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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
55/875

壊れた兄弟関係



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 実験と模擬戦に向けた訓練を終えて船に戻ると、ヴィオラが紙を持ってきた。


 子供達を手招きし、紙を渡そうとしているようだ。


「は~い、今日は皆にちょっとしたプレゼントがあります」


「プレゼント?」


「技術少尉から電子手紙(メール)出す許可が出たので、この紙に下書きを書きましょう。打ち込み作業は私がするから――」


 フェルグス達が歓声を上げ、紙を受け取っていく。


 久しぶりに家族と連絡取れる。それが嬉しくてたまらないらしく、紙を受け取ると、もうその場で下書きを書き始めた。


「こらこら、格納庫のド真ん中で書き始めるな。せめて端っこいけ、端っこ」


 床に座り始めるフェルグスとグローニャを脇に抱え、格納庫の隅に運ぶ。


 その後、ヴィオラと一緒に整備長達のところに行き、「ちょっと端っこ貸してください」と頼み込んだ。


 嬉しげなフェルグス達の様子を見て和んでいると、ヴィオラが申し訳無さそうに見上げてきた。


「あの、ラートさん、私――」


「ああ、行ってきな。アイツらのことは俺が見てるから」


「すみません、いつも」


「いいってことよ! こういう事ぐらいしか出来ねえから、任せてくれや」


 まだ仕事が残っているヴィオラを行かせる。


 アイツらの栄養補給の準備もあるから、ヴィオラは大忙しだ。


 こっちはこっちで機兵のチェックしつつ子供達を見守っていると、表情を強張らせたバレットがコソコソと近づいてきた。


「あの、軍曹……。あの子達、いつまで格納庫にいるんですか?」


「ああ、スマン。隅っこで大人しくしてるから勘弁してくれ」


 アイツら、久しぶりに家族に手紙を出せるんだ。


 その喜びに水を差したくないから、許してくれ――と頼む。


 バレットは困り顔を浮かべているが――子供達が邪魔で作業できないってほどではないので――何とか認めてくれた。


「……やっと電子手紙出せるようになったのは良いことでしょうけど、それって技術少尉の許可ありきの話なんですよね?」


「そうなんだよなぁ……」


 技術少尉の機嫌次第では、再び禁止になる可能性もある。


 俺達みたいに頻繁に出せるわけじゃない。


「技術少尉は何で許可出したんですかね。急に……」


「そりゃあ……ヤドリギのおかげじゃね? ヤドリギは他の実験部隊にはないし、それのレポートまとめるだけでもそこそこの成果になるだろ。ヤドリギ作ったのはヴィオラの成果だけどさ」


「なるほど……?」


 技術少尉とはケナフの一件で、もう歩み寄る事は不可能だと思っていた。


 態度は相変わらずだが、ヤドリギという技術は技術少尉にとって「お宝」なんだろう。実験の進捗確認もよくやってるみたいだ。


「俺達も作戦内容や作戦区域次第では、自由時間に家族と連絡取れなくなることもあるが……アイツらは俺達と比べ物にならないほど拘束キツいからな。俺だったら家族に連絡取れなかったらキレて暴れるぞ」


「軍曹、弟バカだから弟のことよく話してますもんね」


「なんだとぅ。その通りだよぅ」


 前は弟にも母ちゃんにも、手紙出せる日は毎日送ってた。


 最近は……手紙書こうとすると、どうにも手が止まる日が多いけど……。


「…………」


「軍曹? どうかしましたか?」


「あぁ、いや……。そういえばアレ、どうなった? 出来たか?」


 声を潜めて話しかけると、同じく小声になってくれたバレットが「トイドローンですね?」と言ってくれた。


「最終調整中です。明日には渡せるかと」


「おぉっ……! 悪いな、マジで助かる。金は――」


「お金は結構です。副業になっちゃいますし。ドローンは何とかしてみせますが、ぬいぐるみの方はどうしますか……?」


「どうって?」


「レンズ軍曹とケンカ中でしょ、貴方」


 肘で軽く小突かれ、言葉で痛いとこを突かれた。


 そうだ、レンズ……。巫術師による機兵運用の件以来、口も聞いてくれないんだ。あそこまでキレるのは初めてだ。


 キレる理由も、一応、わかるけど――。


「……どうすればいいと思う? 土下座か?」


「うーん……。とりあえず、そっとしておくしかないんじゃ……? 模擬戦の件が片付かないことには、どうにも……」


「それでいいのかなぁ……?」


「ほとぼり冷めた後に聞いた方がいいですよ。ドローンもぬいぐるみもナマモノじゃないんですから、多少眠らせてても腐りませんって」


「うーん…………」


「ラートさ~ん! ちょっといいですか~っ?」


「おう! ちょっと待ってろ、直ぐ行くから」


 バレットに「悪い」と言いつつ、アルのところへ走る。


 手紙を書くうえでわからない字があるから、携帯端末で調べさせてほしいと言ってきた。それぐらいお安い御用だ。


 しかし、皆結構、字が書けるんだな。


 ネウロンの識字率、悪くないのか……なんて思いながら下書きをチラ見していると、未だ真っ白の奴がいる事に気づいた。


 何も書いてないどころか――俺の視線が気になったのか――立ち上がって「部屋に戻って寝る」と言い出した。下書きの紙を置いて。


「おい、待てよロッカ。せめて紙持って帰りな?」


「いらねえ」


「おいおい……」


 ロッカが置きっぱなしにしている白紙の紙を拾い上げ、追いかける。


 この手紙は技術少尉の許可がないと出せない。あの人がまた機嫌を損ねたら、次はもういつ出せるかわからないんだ。


 だから、「せめて部屋で書きな?」と言って渡そうとしたら――。


「いらねえ。オレには書く相手いねーんだよ」


「いや、でもさぁ……」


「お前みたいなクソ軍人にはわかんねえ話だろうけど――」


「待て。じゃあ話を聞かせてくれ――」


「触んなっ!!」


 紙を渡そうとした手を叩かれた。


 びっくりして紙を手放してしまうと、紙が風に流され、海に向かって飛び始めた。大焦りしながら追いかけ、飛びついて何とかキャッチ。


 キャッチした時にはもう、ロッカは格納庫を出てしまっていた。


「ああ~! もう……。アイツ、どうしたんだよ~……」


 とりあえず、追いかけて話を聞いて、この紙を渡そう。


 手紙を出すチャンスを逃すのは危険だ。だから――。


「ラート軍曹。どこ行くんですか?」


「いや、ロッカと話をしに……」


 バレットが俺の腕を掴み、呼び止めてきた。


 俺が行こうとする「子供達、放置して行くつもりですか」と言ってきた。確かにアイツら置いていくのはマズいかもだけど、でもロッカが――。


「……貸してください」


「あっ」


 バレットが俺の手からロッカ用の紙を奪う。


「これは、自分が届けてきます。あの子に」


「いや、でも、お前……いいのか?」


 ネウロン人、苦手なんだろ?


 そう言おうとしたが、バレットは直ぐに格納庫から出て行った。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:不能のバレット


 心臓がバクバクと鳴っている。


 ネウロン人と話したくない。顔も合わせたくない。


 けど――。


「こっちか……?」


 軽い足音が聞こえる。子供の足音が聞こえる。


 音の聞こえる方に向け、少し急いで走る。……走っていただけど、音の主に近づくに連れ、足はどうしても重くなっていった。


「…………」


 それでも進み、廊下の隅っこに隠れていた男の子に声をかける。


「キミ。……ええっと……ロッカ君?」


 三角座りし、膝に顔を埋めていた男の子が肩を震わせる。


 巫術使って周りを警戒するのを忘れ、俺の存在にも気づけなかったらしい。


「これ……。キミ達にとっては貴重なものだろ」


 少し離れた場所から紙を見せる。


 白紙だけど、これが家族との繋がりを守る大事な紙のはずだ。


「いらねえよ……」


「勿体ないから持っておきなさい。ねっ?」


「うっせーな……!」


 睨んでくる。その視線に心臓がキュッと絞られる。


 死にたくない。殺されたくない。


 そんな思いが俺の心臓を撫でてくる。


 直ぐにでもこの場を離れてしまいたかったが――。


「……ラート軍曹と話すの、正直ちょっと疲れるよな……。あの人、結構、遠慮なくズカズカと踏み込んでくるしさ……。人の心に……」


 正直な気持ちを話す。


 俺も、軍曹の振る舞いには辟易とする事もある。


 あの人は無邪気な善人だ。良くも悪くも――。


「本人に悪気がないから、怒りづらくて困る時がある……」


「……オレ、アイツ嫌いだ」


 巫術師の少年がポツリと呟いた。


 俯いていて、声は小さいが、言葉は次々と湧き出てきた。


「ホント、能天気なクソ野郎で、ズカズカ踏み込んできて……人が触れてほしくないとこ、ベタベタ触ってくる。善人面しながら……」


「本人は良いことしているつもりなんだ。なんというか……陽キャで善人なんだ」


 あれを有り難いと思う人も大勢いるんだろう。


 実際に行動を起こして、親身になれる人だ。悪い人ではない。


 ただ、俺達みたいなのは「そっとしておいてほしい」と思う時もある。軍曹が悪気なくても……正面から付き合ってると……疲れる。


「幸せなヤツだから、幸せの押し売りしてくるんだ」


 巫術師の少年は鬱陶しそうな表情を浮かべ、そう吐き捨てた。


「皆が皆、手紙を出す家族がいるって思ってる。……当たり前みたいに……」


 表情に苛立ちの色が浮かんでいるが、瞳は少し潤んでいるように見える。


 ネウロン人を直視したくない。


 ネウロン人と話もしたくない。


 けど、俺は……。


「……キミ、家族は?」


「んだよ……! てめえには関係ねーだろっ……!」


 軍曹みたいに踏み込む。


 荒い声を聞き、動悸が激しくなる。苦しくなる。


 やっぱり俺なんかじゃダメか、と思ったが――。


「……1人は生き残ってる。父さんと母さんは、死んだ」


 表情はまだ険しいが、涙声で教えてくれた。


 本人も声が震えている自覚があるらしく、顔を拭い、呼吸で息を整えている。怒りに満ちた声色で言葉を続けてきた。


「アイツはオレと違って、いつでも家に帰れるし、帰ったら父さんも母さんもいるんだろ? あと、弟がいるんだっけか。隙あらば自慢してくるんだ、鬱陶しい」


「軍曹も、オヤジさんはいないよ」


「えっ……」


 少年が困惑し、「でも、だって、アイツ、自分の父親自慢してきたことあるぞ」と言ってきた。


「優秀な軍人だって……」


「けど、もういないんだ。軍曹のオヤジさんも戦死してるから」


 俺と軍曹は星屑隊に配属されて以降の仲だ。


 だから詳しく知っているわけじゃないが、ラート軍曹のオヤジさんが戦死している事や、レンズ軍曹が家族と血の繋がりがない事ぐらいは聞いている。チラッと。


 ただ、家族を失っているなんてこと、俺達(オーク)にはよくある話だ。大抵、父親も軍人やってるから……戦場で果てるなんて、よくある話だ。


「オヤジさんいないからこそ、軍曹は『長男の俺が頑張らなきゃ』って張り切ってるんだ。給金も殆ど実家に送ってるはずだよ」


「…………」


「軍曹はちょっと無神経なとこあるけど、悪人ではないから……嫌いにならないであげてほしい。ベタベタと距離詰められるの嫌だって伝えたら、ちゃんと控えてくれるようになるから……」


「…………」


「恩を着せるつもりはないけど、あの人はあの人でキミ達のことを想って行動してるんだ。不器用な人だけど……その……許してあげてほしい」


「…………」


「軍曹にだって、『当たり前に』家族がいるわけじゃないんだ」


 緊張しつつ近づき、白紙の紙を渡す。


 渡すべきものは渡した。


 無神経だけど優しい軍曹の弁護もした。


 上手く話せたとは思えないけど……格納庫に戻ろう。


「……キミには、まだ家族がいるんだろう?」


 もう話すべきことはない。


 そう思うのに、そうするべきなのに、言葉が溢れ出てくる。


 やめろ。言うな。


 言えば後悔する。


 ……そう思ってもなお、言葉が喉奥から這い出てくる。


「弟か? 妹か? どっちにしろ、まだいるなら手紙を――」


「…………」


「あっ……」


 巫術師の少年が泣いていた。


 ボロボロと大粒の涙を出し始め、声を押し殺して泣き始めた。


 やばい。どうしよう。


 泣かせてしまった。そんなつもりじゃなかったのに。


 焦り、浮足立っていると、ラート軍曹や子供達の声が聞こえてきた。この子の名前を呼んでいる。どうやら、皆で探しに来たらしい。


「こ、こっちだ……!」


 少年の手を引き、逃げる。


 こんなところを見られるのはマズい。


 何とか……何とか隠さないと……!




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:不能のバレット


 巫術師相手に人間を隠し切るのは不可能だ。


 死体なら話は別なんだろうけど、魂ある人間を隠し切るのは不可能だ。


 だから部屋の鍵を閉め、何とかやり過ごす。


 幸い、向こうの子達はこっちの魂を正確に追っていなかったらしい。この子を呼ぶ声は聞こえるが、こっちに気づいた様子はない。


「…………」


 ネウロン人を触った恐怖で震える手を撫で、落ち着かせる。


 巫術師の少年はまだ泣いている。けど、それも段々と収まってきた。


「……落ち着いたか?」


「…………」


 泣き止んだのを見計らい、声をかける。


 返事はなかった。だが、闇の中で「こくん」と頷くのが見えた。


「その……お兄さんと何かあったのか?」


「お前には、関係な――」


 膝に顔を埋めていた少年が、少し驚いた顔をしながら頭を上げた。


「なんで、オレに兄ちゃんいるって知ってるんだ?」


「ああ、いや、カマかけただけだよ。消去法でさ……」


 そう言うと、少年は不審げに俺を睨んできた。


 けど、自分の目元が涙で濡れているのが気になったのか、ゴシゴシと拭った後に「オレが泣いたこと、他の奴らにいったらブッ殺す」と言ってきた。


「い、言わないよ……」


「ホントかよ……」


「絶対、言わない。……けど、代わりに教えてくれないか?」


 少年は相変わらず不機嫌そうだが、嫌とは言わなかった。


「……お兄さんと何かあったのか? 生きているなら……手紙、出せば……」


「……アンタ、嫌いなヤツから手紙もらったら、どう思う?」


 戸惑う俺の返事を待たず、少年は「嫌な気分になるだろ」と言ってきた。


 どこか苦しそうな表情で言ってきた。


「アニキはオレのこと、嫌いなんだ。嫌いなヤツから手紙が届いたら、嫌だろ」


「そんなはず……。兄弟仲、悪いわけが……」


「兄弟なら『当たり前のように』仲が良いって思ってんのか? フェルグスやスアルタウみたいに、『当たり前のように』仲が良いって本気で思ってんのか?」


「違う。そうじゃなくて……」


 少年が俯く。俺を睨んでいた視線が外れる。


「オレだって、昔は仲良かったよ……。けど、父さんと母さんが死んだ時のことで、オレ……アニキに嫌われてんだよ……」


「……ひょっとして、お父さんとお母さんは……交国軍に?」


 あり得る。


 交国軍なら、そういう事を平気でやる。


 そう思いながら問いかけると、「違う」と言われた。


「父さんと母さんは、オレが殺したんだ」


「えっ?」


「オレがもっとガキの頃、大雨が降ったんだ」


 その前から、少年は両親と川遊びをする約束をしていた。


 けど、大雨で川が危険な状態だから、「遊ぶのはまた今度にしよう」と言われた。少年は兄にもなだめられたが納得できず、1人で川に遊びに行った。


「1人で拗ねて遊んでたら、足を滑らせて……川に落ちて……」


「…………」


「オレなんて、そのまま死ねば良かったんだ。それなのに――」


 助かった。


 助けてもらった。


 我が子を心配して探しに来た両親が、この子を救った。


「父さんと母さんはオレを助けてくれた。でも……2人は……汚れた水に飲まれて、そのまま……」


 この子が巫術師として覚醒したのは、その日だったらしい。


 ただ、巫術の力は家族を救ってくれなかった。


「オレ1人、川の傍でゲホゲホ吐いてた時、アニキも走って来てくれた」


「…………」


「アニキは、『大丈夫。父ちゃんも母ちゃんも、きっと無事だ』って言ってくれた。……そう言ってくれた後、オレは気絶した」


「…………」


「2人分の痛みが、襲ってきて……。頭、いたくて……気絶した」


 しばらく後、川下で2人分の死体が見つかった。


「アニキはもう、『大丈夫だ』って言ってくれなくなった」


「…………」


「お前のせいだって、言って……」


「それは違う。キミの所為じゃ――」


「違うっ! 父さんと母さんは、オレが殺したんだっ!」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:水が怖いロッカ


 オレが拗ねて遊びに行かなきゃ、あんなことにはならなかった。


 父さんと母さんを殺したのは、オレだ。


 アニキがオレを憎み始めたのは……当たり前のことだ。


 それなのに、目の前のオークは――。


「キミが殺したわけじゃない。……不幸な事故だったんだ」


「違う」


「親御さんは、キミを守るために戦ったんだ」


「…………」


「大事な子供を守るために、命がけで戦ったんだ」


「…………」


「そして立派に守りきった。……キミが殺したわけじゃない」


 コイツは何もわかってない。


 わかってなさすぎて、イライラする。


「アニキが正しいんだ。全部オレの所為なんだ」


「違うよ……」


「赤の他人のお前の言葉なんかより、オレはアニキの言葉(にくしみ)を信じる」


 あれ以来、水が怖い。


 川どころか海も怖い。


 こうして船旅を続けているだけで、頭がおかしくなりそうになる。


 でもこれは罰なんだ。仕方ないんだ。全部オレの所為なんだから。


 ……あれから、アニキとは会ってない。


 オレは巫術師になったから、シオン教団の保護院で暮らし始めた。アニキとは別の場所で暮らし始めたから、もう会うこともなくなった。


 何度も「ごめんなさい」って手紙を出した。アニキに会いたいって泣き言を書いた。でも、返事はなかった。……当然の話だろう。


 交国軍がネウロンにやってきて、ネウロンが無茶苦茶になって……アニキがどうなったか心配でたまらなかった。


「アニキは生きてる。収容所にいた交国の軍人がそう教えてくれた」


「――――」


「だから『手紙でも出したらどうだ』って言われた。けど……なんて書けばいいんだよ。保護院にいる時、一度も返事くれなかったのに……」


 もう、何を書けばいいのかわからない。


 会うのも怖い。


 また、あんな目で睨まれたらと思うと、怖くてたまらなくなる。


 ……オレに出来ることはもう、タルタリカを殺すことだけだ。


 殺して、殺して、罪を背負って……ネウロンをキレイにしたら、アニキ達はタルタリカに怯えず暮らすことができる。それぐらいしかしてやれない。


 アルは「叡智神様なら、ボク達を救ってくれる」と言う。


 叡智神なら死者蘇生できるって――。


 オレは、アルほど神を信じることが出来ない。


 ホントにスゴい神様なら、父さんと母さんが死ぬ前に助けてくれよ。


 助けてくれなかったってことは、助ける価値もないって思われてたんだろ。オレがバカだったから……バカの所為で死んじまったから……。


「手紙は……無理して書かなくてもいいさ」


 何もかもわかったような顔してるオークが何か言ってくる。


 何も知らねえくせに、訳知り顔で話しかけてくる。


「でも、『嫌われてる』ってのは間違いだ。絶対に。俺にはわかる」


「わかるかよ。他人のアンタに、オレ達の何がわかるって言うんだ」


「そ、それは……」


「嫌われてなきゃいいって、オレも思うよ。でも無理だろ」


 父さんと母さんが死んだのはオレの所為。


 それは覆しようのない事実なんだ。


 もし、本当に、叡智神が戻ってきても、オレは救われないだろう。


 オレは悪い子だ。


 フェルグス達と違って、ずっと前から悪い子なんだ。


 それでも出来ることはある。タルタリカを殺せる。ネウロンの仲間達をあの肉の檻から解放して、楽にしてやって……ネウロンに平和を取り戻す。


 そしたら、アニキも――。


 ……いや、それでも許してもらえないだろうけど、オレにはもう戦う道しか残ってないんだ。それ以外の選択肢なんて無い。


「頼むから、もう1人にしてくれ」


 オークの整備士にあっちに行ってもらう。


 いま、部屋には戻れない。戻りたくない。


 フェルグスやヴィオラ姉達に、こんなとこ見られたら……余計にキツくなる。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:不能のバレット


「…………」


 部屋から出て、扉を閉じる。


 中の音は聞こえて来ない。


 聞こえないはずなのに、耳の奥にすすり泣く声がこびりついている。


 あの子は、間違いなく愛されていた。


 けど、それを伝える言葉も勇気も、俺の中から出てこなかった。




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