人型災害、襲来
■title:マーレハイト亡命政府・旗艦<ピラー・デイツ>にて
■from:マーレハイト亡命政府・外務大臣
「大臣! ネウロンの状況、確認できました!」
ネウロンに派遣していたピースメーカー代行者は全員死亡。
メラ王女につけていた護衛4人だけではなく、別行動させていた代行者も死亡していたらしい。……それを確認した者も、交国軍に追い詰められつつあるようだ。
「メラ王女に関しては行方不明ですが、繊三号基地で行われた決起集会に参加していたのは確かのようです。そこを交国の犬塚銀に襲撃されたらしく……」
「<エデン>のカトーは、まだ連絡が取れないのか?」
「それがどうも、奴も行方をくらませているようです」
内心、舌打ちする。
アレコレと手間暇かけたものの、今回の作戦は頓挫してしまいそうだ。
報告を終えた部下に「続報があれば伝えろ」と命じて下がらせ、執務室で物思いにふける。
「王女が死のうが、拷問を受けていようがどうでもいいが……。ネウロン解放を通じてマーレハイトの領土を得るのは難しくなってきたな……」
王女の保険の身柄はこちらで押さえているため、最悪そちらを使えばいいが……保険の保険はまださすがに用意できていない。
メラ王女は亡命政府の首相の妻だが、それはネウロンを手に入れるために結んだ単なる契約に過ぎん。マーレハイト人ですらない女がどうなろうと、正直どうでもいい。「役立たずめ」とは思うが――。
「カトーめ……。調子の良いことを言っておいて、しくじったのか……こちらを裏切って王女を誘拐したのかわからんが…………失敗の責任は必ず取らせてやる」
メラ王女を使ってネウロンを解放する案は、奴から持ちかけられた計画だ。
こちらにとっても悪くない話だから、王女を貸してやったのだが……カトーは我らの期待を裏切ったと言っていいだろう。
エデンは所詮、ただのテロ組織。
マーレハイト亡命政府の支援が無ければ立ちゆかないはずだ。……代行者の1人は「エデンはウチとは別の組織に支援を受けている可能性があります」と言っていたが、あんな落ち目の組織を支援するところがウチ以外にあるとは思えん。
カトーは我々との関係を「協力関係」と勘違いしている節がある。
あくまでマーレハイトが「主」で、エデンはその「下僕」に過ぎないことを改めて教えてやる必要があるらしい。
どう仕置きしてやるか考えていると、部下から「首相からお電話です」という連絡が届いた。どうやらメラ王女を勝手にネウロンに派遣した件がバレたらしい。
『奥方の件で、至急、話をしたいとのことですが――』
「これからドクターとの会議がある。後に回せ。…………若造が……」
マーレハイト亡命政府の首相は……あの若造は、現実が見えていない。
我らは苦境に立たされているのに、「麻薬を売るのをやめろ」「異世界侵略は諦めろ」と綺麗事ばかり吐いている。あの若造は親の七光りで担ぎ上げられたお飾りの代表のくせに、アレコレと口出ししてくる。
妻であるメラ王女をネウロンに派遣する件も、あの若造は反対していた。王女に強迫観念を抱かせ、そそのかしてやることで上手く出し抜く事が出来たが……首相派のヤツが不在に気づいたらしい。
「あの若造はネウロンを解放し、マーレハイトの領土を得た後に引きずり下ろそうと思っていたが……早めに手を打って消しておくか……」
王女が行方不明になった以上、ネウロン解放は困難になった。
ピースメーカーの者達と対応を協議しよう。首相を排除する計画も前倒しすることにしよう。だが、その前にあの女と話し合ってこなければ――。
「ドクターのところに行ってくる」
秘書にそう告げ、護衛を連れて艦内の廊下を歩く。
目指すはドクターの研究室。
我らマーレハイト亡命政府の救世主であり、劇薬でもある御方との会議を行わなければ。……邪魔な若造を消すために、彼女の力も借りておきたい。
艦内の昇降機も使って移動し、ドクターの研究室の扉を叩く。
「ドクター。ドクター・メフィストフェレス」
約束していた会議の時間だから、入室許可をくれ――と呼びかける。
すると、中から「どうぞ~。入っていいよ」と女の声が返ってきた。
正直、ドクターは扱いに困る存在だ。
だが、あの御方に紹介していただいた逸材だ。ドクターが開発してくれた薬物のおかげで、マーレハイト亡命政府は裏社会での地位を大きく高めた。
いつまでも日陰者に甘んじるつもりはない。気分屋のドクターを上手く使えば、我らが再び歴史の表舞台に舞い戻る日もそう遠くないはずだ。
そんな考えに胸を膨らませつつ、研究室の扉を潜ると――。
「…………?」
いつもは白衣姿のドクターと実験体しかいない研究室に、先客が複数人いた。
白スーツを着た複数人の男女が、ドクターと話をしていたようだ。
私がまったく関知していない人間が……旗艦内に足を踏み入れている。
「ドクター……。そこの客人は何者だ? 明らかに外部の人間のようだが――」
「プレーローマの外交官と特務部隊だってさ」
「…………。は? なんと言った?」
「プレーローマの人達。あ、いや、人間ですらないね。天使だよ、天使」
私が戸惑っていると、護衛達が私を庇うように前に出た。
皆、銃に手をかけたが、白スーツを来た人間――――否、天使は微笑んで「武器は勘弁してもらえますか?」と言ってきた。
そう言いつつ、光輪と光翼を出してきた。
ドクターの言う通り、人間ではない。天使だ!
「我らの故郷を奪ったプレーローマが、何故ここにいる!?」
どうやってここまで入ってきた。
マーレハイト亡命政府を実質的に取り仕切っている外務大臣が知らない輩が入り込んでいるだけでも異常事態だというのに……!
代表者らしき天使は微笑んだまま、「落ち着いてください、外務大臣」と言ってきた。ドクターも「落ち着いて」と言うように手を振ってきた。
「私は神罰機構のガイエルと申します。先程、ドクター・メフィストフェレスが紹介してくれた外交官とは私のことです」
「薄汚い天使め!! よくも我らの前に姿を現せたな!?」
「落ち着いてください。我々は話し合いに来たのですよ?」
銃を向けられるなど心外だ、と言いたげに天使が肩をすくめた。
「マーレハイト亡命政府の実権を握っているあなたとも話がしたいと思っていたのですが……あなたの意志決定にはドクターが大きく影響しているようなので……先にドクターと話をしていたんです。気を悪くしないでくださいね」
「貴様のような天使の顔を見るだけで気分が悪くなる……! ドクター!! 何をしている!? 早くコイツらをつまみ出せ!!」
「いや、発明家に戦闘能力を期待しないでよ……」
ドクターはソファに座ったまま私の顔を見つつ、苦笑している。
そして、「抵抗は無駄だよ」なんて言葉も吐いてきた。
「私達はプレーローマに包囲されているんだから、大人しくしておこうよ」
「なっ……! なんだと!?」
そんなはずがない――と思いつつ、艦橋や警備部に連絡を取る。
だが、連絡はまったく取れなかった。
外で待たせた護衛達も姿を消していた。消されていた。
ドクターは「こっちの戦力はほぼ全て制圧されているよ」と言ってきた。
馬鹿な……と言いたいが、プレーローマが本気で攻めてきたなら……それも不可能ではないのかもしれない。天使共にはそれだけの力がある。
「ガイエル君達にまともな話し合いをする意志なんてないよ。マーレハイトの手足を速攻でへし折って、勝利宣言代わりに『話し合いゴッコ』してるだけ」
「話し合いゴッコか否かはともかく……抵抗は無駄です、と言っておきましょう。武器など捨てて、平和的な話し合いをしましょう」
「本気で話し合うつもりがあるなら、護衛の天使達を全員下げてほしいなぁ」
ドクターは「そっちの天使、全員一騎当千のバケモノ揃いじゃん」と言った。
ガイエルは「皆、無害な紳士と淑女ですよ」と言い、さらに言葉を続けた。
「私が『待て』と言っておけば、武器も権能も使わないので安心してください」
それはつまり、お前の号令次第で我らは殲滅されるということか?
そんな考えを抱きながら天使を見ていると、「睨まないでください。大臣殿」という言葉が微笑みと共に返ってきた。
「我々は確かに下等生物の故郷であるマーレハイトを支配しています。ですが、あそこに残った人々は今も幸せに暮らしていますよ」
「幸せ? 幸せだと……!? 女も子供も、私の息子達も!! 死んだ方がマシな目に遭わせておいて、何が『幸せ』だ!!」
「大きな争いを避けるためには、見せしめも必要なんですよ。あなた達だって、家畜を痛めつけて躾けたりするでしょう? アレと同じですよ」
天使の笑みの質が変わっていく。
微笑みから、明らかな嘲笑へと変わっていく。
「人類は、我々に管理されるべきなのです。その管理に抗っているから摩擦が生まれ、苦しむことになるのです。抵抗は無意味だというのに」
「抵抗しなくても虐殺するくせに。よく言うよ」
ドクター・メフィストフェレスも笑っている。
言動に似合わない美女の顔が、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「人間だって家畜を育て、殺すでしょう? 人間よりずっと上の存在である天使が、下等生物を殺して何が悪いのです?」
「とりあえず態度が悪い」
「ハッ……。そもそも、救世神が――あなた達の言うところの<源の魔神>がいなければ、人類は旧世界で滅びていた。そうならずに済んだ事を感謝するべきなのですよ。下等生物共」
天使がそう言うと、ドクターは笑いながら手を動かした。
手を指でっぽうの形にし、天使・ガイエルに向け――。
「ばんっ!」
と言った瞬間。
ドクターの声をかき消すほどの轟音が鳴り、天使達の身体が消し飛んだ。
それどころか、天使達の背後にあった壁が――方舟の装甲が消し飛んだ。
ドクターは背後の部屋に、特殊な武器を持った機兵を控えさせていたらしい。それを遠隔操作して発砲させ、天使達を皆殺しにした。
僅かな肉片と血が残る場所に向け、ドクターが品の無い笑い声を飛ばした。驚喜した猿のように手を叩き、笑っている。
「下等生物にやられるって、どんな気持ち? どんな気持ち~?」
「よ…………よくやった! ドクター! だが、天使共は他にもいるんだろう? 旗艦を包囲している部隊も、この調子で滅ぼしてくれ!!」
「あはっ。それはちょっとムリかなぁ~?」
「なんだと?」
「そもそも、ガイエル君達は死んでないし」
肉片が転がっていた空間の中央に、天使達が再び姿を現していた。
バラバラになった家具を足蹴にしつつ、白スーツを微かに汚している埃を払い落としつつ、余裕の笑みを浮かべ続けている。
五体満足で笑みを浮かべ続けている。
じゃあ、そこに転がっている血と肉片はなんだ?
■title:マーレハイト亡命政府・旗艦<ピラー・デイツ>にて
■from:明智光の皮を被ったメフィストフェレス
「ガイエル君の嘘つき。権能使ってるじゃん」
「あなたのような野獣を前にしているのです。当然の備えですよ」
さっき思いつきで作った分子分解砲の試射ついでにガイエル君達を撃ったものの、全員無傷だ。……死んだところで<癒司天>の権能で一度は蘇ってくるとは思ったけど、今のは別の権能かな?
「ドクター・メフィストフェレス。あなたは何度も何度も何度もプレーローマに逆らってきたドブネズミです。そんな相手を前に何の防御手段も用意していないのは、ドレスコードに反するようなものだと思いませんか?」
「キミ達がゴキブリ以上の生存能力を発揮してくるから、何度も何度も何度もやり合うハメになってんじゃん。そっちが大人しく死ねばいいんだよ」
「我々以上に死なない不死存在に言われたくないですね」
ガイエル君は鷹揚に振る舞いつつ、「話し合いを続けましょう」と言ってきた。私の前にある机を足蹴にしつつ――。
「あなた達が私達に差し出せるものが、2つあります。それを寄越すならあなた達の命を助けてあげましょう」
「下等生物にモノを強請るとか恥ずかしくないの?」
「無視して進めますね。我々が欲しいのは『メフィストフェレスの身柄』と、『マーレハイトが築き上げた麻薬取引網』です」
私狙いなのは察していたけど、麻薬取引網も欲しいのか。
プレーローマは金にも物資にも困っていないだろうけど、人類を弱らせるためにバンバン麻薬を流す気なんだろうな。そのためにマーレハイトが築いたものにタダ乗りした方がいいから、ごっそり奪おうとしているんだろう。
「つか、私のことは殺さないの? いまここで。私はキミ達の敵でしょ? 死司天君とか何度も差し向けてきたじゃん」
「プレーローマも、あなたへの評価を改めたのですよ」
別に厚遇してくれるつもりはないんだろう。
死なないように監禁しつつ、飼い殺しにしようとしているんだろう。
ガイエル君は余裕の笑みを浮かべたまま、「マーレハイトなど裏切りなさい。人類のことも裏切りなさい」と言ってきた。
「マーレハイト亡命政府は、所詮、泡沫の犯罪組織です。そのうち勝手に潰れるでしょう。しかし、プレーローマは違う。我々のところに来たら、あなたは望む研究を今を遙かに凌ぐ環境で続けられますよ」
「ウゥン。その条件はやや魅力的~……」
チラリと大臣を見ると、顔真っ赤にして怒ったまま、「なんとかしろ」「断れ!」と言いたげにしている。
ガイエル君の言う通り、マーレハイト亡命政府は遠からず滅びるだろう。今は裏社会限定でそれなりにイケイケだけど……ちょっとやり過ぎている。
人類連盟だけではなく、<カヴン>にブッ叩かれる日も遠くない。ただ、プレーローマに身売りしたところで、命を助けてもらえる保証もない。
【占星術師】クンの話だと、そろそろ彼が来てくれるはずなんだけどな~……。上手くプレーローマと鉢合わせたかったんだけど……。
私でガイエル君を倒す? いやぁ……無理かなぁ? さっきの不意打ちが効いたとしても、ガイエル君以外にもプレーローマの部隊が控えてるだろうからなぁ。
マーレハイトの子達を密かに人間爆弾に改造しているから、それ使う? 意味ないか。花火のように血と肉片がばらまかれて汚いだけだ。天使達には通用しない。
どうしたものか、と思案していると……救世主がやってきた。
方舟の壊れた壁を「ひょい」と通って、1人の男がやってきた。
着物の上にジャケットを羽織り、帯刀した男がズカズカとやってきた。
ガイエル君達が気づいていない様子なので、代わりに拍手をして「ようこそ」と言って迎えてあげる。拍手してあげたのに、軽く睨まれちゃった。
「……誰だ?」
ガイエル君は男が何者かわからないらしく、戸惑っている。
彼がやってきたことに気づけなかったらしい。周辺のプレーローマ部隊からも、こんな男がやって来た報告なんて届いてないだろうからね。
男の刀が「かちん」と音を鳴らした事も気づいてないようだ。
気づいても、その程度の事は違和感を抱かなかったのかな?
「ドクター・メフィストフェレス。この男はあなたの用心棒ですか?」
「そうだと言ったら、どうする?」
「――殺せ」
さすがのガイエル君も、笑みを消してそう言った。
一騎当千の部下達を新手の剣士に差し向けようとしたけど……ガイエル君達の部下は一歩も先に進めなかった。
その代わり、頭は動いた。
首から落ちた頭が、ボトボトと地面に落ちていった。
男に首を斬られていた事で、ボトボトと落ちていった。
ガイエル君はギョッとしている。まだ生きている。
けど、新手の剣士の斬撃は目で捉えられなかったようだ。
「貴様、何者……!!」
「――――」
剣士が口を開く。
鯉口を切るように呟いた。
「神器解放・視覚法度」
瞬間。
世界の法則が書き換えられた。




