７年前、僕らは名誉オークだった

第4.0章：その大義に、正義はあるのか

真逆の立場

■title：交国領＜ネウロン＞の繊一号にて

■from：死にたがりのスアルタウ

『一応、打算もあります。貴方は特佐で、玉帝の息子なんでしょう？』

　捕虜虐待なんて許せないって事情もあるけど、そういうセコい打算もある。

　玉帝の家族だから、ちょっとした人質になるはずだ。

　殺したりはしないけど、「こっちの話も聞いてくださいよ！」と交渉のテーブルについてもらう一助にはなるはず。

　そう話すと、犬塚特佐はまた「馬鹿め」と言った。ただ、今回はくだらない冗句を聞いた時のように笑ってくれた。

「玉帝の息子といっても、俺は人造人間だ。奴が腹を痛めて産んだ子ですらない。……アイツに子供(おれたち)への情なんて存在しないよ」

『お腹を痛めて産んだ事は、子を愛するために絶対必要な事ですか？』

「――それは、もちろん違う」

　犬塚特佐は少しハッとした表情を見せた後、真剣な表情で「違う」と言った。

「血の繋がりは絶対必要なものじゃない。だが、アイツの場合は……」

『血の繋がりがなくても、家族は家族でしょう？』

「７年前、ブロセリアンド解放軍が久常竹を……俺の弟を人質に取った時、玉帝が何か行動を起こしたか？　解放軍との交渉に応じたりしたか？」

　そういえばそうだな……。

　でも、話し合いの取っかかりになると……思いたい。

　僕らは交国軍と戦う道を選んだけど、出来れば戦いたくない。話し合いで解決したいという気持ちがある。

『戦っていたら、絶対に誰かを巻き込んでしまう。交国軍とエデンが納得ずくで戦闘したとしても、無関係の一般人を巻き込んでしまう危険がある以上……戦闘なんてしない方がいいでしょう？』

「じゃあ、そもそも戦闘なんて仕掛けてくるなよ」

『じゃあ、そもそもネウロン侵略なんてしないでくださいよ』

　犬塚特佐は黙るか怒るかするかと思ったけど、意外にも「侵略(そこ)に関しては、その通りだな」と言ってくれた。

「今の言葉は、問題をすり替えたとも言えるが、お前が言う事も正しい」

『すみません。誠実な返答ではなかったですよね』

「…………。立場が逆になったな」

『え？』

「ほんの数時間前まで、俺がお前を尋問する立場だった。今度はお前が俺を尋問する立場になった。立場が逆になってるだろ？」

『そうですけど……。特佐は何も喋ってくれないでしょ？』

　レンズの居場所ぐらい教えてくれればいいのに――と思いつつ、こっちの不満を伝える。

　まあ、この人も色々と事情があるんだろう。交国の軍人としての矜持とかがあるから、「テロリスト」相手にペラペラ喋りたくないんだろう。

「それがわかっているなら、もうサクッと俺を殺せばいいだろ。人質にしようとしたって無駄なんだ。さっきの奴らみたいに――」

『さっきの人達も、誤解しているのでは？』

　特佐を殺しに来た解放軍の人達は、特佐が「毒殺した」と言っていた。

　僕も信じていた例の事件について言っていたんだろう。

　特佐の話を聞いた感じ……毒殺事件は冤罪に聞こえる。

　昔、交国政府が師匠(カトー)を冤罪で捕まえて処刑しようとしたように……この件も冤罪なんじゃないだろうか……？

『犬塚特佐が毒殺犯だって噂が、よく聞こえてきますけど……それが真実じゃないなら、どこかに真犯人がいるって事ですよね？』

「…………」

『なら、あの人達が毒殺事件について貴方を責めるのはおかしい。もし仮に貴方が犯人だったとしても、あんな手段で罰せられるべきじゃない』

　キチンとした法で裁かれるべきだ。

　拘束した相手を暗殺するように殺すなんて、正義の行いじゃありません。

　そう告げると、犬塚特佐は「お前は本当に馬鹿だな」と言ってきた。

「俺は、抵抗できないテロリストに薬を打たせて、＜蟲兵＞にした男だぞ？　そんな『卑怯なやり方』をした奴を、真っ当な法で裁く必要があるのか？」

『蟲兵の件はともかく、毒殺事件は……真実が明らかになっていない。犯人じゃなくても、関係者である犬塚特佐を葬ってしまえば、真実が闇の中に消えてしまうかもしれない』

　真実を明らかにするためにも、犬塚特佐の暗殺なんてあってはならない。

　戦闘の結果、死んでしまう可能性もあったけど……それは何とか回避出来た。犬塚特佐も白瑛も無傷で捕まえることが出来た。

『貴方が……ネウロン解放のために立ち上がった人達を蟲兵にしたのは許せません。……レンズを蟲兵にしたなら、もっと許せない』

「…………」

『けど、そういう個人的な感情で瞳を曇らせて、真相を明らかに出来なくなるのは……いけないことだと思うんです。真犯人を野放しにしてしまったら、また似たような事件が起こるかもしれないでしょう……！？』

　蟲兵の件は、正直、憎しみを抱きそうになる。

　でも、犬塚特佐を感情的に殺すのは駄目だ。

　そんな事しても、一部の人間の気が晴れるだけだ。

　僕には出来ない。……いや、やっちゃ駄目なんだ。

『…………』

「…………」

『……１つだけ教えてください』

「なんだ？」

『本当に……レンズに……蟲兵になる薬を打ったんですか？』

「ああ、打った。どういう薬か説明してな」

　目眩がした。

　崩れ落ちそうになるのを耐えつつ、犬塚特佐の言葉に耳を傾ける。

「あの子は涙を流して抵抗してきた。だが、拘束しているから、無駄な抵抗だったよ！　俺はお前達テロリストへの憎しみを抑えることが出来ず、部下に命じて薬を打たせた！　毒を盛ったようなもんだ」

『そう、ですか……』

「だが、薬は効かなかった」

『へ？』

　犬塚特佐は空を見上げつつ、「あの子は蟲兵にならなかったよ」と言った。

　ということは、レンズは無事ってこと……なのか？

「薬を打った後、しばらく見張ってたんだが……あの子は最後まで蟲兵にならなかった。ちょっと失禁して涙目になってたぐらいだよ」

『そ、そうなんですか？』

「俺と別れる直前まで、俺を睨み付ける元気があったぐらいだ。他の奴らには直ぐ効いたんだが……あの子は俺の知る限り、蟲兵になってねえよ」

　確かに薬は打った。

　他の人達と同じ薬を打たれた。

　レンズも蟲兵になるはずだった。

　実際は薬が効かず、レンズは無事だった。

　自我を失う以外の症状も特になかったそうだ。犬塚特佐曰く、「最後はツバを吐きつけてきたぐらい、元気だったぞ」と教えてくれた。