ネウロン人×メリヤス王国×エデン×マーレハイト
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「あ、ありがとうございます……。危ないところを……」
「本当に危ないですよ。何故、壁に張り付いていたんですか?」
流体甲冑を解き、窓から部屋に招き入れたメラ王女に話しかける。
王女は申し訳なさそうな顔をしつつ、「貴方達とこっそり話がしたくて」と言った。僕らと話をするために、壁伝いにやってくるところだったらしい。
何でフツーに廊下を通ってこないんだ……?
「盗み聞きしにきたような形になって申し訳ありません。ですが、<ピースメーカー>の方々の前だと自由に発言も出来なくて……」
メラ王女はそう言いながら僕らの顔を見渡した後、深々と頭を下げてきた。
何故か、僕らに謝罪してきた。
何で王女様が頭を下げてきたのかわからず、戸惑っていると――。
「わたくしは、民を見捨ててネウロンから逃げた臆病者です。それが今になって戻ってきて……貴方達を交国軍と戦わせようとしている」
王女様に歩み寄った総長が「顔を上げてください。殿下」と言うと、王女様は頭を上げてくれたけど、総長に対して重ねて謝罪をした。
「カトー様にとって、わたくしは仲間の仇の一味でしょう?」
「オレは貴女に対して、恨みの感情など抱いていませんよ」
総長は顔のしわを深くしながら微笑み、「ピースメーカー及びマーレハイト亡命政府に対しても悪感情など抱いていません」と言った。
「それに……先代総長時代のエデンは、ピースメーカーの助力もあったからこそ殲滅されずに済んだんですよ。あなた達は仲間の仇なんかじゃない」
「ですが、私の夫の国がエデンに壊滅的な打撃を与えたのは事実です」
それを謝罪させてくださいと王女様は言ったものの、総長は首を横に振って、「もう昔のことですよ。殿下」と返した。
メラ王女が行動を共にしている<ピースメーカー>は、<マーレハイト共和国>を母体とする組織だ。
そして、マーレハイト共和国は先代総長時代のエデンが大打撃を受けた事件の舞台で、「罠」でもあった国のはずだ。……総長のお姉さんが死んだ国のはずだ。
あの事件でマーレハイト共和国も領土をプレーローマに占拠され、今は亡命政府になっているみたいだけど……マーレハイトとエデンは因縁がある。
それなのに総長はマーレハイトと協力関係を結んだ。
メリヤス王国の人間であって、マーレハイトの人間じゃないはずの王女様が謝っているのも不可思議だけど……両者の関係にはそれ以上に困惑を抱いた。
総長は僕の困惑を「状況をわかっていない」と思ったのか、苦笑したまま「マーレハイトで起きた事を、改めて説明しておくか」と言った。
「かなり昔に説明して、その後は大して話してなかったもんな」
「確か……エデンはマーレハイト共和国に『対プレーローマ』の協力を要請されたんですよね? でも、それはプレーローマの罠だった」
マーレハイト共和国にはプレーローマの魔の手が伸びつつあったけど、実際は「伸びつつある」ではなく、「中枢はとっくに掌握済み」の状態だった。
先代総長時代のエデンはそれに気づけないまま、マーレハイト共和国に来てしまった。それで共和国の防衛に手を貸そうとしていたけど……プレーローマの部隊に強襲され、大打撃を受けてしまった。
その時の戦いでエデンの神器使いは師匠とファイアスターターさん以外は死亡、あるいは行方不明となった。
師匠のお姉さんであるニュクス総長も……マーレハイトで死亡した。
悪いのはプレーローマだけど、マーレハイト共和国もエデンの壊滅に関わっている。彼らもプレーローマに利用された立場ではあるけど――。
「王女様はマーレハイト共和国ではなく、メリヤス王国の人間……ですよね? マーレハイトの組織であるピースメーカーに保護されているとはいえ、王女様が謝ることでは――」
「アルの言う通りだ。ただ、殿下の旦那はマーレハイトの人間だから……心苦しく思ってくれているんだろうよ」
総長は王女様に対し、「貴女が責任を感じる必要なんてないんですよ」と言ったけど、王女様の表情は晴れなかった。
ずっと申し訳なさそうにしている。
総長だけではなく、僕らに対しても――。
「本当に申し訳なく思う必要はないんですよ。マーレハイト共和国でプレーローマ側に取り込まれていたのは、共和国中枢のほんの一部の人間だけです。大半の共和国民は……その事実を知らなかった」
「でも……」
「それに、いまオレが生きているのは、異変を察知したピースメーカーの代行者が脱出を手引きしてくれたおかげです。彼らのおかげで、当時のエデンは何とか殲滅されずに済んだんですよ」
「ですがその後、ピースメーカーはカトー様達を襲ったでしょう……?」
どういう意味かわからず、総長に視線を送る。
総長は曖昧な笑みを浮かべていたけど、僕がじっと見ているうちに根負けしてくれたのか「ピースメーカーも生き残りに必死だったんだよ」と言った。
「ピースメーカーにとって、マーレハイト共和国は親のようなものだ。その親がプレーローマに侵略されて領土を失った以上、マーレハイトの生き残りが多次元世界で生きていくには……力が必要だろ? だから神器を欲しがったんだ」
「総長や、ファイアスターターさんの神器を……?」
「そう。でも、結果的に奪われずに済んだんだ。その件はもうオレとピースメーカーの間で手打ちにしている。今更蒸し返すのはおかしな話だよ」
色々と事情があるみたいだけど、総長がそう言うなら大丈夫なんだろう。
総長の言う通り、大半のマーレハイト共和国の関係者は悪くない。
悪いのはプレーローマだ。
けど、そうだとしてもマーレハイトは総長にとって因縁深い地のはずだ。それなのに感情的にならず、未来を見据えて手を取り合っているのはさすがだ。
僕が同じ立場だったら、怒り狂って八つ当たりの復讐をしているかもしれない。……自暴自棄になって、ブロセリアンド解放軍に参加した時のように――。
「殿下。マーレハイトも被害者なんですよ。その証拠と言うのもなんだが……マーレハイトの領土はプレーローマに支配されてしまった」
「…………」
「ただ、全てのマーレハイト国民がプレーローマに捕まったわけじゃない。界外に出ていたピースメーカーの構成員を始めとして、難を逃れた人々がマーレハイト亡命政府を作り、何とかマーレハイトの灯火を守り続けている」
総長は「オレ達が憎み合ったところで、得をするのはプレーローマですよ」と言い、王女様に気負わなくていいと説いた。
「そもそも、殿下がマーレハイトに嫁いだのは事件後でしょう? 貴女が引け目を感じることなんて1つもないんですよ」
「でも、わたくしはネウロンも見捨てて――」
「王女様。僕らも同じなんです。僕らもネウロンを見捨てて逃げた人間です」
一歩進み出て、そう告げる。
責任を感じるのはわかる。王族という立場で、良心まで持っているなら僕らとは比べものにならないほど重荷を背負っているんだろう。
ネウロンから逃げた是非はともかく、ネウロンから逃げた立場なのは僕らも同じなんですよ――と言っておく。
「ネウロンに残った人達や、ネウロンから強制移住させられた人達に対してならともかく……僕らに対して申し訳なく思う必要なんてないですよ」
「いや、そんなことは……」
「確か、王女様も僕達と大差ない年齢でしょう?」
こういうことを言うのは失礼かもしれませんが、王女様が残ったところでネウロンの状況は何も変えられなかったと思いますよ、と告げる。
総長に「本当に失礼だぞ」と言われ、ゲンコツを食らうことになったけど……王女様だけじゃ何も変えられなかったはずだ。
「ですが、私は王家の人間として責任があった。残るべきでした」
「でも、貴女が界外に逃れてくれていたおかげで、今になってネウロン解放の機会が巡ってきたんです」
そういう事ですよね、と総長に確認を取る。
総長は不敵な笑みを浮かべ、「その通りだ」と言ってくれた。
「引け目を感じる気持ちはわかります。けど、少なくとも僕らに対してはそんな気持ちを持たずに接してください。こっちが申し訳なくなりますから」
「アルが人妻王女を口説いてる~」
レンズが笑って茶化してきたので、手を振り上げて怒るフリだけしておく。
そして、レンズを手で示しながら「コイツも雑に接してもらって大丈夫です」と言っておく。レンズもそれでいいのか、頷いてくれた。
バレットの方は、複雑な表情を浮かべていたけど――。
「……王女サマがいようがいまいが、オレはネウロンと戦うつもりだ。アンタには別に期待してないから、どうでもいいよ」
「すみません、こいつ口悪くて……。翻訳すると、『申し訳なく思わなくていいよ』って言っているようです」
バレットは憮然としちゃったけど、そういう事でいいはずだ。
王女様はまだ申し訳なさそうにしていたけど、幾分か顔色が良くなった。
黙って話を聞いていたヴィオラ姉さんは、何故かニコニコ笑顔を浮かべながら僕らの頭を撫でてきた。まるで試験で良い点を取った時のように……。
「でも、なんで外壁伝いに来たんですか? 廊下から来たらいいのに」
「それは…………私が、ピースメーカーの方々と、マーレハイト政府の方々に保護されている身なので……」
幾分か明るくなっていた王女様の表情が、また陰った。
ピースメーカーもマーレハイトも、王女様の味方…………のはずだ。
それなのに、何か反応がおかしいような……?
僕が首を傾げていると、総長はため息をつき、「めんどくさい政治的な事情がアレコレあるんだよ」と言った。
その後、少し話をした後、僕が王女様を部屋に送る事になった。流体甲冑を纏い、王女様をお姫様抱っこして外から送っていく事になった。
しかし……総長の言う「めんどくさい政治的な事情」って何なんだろ?




