負けない作戦
■title:交国領<ネウロン>の地下にて
■from:エデン実働部隊<ラフマ隊>隊長のラフマ
「どこに行くつもり?」
「…………。繊三号基地に戻って、行方不明の皆を探してきます。それと、反交国組織の人達も、出来るだけ……助けてきます」
来た道を戻ろうとしているスアルタウ君に声をかけると、そんな馬鹿らしい返答が返ってきた。この子、アラシア隊長との会話をもう忘れたのかしら。
長く戦場にいると、自責の念から「馬鹿」としか言いようがない行動をする人間は何人も見てきた。この子もその一員らしい。
一瞬、ブン殴って連れて行く事も考えたものの、何もかも面倒くさくなった。
今日何度目かわからないため息をつき、「好きにしなさい」と言って送り出す。
グズってるガキの世話より、カトー君が行方不明っていう予定外をどう処理するか考える。考えていると、ウチの副長が「待て待て待て!!」と叫びながらスアルタウ君に掴みかかった。
背後から掴みかかって「ひょい」と担ぎ上げ、私のところに彼を連れてきた。……面倒事を持ってくるのはウチの副官の数少ない短所ね。
「隊長っ! 大人の対応しろとは言いませんから、もうちょっとこう…………カトー総長の代理として、現場指揮ぐらいしてくださいよっ! この子、マジで繊三号に戻ろうとしてますよ!?」
「いいじゃない、別に。何言っても無駄なんだから、好きにさせなさい」
「この子が交国軍に捕まって、エデンの情報をペラペラ喋ったらどうするんですか!? 本人にその気がなくても、交国の尋問に耐えられねえかもですよ!?」
この子が知っている情報なんて、レンズちゃんが全部知っている程度の話だと思うけどね。まあ、ウチの副官が言うことも正論ではある。
じゃあ殺しておくか……と思いつつ、アラシア隊長達にどう言い訳するか考えていると、ウチの副官はガキの説得を開始した。
「いま繊三号に戻るのは、ただの自殺行為だ! ほぼ間違いなく、交国軍は繊三号にいた反交国組織の鎮圧を終えている! 向こうには犬塚特佐がいるから、お前1人で勝てるわけないだろ!?」
「……やってみなきゃわからないでしょう」
「じゃあ、どうやって勝つか説明してみろボケ! ガキっ!! 俺は……我が身が一番可愛いクズ傭兵野郎だが、ガキの自殺を見逃すほど腐ってはねえぞ!?」
オークの無骨な手がスアルタウ君の両肩に置かれる。キチンと納得のいく説明をするまで離すつもりはないらしい。
スアルタウ君は俯き、「適当な機兵を奪って戦います」と言った。
「巫術で機兵を奪って……奇襲をかければ……。犬塚特佐が白瑛に乗っていない時なら、僕にだって勝ち目が……」
「相手は犬塚銀だぞ。そう簡単に隙を見せてくれるはずがない。つまりお前の考えているのはクソ迷惑な自殺計画でしかねえんだよっ! 正気に戻れ!!」
「じゃあどうしろって言うんですか!? レンズも総長も、見殺しにしろって言うんですか!?」
「…………」
「自殺したいなら、好きにしなさい。死にたがり」
言葉に詰まっている副長に代わり、ガキの背中を押してやる。
あとは放り出してもいいんだけど……副長がムッとした表情で私を睨んできたので、もう少し言葉を投げてやる。
「あなたは『自分の所為』なんて馬鹿らしい思考停止をして、自殺しようとしているだけの無能よ。そうじゃないって言いたいなら、勝てる作戦を立案しなさい」
「…………」
「もしくは、絶対に負けない作戦を立案しなさい」
そんなもの存在しないけどね――と思いつつ、携帯端末に視線を落とす。
多次元世界最強と言われた救世神ですら、何者かに敗れた。神ですらない私達が「絶対に負けない作戦」など出来るわけがない。
そんな事を考えつつ端末を操作していると、目当ての情報が入ってきた。それを馬鹿なガキにも見せてあげる。
「交国の報道で、繊三号基地の話が流れてる」
「…………!!」
「やはり、向こうは既に鎮圧されている」
交国の報道を鵜呑みにするわけではないけど、これはほぼ間違いないでしょう。
報道では「交国軍が繊三号基地に潜んでいた反交国勢力を制圧した」という情報が流れている。交国側は「慈悲深く」降伏勧告を行ったものの、反交国組織が抵抗してきたため、犬塚特佐が止むなく制圧した――と報道されている。
その報道の映像を見ていると、捕まった奴らの映像も出てきた。
大半が解放軍兵士のようだったけど、エデンの人間も1人だけいた。
「レンズ……!!」
「死んではいないけど、見事に捕まったみたいね」
報道で――ガチガチに拘束された――レンズちゃんが「危険な巫術師」として紹介されている。大怪我はしていないけど、顔を殴られたのか頬が腫れている。
生け捕りに出来たから、現場で処刑にはならなかったようだけど――。
「繊一号に移送し、尋問が終わった後に処刑を行う……っスか。現場で殺されないだけマシかもですけど、性急ですね」
「犬塚特佐が先走っているのかもね。ただまあ、彼なら押し切るでしょう」
彼は部下と家族を殺された影響でネウロンで苛烈な「反乱者狩り」を行っている。今も昔も「交国の英雄」として担ぎ上げられていた影響もあり、交国政府でも彼の暴走を止められていないのが現状だ。
彼はレンズちゃん達を宣言通りに処刑するでしょう。
あるいは、もっとエグい事をするかもね。
そもそも……繊三号で行われた決起集会に参加した者達は、表向きは交国軍所属の軍人が多い。国家転覆を企てた者達だ。犬塚特佐がゴリ押ししなくても、処刑されてしかるべき者達だ。
ブロセリアンド解放軍が7年前に行った武装蜂起は――幹部達はともかく――末端の兵士達は犬塚銀が弁護してかばった。
制限付きではあるものの原隊復帰等が許されていた。けど、その「慈悲」を台無しにする行動を行っていた以上、もう解放軍兵士を庇ってくれる人も庇えるだけの人も存在しない。
交国には存在しない。
スアルタウ君が交国の報道に齧り付きになっているので、私の携帯端末が見られなくなっちゃった。副官の端末を奪い、それで報道をよく確認したけど――。
「カトー君の姿は……なさそうね」
「あの人、悪運強いですし逃げ切ったんでしょう」
「あるいは、既に射殺されているか」
副官が「子供の前でヒドいこと言うな」とでも言うように、私を肘で軽くドツいてきた。腹を殴って悶絶させ、反撃しておく。
スアルタウ君はレンズちゃんが生きていると知って、少しは元気が湧いてきたらしい。「まだ助けられる」と呟いている。
どう助けるの、と聞くと、考え込み始めた。
「……今から繊三号に助けに行くのは……」
「まあ、無茶ね」
「じゃあ、繊一号に助けに行く」
スアルタウ君は端末に向けていた視線を私に向け、「報道でも『繊一号に連れて行く』って言ってますし……」と言った。
「早く助けに行かないと、皆が処刑されてしまいます。だから――」
「繊一号は、ネウロンにおける交国軍最大の拠点よ」
攻めるのは不可能じゃないけど、攻め落とすのは難しい。
繊一号の基地にも、解放軍の兵士がそれなりに隠れている。そいつらを動かせば繊一号を攻めることも不可能ではない。
ただ、解放軍と私達だけでは返り討ちに遭うでしょう。……犬塚銀の駆る白瑛と、交国軍兵士に蹴散らされるのがオチだ。
「わざわざ『繊一号に護送して処刑する』って発表した理由はわかる?」
「……反交国組織をおびき出すため」
「その通り。彼らは餌よ」
わざわざ報道している理由は、交国国民に作戦の成果を喧伝するためじゃない。スアルタウ君の言う通り、反交国勢力をおびき出すためのものだろう。
繊三号にいた反交国勢力の人間は結構殺されたみたいだけど、半数ほどは生き残っているようだった。
「まあ、主立った奴らは死んだみたいだけどね」
交国軍が発表している情報を見ると、ブロセリアンド解放軍の代表や幹部が死亡している報道が流れている。逃げようとしている時、サクッと死んだものね。
解放軍以外の組織の代表も、決起集会に参加したものはカトー君以外全員、死亡が確認出来ている。機兵に踏み潰されてペチャンコになった子もいるから、交国でも全員の身元は確認出来ていないようだけどね。
カトー君は、何とか逃げ延びたんでしょう。
一応、退路はもう1つ用意していたし……そっちから逃げたんだと思う。連絡が取れないうちの部下3人も捕まっていないようだし、彼らと逃げたんでしょう。
未だ連絡取れないって事は、相当追い詰められているんだろうけど……仮に捕まっていたら、カトー君は大々的にさらし者にされるだろう。
ほんの数年とはいえ、特佐として活動していた人間だもの。犬塚特佐達に捕まっていたら「裏切り者を処刑しちゃうぜイェイ」と大々的に発表されるはず。
ひとまずカトー君に関しては心配しなくていいわ、とスアルタウ君に説いておく。お腹が減ったら帰ってくるでしょ。その前に、|生意気だけど可愛い部下の窮地に慌てて戻ってきそうだけど。
「助けに行きたいところだが、真っ向から挑んだら返り討ちになるのがオチだ。相手は犬塚銀だから……しっかり罠を仕掛けている可能性が高い」
ウチの副長が――スアルタウ君に無茶させないためか――馬鹿でもわかることをわざわざ説き始めた。
現状の装備で繊三号に戻ったところで返り討ちに遭うし、装備を整えていたら犬塚銀達はさっさと繊一号に向かってしまうだろう。
かといって、繊一号を襲撃しても勝てる保証はない。雑兵を取り戻すために戦力を投入するのはどうかしている。
「繊一号の襲撃は不可能だ」
「密かに忍び込んで、皆を助けて逃げるのは――」
「忍び込むだけなら、私1人なら可能よ」
私がそう言うと、副官が「余計なこと言わないでくださいよ」と言うように軽く睨んできた。
「まあ、忍び込めても『助け出す』のは不可能ね。捕虜になっている連中が多すぎる。1人だけでも……連れて逃げるのはさすがに無理」
死体でよければ1人ぐらいは回収できるかもだけど、そんなことする必要もない。結論、諦めた方がいい――と提案したけど、やはりスアルタウ君は納得しなかった。「自分1人でも助けに行く」って感じの目をしている。
「彼らを助けに行くのは無茶だし、そこまで危険を冒す理由もない」
「じゃあ……危険のない方法なら、いいんですか?」
スアルタウ君に何か考えがあるようなので、その考えに耳を傾ける。
話すように促すと、彼は「向こうの警備が手薄な時があります」と言った。
「混沌の海なら……向こうの警備体制も弱まっているはずです」
犬塚銀達と捕虜の現在位置は繊三号だろう。
そして、彼らは繊一号に捕虜を連れて行くと明言している。
「繊三号から繊一号に向かうなら、ネウロン界内を通るよりネウロン界外を通る方が速い。敵は混沌の海経由で繊一号に向かうはずです」
「それはそうでしょうね」
「混沌の海なら、敵の警備体制も弱体化している可能性はあるなぁ……」
混沌の海は視界が悪く、混沌を刺激すると時化が発生するから危険な場所だ。
交国軍の艦艇だろうと、時化にモロに巻き込まれた場合、海の藻屑になる可能性がある。……襲撃するなら悪くない場所だ。
実際、7年前は混沌の海で交国軍を襲撃したおかげで、スアルタウ君達を助けられた。アレも相当危ない橋を渡った話だけど――。
「良い案ね。けど、良い案だからこそ向こうも想定済みよ」
混沌の海で襲撃する、というのは有り触れた案だ。
交国軍側も警戒しているだろう。相当な危険を冒しても失敗する可能性が高い。
「じゃあ……ノーリスクで出来ればいいんですね?」
スアルタウ君はそう言い、考えついた案を提示してきた。
私に言われた通り、「絶対に負けない作戦」を提示してきた。
さすがに「絶対」とまではいかないけど――。
「……悪くない計画ね。上手くいけば全部ひっくり返せる」
「そんな上手くいきますか? ほぼノーリスクだとしても――」
難色を示す副官にウインクしつつ、「私が援護する」と言う。今日一番驚いた様子で目を開いた。
「隊長が? どうしたんですか、急に……」
「面白そうだし、やれそうな作戦だから乗っかろうと思って」
「いやぁ…………でも、隊長が危ないと思いますよ?」
「大丈夫よ。アンタは私の侵入技術、よく知ってるでしょ?」
そりゃあ知ってますけど――と呟いた副長からスアルタウ君に視線を向ける。
スアルタウ君は自分で「救出作戦」を提案しておきながら、私が参加して危険を冒すことに関しては難色を示してきた。
「ラフマ隊長に危ない橋を渡らせるのは、さすがに……」
「大丈夫。自信あるから。それに、これが上手くいけば一気に仕事が楽になるし」
「隊長、俺は反対ですよ。隊長が死んだらラフマ隊はどうなるんスか……!」
「どうとでもなるものよ」
ヨモギが心配しているのは「部隊」とは「別の事」でしょうけど、その件もまあ…………何とかなるでしょう。一応、保険はかけてるし……。
仮に死んだところで大丈夫よ、と考えつつ、「上官の命令には従いなさい」と副官を黙らせておく。
「私達は交国軍に勝たなきゃいけないの。スアルタウ君の提案は、レンズちゃん達を助けるだけではなく……この状況を一気に覆す可能性を持っている。100%成功するとは限らないけど、試すだけ試してみましょ」
そう言い、スアルタウ君の肩をベシベシと叩きつつ、「何よりキミの提案はなかなかに面白い」と言い、笑う。
私はキミの案を支持する。役に立たないウジウジしたガキだと思ったけど、結構面白い提案してくるじゃない……。
「ただ、ヴァイオレットちゃんの説得は自分でやってね。彼女、メチャクチャ過保護なんでしょ? キミが危ない橋を渡ろうとしている事を知ったら、絶対に反対してくるんじゃないの?」
「う…………。それは、そうですけど……」
「彼女の協力なしじゃ成り立たない作戦だろうし、何とかしてね。説得」
そこは私じゃどうしようもない。というかそもそも面倒だからやりたくない。
作戦の大筋決まった。細かいところは第1セーフハウスにいた面々や、後続の部隊と詰めていく必要があるけど……ひとまず私達で動きましょう。
ウチの部下達にも「休憩終わり。仕事の時間よ」と促す。
副長は微妙に嫌そうにしていたものの、結局は折れてくれた。他の奴らはどっちでも良いらしく、歯切れ良く「了解」と返してくれた。
ネウロン解放、かったるい作戦になりそうだったけど……少しは楽しめそう。




