親殺し
■title:交国軍の輸送艦にて
■from:死にたがりのスアルタウ
ラフマ隊長達を助けたのは、カトー総長じゃない。
まったくの別人。
ただし、同じ組織に所属する人だったようだ。
「現エデン総長のカトー君は、私達を助けてくれた『カトー』と同じコードネームを名乗っているだけ。……いや、あの人はコードネームじゃなくて本名か」
そういえば、ラプラスさんが<大斑>で再会した時に言っていたな。
僕らのコードネームを、「カトー様と同じ理由でつけたのですね」とか言っていた覚えがある。……総長も人の名を受け継いでいる、という事か。
「当時の『カトー氏』によって、生き残りの少年兵は助けられた。当時からエデンは弱者救済を行っていたのよ」
ラフマ隊長はエデンに保護され、手当を受けたらしい。
エデンの手引きで界外脱出も出来たらしい。
「あと、カトー氏は私達の復讐もしてくれた」
「復讐……?」
「私達はエルボダサラの異世界侵略の口実にされていた。だから、カトー氏達はエルボダサラに対して復讐してくれたのよ」
当時のエデン構成員は――少年兵の証言を聞きつつ――エルボダサラが裏でやっていた蛮行の証拠を集めた。
そして、エルボダサラの悪事を告発したらしい。
当時からエデンは「テロ組織」として人類連盟に睨まれていたけど、それでも説得力のある証拠を国際社会にばらまいたらしい。
エルボダサラは「エデンによる捏造だ!」と主張したものの、エデンが提示した証拠はその主張を粉砕した。
エルボダサラがやっているような悪事は……他の国もやっている事だけど……多くの人連加盟国がエルボダサラを糾弾したらしい。
「他の人連加盟国にとっても、好機だったのよ。異世界侵略を行う商売敵が減る好機だったから、エデンによる告発に上手く乗ってくれたの」
結果、エルボダサラの異世界侵略は頓挫した。
多くの人々からの糾弾と、人連加盟国による経済制裁によって大打撃を受け、エルボダサラの国力は大きく衰えた。異世界に手を伸ばす余裕もなくなった。
エルボダサラという国は何とか存続しているものの、かつての勢いはなくなった。ラフマ隊長はそんなエルボダサラを「三流国家に落ちぶれちゃったのよ」と言い、笑っていた。
当時のエデンはラフマ隊長達のような少年兵を救い、人連加盟国による悪事も暴いてみせたわけだ。因果応報の代行者として、立派に役目を果たしたわけだ。
「まあ、この話にはヒドいオチもあるんだけどね」
エルボダサラが支配しようとしていた後進世界から、エルボダサラの正規軍も撤退した。駐留を続けられる状況ではなくなった。
でも、その後直ぐに交国軍がやってきて……エルボダサラに代わって「治安回復」を行い始めたらしい。
その後進世界は、今は立派な交国領に組み込まれてしまったとさ――と言い、ラフマ隊長は苦笑を浮かべた。
「交国が最後に掻っ攫っていったわけですか……」
「そういう事。エデンにもっと力があれば……メチャクチャになった後進世界の自立を促す事も出来たかもしれないけどね」
「…………」
「エデンが今より強くなって、勢力を拡大していけば……こういう胸くそ悪い出来事も起きなくなるはずよ」
ラフマ隊長達のような少年兵も生まれなくなる。
生まれる前にエデンが止められるかもしれない。
人連加盟国による蛮行も、止められるかもしれない。
そのためにはエデンがもっと強くなる必要がある。そのためにはネウロン解放も必要なのよ――とラフマ隊長は言った。
「その辺はさておき、私達はカトー氏に救われた。何とか死なずに済んだし、クソったれなエルボダサラを痛い目に合わせる事も成功したしね」
「ラフマ隊長達は……その後どうされたんですか?」
「一時的にエデンの庇護下に置かれた。……エデンを罵りながらね」
ラフマ隊長は頬を掻き、「当時の私達はガキだったから」と漏らした。
「カトー氏には……一応感謝したけど……エデンの事は信用出来なかったのよ。綺麗事を吐きながら、少年兵を利用するつもりなんでしょ、と考えたの」
境遇的に、警戒してしまうのも無理はないだろう。
誘拐されて少年兵に仕立て上げられて、やっと戦争が終わったと思ったら切り捨てられ……急に救いの手が差し伸べられた。
その手は他人のものだから、急には信じられないだろう。
「故郷を覚えている奴は、エデンに送り届けてもらったけど……私は思い出せなかった。だから、どこに帰ればいいのかわからなかった」
「…………」
「エデンについていく道もあった。一応、私達は戦闘経験あるからエデン構成員として役に立つかもしれないしね。でも、当時の私達は断った。理由はエデンを信用しきれなかったから」
エデン側も無理強いはしなかったそうだ。
カトーさん達が必死に移住先を探してくれて、そこに故郷を忘れた少年兵を預け、去って行ったらしい。
「預けられた先は裕福とは言えないけど、それでも少年兵時代に比べたら格段に良い場所だった。……けど、私達はそこに馴染めなくてね」
「それは、なぜ……?」
「兵士としての習慣が染みついちゃってて……平和ってものがが肌に合わなかったの。だから、そこからも逃げた」
死線をくぐり抜けた少年兵同士で手を取り合って逃げたらしい。
そして、独立傭兵部隊<犬除>を立ち上げ、傭兵として戦場を渡り歩き始めた。……少年兵時代の経験が活きたそうだ。
最初は良い仕事に有り付けなかったそうだけど、それでもラフマ隊長達はさらなる死線をくぐり抜け、異世界に股をかけるほどの傭兵部隊に成長した。
後進世界の現地住民に雇われ、エルボダサラのような悪事を働く国家とやりあった事もあるらしい。
「失礼な言い方かもしれませんが……傭兵部隊だけで国家相手にやり合えるものなんですか……?」
「不可能じゃない。実際、エデンは上手くやったでしょ?」
敵の背後には人連加盟国がいる事もあったけど、最初から正規軍が投入されてくるわけじゃない。エルボダサラがやったように、先駆けとして犯罪組織を投入してくる相手は珍しくなかったらしい。
所詮は後進世界の人間――と舐めてかかってくる相手に、先進世界の兵器も使って反撃し、捕虜を取り、裏で国家が動いている証拠を掴む。
かつてのエデンがやったように、その証拠を使って告発し、他の人類連盟加盟国の干渉に期待する。それは「人連の自浄作用が働いた」という状態とは言いがたいけど、早めに事態を収拾できれば後進世界を守る事も出来たらしい。
「後進世界側の傷口が浅いうちに敵を叩けば、他の人類が『治安回復のため~』と出張ってくる事も防げた事もあった」
「そうか。異世界侵略が行われる前の状態なら、人連加盟国が介入の口実に使う『治安が荒れている』という状態とは言えないから……」
「人連側が圧倒的な力を持っているから、その手が毎回通じたわけじゃないけどね。でも、人連側も一枚岩じゃないから、上手くやる方法はあるのよ」
ラフマ隊長はニンマリと笑い、「こっちからマッチポンプを仕掛けてやった事もあるわ」と言った。
曰く、人連加盟国が食指を伸ばそうとしている気配があった時、先んじて後進世界でちょっとしたボヤ騒ぎを起こす。
具体的には、異世界侵略に動こうとしている人連加盟国の機兵を後進世界に持ち込み、それが闊歩している映像を撮影する。
人的被害が出ていなくても、異世界侵略する兆しがありますよ~という証拠を作ってしまえば、他の人連加盟国が牽制してくれるらしい。
証拠の捏造ではあるけど、食指を伸ばそうとしていた国家側にも後ろ暗いところがあるから……人連の査察が入る前に、コソコソ進めていた準備を慌てて処分せざるを得ない事もあるようだ。
「人連や強国とやり合うにも、色んな方法があるんですね。勉強になりますっ!」
「あんまり褒められた手段ではないけどね……。でも、相手が強大すぎて……そういう汚い手も必要な時があるのよ~……」
ラフマ隊長はため息をつき、「人類同士で争っても、プレーローマが喜ぶだけなのにねぇ……」とボヤいた。
ラフマ隊長達は少年兵時代に培った経験を活かして傭兵稼業をしつつ……強国の横暴を牽制して回っているらしい。
「危険な仕事だけど、需要はあるのよね。後進世界には技術も力もないけど、資源や財宝なら何とか用意できるってとこもあるから。上手くやればこっちもタダ働きせずに済むの」
それがラフマ隊長達の復讐。
直接的な仇であるエルボダサラは没落したけど、似たような事をしている国家は他にもある。「腹いせと実益を兼ねて傭兵稼業してたわけ」と教えてくれた。
「そういう仕事をしているうちに、私達も……ちょっとは大人になって、善悪の見分けがつくようになってきた」
「…………」
「エデンや、カトー氏が損得抜きで私達を助けてくれた事も理解していった。皆で『いつか、カトー氏への借りを返さないとね』と話し合えるようになっていった」
「…………」
「…………」
ラフマ隊長はしばし、黙っていた。
少し悲しげな笑みを浮かべ、目を伏せていたけど――。
「そのカトー氏が……私達と別れた後、死んだって事を……後になって知ったの」
「そう…………なんですか」
僕の知っている「カトー」は総長だけだ。
今のエデンにいるカトーは総長だけだ。外部の協力組織や、戦場を離れた場所に「カトー氏がいる」という話も聞いた事がない。
引退したとかじゃなくて、もう亡くなられているようだ。
「あの人、神器使いでもないのに権能使いの天使を倒すほどの英傑だったのよ」
「そっ……! そんなにスゴい人だったんですかっ……!?」
「でも、そんなカトー氏も死んでしまった。私達は恩返し出来なかったことを後悔した。……だからせめて、カトー氏の名と遺志を継いだカトー君に……現エデン総長に対して、代わりに恩返しする事にしたのよ」
それが「カトー」の名に借りを持っている、という言葉の真相らしい。
「まあ……ベルベストではメチャクチャ危ない橋を渡らされたから、さすがにもう貸し借り無しでいいって思わない……!? 勝てたから良かったものの、相手はプレーローマだったのよっ!?」
「ははっ……。そうですね」
ラフマ隊長は「貸し借り無し」と言うけど、それは本当だろうか。
だって、ラフマ隊長は今もエデンに協力してくれている。
それも外部の独立傭兵部隊としてではなく、エデン構成員として力を貸してくれている。「それは何故ですか?」と問いかけた。
「穢れた傭兵風情に、崇高なエデンの活動を手伝ってほしくないの?」
「そんなこと思ってません! だって、ラフマ隊長達は……エデンのように、弱者救済を行ってきたんでしょう?」
傭兵稼業を通じて、後進世界の人達を助けてきた。
それなら、エデンと同じような事をしている。
穢れてなんかいませんよ、と言うと、ラフマ隊長は小さくため息をつき、「助けられなかった方が多いけどね」と漏らした。
「エデンに入って、直接的に協力してくれるの……スゴくありがたいです! でも、『貸し借り無し』なら……なんでエデンに入ってくれたんですか?」
「そこはねぇ……。申し訳ないけど、打算があるのよ」
「打算?」
「私達も、いつまでも傭兵稼業なんてやってらんないわけよ」
ラフマ隊長達は、人類連盟加盟国とやり合っている。
直接的な対決は避けつつも、それでも逆らっている。出来るだけ正体を隠しているらしいけど……人連に睨まれる存在ではあるらしい。
かつてのエデンは人連に睨まれ、人類文明の中でも孤立を深めていき……プレーローマの罠にハマってしまうほど、窮地に追いやられた。
同じような事が、ラフマ隊長達の身にも降りかかる可能性はゼロじゃない。プレーローマではなく、人連の軍隊が直接襲ってくる可能性は十分あるそうだ。
「カトー君が行おうとしている『ネウロン解放』の先には、人類文明の歪みを正す結果が待っている。人連のようなクソ組織を解体し、新たな人類秩序を構築する機会が巡ってくる可能性がある」
ラフマ隊長もそれを目指しているらしい。
今、弱者同士で一致団結し、既得権益を貪っている強国を倒す。その勢いで人類文明全体を変えてしまおうとしているようだ。
要するに、総長の立てた計画に賛同したからこそ、エデンに入って直接手伝うことを決めてくれたそうだ。
ラフマ隊長はそれを「自分達の身を守るための打算」と言って笑ったけど、僕はそうは思わない。……頼りになる仲間が増えるのは、とても嬉しい。
「改めて、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
握手すると、ラフマ隊長は真面目な表情になって、「キミはまだまだ若いんだから、しっかり生き残ってエデンを背負っていきなさい」と言ってきた。
「短い付き合いなんて御免だからね。死んだら親交を深めた時間が無駄になる」
「はい……。気をつけます」
「ところで……キミは『カトー氏』のこと、どこまで知っているの?」
「どこまで、と言うと――」
総長に何か聞いたかもしれないけど、覚えていない。
僕が知っているのはラフマ隊長に教えてもらった話でほぼ全てだと思う。……総長のコードネームの由来になった人なら、総長から結構聞く機会がありそうなものだけど――。
僕が「何も知らないに等しい状態です」と言うと、ラフマ隊長は「まあ、それはそうか……」と言った。
「エデンの汚点に関わる話だもんね」
「えっ?」
「カトー氏を殺害したのは、あなたの師匠……現エデン総長よ」
「――――」
総毛立つ。心臓を掴まれたような感覚がした。
驚き、絶句していると、「おい」という言葉が背後から投げられた。
さらに驚きながら振り返ると、そこに総長の姿があった。
……総長は少し、表情を強ばらせているように見える。
「おい、ラフマ。アルに何か変なこと吹き込んだんじゃないだろうな?」
「別にぃ? エデンの仲間として、親交を深める雑談してただけよ」
ラフマ隊長は大げさな動作で肩をすくめ、クスクスと笑った。
そして僕の耳元に顔を寄せ、「いまの話は内緒ね」と言い、去って行った。
その姿を呆然としながら見送っていると、総長が険しい顔をして近寄ってきた。僕らの話、聞こえてなかったみたいだけど……少し、怒ってるような……。
「ラフマと何の話をしてたんだ?」
「い、いえ…………。別に、何も……」
「…………。そうか。アイツは、笑えない冗談を言うことが多いから、あんまり真に受けるなよ? 話半分で聞いとけ」
総長はそう言い、僕の肩を軽く叩いて去って行った。
ラフマ隊長の背を追い、去って行った。
「…………」
ラフマ隊長の恩人であるカトーさんを、総長が殺した……?
じゃあ、なんでラフマ隊長は総長を手伝ってくれているんだ?
そもそも、総長は何で殺した相手の名を受け継いで……。
ワケがわからず立ち尽くしていると、姿を消していたエレインがゆらりと現れた。エレインも僕の傍で話を聞いていたはずだけど――。
『美しい女人だな。特に尻が良い……。そうは思わんか、兄弟』
「こ、こらっ……! 相手に見えないからって、どこ注目してんだよ色ボケバカオークっ……!」
軽く叩いてやろうと思ったが、実体のないエレインには触れなかった。
ジャブがスカスカと半透明な身体を突き抜けるだけだった。
エレインは真面目な顔をしながらアゴをさすりつつ、スケベなことを言っていたけど……直ぐに「あの女はやめておけ」なんて言ってきた。
『私の見立てでは、彼女は嘘をついている』
「は……? どんな嘘だよ。…………総長の件か?」
『わからん。だが、アレは嘘つきの目つきだった』
エレインはそう言い、残念そうに「良い尻をしているんだがな」と呟いた。
色ボケ発言はともかく、エレインの見立ては……ちょっと無視し難いな。
仮に嘘をついているとして、どんな嘘なんだ? エレインも「どれが嘘かは特定できないが、嘘をついている気がする」と言った。
エレインがここまで言うのは、結構珍しい。……でも、ラフマ隊長が嘘をついているとは……思えない。僕にはそうは見えなかった。
けど、総長が殺したって話が嘘じゃないとしたら……総長は、何で――。




