負け筋
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
戦闘終了後、医務室の廊下で衛星写真を眺める。
模擬戦会場となる島の衛星写真だ。端末に表示したそれを睨めつつ、どう戦うかを考える。既に何度も考えたが、今日の結果も踏まえて考える。
考えたが、出てくるのは唸り声ばかり。
勝利に至る妙案は思いつかなかった。
ウンウンと唸っていると、戦闘後の診断を終えたフェルグスが「おい! 特訓するぞ! 特訓!」と叫びながらバタバタと走ってきた。
今日はかなり軽めの鎮痛剤しか使っておらず、死を感じ取る痛みも回避できた影響なのか、普段と変わらない元気なフェルグスだ。
やる気に満ちあふれているらしく、ちょっと鼻息荒い。もうちょっと考えをまとめたかったが、フェルグスのやる気を削ぐのも良くないな。
「どうした、やる気満々だな」
「当たり前だろ! ……ぶっちゃけ、このままだと負けそうなんだろ? 模擬戦」
「……なんでそう思う?」
フェルグスはもっと自信に満ちていると思っていた。
オレ様ならこれぐらい楽勝~、とか言ってくると思った。
だが、いま目の前にいるのは、唇を「キュッ」と結んだ焦り顔の少年だった。
「オレの方が速くてスゴいけど、敵の方が射撃は上手だ。オレよりかなり上手だから、このままだと一方的に撃たれて終わる」
「正解だ。よく考えてるな」
「撃破数でボロ負けしたら、さすがに焦って考えるっつーの……!」
さっき戦闘は良い刺激になったらしい。
出来ればフェルグスの機動力や近接戦闘能力は本番で披露したかったが、同じ船で作戦行動を共にしている以上、遠からずバレていた。仕方ない。
「お前、軍人だろ? 戦闘の専門家だろ?」
「一応そうだ」
「……じゃあ、勝ち方を教えてくれよ。オレ様はどうすれば勝てる?」
即答はできなかった。
俺もまだ、勝ち筋を見つけていない。
レンズは手強い相手だ。俺が自分で機兵を操作しても、「100%勝てる」と言い切ることはできない。条件が対等なら五分五分に持ち込む自信はあるが……。
「場所を変えて話そう」
会議室を借り、ディスプレイに島の衛星写真と、現段階でわかっているデータを表示しておく。衛星測量による島の3Dデータも表示しておく。
現地に行かないとわからない事もあるが、現地の情報を知らないのはレンズも同じだ。ひとまず、ここから考えていくしかない。
「フェルグス。お前の武器は機動力と近接戦闘能力だ。その分野に限れば、お前ほど機兵を動かせる機兵乗りは、ほんの一握りだ」
「ということは、アイツもその一握りか……」
「いや、レンズはそこまでの腕じゃない」
そう言うと、フェルグスは表情を歪め、「はあ? でも撃破数はオレよりずっと上じゃねえか」と言ってきた。
「レンズの方がよく倒しているのは、アイツがアイツの得意分野で活躍したからだ。レンズも近接戦闘は人並み以上に出来るが、近接戦闘に限ればお前はレンズを圧倒できる。それだけ、お前の操縦技能は優れてる」
「でも、射撃は下手くそ――って言いたいんだろ」
「まあ、ぶっちゃけて言えばそうだ」
「訓練したら追いつけるのか?」
長い年月をかければ、追い越す可能性は十分ある。
年月かけて成長していくのはレンズも同じだが、フェルグスには巫術のアドバンテージがある。時間があれば勝てない戦いじゃない。
ただ、模擬戦までに仕上げるのは難しい。
射撃戦なら絶対に勝てない、と言っておく。フェルグスもそれはよく自覚していたのか、反発せずに「そうだよな」と認めてくれた。
「オレ様は速くてスゴい。けど、弾の方がずっと速い。オレ様の『得意』に持ち込むには、その弾をかいくぐる必要があるってことか?」
「そう、その通りだ」
「……オレ様の勝ち目、どれぐらいある?」
「それは――」
大目に見た数字を言うか、迷う。
いや、今のフェルグスなら飾らない意見でも受け止めてくれるはずだ。
「今の条件なら、100回やっても、お前が100回負ける」
「そ、そんなに差があるのか……」
「近接戦闘に持ち込むより、射撃戦に持ち込む方がずっと楽だからな」
射程は正義だ。
機兵の流体装甲なら、多少撃たれたところで装甲を再生させ、ゴリ押すのも不可能じゃない。けど、レンズ相手なら話は別だ。
アイツもフェルグスの腕前を見た。
絶対に近接戦闘を警戒してくる。
「くそっ、何でそんな腕利きが星屑隊なんかにいるんだよ」
「なんかって言うな、なんかって。失礼な」
「でも実際、この部隊って『普通の部隊』だろ? 特別に強いヤツ、特別に頭いいヤツを集めた『精鋭部隊』じゃねえだろ?」
「それはまあ、そうなんだが……」
俺は星屑隊、かなり良いメンツが揃ってると思うけどな。
けど、フェルグスが言いたいのはそこじゃないんだろう。
星屑隊は意図して精鋭を集めた部隊じゃない。タルタリカ狩りのためにネウロンで結成した寄せ集めの部隊だ。『普通の部隊』と言っていい。
第8巫術師実験部隊という特殊な部隊と行動を共にしているが、星屑隊は特別な部隊じゃない。色んな意味で良い部隊だと思うけど――。
「ネウロンはプレーローマの最前線と比べたら激戦区じゃないから、優秀な兵士は最前線なり、もっと特別な遊撃部隊に回されるもんだな」
「あのレンズってヤツは――」
「身内贔屓目抜きでも優秀な兵士だ。本来なら他所に配属されてるはずだが……」
ネウロンに来ていること自体がおかしい。
俺も左遷されて来たようなものだし……ネウロンは人格なり能力に問題ある兵士が回される戦場と言っていいかもしれない。
ネウロン人にとって、世界中がタルタリカに制圧されている状況は「世界の危機」だが、交国にとっては「よくある危機」だ。
多次元世界全体を見たら、ネウロンはほんの一部だからな。
プレーローマと衝突している最前線の方が重要だ。交国にとっては。
「じゃあ、何でここにいるんだよ」
「うーん……」
問題を起こして、左遷されてきた……とか?
レンズって口は悪いが、良いヤツだと思うけどな。
命令違反とかしないし。俺と違って!
「まあ、それはいま重要な話じゃない。どう足掻いても模擬戦の相手はレンズ確定なんだ。アイツが体調ガタガタにならない限り、対戦相手はレンズ固定だよ」
「ぬー……!」
俺が腕組みしながら悩んでいると、フェルグスも同じポーズを取ってくれた。ちょっと萌える。無意識でやってるみたいだから、指摘しないでおこう。
「近接戦闘に持ち込めば、お前がレンズを圧倒する可能性は十分ある。けど、射撃戦ならレンズが圧倒する」
「そりゃもうわかってるよ……」
「模擬戦本番は、お互いに1キロ離れた地点からスタートする」
スタートと同時に撃たれる位置取りじゃない。だが、フェルグスの機動力でもレンズ相手に1キロを詰めるのは難しいだろう。
相手の視界を一時的に奪う方法もあるが……それはレンズも読んでるはずだ。向こうもこっちの得意は把握している。冷静に距離を取られて終わりだろう。
「……なあ、これ……オレ様不利なルールじゃね? 離れた場所からスタートするってさぁ……。最初からアイツの間合いじゃん」
「島の両端スタートより、よっぽど優しいよ。1キロスタートなんて機兵の模擬戦なら珍しい距離じゃない」
ルールを決めたのは隊長達だが、意地悪されてるわけじゃない。
開始位置が10メートル程度なら直ぐ殴り合い持ち込めるから、こっちが圧倒的に有利になるが……それは不公平すぎる。
「模擬戦の舞台で、狙撃に適したポイントは3箇所ある」
端末を操作し、島の地図にそのポイントを表示する。
「ただ、どのポイントを取ったとしても、島全体に射線を通せる場所じゃない。必ず狙撃の届かない死角が存在する」
「じゃあ、その死角を利用して近づけば――」
「それだけで距離を詰めるのは不可能だ」
レンズもこっちの狙いを察して、移動するだろう。
移動しつつ、地雷を仕掛けてきてもおかしくない。
レンズがわかりやすい場所で待機してくれるなら、そこを砲撃しまくるって手もある。フェルグスの射撃能力では有効打与えられないだろうから、流体装甲の修復能力任せで居座り続けられる可能性もあるが……。
「装備だ! なんか、こう……スゲー強い装備はねえのかよ!?」
「対流体装甲用の追加武装はあるが……ありゃ射撃兵器だから諦めろ。装備の条件は向こうと同じと思ってくれ。追加申請もできるが――」
「ヴィオラ姉、スゲー武器を作ってくれねえかなぁ?」
「聞いてみたが、『都合のいいものをポンと作るのは無理です』って言われた」
ヤドリギの存在が既に「都合のいいもの」だったんだが、今のところアレ以外に特別作れるものはないらしい。
今から「特別な兵器」を作るだけの資材なんて、当然ない。
時間もない。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ~~~~! 結局、出たとこ勝負か!?」
「そうだなぁ……」
最悪、そうなるだろう。
フェルグスの機兵捌きに期待し、フェルグスを信じて託す。
信じて託すと言えば聞こえはいいが、要するに無策だ。レンズ相手に無策で勝てるとは思えない。けど、この条件で勝つのは……。
「現状でも……力は、示せていると思う」
「…………? どういうことだ?」
「お前の操縦技能は、俺なんかより上かもしれない。そうだ、例えば、射撃は俺が担当する! 近接戦闘はお前に任せるのも1つの手だ」
フェルグスの表情がいぶかしげになる。
つまり何が言いたいんだ、と言いたげだ。
「お前達は既に、巫術で機兵を操作できることを証明した。それも単に動かせるだけじゃなくて、普通の機兵乗りじゃできない事をやってのけた」
「…………」
「だから、仮に模擬戦に負けたところで、皆を説得できる材料が――」
ドン! と机を叩く音がした。
フェルグスが机を叩き、叫んできた。
「戦う前から! 負けること考えてんじゃねえよ! バカ!!」
「あっ……」
「オレは勝つぞ! オレが勝たなきゃ、オレ達はどうなるかわかんねえんだ! ヴィオラ姉の努力は無駄にさせねえし、オレが勝ってアル達を守ってやる!!」
「ふぇ、フェルグス……」
「レンズとか言うオークはザコだ! 強いけど、ザコだ! これから先、オレが倒していかなきゃいけない敵共に比べたら……最初に戦うザコみたいなもんだ!」
フェルグスは怒り顔で立ち上がり、「お前に頼ったオレがバカだった!」と叫んだ。俺が呼び止めても構わず、扉に向かっていった。
「フェルグス……!」
「やる気ねえなら、もういいよっ! オレ1人でやってやる!」
扉が勢いよく閉じられる。
フェルグスは出ていってしまった。
いい感じだったのに、俺が弱気なこと言うから……。
信じて託すどころか……信じず、負けた時の事を考えちまった。
「……けど、どうすりゃいいんだ……」
対戦相手が悪すぎる。副長やパイプなら、まだ何とか勝ち目があったはずだ。
副長やパイプを舐めるつもりはない。けど、星屑隊で射撃に置いて右に出るものがいないレンズ相手にこの条件で勝つのは難しい。
1週間かけても、今日みたいな優れた能力を目の当たりにしても、俺は未だにレンズに対する勝ち筋を見つけられていない。
どうすれば……。
「……ら、ラートさん……」
「あっ……。アル?」
いつの間にか閉じた扉が開き、そこからアルがこっそり顔を覗かせていた。
心配そうに、不安そうに、俺のことを見つめていた。




