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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
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顔無しの殺意



■title:交国領<ネウロン>の繊一号にて

■from:死にたがりのスアルタウ


『兄弟。大丈夫か?』


 エレインの問いに「何とか」と答える代わり頷く。


 犬塚特佐に威勢良く挑みかかっておきながら、一方的にやられた。……生身の特佐相手なら勝てると思ったけど、「交国の英雄」は甘くなかった。


 気絶したフリをしていると、いつの間にかガチガチに拘束されていた。


 ヴィオラ姉さんが痛覚も結構忠実に再現してくれているおかげで、縛られた箇所が痛い。それ以上に犬塚特佐に撃たれた箇所が痛い。


 弾丸は流体甲冑で受けきったものの、鈍器で殴られたような痛みが残っている。骨がポッキリ折れている様子はないけど、ヒビは入っているかもしれない。


 首から下をガチガチに拘束されているうえに、目隠しまでされているから周囲の状況を目視確認できない。代わりにエレインが「繊一号に到着したようだ」と教えてくれた。


 方舟が港に着水した振動が伝わってくる。少し待っていると、身体が持ち上げられ、どこかに運ばれ始めた。繊一号の交国軍基地に連れて行かれるんだろう。


「…………」


 背後からゾロゾロと魂がついてくるのが巫術の眼で観える。


 多分、<蟲兵>って存在にされた人達だろう。……決起集会の生き残りは全員、薬で自我を奪われ、犬塚特佐の操り人形にされているらしい。


 ただ、レンズの姿は無かった。


 殺到してきた人々に物量で取り押さえられたから、僕は全員の顔を確認できなかったけど……エレインに出来るだけ確認してもらう。


 確認してもらったけど――。


『レンズの姿はないな。全員を蟲兵にした、というのは嘘かもしれん』


 エレインの報告を聞きつつ、「そうだったらいいな」と考える。


 ただ……相手は交国だ。女子供相手でも容赦なんてせず、無茶苦茶をやってきてもおかしくない。レンズも蟲兵にされている可能性は……ある。


 でも、それならレンズはどこにいるんだ……?


 エレインに調べてもらっても答えは出ず、そうこうしている間に僕は繊一号にある交国軍基地に運び込まれた。そして、その一角にある牢獄に連れてこられた。


 蟲兵にされた人達も牢屋に入れられていくのが観える。


 皆の魂をよく観察していると、僕の目隠しが取られて――。


「うっ…………」


「よう、少年テロリスト。気分はどうだ?」


 明るい照明の光が義眼を貫いてくる。犬塚特佐の声が聞こえる。


 どうやら牢屋で尋問……あるいは拷問をするつもりらしい。


 犬塚特佐がビカビカと光る照明を僕に突きつけつつ、喋っている。……眩しすぎて表情が見えない。文句を言ったものの、特佐は照明を退けてくれなかった。


 いっそのこと……照明を僕の顔に押し当ててくれたら、それ経由で犬塚特佐に憑依できそうだけど……向こうも僕が巫術で悪さをするのを警戒しているらしい。


 こちらが頭を振っても届かない位置で照明を構えている。


「お前には色々と聞きたい事がある。……大人しく喋る気はあるか?」


「そっちは話を聞く態度じゃな――」


 側頭部に衝撃が走る。どうやら、犬塚特佐に殴られたらしい。


 クソッ……! 今のが憑依する最初で最後の好機だったかもしれないのに……!


 犬塚特佐は僕を一発殴った後、眩い照明を切って床に置き、少し離れたところに置かれた椅子に腰掛けた。


 光に潰されていた僕の目が落ち着いてくると、犬塚特佐の表情がやっと見えた。どんよりと曇った瞳で僕を睨んでいる。


「何を話したところで……どうせ最後には、僕も蟲兵とやらにするんでしょ……」


「お前の態度次第だ。お前の仲間は……エデンの少女テロリストは態度が最悪だったから、蟲兵にしてやった。同じようにしてほしいのか?」


彼女(レンズ)はどこにいるんですか。本当に、彼女も蟲兵にしたんですか?」


「教えるわけがないだろ。アレは切り札として使わせてもらうよ」


 レンズが自我を奪われたなんて、信じない。信じたくない。


 何とか……何とかレンズの居場所を突き止めないと。


 もし仮に蟲兵にされていたとしても、ヴィオラ姉さんなら……何とか出来るかもしれない。蟲兵にされた人達を治せるかもしれない。


 ヴィオラ姉さんはエデン一の技術者だ。ヴィオラ姉さんの技術は、交国にだって負けていない。その証拠に犬塚特佐達は気づいていない(・・・・・・・)様子だ。


「お前達は、ネウロンに何をしに来た?」


「ネウロンは僕らの故郷です……。故郷に戻ってきて、何が悪いんですか?」


「ネウロンは交国が守護していて、今は交国の法が施行されている。交国の許可なく立ち入る事は許されていない。それにそもそも、お前達は交国の脱走兵だ」


「…………」


「交国はネウロンを守ってやっている(・・・・・)んだ。ネウロンは、貴様らのようなテロリストがいなければ平和な世界に戻っていたんだ」


「…………」


「貴様らさえいなければ……。何故、お前達は血を流したがるんだ?」


「血を流したがっているのは、交国でしょう?」


 アンタらは悪党だ。人の家(ネウロン)に入り込んできて、人々を武力で脅して支配して……今度は「守ってやっている」と宣うイカレた強盗集団だ。


「そもそも、ネウロン人は誰も交国なんて求めていなかった。アンタ達に来てほしいと頼んだ人なんて、誰もいなかった」


「…………」


「アンタ達が来た所為で、魔物事件まで発生したんだ」


 交国がネウロン魔物事件を直接起こしたのかは、わからない。


 バフォメットは「交国人が魔物事件を起こした」と言っていたけど、真相は未だ不明だ。バフォメットの証言しかない。


 ただ、交国がネウロンに来た事がきっかけだったはずだ。


 全てが交国の所為とは限らないけど、アンタ達が来たから……。


「テロリスト共の間では、『ネウロン魔物事件は交国が起こした』という根拠のない噂が流れている。お前もそれを信じているクチか」


「じゃあ、真相はどうなんですか?」


 交国政府の言う「<赤の雷光>と巫術師が起こした」というのが正しいと、本気で思っているんですか? と問いかける。


 どんな答えが返ってくるにしても、何らかのヒントが貰えると思ったけど……犬塚特佐は無表情で僕を見つめ返してくるだけだった。


 魔物事件に関する明確な回答はなかったものの、「お前達の所為で、信憑性に乏しい噂ばかり流れてくる」という呟きが聞こえてきた。


「お前達の所為で、ネウロンの住民も不安がっている。奴らも……お前らに同調するような動きを見せている。7年前からずっと、ネウロンの住民は交国に対して面従腹背の姿勢を続けている」


「…………」


「お前らの流す噂は、どれも荒唐無稽なものだ。それなのに信じる馬鹿もいる。噂を流しているお前達自身が、根拠のない噂を信じている」


 テロリスト(おまえたち)は交国憎しという感情に突き動かされ、無責任に偽情報(デマ)を信じている。信じたいものを信じている。


 愚かな存在だよ、といって犬塚特佐は嘲笑してきた。


「偽情報の扱いに長けているのは、貴方達だ。交国政府の方だ」


「…………」


「僕らが信じている情報が、全て正しいとは言いません。貴方の言う通り……根拠に乏しい怪しい情報も流れています。けど……交国のオークを騙していた貴方達に言われたくないですね」


 交国政府は嘘つきだ。情報工作の玄人だ。


 その事は、犬塚特佐もよく知っているはずだ。


 そんな考えも込めて犬塚特佐を睨む。……特佐は「交国政府が嘘つき」ってことに関して、反論はしてこなかったけど――。


「……テロリストと真面目に討論するのは疲れるな。時間の無駄だ」


「僕らは案外、気が合うのかもしれませんね」


 同意しておく。言った後、「これはさすがに殴られかねないかな……」と思ったけど、犬塚特佐は不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。


「話が逸れたな。まあ、とりあえずネウロンに来た理由は言いたくない、と」


「…………」


「メリヤス王家の人間を連れて反交国組織の決起集会に参加していた時点で、単なる帰郷ではないことは容易に想像できるがな」


「…………」


「何故、お前達はそんな無駄な事(・・・・)をしているんだ?」


 犬塚特佐は椅子の背もたれに腕を置き、ギシリと椅子を軋ませながらそう問いかけてきた。


 尋問というより、雑談みたいだな……。交国の人に言われるとイラッと来る内容だから、僕の神経を逆なでしたいだけかもだけど――。


「ネウロンは、放っておいても交国から独立する。お前らテロリストが大嫌いな交国じゃなくなるんだから、『解放』なんてする必要ないだろうが」


「独立といっても、形だけのモノでしょう?」


 丹国は交国の属国だ。


 直接統治から間接統治に切り替えるだけの誤魔化しだ。ネウロン人も、丹国国民になるオークも……誰も得をしない結果が待っている。


「そもそも……ネウロンは、ネウロン人のものでしょう? それなのにネウロンの土地を勝手に使っているのがおかしいと思いますよ」


「お前、ネウロン人だけでネウロンが復興できると思っているのか?」


「かなり難しいと思います」


 正直な感想を返す。


 ネウロンはネウロン人のもの! と自信を持って宣言したいけど……現実問題難しいだろう。魔物事件の影響で「ネウロン人」はかなり少なくなった。


 ネウロン人だけでネウロンを復興していくのは、かなり時間がかかるだろう。それどころか失敗する可能性すらある。


 純粋なネウロン人は、もう殆どいなくなった。皆で一箇所に固まって頑張って復興していくとしても、ちょっと疫病が流行れば一気に壊滅する可能性すらある。


 界外の支援や界外移民を受け入れたら何とか復興できるかもしれない程度ですよね――と返すと、犬塚特佐は何故か面食らっていた。


「あの……僕、そんな的外れなこと言いましたか?」


「いや…………テロリストにしては、まともな事を言うと思ってな」


「はぁ…………?」


「『ネウロンはネウロン人のもの』って意見も、わかる。真っ当な意見だろうよ。けど、現実問題としてネウロン人だけでネウロンを復興するのは不可能だ」


 だから交国はネウロンに異世界人を移住させたり、交国から独立したがっているオークを連れてきて、新しい国家を作ろうとしているんだよ――と言われた。


 その「異世界人を移住」というのが強制移住だったり、「交国から独立したがっているオーク」というのが交国政府の無茶な政策の影響なので……正直、「ネウロン人の事は考えてくれてないですよね?」とは言いたい。


 言いたいけど、ひとまず犬塚特佐の意見を聞く。


 ……これ、ホントに尋問か?


「丹国は、オーク以外にも門戸を開いている。ネウロン人の中にも丹国への参加を希望している奴らがいるんだぞ? オークだけではなくネウロン人にも丹国の参政権は平等に与えられるんだぞ?」


「…………」


「皆が一丸となって、ネウロンを復興させようとしているんだ。それなのにお前らはネウロンを荒らそうとしている。お前らの行動は本当に正しいものだと言い切れるのか? 争いに飽き飽きしている者も大勢いるのに」


 どう足掻いても、もう「純粋なネウロン人国家」は復興できない。


 界外資本や異世界人を受け入れない限り、ネウロンは復興できない。


 ネウロンの事を想うなら、尚更邪魔をするなよ――と犬塚特佐は言ってきた。


 ネウロン復興だけ考えたら一理あるかもだけど……でも、丹国が出来ても、それは交国の属国じゃないですか――と主張する。


 犬塚特佐は「属国なんかじゃない」と言い張って聞かなかった。少しは話がわかるかと思ったけど、この辺りの話は平行線になるようだ。


「交国が丹国建国と、建国後も関わっていくこと自体がおかしいんですよ。散々不正を働いてきた交国が関わったら、ろくな事にならないに決まっているでしょう」


「テロリストらしい意見だな! 交国以外に、ネウロン復興に手を貸してくれる国家がいるのか? 絶海間際に存在する辺境の世界に対して、わざわざ手を差し伸べてくれる国家なんているのか? 交国以外に」


「それは…………例えば、マーレハイト亡命政府とか」


「馬鹿かお前は! ありゃあもう、国家なんかじゃねえよ」


 犬塚特佐は右手をヒラヒラと振り、そう言った。


 マーレハイト亡命政府は、ただの犯罪組織。


 自称「亡命政府」に過ぎない。


 そんな犯罪組織に身を寄せていたメリヤスの王女も真っ黒に決まってんだろ――なんて失礼なことを言ってきた。……王女様の覚悟も知らずに……!


「何にせよ、メリヤスの王女を使った『ネウロン解放』とやらはもう出来ないだろ? あの王女はもう死んだんだから――」


「ッ…………! 交国軍(そっち)が撃っておいて、よくも……!」


 僕がそう言うと、犬塚特佐はニヤリと笑った。


「王女が撃たれたことまでは確認が取れていたが……その反応なら、助からなかったんだな。死んじまったんだな」


「あっ……!」


「馬鹿テロリストが。これは一応、尋問だぞ」


 向こうから情報を引き出すつもりが、僕の方から喋ってしまった。


 不甲斐なさで頭に血が昇る。


 僕が俯いて黙っていると、「しかしお前、妙なことを言うな」と言ってきた。


「そっちが撃ったって、何を言っている」


 もう何も言わないぞ。


 これは尋問なんだ。情報は何も――。


「王女を撃ったのが交国軍だと思ってんのか?」


「…………いや、それ以外の誰がいるんですか?」


お前らだろ(・・・・・)


 犬塚特佐が変なことを言うから、思わず口を利いてしまった。


 何を言っているんだ、この人。


 僕らが王女様を殺すはずないだろ。


「基地の監視カメラを見たが……お前は実際に王女を守ろうとしていたようだな。だが、仮面をつけた狙撃手が王女を撃った」


「だから、仮面の狙撃手(それ)が交国軍でしょ……!」


「俺が連れてきた交国軍の中に、あんな奴はいなかった」


「は…………?」


「となると、消去法で反交国組織(おまえら)の誰かだろ?」


 何を言っているんだ。


 交国にとって、メラ王女は目障りな存在だったはずだ。


 王女様を殺す動機を持っているのは、交国軍の方だ。


 そう言ったけど、犬塚特佐は呆れ顔を浮かべながら「俺は王女を殺そうとしてないだろうが」と言ってきた。


「王女がお前を庇った時、発砲するの止めてやっただろ」


「――――」


「部下共にも命じていた。……まあ、命令に従わない無能もいるから、現場の人間が勝手をやった可能性もあった。だから俺の方でも軍内部に下手人がいないか調べた。だが、あんな装備の奴は1人もいなかった」


 じゃあ、誰が撃ったんだ。


 メラ王女は狙撃で殺された。仮面をつけた狙撃手に撃たれて亡くなられた。


 爆発に巻き込まれたわけじゃない。


 誤射でもない。


 明確な殺意と目標を持った狙撃手が殺したはずだ。


 それを持っているとしたら、交国側の人間だ。そのはずだ。


 それなのに……犬塚特佐は「交国軍じゃない」と言い張っている。


 どういうことだ……?




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