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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
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少年兵の物語



■title:交国軍の輸送艦にて

■from:死にたがりのスアルタウ


 屋敷を離れ、港で交国軍の輸送船に乗り込む。


 交国軍の輸送船(もの)といっても、乗っているのはブロセリアンド解放軍の息がかかっている人達らしい。


 輸送船で待っていたスペーサーさんは、巫術師(ぼくたち)を見てあからさまに嫌そうな顔をしたけど――ネウロン解放の大義名分である王女様がいる影響もあってか――僕らの乗船を拒否する事はなかった。


「決起集会って、どこでやるんですか?」


 乗船後、総長にそう問いかけたものの、「場所は秘密だ」という返答が返ってきた。混沌の海経由で行くから、そんなに時間はかからない事は教えてくれた。


 ネウロンまでわざわざ来た以上、ネウロンのどこかか……ネウロン近海にいる方舟で行うんだろう。この辺りにアイランドはなかったはずだし。


 レンズはメラ王女に付きっきりで、女の子らしい雑談に花を咲かせていた。王女様もレンズと話しているうちに表情が和らいできたように見える。


 ピースメーカーの人達は迷惑そうにしていたけど……自分達が「ついてこい」と言った手前、あんまりキツく言えないようだ。


 総長は……巫術師(ぼくら)がついてきた事をスペーサーさんに抗議されている。僕から直接スペーサーさん達に謝ろうと思ったけど、総長に「いい。来るな。オレに任せろ」と追い払われてしまった。


『手持ち部沙汰になってしまったな。兄弟』


 エレインが苦笑いを浮かべ、そう言ってきた。


 そんな事ないさと言いつつ、別の人のところへ向かう。


 良い機会だから、あの人と話をしておきたい。


「ラフマ隊長」


 総長の護衛として来てくれたラフマ隊長に声をかける。


 総長は僕らの同行をしぶっていたけど、ラフマ隊長は最終的に僕らの同行を後押ししてくれた。その事の感謝を伝えると、ラフマ隊長は笑って「見張りが楽になるからいいよ」と言ってくれた。


「連れて行く以上は、こき使うからね」


「はい。今のところ、交国軍に気づかれた様子はありませんね」


「みたいね」


 この方舟(ふね)が襲撃される様子は、今のところない。


 けど、油断は出来ない。


 相手は交国だ。


 7年前、僕らがネウロンから逃げだそうとしていた時、交国は地下基地に潜む僕らの存在に気づいた。そして……襲撃してきた。


 あの時は結局、なんで交国に気づかれたのかわからず終いだ。あの時のような事がまた起こらない保証は1つもない。


「……交国軍は僕ら(エデン)がネウロン入りした事、気づいているんでしょうか?」


「どうだろうね。……こっちは協力者の手引きで上手く侵入したつもりだけど、相手は交国だ。気づいているけど……あえて泳がせている可能性も十分ある」


 ラフマ隊長は銀色の水筒から水を飲んだ後、そう言った。


「で、用件は? そんなことわざわざ聞きに来たんじゃないでしょ?」


「ええっと……その……ラフマ隊長も同じエデンの仲間なのに、こうやって話す機会が殆どなかったから……」


 この機会にお話したいな、と思ったんです――と伝える。


 ラフマ隊長には交国から逃げる時もお世話になったのに、ろくにお礼も言えなかった。エデン本隊に来る事も稀で、来たとしても直ぐにどこかに行ってしまうから、会うのも久々だ。


 だから話をしたかったんですと言うと、隊長は笑った。


「キミ、よく女の子口説いてるって噂だけど……噂ほど女慣れしてないのね?」


「ひどい噂が流れてる! それ、誤解なんですよ……!」


 口早に「レンズの所為なんです」と説明したが、隊長は笑って取り合ってくれなかった。くそぅ……レンズめ……。お前が僕の代用義体(スペア)使うからこんな事に!


「純粋にお話したいから話しかけただけですよっ……! だって隊長は僕らを助けてくれただけじゃなくて、<ベルベストの奇跡>の立役者じゃないですか」


 そう言うと、ラフマ隊長は笑みを深め、「作戦を指揮したのはカトー総長で、私達はそれを手伝っただけよ」と言った。


 ラフマ隊長はエデンの一員だ


 でも、昔はあくまで「エデンと付き合いがある傭兵部隊」というだけだった。


 7年前、総長と共に僕らを助けてくれた後も、ちょくちょく総長の依頼でエデンを手伝ってくれていた。ラフマ隊長率いる傭兵部隊<犬除(けんじょ)>は腕利き傭兵が揃っているから、その時からとても頼りになった。


 それでもさすがに、<ベルベストの奇跡>を……プレーローマと交国の戦いに巻き込まれ、世界ごと死のうとしていたベルベスト連合の人達を救ってみせた一件にはビックリした。


 ほんの数十人で、プレーローマも交国も出し抜いてみせたから――。


「ウチの部隊は、カトー君の采配で動いただけ。ベルベストの奇跡の功績は、全てカトー君のものよ」


「総長がスゴいのは確かですが、ラフマ隊長達も同じぐらいスゴいですよ」


 よくプレーローマから沢山の方舟を奪えましたね、と告げる。


 総長達に「ベルベストの人達を助けたい」という意志があっても、界外脱出用の方舟がなければそれも難しかった。


 けど、総長とラフマ隊長達はベルベストから撤退中のプレーローマ艦隊を襲うことで、「方舟の確保」と「プレーローマへ打撃」と「ベルベストの生き残りを少しでも助ける」という偉業を成功させてみせた。


 ラフマ隊長は謙遜して、「プレーローマは交国との戦いで手負いだったからね」と言うけど……スゴいことだよ。本当に!


 皆が「不可能を可能にした」と言っているし、僕もそう思っている。


「プレーローマの連中は、実質的に敗走中だった。それでもかなりの大博打だったけど、混沌の海のおかげで連中が連携しそこなって……何とかなったのよ」


「やっぱり、危険な作戦でしたよね。それでも参加してくれたのも、驚きました」


 総長は「困っている人達を助けたい!」という想いが強すぎて、危険を顧みず突っ込んでいったんだろうけど……ラフマ隊長達も同じ想いだったんだろうか?


 そう思っていると、ラフマ隊長はニンマリ笑いながら「私はカトー君ほど聖人じゃないからね」と言った。


「危険だけど、あの時は良い商機(・・)だと思ったから」


「商機?」


「だって、プレーローマの方舟は高く売れるでしょう? オマケに奴らから多数の方舟をかっぱらったって『実績』は、傭兵として良い宣伝材料になったわけよ」


「あっ、なるほど……!」


 完全に善意というわけではなかったらしい。


 その証拠に、「あの時は分け前として方舟を3隻もらった」と教えてくれた。それでもプレーローマから奪った方舟の一部に過ぎないけど――。


「それに……『カトー』の名には借り(・・)があったからね」


「借り?」


「私や、私の隊の人間が昔から傭兵やってたのは知ってるでしょう?」


 もちろん知っている。


 ラフマ隊長達は単なる傭兵じゃない。


 異世界を股にかけて活動する傭兵部隊だ。


「傭兵やる前の経歴は……カトー君から聞いてる?」


「それは聞いてないです。何をやっていたんですか? どこかの正規軍に――」


少年兵(・・・)よ」


「えっ……?」


「少年兵といっても、『子供』という意味での『少年』だからね? 私が性転換したって話ではないから……前提(そこ)は勘違いしないように」


「わ、わかってます」


 一瞬、そんな考えは過ったけど……直ぐに頭の中で整理した。


「私は元々、そこそこ高度な文明で生まれたの。……多分ね。けど、物心つく前に誘拐されて異世界に連れて行かれたのよ」


 そういう経歴は、想像していなかった。


 ただ、僕もエデン構成員として活動しているうちに、そういう悲劇もあるのは知っていた。僕自身、特別行動兵として似たような立場に立った事もあった。


 でも、ラフマ隊長の口から飛び出してきたのは、「似たような立場」とは軽々しく言えないものだった。


 僕よりも……ずっと、悲惨な環境にいたらしい。


「物心ついた時、私は少年兵育成キャンプにいた。そこで人の殺し方を学び、戦場に投入された。拳銃とナイフだけ渡されてね」


「…………」


「私が投入された戦場は、未熟な後進世界だった。だから拳銃とナイフだけでもそれなりに戦えた」


 少なくとも、最初のうちはそうだったらしい。


 ラフマ隊長達が戦っていた相手は……いや、戦わされた相手は、原始的な武器しか持っていない人達だったそうだ。


 飛び道具は弓矢や投石程度で、粗末な鎧を着て槍や鈍器を手に、ワーワーと騒ぎながら白兵戦をしているような人々だったらしい。


 そんな相手に対し、ラフマ隊長達は拳銃とナイフで戦った。ラフマ隊長達の武器も粗末だったらしいけど……相手はもっと粗末だから戦えていた。


「私は仲間の少年兵達と共に、拳銃とナイフを使って、暗殺者のように現地兵を殺していった。子供の小さな体を活かして藪に潜み、敵に一斉射撃を浴びせた」


「…………」


「秒速300メートルの弾丸は、敵の目には魔法のように映ったんでしょうね。彼らは弾丸を『透明な矢』と呼び、拳銃の発砲音を『魔物の咆哮』と呼んで恐れおののいていた」


「…………」


「仮に見つかっても、こっちは子供だから……大人の兵士達は驚き、ためらっていた。その隙に、私達は鎧の隙間から弾丸やナイフを送り込んで殺していった」


 ラフマ隊長は肩をすくめ、「少年兵(あたしたち)の存在が広く知れ渡るようになってからは、その手もなかなか通用しなくなったけどね」と言った。


 その口調はとても軽いものだった。


 少年兵(じぶんたち)が、過酷な場所に投入されていたというのに……まるで他人事のような口ぶりだった。


「こっちの手口がバレても、私達は勝利を重ねた。大人が操る機兵もあったから、後進国の軍隊程度、簡単に蹴散らす事が出来た」


「…………」


「それでも私達に被害が出た。死んだのは少年兵ばっかりだけどね。敵兵の斧に頭をかち割られたり、逃げて脱走兵として処刑される子供もいた。私も仲良くしていた子が、私達を置いて逃げた時は処刑人として――」


「ラフマ隊長。もういいです。それ以上は――」


 自分の古傷を、そんな風に抉らなくていいんです。


 そう言って止めたけど、ラフマ隊長は止まらなかった。


 うっすら笑ったまま、さらに言葉を重ねた。


弱者救済組織(エデン)の一員として戦う以上、この手の話は何度も聞くことになる。……冷や汗を流さず聞けるように、この機会に慣れておきなさいな」


「…………」


「さて、続きを教えてあげましょう。とにかく、私達はクソッタレな戦場にいたの。他人の都合でね……」





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