌のままなら重くない。


 けど、流体に変えて装甲として使うと、ズッシリと重くなる。代わりに防御を固めることができるけど……重いと動きが鈍っちゃう。


「流体装甲そのものが、筋肉みたいに動きをアシストしてくれるんだが……装甲を増やし過ぎると動きも遅くなるんだ」


「そ、そうなんだ……。そういえばボクの時もそうだったかも……」


 ボクの案、ぜんぜんダメだ。


 装甲を固くしたら、安全になる。


 でも、遅くなったら相手に追いつくことすらできなくなる。


 狭い部屋の中なら重くても追いつけるかもだけど、模擬戦で使う島はそこまで小さくないから……この案は意味ないかも。


「ごめんなさい……ボク、バカで役に立たないこと言って……」


「いやいや、面白い案だった」


 ラートさんは歯を見せながら笑い、「どんな思いつきでもいいから、たくさん案を出して欲しい」と言ってくれた。


「でも、ボクなんかじゃ……軍人のラートさんみたいには……」


「でも、俺は巫術師じゃない。巫術を扱えるお前達だからこそ思いつく案もあるだろう。軍人の凝り固まった頭じゃ思いつかない案が出るかもしれない」


「そうかなぁ……」


「お前の観察眼に期待させてくれ。お前は動物の魂の動きを見るだけで、タルタリカを見つけてみせた賢い子だ。なんでも良いから俺に知恵を貸してくれ」


 ラートさんに頼まれたので、自分でも考えてみる。


 考えてみたけど……出てくるのは「ウンウン」という唸り声だけだった。


「な、何にも思いつきません……」


「へへっ、まあ、そんな急には無理か。でも、良かったら考え続けてみてくれ。どんな案でも俺は笑わねえ。構わずぶつかってきてくれ!」


「うーん……」


 にいちゃんはスゴいけど、ボクは全然ダメだ。


 ラートさん達と出会う前から、にいちゃんは強かった。


 いつも先頭に立ってボクらを守ってくれていた。


 何度も危ない目にあっているのに、何度も助けてくれた。


「ボク……いっつも皆に助けられてばっかりで……」


「そんなことは――」


「そんなことあるんです。だから、弱っちくても良い案を思いついて、にいちゃんの役に立ちたかったけど……」


 ボクなんかじゃ、「ポン」といい案が出てこない。


 にいちゃんなら大変な戦闘の中でも、いつも正解に導いてくれるのに。


 同じ家族なのに、ボクとは全然違う。昔からそう。


 巫術の力に目覚めて、保護院に連れて行かれた時もメイワクかけた。


 どんくさいボクが他の子に少しイジメられた時、にいちゃんは雄叫びあげながら助けにきてくれた。


 イジメっ子の方が多いのに、ぜんぜんひるまず向かっていって、逆に相手をビービー泣かせちゃうぐらいだった。


 明星隊の時もメイワクかけた。


 ボクが明星隊の人に足を引っかけられて転んで、海に落ちた時……真っ先に助けに来てくれたのはにいちゃんだった。


 ヴィオラ姉ちゃんと一緒に助けてくれて……そのうえ、ボクの足を引っかけて笑ってたオークさんに殴りかかってた。


 さすがにその時は負けちゃって、アザだらけで寝込んじゃったけど……にいちゃんはそんな時でもボクの事を心配してくれた。


『大丈夫か? 怖かったよな……』


 大ケガしてるの自分なのに、ずっとボクを心配してた。


『カタキ、討ってやれなくて……ごめんな』


 謝らないといけないのは、ボクなのに。


 いつも、にいちゃんの足を引っ張ってばかり。


 いつも、家族に守られてばっかり。


 だから、あんなことに(・・・・・・)なったのに……。


「ボクも……ボクも、にいちゃんの役に立ちたいんです」


 ずっと、弱いのやだ。


 ボクだって、にいちゃんの役に立ちたい。


「にいちゃん、ラートさんに借りた機兵の教本、寝る前にずっと読んで勉強してて……。早起きして格納庫のお手伝いして、触ってもいい機械を貸してもらって、憑依の練習させてもらったり……。暇な時は甲板でずっと走ってるんです」


 ラートさんが少し驚いた顔を見せる。


 にいちゃんがそこまでやってるのは、さすがに知らなかったみたいだった。


「にいちゃんに勝ってほしくて……えっと、えっと……」


「アル……」


「ぼ、ボクも! にいちゃんと一緒に戦っちゃダメですかっ!?」


 ボクの頭じゃ、良い案が出てこない。


「道具とか巫術とか使わないので、模擬戦の間、島をチョロチョロ走り回ります! 相手の気が散るよう……えっと、えっと……囮になれます!」


 こんな案しか出てこない。


「ボクが囮になって、その隙に、にいちゃんが近づくんです! 近づければ、にいちゃんは負けないんですよね? だったらボク――」


「んなことやったら、大怪我するぞ」


「ケガしてもいいんですっ」


 ケガなんて、にいちゃんは何度もしてる。


「ボク、にいちゃんのためなら死――」


「アルっ!」


「ひうっ……!?」


 ラートさんがボクの両肩に手を置き、大きな声を出してきた。


 少し怒った顔をしていたけど、直ぐに悲しそうな顔をして、「ケガするって、今より怖い目にあうってことだぞ」と言ってきた。


「怪我じゃ済まないかもしれない。死ぬかもしれない」


「…………」


「俺は何でも案をくれって言ったが、そういう悲しい提案はやめてくれ」


「……ごめんなさい」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 アルの提案を聞き、心臓がキュッと締められる想いになった。


 なんつー提案してくるんだ……この子は。


 こんな子が死んでいいはずがない。


 ……いいはずがないんだ。


「お前がフェルグスのために頑張りたいのはわかる。でも、危ないことはやめてくれ。心配なんだ……わかってくれ」


 アルは俯きながらも、こくんと頷いた。


 アルの小さな身体を抱きしめ、背中をポンポンと叩く。


 アルは良い子だ。良い子だが……危なっかしい。


「お前が危ないことすると、フェルグスだって悲しむぞ」


 俺も弟を持つ兄貴だ。


 自分の弟がアルみたいなこと言い出し、、ケガしたら発狂するかもしれない。ケガじゃ済まなかったら……それを止められなかったら、一生後悔するだろう。


「いやぁ、怒る以前に泣いちゃうかもなぁ……」


「に、にいちゃんはボクみたいな弱虫じゃないから、泣きませんっ」


「弱くなくても、大事な相手が傷つくのはつらいことなんだよ……」


 アルはちょっと自己評価が低すぎる。


 自分の価値を低く見積もりすぎている。


「フェルグスは、お前のことすっごく大事にしている。多分、お前が自分で思っている以上に大事に想っているんだ」


「…………」


「俺も弟いるけど、お前みたいな良い子でよぅ……。俺、弟に頼られるの大好きなんだ。『兄ちゃん、兄ちゃん』って頼られるの大好きなんだ」


 大好きだから頑張れる。命を賭ける事ができる。


 それは多分、フェルグスも同じだ。


 俺にはわかる。兄貴仲間だからな。


「フェルグスも、お前に頼られるの大好きなはずだ。お前みたいな良い子に慕われて頼られたら、思わずニヤけちゃうもん!」


「そんなこと……。ボク、ホントに弱っちいし……」


「弱くない。今日、索敵で活躍したばかりだろ?」


 あれはアルの手柄だ。


「お前がタルタリカの群れを見つけたから、フェルグスは実戦に挑む機会を得た。機兵を動かす貴重な機会を得たんだ」


 模擬戦まで、あと1週間しかない。


 そんな中で、実戦経験を積めるのは本当に大事なことだ。


「お前は今のままでも十分すぎるほど、役に立ってるよ」


「でも……」


「なんだよぅ、お前、俺の言うこと信じてくれないのか~?」


 少し拗ねながらそう言うと、アルは慌てた様子で「そっ、そんなことないですっ!」と言ってくれた。


「ラートさんのこと信じてます!」


「へへっ、ありがとな~」


 お前は良い弟だよ。


 兄貴心をくすぐる良い弟で、良い戦士だ。


「囮って案も、まあ、面白いけどな。実際にお前を囮に使うのはナシだが、ドローンを囮に使うのは悪くねえかも……」


「ドローンって使えるんですか?」


「一応使える。索敵用の小型ドローンとかな」


 攻撃用のドローンは難しいけどな。


 爆弾抱えて特攻させる事は出来るが……機兵に致命打を与えるのは難しい。


 偵察用のドローンを飛ばしたところで、レンズはパパッと撃ち落としてくるだろう。まあ、こっちは巫術師いるから、巫術で偵察すればいいんだが。


「それに、模擬戦に出れる巫術師は1人だけだ。今更、『もう1人参加させてください!』ってお願いしても……」


「ドゲザして頼んでも無理ですか……?」


「さすがに無理だなぁ」


 隊長達に冷たい眼で見下されるだけだろう。


 向こうはレンズ1人だけ。


 こっちはフェルグスと俺の2人。でも、俺は操作には携われない。現場での指示役を担うだけ。機器を操作するのは許されない。


 だから、実質1対1の戦いに――。


「いや、待てよ……?」


 1対1で戦うんじゃない。


 2対1に持ち込めば(・・・・・・・・・)いいんだ!


「アルっ!!」


「ひゃっ!? なっ、なんですかぁっ!?」


 喜びのあまり、アルを抱き上げる。


「お前は凄いヤツだ! そうだよ! その手があった!!」


「えっ? えっ……!?」


 アルの言葉が、霧を晴らしてくれた。


 俺達が征くべき道が見えた。


 勝ち筋が見えた。


 アルを抱っこしたまま、甲板に向かう。


 そこにフェルグスがいた。ムカムカした表情のまま甲板を走り、フェルグスなりに訓練をしていたが、俺を見てさらに表情を歪めた。


「あっ! テメエ! アルに何してやがる!!」


「フェルグス! 聞いてくれ! 勝ち筋が見えたんだ!」


「はぁっ?」


 フェルグスにアルを渡しつつ、顔を近づけて小声で告げる。


囮を使おう(・・・・・)。この方法なら、レンズに勝てる」






【TIPS:機兵の操縦方法】

■概要

 機兵の操縦方法には様々なものがあるが、交国軍の機兵は<追随式>と<神経接続式>の2種が主に使われている。


 どちらも文字通りの意味で、追随式は操縦者の動きに追随する方式。神経接続式は操縦者の神経に<操神経>と呼ばれる機器を接続する方式である。



■追随式

 機兵の操縦席は流体装甲で出来ているため、形もサイズもある程度融通が利く。


 追随式は流体装甲を「服」として操縦者に纏わせ、操縦者の身体の動きを流体装甲越しに機兵に伝える、というものである。


 後述する神経接続式と違い、追随式は訓練を積めば誰でも使用できる。ただ、自分の身体を動かすのとは感覚が違うため、最初のうちは機兵を立ち上がらせることすら難しい。



■神経接続式

 訓練さえ積めば追随式でも素早い動作が可能だが、「頭で考える→自分の身体を動かす→機兵が動き出す」という操作方法のため、操作のタイムラグが発生してしまう。


 優れた機兵乗りはその遅れも込みで機兵を動かすが、開発者達はこのタイムラグの解消を目指した。


 その結果、生まれたのが神経接続式である。


 神経接続式を使うには操神経という機器を操縦者の肉体に接続する必要がある。


 この操神経によって神経から操作信号を拾うことで、追随式のタイムラグをほぼ解消することに成功した。


 神経接続式による操作の方が――生身の肉体に縛られないことで――運動性の向上にも繋がっている。操縦者の腕にもよるが、神経接続式の方がよりアクロバティックで素早い機兵操作が可能となっている。


 ただ、神経接続式は個々人の適正に左右される操作方法で、交国の技術でも5000人に1人程度しか神経接続式を扱えない。


 そこから機兵乗りとしての適正も鑑みてふるいにかけていく必要があるので、交国軍人の中でも神経接続式を扱える者は限られている。


 神経接続式を使える者が限られるのはプレーローマ等でも同じだが、プレーローマの場合、身体の必要な部位以外を取っ払い、「機兵の身体こそが自分の身体」と誤認識させる改造手術を行い、適合者を増やしている。



■巫術式

 巫術による機兵操作は、神経接続式を凌駕するポテンシャルを持っている。


 機兵の動きは神経接続式に匹敵し、巫術観測や流体の操作、機械整備においては神経接続式ですら太刀打ちできない力を持っている。


 交国上層部も巫術の有用性には一定の理解を示しており、交国術式研究所では実際に機兵を使った巫術師運用も試みられている。


 ただ、巫術師は「死を感じ取ると頭痛がする」という弱点があるため、「巫術師を直接、機兵の乗せる」という運用を試みている交国術式研究所はその弱点を完全克服できないでいる。


 鎮痛剤である程度対応可能だが、人間等の死を感知しても何とか耐えられる鎮痛剤となると巫術師本人への負担も大きい。


 薬の副作用で長時間の作戦行動が困難という問題もあるため、巫術師の運用には交国術式研究所も頭を悩ませている。


 ただ、交国術式研究所は「弱点克服の方法は存在する」という見解を玉帝に報告し、そこに関してさらなる研究を進めている。


 前述の方法に関し、机上プラン段階でとある研究者が「そのような方法、絶対に試みるべきではない」と意見している。


 その研究者が今まで交国の術式研究等に多大な貢献をしていた事もあり、玉帝も一定の理解を示し、実験を差し止めていた。


 だがその研究者がネウロンで行方不明になった事により、研究所内にこの「人体実験計画」を止められる者は誰もいなくなった。


 実験は今も、巫術師達の屍の上で続いている。




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