カトーへの借り
■title:交国軍の輸送艦にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「私は敵も元味方も手にかけながら、それでも生き残り続けた」
少年兵がいくら死んでも、新しい少年兵がやってきた。ラフマ隊長達を戦場に投入した人達は何人も誘拐し、何人も少年兵に仕立て上げてきたらしい。
ラフマ隊長の今の部下は、当時同じ境遇だった人達が多いらしい。……同じ苦しみを経験し、共に死線をくぐり抜けてきた仲間だそうだ。
「皆、色んなところからさらわれてきた。故郷から遠く離れた異世界で、言われるがままに戦わされ続けた」
脱走したところで、故郷に帰るのはほぼ不可能。
同じ世界ならともかく、ラフマ隊長達が連れてこられたのは異世界だった。逃げたところで脱走兵として罰せられ、逃げ切ったところで元の世界に戻るには方舟が必要。後進世界には方舟なんて当たり前には存在しない。
仮に方舟を手に入れたところで、動かす事も航海術も無い素人が界外に逃げても……混沌の海で遭難する可能性が高い。
「私が戦場に投入されて8年ほど経った頃だったかな……。その時、私達は現住民をたくさん殺して、銃火器と機兵によって彼らを支配していた。数十の現住民の国家を滅ぼしたから、版図もかなり大きくなっていた」
ラフマ隊長達を戦場に投入した人達は、銃火器で武装した少年兵によって後進世界を支配し始めた。
少年兵では手に負えない事態になった時は機兵が投入される。……手に負えない事態を作った罰として、少年兵が機兵に踏み潰されて処刑される事もあったらしい。皆、そうならないように必死に戦った。
戦って、戦って……戦い続けているうちに、ようやく戦う国家はいなくなった。散発的な抵抗はあったものの、その世界の国家は滅ぼされたらしい。
ラフマ隊長達はそれを知らされ、上役から戦争の終結を知らされた。
少年兵達は戦争終結を喜び、ささやかな宴を開いた。上役達もそれを許可し、甘味料が大量に入っている炭酸飲料を1人1本ずつ差し入れてくれるぐらいの「気前の良さ」を見せてくれたらしい。
ただ、問題はそこから先――。
「私達は上の想定通りの速度で支配地域を広げ、予定通り壊滅した」
「予定通り、壊滅……?」
「ここで問題! 少年兵を後進世界にけしかけたのは誰でしょう?」
重い話には不釣り合いなほど、明るい声を出したラフマ隊長の言葉を聞きつつ、考える。
何人もの少年兵を動員し――粗末ながらも――その装備を手配し、8年以上戦い続け、機兵まで投入できるなんて……それなり以上の資金力が必要だ。
異世界侵略は人身売買や資源採掘を行いながら軍費を賄うやり方もあるらしいけど、それだけで賄いきれるものか? 仮にそれで賄えたとしても、人や物を運ぶために結構な数の方舟も必要になるはず……。
「まさか、どこかの国家が絡んでいたり……?」
「いい線ついてる」
「人類連盟非加盟国が、やっていたとか……?」
「惜しい! それは不正解。逆よ」
「――人連加盟国が、そんなことを?」
大っぴらに異世界侵略するどころか、子供を使っていたなんて。
単に少年兵を使うだけではなく、誘拐までやっていたなんて。
さすがに「そんな馬鹿な」と呟いてしまったけど、ラフマ隊長は愉快そうに笑みを浮かべながら僕の額をつついてきた。
「あなただって、人連加盟国で実質的な特別行動兵やってたでしょ」
「いや、でも……僕らに関しては……」
交国が僕らを特別行動兵として使っていたのは、『巫術師が魔物事件を引き起こした危険な存在だから』という理由があった。
それだって無茶苦茶な理由だし、実際は冤罪だったようだし……さすがに誘拐までされたわけではない。投入された戦場も、あくまで故郷だ。
「人連加盟国が誘拐まで手を染めるなんて、いくらなんでも……」
「さすがに、人連でも問題行動よ。けど、あの国は間に犯罪組織を噛ませることで、他国からの制裁を回避しようとしたの」
誘拐及び少年兵投入のための初期費用は、国費から密かに出す。
その国費を使って犯罪組織を動かす。……自分達の手を直接汚さず、第三者を使って悪事を働いていた人連加盟国がいたらしい。
「その国の名前は<エルボダサラ>って言うんだけど、少年兵を壊滅に追い込んだのもエルボダサラの軍隊なのよ」
「はぁ……? えっ……間に犯罪組織を噛ませていたとしても、自分達がけしかけた少年兵を壊滅に追い込む……? なんで、そんな……」
「エルボダサラは私達を使って、異世界侵略の口実を作ろうとしたのよ」
エルボダサラは犯罪組織を後進世界にけしかけ、異世界侵略を行わせる。
犯罪組織は機兵と銃火器で武装した少年兵を使い、現地国家を滅ぼしていく。
それによって、その後進世界の治安を徹底的に乱す。
「エルボダサラは『後進世界の治安維持』を名目に、自国の軍隊を投入し……異世界侵略を行っていた犯罪組織を蹴散らした。といっても、蹴散らされたのは使い捨ての兵士ばっかりよ」
その「使い捨ての兵士」がラフマ隊長達のような少年兵だった。
エルボダサラの軍隊は――先進世界の正規軍と比べたら格段に弱い――少年兵を蹴散らし、後進世界を「救って」みせた。
元を正せば自分達がけしかけた少年兵なのに、救世主ヅラをして後進世界を「救った」ことにしたらしい。
そして、『治安回復』の名目でエルボダサラの正規軍を駐留させ、その世界の復興にも手を貸す。……表向きは助けるようなフリをして、その世界を支配する。
「エルボダサラの命令で動いていた私達の上役達は、その後進世界の支配者の血筋を……メラ王女みたいな王家の人間とかを徹底的に殺して回ってもいた。その世界の為政者を根絶やしにし、自分達がその世界を支配しやすいような土壌を作っていたのよ」
要はマッチポンプ。
自分達の命令で火をつけさせておきながら、自分達が火消しを行って救世主ヅラをして後進世界を支配する。
現地住民に歓迎される形で侵略を行う。
「人連加盟国はどこも腐っているから、こういう手も使うのよ。交国だって似たような事をやっている。あなたも交国の奴らに『プレーローマの脅威から保護する』とか『文明化してやる』とか言われたでしょ?」
「…………」
犯罪組織を使って異世界侵略を行わせていたのは、現地の為政者や現地国家を滅ぼすため。
回りくどい手段に見えるけど、これも1つの手らしい。
人類連盟では異世界侵略は禁じられている。ただ、実際は人連加盟国による後進世界への侵略行為が行われている。
真っ向から侵略すると他の加盟国からルール違反を指摘されるから、何らかの大義名分を用意する。ラフマ隊長達は、その大義名分作りに利用されていた。
「傭兵とか使った方がもっとスパッと事が進むけど、エルボダサラは少年兵を使わせた。ちょっとお金をケチったんでしょうね。あるいは、正規軍が後で制圧しやすいように、簡単に倒せる少年兵を使わせたのかもだけど……」
エルボダサラが使った犯罪組織の上層部も、自分達が倒されるのは織り込み済み。上層部の人間はさっさと逃げて、少年兵達だけ犠牲にする。
ラフマ隊長曰く、エルボダサラと犯罪組織の繋がりを示す確たる証拠は巧妙に隠されていたらしい。
エルボダサラに限らず、人連加盟国がよく使う手段のようだから……水面下のことは皆承知の上だったけど……それを明らかにする証拠は隠されていた。
「上から切り捨てられた私達は、エルボダサラの正規軍に蹴散らされた。仲間の少年兵が銃撃や砲撃でバタバタとやられていって、血で出来た霧が私達の体を赤々と汚していった」
「…………」
「それまで少年兵を指揮していた大人達も、大半が逃げ出していた。誰に指示を仰げばいいのかも不明。少年兵は大混乱に陥った」
それでも何とか生き延びようとした。
何をすればいいのかまったくわからず、右往左往する少年兵はエルボダサラの機兵に潰されたり、機関砲の掃射で次々と殺されていった。
エルボダサラの正規軍に投降しようとした子もいたらしい。
白旗を掲げ、投降しようとした子もいたらしい。
ラフマ隊長はうっすら笑って、「白い旗が赤く染まるだけだったけどね」と言った。エルボダサラは「犯罪者には容赦しない」とぬけぬけとのたまい、犯罪組織の被害者である少年兵達を次々と殺していったらしい。
「生き残った私達は使い慣れた得物を手に、山林に隠れた。エルボダサラ軍も、入念な山狩りまでは行わなかった。……抵抗する犯罪者がある程度生き残っていた方が、『治安回復』の口実で居座り続けやすいからね」
「……汚いやり方ですね」
「向こうにとっては賢いやり方なのよ」
ラフマ隊長は、何とかエルボダサラ軍から逃げ切った。
けど、それで終わりじゃない。
上役だった犯罪組織には切り捨てられ、補給も満足に受けられない状態。……周りは敵だらけの後進世界でジワジワと追い詰められていった。
「生き残った仲間も、大勢が飢えて死んだり、野山で獣の餌になっていった。私達は現住民を殺す方法は教わっていたけど、サバイバル技術なんて大して教えてもらえなかったから……生き残るのは結構大変だった」
「…………」
「上の奴らはさっさと逃げ出したから、少年兵が逃げ延びるための方舟は無かった。私は……『エルボダサラ軍の方舟を奪うしかない』と提案したけど、皆はその提案に乗ってくれなかった」
そんなの成功しない、と言われたらしい。
皆、恐怖していた。今まで戦ってきた現地住民の比じゃない武力の持ち主が相手だから、立ち向かう気持ちも萎えてしまっていた。
仲間の少年兵がエルボダサラ軍に蹴散らされる光景を間近で見たことで、完全に心が折れていた。心が壊れてしまった子もいたらしい。
「私達に行き場はなかった」
異世界から連れてこられたラフマ隊長達は、故郷に戻る方舟もなかった。
かといって、連れてこられた後進世界に紛れ込むのも難しかった。
異世界から来た少年兵の悪名は、8年と少しの歳月で知れ渡っていた。現地の住民はラフマ隊長達のような存在を「子鬼」と呼んで恐れていた。
エルボダサラも現地住民の危機感を煽った。「子鬼」を見かけたらエルボダサラ軍に知らせるように言い、自分達に依存するように煽った。
現地住民の自警団がラフマ隊長達を追ってくる事もあったらしい。……ラフマ隊長達が持っている銃火器を目当てに追ってくる人達もいたらしい。
「大半の少年兵が、あの世界の人達に溶け込める容姿じゃなかった。私達は明らかに異物だった。そういう人種を狙って誘拐していたのかもね」
「…………」
補給すら満足に受けられない。
現地調達すらままならない。
銃火器も次々故障していき、現地の人達にすら勝てなくなっていった。
「仲間達も『逃げ惑うだけじゃ生き残れない』と気づいていったけど、その時にはもう逃げ惑う以外の選択肢はなかった」
「…………」
「いや……最初から選択肢なんかなかったのかもね。エルボダサラから方舟を奪おうとしたところで……どうせ、失敗していたかもね」
戦って、戦って、戦い続ける日々が……エルボダサラの襲来で変化した。
逃げて、逃げて、逃げ続ける日々も……終わりがやってきた。
「私達は現地住民の組織した自警団に捕まった。彼らも……私達に故郷をメチャクチャにされて、家族を殺されたりしてたようで、大層恨まれたわ」
「でも、そんな事になったのはエルボダサラや犯罪組織の所為で――」
「そんな事情、侵略を受けた後進世界の人間が理解してくれるわけないでしょ」
ラフマ隊長達は捕まって、嬲られたらしい。
棍棒や農具で殴られ、ただでさえボロボロだった身体がさらに壊されていった。
「恐ろしい子鬼として、まとめて火あぶりにされるところだった」
「だった?」
「そこで助けが来たのよ。テロリストが助けてくれたの」
少年兵が処刑されようとしていたその時、とあるテロ組織がそこを襲撃した。
そのテロ組織は少年兵を助けつつ、現地住民も出来るだけ傷つけないように配慮した。どちらの命も奪わないように戦い、目的を達成した。
「そのテロ組織って、まさか――」
「エデンよ。……当時のエデンに『カトー』と名乗るエデン構成員がいたの」
「そっか。総長がラフマ隊長達の命を救って――」
「ううん。違う」
「へ?」
「私は『カトーの名には借りがある』と言っただけで、カトー君に対して借りがあるとは言ってない。……私達を助けたのは別の『カトー』なのよ」




