透明な殺意
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「んっ…………?」
牢屋の中で拘束されたまま、巫術の眼で外の様子を探る。
そうしていると、繊一号基地内の魂の動きが騒がしくなってきた。
この牢屋まで外の音は聞こえてこないけど、誰かが争っているような動きだ。
基地全体の魂の動きが変化している。
大規模な襲撃が行われているわけではないようだけど……多分、戦闘自体は発生している。もうラフマ隊長が来たんだろうか?
けど、戦闘が発生しているなら、密かに忍び込むのは失敗したって事かもしれない。だからラフマ隊長の身を案じていたけど――。
「ああ、いたいた。五体満足で無事みたいね」
「ら、ラフマ隊長……! 予定より来るの速いですね!?」
牢屋の扉を開き、ラフマ隊長が1人でやってきた。
どうやら基地内の騒ぎはラフマ隊長ではなく、ブロセリアンド解放軍の人達が起こしているものらしい。
繊一号内に潜んでいる解放軍兵士の一部が軍事委員会の憲兵に見つかり、捕り物に発展しているようだ。
「こっちが意図して起こした事じゃ無いけどね。交国軍も、繊一号内に潜んでいる解放軍兵士全員の存在に気づいたわけではないみたい。バレたのは一部よ」
「そうなんですか……」
「まあ、おかげで私も忍び込みやすかったんだけどね。身体は平気?」
「少し痛む程度です」
「痛覚もキチンとあるなんて、大したものね。まあおかげで例の件がバレずにすんでいるんだろうけど――」
ラフマ隊長は僕の拘束具を解きつつ、現状について教えてくれた。
ここの看守は解放軍兵士であり、その協力を得て侵入し、鍵も借りてきたそうだ。監視カメラの映像も欺瞞工作で誤魔化してくれているらしい。
拘束具を解いてもらった後、他の牢屋を調べさせてもらう。
蟲兵という存在にされた反交国組織の人達が牢屋に入れられている。
皆、薬によって自我を奪われてしまったようだ。……皆、口を半開きにし、目の焦点も合っていない。牢屋の外にいる僕らの存在も、まったく気にしていない。
ただ、そうしている人達の中には――。
「レンズちゃんはいないようね?」
「護送船にも、レンズの姿が無かったんです」
「犬塚銀が別のとこに送ったのかもね」
嫌な想像がよぎる。けど、深く考えないようにする。
大丈夫。きっと、絶対、レンズは無事だ。助ける事も出来る。
「まあ、この中にいなくて逆に良かったかもね」
ラフマ隊長は自我をなくした人達が入れられた牢屋を見て、顔をしかめた。……牢屋の中からは、微かにアンモニア臭がする。
座って待機している人達は、全員表情が虚ろだ。中には漏らしている人がいる。排尿すら自分の意志でガマンできないぐらい、自我を破壊されているらしい。
交国はなんておぞましい薬を開発したんだ……。
「これが例の<蟲兵>ってヤツ?」
「犬塚特佐もそう言ってました。って……ラフマ隊長、ご存知だったんですか?」
僕が問いかけると、隊長は牢屋から離れつつ、「噂は聞いていたのよ」と教えてくれた。前々から「交国が自我を奪う薬を開発した」と噂になっていたらしい。
「あくまで噂で、実際に自分の目で見るのは初めてだけどね」
「…………」
「しかし、レンズちゃんいないのは計算外ね……。あの子がいてくれた方が、この後のことが色々と楽になったんだけど……」
ラフマ隊長はそう言いつつ、僕用に持って来てくれた装備を渡してくれた。
小型の流体甲冑発生装置を装備し、いつでも使える状態にしておく。
「とりあえず、私達だけで次に向かいましょう」
「ここの人達は――」
「自我を失っているなら足手まといでしょ。逆に邪魔してくるかも」
ラフマ隊長は「助けるのは後回しにしなさい」と言い、僕の背を押してきた。
後ろ髪を引かれる想いを抱きつつ、促されるままに牢獄の外へ向かう。
「こいつらを助けるなら、ここから先の作戦を成功させなきゃ駄目よ」
振り返ったラフマ隊長は僕の胸をつつき、言葉を続けた。
「あなたが、犬塚銀を殺して」
「……特佐を……」
「あなたがわざと犬塚銀に捕まったのは、レンズちゃんを助けるためって事情もあるけど……奴を倒すためでもある」
そういう作戦だったでしょ、と言うラフマ隊長に対し、素直に頷く事は出来なかった。……先程の犬塚特佐との会話を思い出すと、素直には……。
「犬塚銀は交国の英雄であり、特佐であり……ネウロンを任された総督でもある。彼を殺せばネウロンにいる交国軍は大混乱に陥る」
その隙に、一気にネウロンを解放する。
ブロセリアンド解放軍の代表や幹部の人達は、繊三号基地で殺されてしまった。
けど、解放軍そのものは健在。解放軍兵士の人達も交国から自由になりたがっているから、僕らの動きに呼応して動いてくれるらしい。
「犬塚銀を殺せば、ネウロン解放なんて直ぐよ」
「そこまで上手くいくでしょうか……」
「やるしかないのよ。皆を助けたいなら、腹をくくりなさい」
やってしまっていいんだろうか。
犬塚特佐は「部下を毒殺した」と言われていた。けど、どうにもおかしい。前提が間違っている気がする。
ネウロンで苛烈な反逆者狩りをしているとしても、交国軍人としては本来の仕事をこなしているだけなのでは? そもそも、本当に苛烈なのか? 考え無しに虐殺する人なら、王女様達を生け捕りにしようともしないのでは……?
犬塚特佐は敵だ。交国政府と密接に関わっている相手だ。
けど、本当に「殺すべき敵」なのか?
その辺りを迷っていると、ラフマ隊長が「しっかりしなさい」と言い、僕の頬を軽く叩いてきた。
「……作戦内容を再確認しておきましょう。繊一号基地内で解放軍兵士が騒ぎを起こすことになっている。ただ、どれもボヤ程度のものよ」
それはあくまで陽動。
本命を何とかするための陽動に過ぎない。
「彼らが騒ぎを起こしている隙に――」
「犬塚特佐の白瑛を強奪する」
隊長が「その通り」と言い、頷きながらさらに言葉を続けた。
「起動前の白瑛なら、権能による防御も機能していない。巫術で簡単に乗っ取れる。逆にこっちが白瑛を使って敵を蹴散らすことが出来る」
圧倒的な防御能力を持つ白瑛さえ手に入れれば、犬塚特佐の戦闘能力は大幅に弱体化できる。……勝つことができる。
機兵戦において、ネウロンで白瑛に勝てる相手はいなくなるだろう。白瑛だけではなく解放軍の人達の力も借りれば、ネウロン解放も不可能ではない。
「白瑛周りの警備はかなり厳重だろうけど、私とあなたならくぐり抜けられる。あなたが白瑛に触れただけで、もう私達の勝ちよ」
「はい」
「ああ、それと良い知らせがある。総長は無事よ」
それは朗報だ。「本当ですか?」と確認すると、ラフマ隊長は不敵な笑みを浮かべながら「こんなことで嘘つくないでしょ」と言った。
「さすがは先代総長時代から生き残ってきた男だけあるわ。しぶとく生きていた。彼はいま、バレット君達とここに向かっている」
「僕が白瑛を奪った後、合流してくれるんですね?」
「ええ、確実に犬塚銀を殺すためにね」
「…………殺す必要は、ないのでは……」
「相手は犬塚銀よ。生け捕りなんて出来るはずがない」
そういう甘さは捨てなさい、と言ったラフマ隊長が僕の両肩を掴んできた。
「いい? 私達は所詮、テロリストなの。どれだけ大義名分を掲げようが、勝利しない限りは薄汚いテロリストというレッテルを貼られ続けるのよ」
「…………」
「勝利しない限り、認められない。私達を肯定してくれるのは勝利だけよ」
『テロリストらしい身勝手な言い草だな』
「「――――」」
『残念ながら、馬鹿の理論を信じる馬鹿は大勢いる。貴様らのように恥知らずなテロリストでも、勝てば肯定してもらえるかもしれんな』
牢獄の廊下に設置されたスピーカーから声が聞こえてきた。
『だから俺がいる。俺が、お前達の全てを否定してやる』
ラフマ隊長に手を引かれ、出口に向けて走り出す。
けど、遅かった。
牢獄の壁が、敵機兵の攻撃で崩れてきて――。
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:血塗れの英雄・犬塚
「…………」
繊一号基地の牢獄に向け、<白瑛>で砲撃を行う。
テロリストが乗り込んで来る可能性を考え、張っておいた甲斐があった。まさかここまで早く釣れるとは思わなかったが――。
『特佐! あそこにはテロリストだけではなく、我が軍の看守が――』
「俺の部下じゃない」
あそこにいたのは、解放軍と内通していた間者だ。あえて泳がせていただけで、この機会に始末してやっただけだ。
監獄が無茶苦茶になって、中にいた奴らは大半死んだはずだが――。
「さあ、テロリスト狩りだ。貴様ら、全力で追え」
こんなアッサリ終わらないよな?
もう少し、楽しませてくれるよな?
「追わない奴はテロリストの仲間と見做す。交国への忠誠を示せ」
基地にいる交国軍人達に、テロリストを皆殺しにするよう促す。
だが、動きが遅い。表情を引きつらせ、ノロノロと動き出している。
舌打ちしようと思ったが、出てきたのはため息だった。犬塚隊の部下達なら、もっと迅速に動いている。
俺の計画に問題がある時は、積極的に進言してくれていた。
どいつもこいつも、本来の部下達に及ばない木偶共だ。これならもう、全員<蟲兵>にしてしまった方がまだ役に立つかもしれんな……。
「――やはり生きているか」
崩壊した牢獄から、流体甲冑を着込んだ人影が飛び出していくのが見えた。
あの巫術師のテロリストは、やはり今の攻撃では仕留められなかったらしい。
「恨むなよ……黒水守。あのガキが行動を起こしたのが悪い」
巫術師のテロリストに抱き上げられた女も離脱していく。
あのガキを牢屋から出した女テロリストだ。牢獄に入ったのは確認出来たが、あの女の侵入経路はまったくわからなかった。
繊一号基地内に潜り込んでいる解放軍兵士はそれなりに把握しているつもりだったが、俺が把握していない奴の手引きで侵入したのか?
出来れば話を聞いておきたいが――。
「可能な限り生け捕り。だが、殺してしまっても構わん」
テロリストは皆殺しにしてやる。
全員殺してしまえば、その中に仇がいるはずだ。
千歌音とカペル達に毒を盛った仇を討ってやる。
「蟲兵。貴様らも行け」
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:死にたがりのスアルタウ
『ラフマ隊長! 大丈夫ですか!? 何で僕を庇ったんですか!!』
「あなたに貸しを作っておくのも、悪くないと思ったのよ」
頭から血を流しているラフマ隊長を抱いたまま、崩れた牢獄から離脱する。
犬塚特佐が操縦していると思しき白瑛から砲撃が飛んできたものの、流体甲冑の脚力で何とか別の建物の陰に飛び込む。
逃げつつ、ラフマ隊長の傷跡に薄くのばした流体甲冑を這わせる。止血する。流体は直ぐ溶けて消えてしまうだろうけど、とりあえず応急処置だけ終わらせる。
隊長は頭を負傷したものの、意識はハッキリしているらしい。建物の陰で僕の腕の中から下り、「先に行きなさい」と言ってきた。
「砲撃はひとまず止んだけど、敵の歩兵部隊が迫っている」
『だから、ラフマ隊長も一緒に……!』
「さすがの私も、流体甲冑の脚力にはついていけない。置いて行きなさい」
ひとまずこの場で応戦する。
崩壊した監獄から、ワラワラと兵士がやってくる。生気のない瞳の兵士達が――<蟲兵>と化した解放軍の兵士がやってくる。
ラフマ隊長は解放軍兵士だろうと遠慮無く発砲しつつ、仲間である僕に「さっさと行って!」と促してきた。
「自分の身は自分で守るから! 先に逃げて反撃の糸口を掴んで!」
『隊長を置いて行けるわけ……!』
「さっさと行け!! ガキがいると足手まといなのよ……!!」
ラフマ隊長が僕に銃口を向け、発砲までしてきた。
弾丸は流体甲冑に弾かれて飛んでいく。僕は無傷だけど、衝撃だけは――ラフマ隊長の決意だけは伝わってきた。
この状況を何とかしないと。
直ぐになんとかして戻りますと言い、走り出す。
「お願いね。私を勝利に導いて。勝利で、私達を肯定して」
『はいっ!』
ラフマ隊長のところから走り去りつつ、敵の歩兵部隊にも攻撃を行う。
出来るだけ、僕の方についてきてくれ! <ベルベストの奇跡>の立役者の1人であるラフマ隊長とはいえ、何人もの敵は捌ききれないはずだ。
僕の方に大半がついてきてくれたら、あるいは――。
『アル。聞こえるか?』
『…………!! 総長っ!!』
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:エデン総長・カトー
「遅れて悪い。作戦内容を説明する。聞いてくれ」
繊一号の基地内で孤立しているアルに対し、通信越しに話しかける。
アルが立案した「白瑛奪取作戦」は予定通りにはいかなかった。……だから、アルの作戦を骨子にしつつ、内容を少し変えさせてもらう。
この状況を――いや、何もかも、ひっくり返してみせる。
交国は強大な敵だ。大博打だろうが、勝機があるなら逃す手はない。
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:エデン実働部隊<ラフマ隊>隊長のラフマ
「ハァ、やれやれ」
庇う必要のない相手を咄嗟に庇ってしまった。
けど、彼は――スアルタウ君は今回の作戦の要だしね。
貸しを作っておくに越したこともないし、別にいっか。
彼らが犬塚銀を叩きのめしてくれるのを祈ろう。
当初の作戦はもう実行不可能。
でも、カトー君が練り直した計画なら勝機はあるはずだ。
新計画を成功に導くには、私も援護しなきゃだけどね。
「……これで足手まといもいなくなった」
スアルタウ君の目を気にせず戦うことが出来る。
大量の歩兵がこちらを取り囲みつつあるけど、これぐらいなら何とかなる。
「さあ、引っかき回してあげましょう――――権能起動」
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:交国軍人
「…………? どこに行った……?」
壊れた監獄から逃げて行ったテロリスト2人のうち、1人は別の場所にいった。
だが、もう1人はまだこの辺りに潜伏していたはずだ。
犬塚特佐が不気味な技術で操っている蟲兵が、女テロリストの潜んでいるはずの場所に踏み入っていったが……何の発砲音も聞こえない。
こちらでも確認してみたものの、女テロリストの姿はなかった。
通路に残っていた血の跡も、急に途切れてしまっている。
「ここに追い詰めたはずだよな?」
「その辺の物陰に隠れているんだろう。おい、お前ら探せ!」
特佐が操っている兵士達がその辺のモノをひっくり返し、探し始める。
だが、女テロリストの姿は一切ない。
罠が仕掛けられている可能性もあるため、不気味な兵士達に室内の探索は任せる。……犬塚特佐が癇癪起こす前に見つけてくれるといいが……。
「そもそも、あの女はどこから忍び込んできたんだ?」
「テロリストの手引きで入ってきたんじゃないのか?」
「牢獄への侵入経路は全て押さえていたんだがな……」
テロリストが来たとしても、牢獄に侵入する前に捕まえられるはずだった。それに失敗したから犬塚特佐はカンカンだ。……牢獄に砲撃ブッ放すという無茶苦茶やるほどカンカンだ。
このままじゃ、あの人の銃口が俺達に向く日も遠くない。
「もうこれ以上、失敗できない。テロリストは全員捕ま――――」
急に、声が出なくなった。
喉元に違和感がある。パクパクと口を開いていると、傍にいた仲間も同じように口を開閉させている。皆も、急に喋れなくなったようだ。
それどころか、喉からドバドバと赤いモノを垂らしている。
あれ、俺達、喉をナイフか何かで掻き切られてない……?
「――――」
薄れていく意識の中、必死に視線を動かし、敵を探す。
いない。
いない!
どこにもいない!?
どこから攻撃してきた!? どうやって攻撃して――――。
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:工作員
「――――」
ナイフについた血を拭いつつ、慎重に走る。
空気を揺らさないように。
一切の音を立てないように、敵兵にスルリと接近する。
こちらが見えていない兵士達の間を走り抜けつつ、敵兵の喉を掻ききっていく。敵の数を減らしつつ、目的地へ急ぐ。
犬塚銀はスアルタウ君の方に食いついてくれた。
今のうちに海門発生装置を掌握し……友軍を引き入れるとしましょうか。




