カペルの呪い
■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて
■from:交国軍に潜伏中の解放軍兵士
「え……。解放軍のリーダー、死んだの?」
「交国軍はそう発表している」
どうやら繊三号基地で死んだらしい。
ブロセリアンド解放軍主催の決起集会が繊三号基地で密かに行われるはずだったが、犬塚特佐にバレて襲撃されたようだ。
それでウチのリーダーどころか、幹部連中も一気にやられちまったらしい。あくまで上の人達がやられただけとはいえ……これ、どうするんだ?
誰がこれから組織をまとめて行くんだよ。
「決起集会の生き残りが、繊一号基地に運び込まれてきたそうだ。ひょっとしたら……そこに、実は生きていた幹部がいる可能性も……」
「確かな情報なのか? 確か……<エデン>とかいう組織の情報なんだろ?」
「裏取りも出来ている。繊一号に潜んでいる解放軍同志の中に、目撃者がいた。犬塚特佐が戻ってきた時に、捕まった同志達が運び込まれてきたようだ」
基地内の牢屋に入れられているらしい。
その事を教えに来た解放軍の仲間は、鼻息荒く「助けに行くぞ」と言ってきた。
さすがに無茶だろ……となだめる。
交国軍に潜伏している解放軍兵士は毎日のように捕まっている。繊一号の牢屋にも毎日のように新しい仲間が連れて行かれている。……そして、毎日のように牢屋から誰かが消えていくんだ。
犬塚特佐にやられっぱなしでも、「それでもリーダー達が無事で、蜂起の時が来たら大逆転できる」と思っていたんだけど……肝心のリーダー達が死ぬなんて……解放軍、もうダメなんじゃねえの?
それをそれとなく言ったものの、オレと同じく繊一号基地に潜伏している解放軍の仲間達は「何を弱気なことをっ!」と言ってきた。
「リーダーが倒れた以上、もう待ってられない! いま直ぐ動くぞ」
「動くって…………。えっ? きょ、今日、蜂起するって事か……!?」
「そうだ。エデンも今日、繊一号を攻めるつもりらしい。解放軍兵士もエデンと一緒に動くぞ」
「牢屋に捕らえられている同志達を救うんだ。繊一号に潜伏している解放軍兵士が一斉に動けば、犬塚特佐だって殺せるはずだ……!」
オレは全体像はよくわかってないけど、ネウロンには相当な数の解放軍兵士が潜んでいる。繊一号にもかなりの数がいるらしいって噂だ。
エデンの呼びかけで、皆で「リーダー達の弔い合戦をしよう」という事になりつつあるらしい。なんか……スゲー行き当たりばったりな作戦じゃねえか?
「待て待て、落ち着け落ち着け」
逸る仲間達をなだめる。
どうも、コイツらは頭に血が上っているみたいだ。
百歩譲って、蜂起が成功して犬塚特佐を殺せたとしよう。その可能性は……ゼロではない。繊一号に潜んでいる兵士が一気に動けば望みはあるかもしれん。
「けど、その後はどうする? 犬塚特佐を殺しても、交国軍の本体はほぼ無傷なんだぞ? 他所から艦隊を派遣されたら一方的に蹴散らされかねん」
「貴様、怖じ気づいたのか?」
「否定はしねえけど、冷静になれって事だよ……!」
7年前、ボッコボコにされた解放軍を立て直したのはオレ達じゃない。
リーダーや幹部達だ。維持してきたのもリーダーや幹部達だ。
突発的な蜂起が成功したとしても、その後はどうする? 誰が組織を率いていくんだ? 誰が組織を維持していくんだ? どうやって交国とやり合うんだ?
その辺のこと、考えて実際にやっていたのはリーダー達だ。そもそも、リーダー達だって「上手くやれていた」かは疑問なとこあるし……。
「つまり、何が言いたいんだ……! 要点を言え、要点を!」
「…………。この辺が、潮時なんじゃねえかな……?」
「お前……ふざけているのか?」
「本気だよ」
ブロセリアンド解放軍は、もう終わりだ。
けど、オレ達はまだ終わってない。……犬塚特佐や憲兵に捕まっていないって事は、オレ達は「ただの交国軍人」のままだ。表向きはそうなんだ。
「もう諦めて、大人しく<丹国>の住人になっちまおうぜ?」
「「「…………」」」
「解放軍は、結局、勝てなかったんだ。このまま無謀な戦いを続けるより、大人しく丹国の住人になった方がさ……? まだマシ――」
平手打ちされた。
それも傍にいた仲間3人に順番に平手打ちされた。全員でやる必要あったか!?
「バカなこと言うなっ! お前……見損なったぞっ!」
「解放軍の崇高な志を忘れたのか!?」
「いや、でも……死ぬよりマシ――」
「私は諦めないぞっ! オークの真の自由を勝ち取るんだ!」
「俺もだ。犬塚特佐をブッ殺して、我らが親友・カペルの仇を取らねば……!」
「その通りだ。カペルやリーダーの仇を、皆で取ってやろう! やはり、蜂起しかない! 犬塚特佐を殺して自由を勝ち取ろう!!」
あ、そっか、コイツらもう正気じゃないのか。
……というか、大分前から正気を失ってるのかもな。
ブロセリアンド解放軍の兵士は、正気のヤツがもうかなり少なくなっている。7年前の蜂起で恩赦を与えられた奴らは特におかしくなっている。
どいつもこいつも「カペルカペル」とよくわからん奴の名前を呼んでいる。その子を「親友」とか「大親友」とか呼んで、神のように崇めている。
どうやらその「カペル」って子は、犬塚特佐に毒殺された神器使いらしいけど……コイツらと親しかったわけじゃないはずだ。他人だったはずだ。
それなのに多くの解放軍兵士が「カペル」を崇めている。犬塚特佐がカペルって子を毒殺して以降、カペル信者が一気に解放軍に参加してきた節すらある。
コイツらはもう、狂っているらしい。
原因はわからないが、「カペル」の件で暴走を続けている。リーダー達が死んだ事で制御できる人間がいなくなり、もう誰にも止められなくなりつつある。
オレはコイツらみたいに狂えない。
何で他人のために命を賭けなきゃいけないんだよ!? と思うオレの方が異常なのか? もうわからない。どうすればいいかわからない。
こうなったら、知ってる解放軍兵士を犬塚特佐に突き出すしかないのか……?
オレは解放軍兵士をあぶり出すために、解放軍に潜り込んでいただけなんです――って言い訳したら、見逃してもらえないかな?
多分、厳しいよなぁ……。
犬塚特佐も犬塚特佐で、例の毒殺事件以降、狂ったように戦っている。交国の敵を裁くために、苛烈な反逆者狩りを繰り返している。
進むも地獄。戻るも地獄。つまり、オレはもう詰んで――。
「マズい! 憲兵が来た!! オレ達の正体がバレたらしい!!」
「ウソだろ?」
「逃げろ!! いや、戦え!! 蜂起しろ!! 全員で戦うんだ!!」
状況がドン詰まり過ぎて、もう逃げる気力もわかねえ。
ドタバタと逃げた仲間が銃で撃たれる音を聞きつつ、部屋の隅に行ってうずくまる事しか出来なかった。何でこんな事になったんだろ……?
外で仲間だった奴らが暴れている。撃たれてもなお、狂ったように戦っているらしい。いくら痛覚のないオークでも、カペル信者おかしいよ。
「オレは、ただ……幸せになりたかっただけなのに……」
どこで道を間違えたんだろ。
ひょっとしたら、オークとして生まれた時点で詰んでたのかな~……。
こんな想いするなら、生まれてこなきゃ良かった。




