政治の道具
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:自称天才美少女史書官・ラプラス
「ねえねえ、『めんどくさい政治的な事情』ってなに?」
メラ殿下を送り届けたスアルタウ様が戻ってくると、レンズ様がそんな問いを口にした。先程のカトー様の言葉の意味を問いかけているのでしょう。
カトー様が頭を掻いて言いづらそうにしているので、胸に手を当てつつ、「それはですね――」と説明を開始する。
「マーレハイトは、メラ殿下を利用しているのです」
マーレハイト共和国の本土は、既にプレーローマに支配されています。
先代総長が率いていた時代のエデンがマーレハイトで壊滅的な打撃を受けた後、プレーローマが本格的に乗り込んできて支配される事になりました。
大半のマーレハイト人はプレーローマの支配下に置かれましたが、一部のマーレハイト人は界外に逃れ、亡命政府を樹立しました。
「それが今のマーレハイト亡命政府です。マーレハイトの特務機関だった<ピースメーカー>は、昔から界外に資産を築いたり、拠点を作っていたりしたので……一部のマーレハイト人はプレーローマに支配されずに済んだのです」
もっとも、「亡命政府」として認めている国家は少ないですけどね。
マーレハイト共和国は人類連盟加盟国でした。
しかし、エデンと手を組んで人類連盟から脱退しています。プレーローマの意向でそんな事をしちゃったのですが、人連はそんな事情を汲んでくれません。
汲んだところで、大した得はないですし……そもそもマーレハイトは人連加盟国時代から色々やってきましたからねぇ~……。
ともかく、一部のマーレハイト人は<マーレハイト亡命政府>及び<ピースメーカー>の庇護下で生きています。
「現在のマーレハイト亡命政府は、共和国時代に副首相を務めていた方の息子さんが率いています。ちなみに、それがメラ殿下の夫です」
「へ~。エラい人同士で結婚したってことか」
「そういう事です。ちなみに、お二人の間には子供もいるようです」
「王女様、あたし達と大差ない歳なのに子供いるんだ……!?」
そうなのですよ。
その辺に汚い大人の計算が働いていたりするのですが、その話は後に回してもいいでしょう。
「亡命政府の代表はメラ殿下を妻に迎えた事で、ネウロンのメリヤス王国との繋がりが出来ました」
「王女様の旦那様なら親戚だもんね」
「ええ。だからマーレハイトは、ネウロンの領土問題にも口出し出来るのです」
マーレハイト亡命政府は、自分達の領土を欲しています。
大半の領土はプレーローマに奪われてしまい、人連からも犯罪組織認定されているため、今は多次元世界の片隅でコソコソと暮らすしかない状況です。
国家として認められるどころか、領土すらまともに持っていない。もう殆ど流民組織……いえ、犯罪組織になっているのです。
プレーローマから領土を取り戻すのが難しいため、マーレハイトは別の場所に領土を求めている。その「別の場所」というのがネウロンなのです。
「彼らはネウロンでマーレハイトの領土を得ようとしているようです。将来的にはメリヤス王国の代わりにネウロンの代表者として君臨するつもりかもですね」
メラ殿下はそのための足がかりにされているのです。
マーレハイト以外、頼れる相手のいないメラ殿下はマーレハイトに有利な条件をホイホイ呑まざるを得ないのですよ。
メラ殿下は王女様ですが、ほぼお飾り。マーレハイトの尖兵であるピースメーカーの人達の前では、ろくに発言も出来ないのです。
そう説明すると、レンズ様は口を尖らせて「王女様の弱みにつけ込んだみたいなもんじゃん」と言った。
「つまり、王女様とマーレハイトの代表……恋愛結婚じゃないって感じ? 政略結婚って感じなんだ?」
「その側面が大きいでしょうね」
まあ、王族である以上、政略結婚からは中々逃れられないでしょうけどね。
いや、牧歌的なネウロンだと何だかんだ許されていたかもしれませんね。そんなネウロンは交国が蹂躙しちゃったので、もうありませんが。
「概ねこういう理解でよろしかったでしょうか?」
「まあ大体そんな感じだ。そういう汚え話をコイツらに聞かせたくなかったけどなぁ……。耳が腐る」
カトー様に問いかけると、苦笑と共に肯定を返された。
メラ殿下は「王女」ですが、「お飾りの王女」です。いまの彼女は何の力も持っておらず、「保護」してくれているマーレハイトに頼らざるを得ない身です。
マーレハイトは「保護」の対価として、王女様に色んな要求をしているのでしょう。無力な存在とはいえ、「王族」というブランドは残っていますからね。
「しかし……マーレハイトも思い切った事をしてますね」
そう言ったのは、ヴァイオレット様の護衛兼助手のタマ様だった。
珍しく口を挟んできたタマ様は、マーレハイトの判断に驚いているご様子。
「確かにメラ王女は『ネウロン解放の大義名分』を持っているかもしれませんが、解放のために戦う相手は交国ですよ? 交国とやり合うより、テキトーな後進世界を侵略する方がマーレハイトにとっては楽では……?」
「それはそれで、既にやっているのですよ。しかし、上手くいってません」
マーレハイトは共和国領を失って以降、闇の中で藻掻き続けてきました。
いえ、共和国時代から藻掻き続けてきました。
彼らは何とか界外領土を得ようと奮闘してきました。<ピースメーカー>も、そのために動いてきた組織でした。
「しかし、昔も今も界外領土を得るのは大変なのですよ。人類連盟は『異世界侵略』を禁じていますから、方舟や機兵を使って後進世界を蹂躙したところで、人連加盟国がやってきてボコられちゃうのです」
「交国とかバンバン異世界侵略してたのに?」
「交国みたいな強国は、上手く大義名分を作っているのですよ」
後進世界の文明化のためとか、後進世界を守るためとか、そんな感じで。
もちろん、その手の大義名分はただの言い訳です。
いま、マーレハイト亡命政府がやっている事の1000倍薄っぺらい大義名分が振りかざされた事もあります。そんなものでも、交国は押し通せるだけの実力を持っていました。上手くやってきました。
交国も一度は人類連盟と正面から敵対した事ありますが、その時は逆に人類連盟をボコって勝利を勝ち取りました。マーレハイトは交国のように強くないので、色々と苦労しているわけです。
「ネウロン解放はメラ殿下という大義名分が手元にありますし……上手くやれば丹国建国のために集ったオークの皆さんを戦力として吸収できます」
相手が交国だろうと、既に敵対している相手なので「いっちょやったるかぁ!」と手出しする事を決めたのでしょう。
マーレハイト亡命政府は崖っぷちを通り越して、崖に指先1つでぶら下がっている状態なのです。分が悪い賭けでも出ざるを得ないのでしょう。
「そもそも……マーレハイト亡命政府はネウロン解放に関して、自分達のところの兵隊はほぼ派遣しないつもりですよね?」
「ああ。ピースメーカーの代行者が数人来る程度だよ」
カトー総長曰く、マーレハイトは資金や物資の援助はしてくれるものの、人材はほぼ出してこないつもりなのだとか。
「ただ、メラ殿下というネウロン解放の要は派遣してくれた」
「失敗したところで、大した傷にはならないわけですね」
「いや、『大した傷』になるだろ」
バレット様がそう言った。
興味なさそうに端末をイジっていたようで、話はしっかり聞いていたようです。
「ネウロン解放に失敗した場合、ネウロンに戻ってきた王女様の身が危うくなるだろ。最悪、あの王女様は死ぬぞ」
「死ぬかもしれませんねぇ」
「そうなったら……マーレハイトはネウロン解放の大義名分を失うし、代表の嫁を失う事になるだろ? それは……大した傷になるだろ?」
「そこは保険を用意しているのですよ」
その保険、何かわかりますか? と問いかける。
バレット様達は首を傾げていますが、ヴァイオレット様やタマ様は理解しているらしく顔をしかめています。カトー様は……表情一つ変えていませんねぇ。
「ヴァイオレット様、何かわかりますか?」
「……子供ですね。王女様は、マーレハイトの代表と子供を作らされている」
「正解です。メラ殿下が亡くなられても、メリヤス王家の血はその子供が継いでいるのです。王女ほどの力はありませんが、ネウロンに軽く口出しできる程度の権力はキープできちゃうのです」
そう説明すると、バレット様達も表情を曇らせた。
バレット様は吐き捨てるように「クソだな」と言い、レンズ様はムッとした様子で黙っている。スアルタウ様も悲しげに表情を歪めている。
危険な目に遭うのは、実質王女様だけ。
マーレハイト亡命政府は戦力を温存できる。交国や人連にいま以上に睨まれる事になりますが……前から睨まれているので状況は大して変わらない。
ネウロン解放に成功したらラッキー。
失敗しても大した損失はないし、保険もいる。
そういう考えで動いているのでしょう。
「お飾りの王女様を最前線に突撃させて、マーレハイトのお偉いさん達は安全地帯で事の成り行きを見守っているってことか。クソの集まりだな。さっさと滅んでしまえばいいのに」
「マーレハイトは中々に中々な集まりですが、それでもエデンの支援者の1つでもあるのですよ。その手の支援がないと、エデンは立ちゆかなくなる」
下っ端の代行者ですら上から目線で、仲良くする様子がないとはいえ……それでもエデンを支えている組織の1つでもあるんですよ。
エデン総長のカトー様は、そういう人達との折衝もやっているので、皆さん以上に不愉快な思いをしているはずですよ~と言っておく。
「現在のマーレハイトもプレーローマの被害者とはいえ、カトー様はよく手を結ぶ気になりましたね?」
「正直……オレ個人として思うところはあるが、組織全体の事を考えれば、そんなワガママを言ってる場合じゃないだろ?」
カトー様は笑みを浮かべ、「奴らの靴を舐めたら100人の流民を助けられるなら、喜んで舐めてやるさ」と言った。
狂犬と呼ばれていた頃のカトー様とは、別人のようになっちゃいましたね。組織の長になったり、神器を失ったり、色々あったからですかね?
あるいは、別の理由があるのか――。
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:狙撃手のレンズ
王女様ならもっとエラいと思っていたけど、そうでもないんだ。
結構……キツい立場なんだなぁ。
ひょっとしたら、特別行動兵時代のあたし達と同じかそれ以上に自由がない状態なのかも。あたし達の場合は、ヴィオラ姉達がいたもんね。
王女様は、本当の意味で頼れる人はいないのかも。
あたし達にとってのヴィオラ姉や、星屑隊の皆みたいな存在はいないのかも。
それは……すごく心細いだろうなぁ……。




