誰が「彼」を殺したか
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:血塗れの英雄・犬塚
『黒水守が、国家転覆を? 交国の現政府相手に……!?』
「ああ。あくまで疑いで、結局は杞憂で終わったが……奴は『プレーローマの工作員疑惑』があったんだ」
黒水守は交国での影響力を強め、軍備を整えるような動きがあった。
玉帝暗殺などを行い、交国の中枢を破壊する疑惑があった。
だから調査や監視が行われ、特佐達で逮捕に動くギリギリのところまで行っていたが、結局は「シロ」と判断された。
軍備を整えていたといっても、自領地の治安や関わっている商売の護衛を増やした程度の話だった。黒水守個人が自由に出来る戦力はさほどじゃない。
プレーローマの工作員ではない、とも判断された。
「ただ、野心自体はあるみたいだけどな」
アイツは神器使いとして交国の軍事作戦に参加しつつ、神器を使って様々な恩恵を交国に与えている。
それによって得た領主の地位を取っかかりに、交国内でそれなり以上の地位を築きつつある。表向きはただの領主だが、色んな人間を自派閥に引き入れている。
「交国内にも色んな派閥があるんだが、いま最大の派閥は『黒水守派』だ」
『玉帝より強い影響力を持っているってことですか?』
「さすがにそこまでじゃない。ただ、玉帝自身も黒水守派を後押ししている」
前は黒水守を警戒しつつも利用していた玉帝だったが、黒水守がシロと判定されたこともあってか、最近はよく後押ししているみたいだ。
玉帝は交国の利益を生む人間に対しては、目をかけるからな。黒水守派を押したら交国が強くなって、人類の勝利に近づくなら多少は贔屓する。
プレーローマの工作員じゃないとしても、犯罪組織との繋がりはあるようだが……そこも「交国の利益になる」と玉帝が判断したらしく、目こぼしされている。
犯罪組織に関しては公になっている話ではないし、さすがにコイツには言わない方がいいな。
『玉帝を上手く騙して動かしてるって可能性は? そして……交国を骨抜きにして、プレーローマが交国を攻め落としやすくするとか……』
「何でそんなことする必要がある」
『いまさっき特佐が言ったことじゃないですか。プレーローマの工作員の疑いがあるって……。だから……』
「そいつはあくまで疑い。結果はシロだったし……むしろ、黒水守は『プレーローマの敵』と言っていい立場の人間だよ」
黒水守は穏健派の人間だが、プレーローマは「最大の敵」として警戒している。プレーローマとの戦争一辺倒ではいけない、とも言っているが――。
『うーん……工作員じゃないにしても、元流民の黒水守が巨大軍事国家の最大派閥の長になるなんて、凄い成り上がりですね』
「そうだな。ちなみに、派閥の代表は表向き別の人間がやってるけど、今は実質『黒水守派』になっている状態だ」
『神器の力があれば、そこまで成り上がれるものなんですか?』
「神器はあまり関係ない」
その影響がゼロとは言わないが、黒水守を成り上がらせたのは神器じゃない。
「黒水守が今の地位を手に入れたのは、間違いなくウチの素子のおかげだな! アイツは生意気なとこあるが、とても優秀な子だから……」
『人付き合いがスゴく上手いんですか?』
「いや、下手な方だな。ただ、金稼ぎが異様に上手い」
ちょっと小遣いやったら、それ元手に投機で稼ぎ、ガキのうちに世界を1つ買ったような逸材だ。
ガキの頃よりさらに大きな金を動かせるようになった素子は、さらに大きく稼ぐようになった。昔やった小遣いを数千倍にして返そうとしてくるから、「兄貴として寂しいからやめてくれ」と頼んだもんだ……。
「黒水守というか、その妻である素子と付き合ってると上手い話がドンドン転がってくるんだよ。甘い蜜をすすりたい奴が大勢いるから派閥もデカくなったんだ」
『奥さんの財布で出世したって感じですか……。なんかヒモみたいですね』
「失礼なヤツめ! 黒水守自身もある程度は稼いでいるよ。素子と比べたら桁が数桁違うが……さすがにヒモではない」
黒水に流れ着いた流民のガキ共に対し、黒水守が気前よく菓子や玩具をわんさか買い与えた結果、小遣い全部使い切って素子に「計画的に使わんか!!」と軽くキレられて……素子がプリプリ怒りながらさらに小遣い渡してるの見たことはあるが…………ヒモではないはずだ。多分、ヒモではない。
「素子の働きもあって、黒水守は一領主の身でありながら交国の政策に口出しできるほどの影響力を持ち始めた」
『…………』
「色々と綺麗事を吐きつつ、裏ではあくどいこともしているようだがな」
『玉帝は、それでも黒水守の後押しをしているんですか?』
「そうした方が、交国の利益になると判断したんだろう」
7年前に明かされた「オークの真実」によって、交国の土台は大きく揺れた。
交国政府側から明かしたとはいえ、完璧な火消しとはならなかった。オークの待遇だけではなく、色々と政策の変更を余儀なくされた。
黒水守の対応がそれに則しているから、玉帝も黒水守派のやり方を推しているのかもしれん。真意はわからん。玉帝が考えていることは、俺にはわからん。
「玉帝は交国の利になるヤツは重用する。……お前らみたいなテロリストも、時には利用しようとするような輩だ。黒水守と素子を利用して交国を立て直した後は……用済みとばかりに処分するかもしれんがな」
黒水守の地位も、いつまでも安泰ではないだろう。
いま、交国内で最も強い派閥は黒水守派だ。
だが、黒水守派以外の派閥もある。表向きは綺麗事を吐いている黒水守のやり方に対し、悪感情を持っているヤツも少なくない。
黒水守は元流民だから、出身を面白く思っていない奴もいる。
灰の兄貴なんかは、未だに黒水守を強く警戒しているようだしな……。
そもそも、黒水守の現在の地位は玉帝の後押しあっての事だ。
玉帝がコロリと意見を変えれば、翌日には首が落ちている可能性すらある。
「玉帝は、7年前の事件が起きる前の交国に戻せるなら、黒水守が多少の悪さをしていようと気にしないだろうよ。……お前らみたいに現状をブッ壊そうとしているテロリストは目障りだろうが……」
『現状維持じゃ困るんです。交国には変わってもらわないと』
「…………」
『交国がオークの皆を騙していた事や、ネウロンや他の世界を侵略したのは事実でしょう? 過去の罪としっかり向き合ってもらわないと、困ります』
俺は向き合っている「つもり」だったんだけどな。
けど、結局は玉帝の手のひらでギャンギャン鳴いてる子犬に過ぎなかった。
丹国を作って交国から独立させたところで、直ぐに独立独歩でやっていくのは不可能だろう。……実質的に交国の属国になっちまうだろう。
それでも、丹国を取っかかりにオーク達に自由を与えていけば、玉帝の手のひらから抜け出せると思った。
黒水守や素子がそれとなく丹国がネウロンで建国されることに反対していようが、「交国の英雄」の看板を使って押し切るつもりだったんだが……。
「テロリスト如きが、耳が痛いこと言ってくれやがる」
俺はテロリストを認めるつもりはねえ。
テメエらの言葉は、悪人の戯れ言だ――と言ってやる。
『耳が痛いってことは、犬塚特佐だって……交国のやり方がおかしいって、思ってくれてるってことでしょう?』
「…………」
『お互いに、現状をおかしいと思っているなら……話し合いの余地はあるんじゃないでしょうか? 戦わずに済む方法が、あるんじゃないでしょうか……?』
スアルタウは「今回の戦いは、実質、僕らの方から仕掛けた戦いですけど――」と言いつつ、戦い以外の道の可能性について話してきた。
戦わずに済むのが一番なのは事実だが――。
『……すみません、僕がこんなこと言っても説得力ないですよね』
「まあな。お前もテロ屋の一味だしな。……俺は俺で交国の一味だが」
『…………。犬塚特佐の大事な人達を毒殺してしまったのは、テロリスト側の誰か……なんですよね? 特佐が無実である以上』
「それは……俺が適当言ってるだけかもしれんぞ」
大嫌いな交国人の言うことを信じていいのか? と警告しておく。
すると、スアルタウは「その可能性もありますね」と認めつつ言葉を続けた。
『けど、僕は犬塚特佐と話をして、「毒殺事件について特佐がウソを言っているようには思えない」と考えるようになったんです』
「…………」
『だから、毒殺事件については僕の方でも調べてみます』
「そんなことしても、お前の利益にはならないだろ」
知りたくなかった真実を知るハメになるかもしれん。
臭い物には蓋をした方が、楽なんじゃないか――と言ってやる。
するとスアルタウは首を横に振った。
『交国に「襟を正してほしい」とお願いする以上、僕らの方も襟を正すべきだと思います。……毒殺された人がいる以上、誰かが罪を犯したはずですから』
「…………そうか」
真っ直ぐ見つめてくるスアルタウから視線を逸らし、ため息をつく。
真っ直ぐ過ぎて眩しい。コイツ、多分、馬鹿なんだろうな。
テロリスト共が全員、こいつみたいに馬鹿だったら――――いや、違うか。
テロ組織に限った話じゃない。
交国も、襟を正すべきなんだろうな。
……お互いに腹を割って話すことができれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。力を持っている交国側が、もっと、歩み寄っていれば――。
「……ラートが命懸けでお前達を逃がした意味がわかったかもしれん」
『…………! そういえば、犬塚特佐はラートと顔見知りでしたよね!? ら、ラートの行方も知っているんですか!? いま、どこに――』
真っ直ぐこちらを見つめていたスアルタウが、狼狽えながら手を伸ばしてきた。
俺の肩を掴み、揺さぶってきた。
ラートの行方も知りたいらしい。
言うか迷ったものの、「死んだよ」と告げる。
『えっ?』
「ラートは、死んだ」
7年前、お前達はネウロンから逃げる時に満那達と戦ったんだろう。
相当キツい戦いだったはずだ。
お前らも、よく頑張ったと思うが――。
「ラートはお前達を界外に逃がした後、死亡……いや、戦死したと聞いている」
『ウソですよね?』
「機兵も身体も満身創痍。お前らを逃がすために、自分で殿として残ったんだろ? そうなった時点で、どうなるかは……お前だって想像出来てたはずだ」
『…………うそだ』
スアルタウはその場にへたり込み、頭を抱えた。
『ラートが、死んだ? そんなはずない。レンズも、隊長も生きてるはず……』
「レンズって軍曹も、死んだと聞いている」
『――――』
大破した機兵の中で事切れていたらしい。
機兵も遺体は酷い状態だったようだから……攻撃を受けた時、ほぼ即死だったはずだ。あまり苦しまずに逝けたんだろう。
ラートは機兵が壊れた後も、銃を使って抵抗していたらしい。お前らを逃がした後、そのレンズ軍曹も連れて逃げようとしたんだろう。
だが、逃げ切れなかった。……アイツに殺された。
ラート達は確かに脱走兵で、スアルタウはテロリストだ。けど、ラートが命懸けでスアルタウを逃がした事は……意味があったんだと思う。
交国の利益にならなかったとしても、俺個人としてはそう思った。ラートが命を賭けた意味は確かに――。
『ウソだと言ってください。ラート達は、生きているって……!』
「…………」
『おねがいします! おねがいしますっ……!』
「…………」
スアルタウはしばし、俺に縋り付いていた。
だが、俺はそれを止めるだけの言葉を持っていなかった。
『…………ラートは、誰に…………誰に殺されたんですか?』
「それは……さすがに言えん」
誰が脱走兵を裁いたのか、事件の後で教えてもらった。
だから知っているが、言いづらい。
俺も借りがある相手だから――。
『黒水守ですか?』
「――――」
『黒水守、なんですか? なんで?』
「…………無駄に察しがいいな」
知らない方がいいだろうし、教えない方がいいんだろう。
だが、つい、教えてしまった。
「ラートを殺したのは、黒水守だ。ただ……それは、仕事だからだ」
ラートは交国にとって、「脱走兵」だった。
だから……仕方なかったんだ。
黒水守も、ラートを嬉々として殺したわけではない。
そのはずだ。




