大義名分の喪失
■title:交国領<ネウロン>の地下にて
■from:エデン実働部隊<ラフマ隊>隊長のラフマ
「……マズい事になりましたね」
「そうね」
交国軍による繊三号基地襲撃から7時間が経過した。
私達は何とか脱出に成功。事前に作っておいた地下通路を経由し、繊三号基地から離れる事に成功した。
地下通路は最近作らせておいたものだから、交国軍も関知していないものだ。長居はできないけど、しばらくは見つからないでしょう。
「つーか……どうします? カトーが行方不明ですけど」
「レンズちゃんもね。……ハァ、だから面倒事は増やしたくなかったのよ」
「隊長も、最終的にあの子ら連れて行くのに賛成してたじゃないですか~……」
「仕方ないでしょ。マーレハイト側が急に言い出したんだから……」
敵の襲撃により、カトー君とレンズちゃんが行方不明になった。
最後にレンズちゃんを見た子曰く、彼女は王女様と自分を逃がすために犬塚銀の<白瑛>と戦っていたらしい。
繊三号での戦闘は私達が基地から脱出したのとほぼ同時に終結したようだから、脱出に失敗したレンズちゃんは……ろくな目にあってないでしょうね。
相手は交国軍。
こっちはテロリスト。
その2つがぶつかれば、大抵よくない化学変化が起きるものよ。
あとはカトー君と、彼につけていたウチの部下3名も行方不明。未だに連絡が取れない。……予定外の出来事の所為でエデン総長が死ぬなり、交国軍に捕まるなりの結果に至ってしまったかもしれない。
まあ、最悪の事態…………ってわけじゃあないけど、さすがに面倒ね。
今のエデンは<ベルベストの奇跡>を起こしたカトー君の存在によってまとまっていた組織だから、彼がいなくなると組織が瓦解しかねない。
エデンの実質的なナンバー2は穏健派のヴァイオレットちゃんだから、彼女が組織の実権を上手く握れば瓦解はしないかもだけど……。彼女の場合、ネウロン解放とか目指さないかもだから、それはそれでねぇ……。
カトー君には「ネウロン解放」のために一番重要な戦力との交渉を任せていたから……彼が死んでいたら本当に面倒。今までの投資がパァになりかねない。
どうしたものか……。
「……あの子、かなりキツい目にあったみたいですね」
ウチの副官が――悩む隊長ではなく――死体袋の前でうなだれているスアルタウ君を見て、気の毒そうな表情を浮かべていた。
「本人生きているからいいでしょ」
「あのですねぇ……隊長……。彼、自分のとこの総長と友人が行方不明で……そのうえ、目の前で王女様を殺されたんスよ? キツいに決まってるでしょ……!」
しなくていい肩入れをしている副官から視線を切り、またため息をつく。
レンズちゃんが行方不明なのは――命令無視した本人の――自業自得だし、カトー君が行方不明なのも、そこの貰い事故みたいなもんでしょ。
スアルタウ君もスアルタウ君で命令を無視して人助けにいって、人助けに失敗したってだけよ。
戦場では有り触れた話でしょ――と副官に言うと、彼はジト目を浮かべて「ウチの隊長はノンデリだなぁ」なんて失礼な事を言ってきた。なんで私が彼のことそこまで気遣わなきゃいけないんだか。
スアルタウ君は王女を連れて地下区画に戻ろうとして、彼女を守り損なった。
仮面をつけた狙撃手が放った弾丸が、王女の脳天を見事に打ち抜いたらしい。
奇跡的に即死してなかったけど、ラフマ隊の「懸命な治療」むなしく、王女様は息を引き取りましたとさ。
「……王女様が死んだのはキミの所為じゃない。落ち込むなって言っても難しいと思うが……責任なんて感じなくていいんだからな? 王女様を殺したのは…………その…………交国軍だ! 悪いのは、奴らだよ」
王女が入った死体袋の前で立ち尽くしているスアルタウ君に対し、ウチの副官が慰めの言葉を投げかけている。
そのままペチャクチャと「総長達もきっと大丈夫だよ」と言い始めた。
「俺達が使った退路はもう封鎖したが……総長達は、上手く機転を利かせて逃げたはずだ。敵の通信妨害の影響でよく聞き取れなかったが、総長は『先に行け。こっちはこっちで何とかする』と言っていたしさ……!」
「立ち止まっていても何にもならないから、移動しましょ」
バツの悪そうな顔をしている副官が余計なことを言う前に、押しのけてスアルタウ君に対して語りかける。
ここはまだ交国軍にバレていないけど、相手は犬塚銀だ。急ごしらえの地下通路なんて直ぐにバレてしまう可能性がある。もうちょっと逃げておきたい。
だからスアルタウ君にも「逃げましょう」と語りかけたものの、彼は「王女様を治療してください」なんて言葉を吐いた。
虚ろな目つきで、死体袋を開けようとしているので、その首根っこを掴んで引き剥がす。……カトー君のお気に入りとはいえ、所詮はガキみたいね。
「それがただの死体だって事は、キミもわかってるでしょ? お得意の巫術で確認してみなさいな。魂なんて観えないでしょ?」
「ぼ……僕は、この人を守ると誓ったんです……。それなのに、僕は……また、守れなくて……!」
「だからなに? 別にいいでしょ? 守ると誓っていたとしても、それは単なる言葉。正式な契約を結んだワケでもないんでしょ? 別に気にする事じゃ――」
予定通りに事が進んでいない苛立ちから、ついつい声にトゲを生やしてしまう。私の雑対応を咎めるように、副官が「隊長っ!」と声をかけてきた。
けど、何もかも気を遣ってやる必要はない。そもそも面倒くさい。これ以上の面倒事を増やされるのも嫌だから、厳しく躾けておくべきだろう。
保護者不在ならなおの事ね。
「スアルタウ君、ここは戦場なの。道徳も正義も弾丸の前では脆いものよ。その死体にすがりついたところで、時間の無駄だって理解して」
「…………」
「正直、キミのような甘ちゃんは置いていきたいけど――」
「僕は、繊三号基地に戻ります」
「また張り倒されたいの?」
繊三号基地から逃げる時も、少し手間取った。
このガキは瀕死の王女を私達に預け、カトー君達を助けに戻ろうとしていた。
そんな暇ないから張り倒して気絶させ、無理矢理連れてきたけど……未だに繊三号基地に戻ろうとしている。好きにさせてやってもいいけど――。
「悪いけど、首に縄をつけてでも連れて行くから。キミのことは……カトー君にも頼まれているから……」
彼を心配させないためにも、さっさと逃げましょう――と促したものの、スアルタウ君は死体袋の傍に蹲り続けた。
面倒な子ね、と言う代わりにわざとらしいため息をついてあげた後、部下に「連れていきなさい」と言っておく。
副官が割って入ろうとしてきたけど、コイツは甘ちゃんだから駄目。スアルタウ君に近づいていこうとしたのを止め、他の部下に任せる。
「ところで、第一セーフハウスとの連絡はどうなってるの?」
「相変わらず取れません。向こうも襲撃を受けたっぽいですね……」
「犬塚特佐を舐めてかかり過ぎたかしら……?」
私達がネウロンに来たのがバレているのは当然として、セーフハウスの位置までバレているとは思わなかった。予定と予想の上を行かれた。
もちろん別のセーフハウスも用意しているけど、下手したらそっちもバレている可能性がありそうね。腐っても交国の英雄と言うべきか……。
「ヴァイオレットちゃんやアラシア隊の奴らも殺されてるかもね?」
「しっ! そういう事、彼の耳に届くとこで言っちゃダメですよっ……!」
事実でしょ、と言いつつ副官の肩を叩く。
ひと休憩した事だし、もう少し逃げましょう。




