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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
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王族というブランド



■title:交国領<ネウロン>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


 総長が連れてきたのは王女様だった。


 かつてネウロンに存在した<メリヤス王国>の第二王女。


 ただの王女ではなく、ネウロン連邦の初代連邦議長だったショーン国王の娘。……僕らはメリヤス王国の国民じゃないけど、王女様や国の事は知っている。


 ネウロン魔物事件は数多くのネウロン人の命を奪っただけではなく、ネウロンの為政者やその血に連なる者達も殺してしまった。だからこの王女様は、最後の「ネウロン国家の王族」だと言われている。


 ただ、交国はこの王女様の事を「魔物事件という窮地を前にして、民を置いて逃げた卑怯者」と喧伝していた。


 それは「存在しない王族の逃走」を喧伝する事で、ネウロン人の反抗意欲を挫く宣伝戦略なのかもと思ったけど……界外に逃げた王女様は本当にいたんだな……。


「で、こっちが王女様の護衛達だ」


 総長はそう言い、4人の男を紹介してきた。


 王女様の護衛といっても、メリヤス王国の近衛兵とかそういうのでは無い。


「彼らはマーレハイト(・・・・・・)政府の特務組織<ピースメーカー>所属の代行者(エージェント)だ。王女の護衛だけではなく、王女に代わって政治的なやりとりを行う事もある。……そういえば名前はまだ聞いてなかったな?」


 総長がそう聞くと、4人組の代表者が無表情のまま口を開いた。


「便宜上、キング、エース、ジャック、クイーンと名乗っている」


「本名を聞いたつもりなんだが……」


「本名を名乗っていないのは、そちらも同じだろう?」


 代表者(キング)がそう言うと、総長は苦笑を浮かべながら「そりゃそうだけどさ」「けど、王女様いるのにそのコードネームはどうよ?」と返した。


 ピースメーカーの人達はその言葉は無視しつつ、「我々、ピースメーカーは交国がネウロンに侵攻してくる前からメリヤス王家と親交があった」と言った。


「だから交国が侵略してきた時に、メリヤス王家のショーン王に依頼され、メラ殿下を連れてネウロンを脱出していた」


 ピースメーカーはネウロンの組織じゃない。


 異世界の組織で、ネウロンにも方舟を使ってやってきた。だからその方舟を使う事で、王女様を連れて逃げる事も出来たらしい。


「殿下はネウロンを脱出した後も、ネウロンの民のことを案じておられた。ネウロンの民を圧政から救いたいと願っていた」


「そんな殿下の要請を受け、ピースメーカー(われわれ)もネウロン解放に協力する事になった。……エデンとも上手く手を取り合っていけると期待している」


 手を取り合う、という台詞のわりには表情が硬い。


 ほんのり……上から目線の態度だ。


 総長の方は……苦笑を浮かべ続けている。


「王女様は『ネウロンの王族』だ。交国が強引に支配しているネウロンを解放する大義名分を持つ唯一の人物でもある」


「寛大なメラ王女はネウロンの解放だけではなく、交国の圧政に苦しむオーク達の解放も考えている」


「ネウロンの土地を与え、新たなオーク国家をそこで建国する『許可』を与えてくださる。オーク達が望むならメリヤス王国の国民となる事も許して――」


「メリヤス王国は、ネウロン唯一の国家ではありません」


 ヴィオラ姉さんは相手の言葉を遮り、そう言った。


 総長が「ヴァイオレット、その話は――」と言って遮ろうとしてきたけど、ヴィオラ姉さんは相手を真っ直ぐ見据えながら言葉を続けた。


「他の国家どころか、生き残っているネウロン人を差し置いて『建国する権利』を好き勝手に与えられるんですか?」


「カトー。お前の部下だろう? 黙らせろ」


 代行者さん達はヴィオラ姉さんと話すつもりはないらしい。


 指名された総長は頭を掻きつつ、ヴィオラ姉さんに語りかけ始めた。


「ヴァイオレット。他の国家なんてもうないんだよ。ネウロンの国家は、交国の所為でメリヤス王国以外滅びちまったんだから……」


「だからといって、ネウロンの全てがメリヤス王家のものになるわけではないでしょ? 権利を主張できるとしても、メリヤス王国の領土ぐらいで――」


 代行者さんが動く。


 言葉を発するつもりはないらしいけど、手は動かす気らしい。


 ヴィオラ姉さんに向けて平手打ちが飛んできたので、その腕を掴む。不意をつかれてびっくりしているヴィオラ姉さんに下がってもらい、庇う。


 相手はようやく表情を変えた。


 邪魔してきた僕を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 総長は僕らの間に割って入ってきて、「ちょっとお前らは黙っておいてくれ」と言い、僕らの発言を封じてきた。……まあ、いま何を言っても揉めるだけか。


 一応……王女様もピースメーカーの人達も味方だ。


 共に交国と戦う味方だ。


「殿下は近々、戴冠式を行って正式にメリヤス王国の国王となる。殿下がネウロンに戻ってきたのはその戴冠式のためでもある」


「貴様らの前にいるのは、ただの協力者ではない。貴様らにネウロン解放の大義名分を与えてやる(・・・・・)貴人だ。発言には気をつけろ」


 メリヤス王家及びピースメーカーは様々な支援をしてくれるらしい。


 その代表格は「ネウロン解放の大義名分を与える事」らしいけど、それ以外にも金銭的な援助や物資の援助をしてくれるそうだ。


 正式にネウロンが解放された後は、交国から離脱したオーク達に土地を与え、建国の後押しも行う。……エデンにも土地をくれるつもりらしい。


「まあ、ともかくオレ達は仲間だ。同志だ!」


 総長は僕らを見て笑い、握った拳を軽く掲げた。


 そして王女様の方に向き直り、跪き、「貴女の手足となって戦う事を約束しましょう」と言った。


 王女様はずっと曖昧な笑みを浮かべて黙っていたけど……総長の言葉に対して何か言おうとしていた。けど、ピースメーカーの人がそれを遮った。


 そこで顔合わせは終了した。


「よし。せっかくだから、親交を深めるために一緒に食事でも――」


「必要以上に馴れ合うつもりはない。今日のところは、これで失礼する」


 総長が手を叩いて笑顔で食事に誘ったものの、王女様とピースメーカーの人達は連れ立って別の部屋に向かっていった。


 同じ屋敷に逗留するみたいだけど……そこまで仲良くする気はないらしい。


 笑顔を浮かべたまま固まっている総長の背をさすり、「僕は総長と食事したいですよ」と言って慰めたが、場の空気はしばらく冷えたままだった。




■title:交国領<ネウロン>にて

■from:整備士兼機兵乗りのバレット


「まさか……いまさら王女様が現れるとはな」


「ぶっちゃけ、存在を忘れてた。思い出すのに時間かかっちゃった」


 メシを食い終わった後、部屋でくつろぎながらメシ前の事を話し合う。


 メリヤス王国の王女がネウロンから逃げたって話は、交国経由で聞いていた。……レンズはすっかり忘れていたみたいだが、オレは覚えていた。


 あの王女は、ネウロンが一番キツい時期に逃げた奴だ。


 そう言うと、アルが曖昧な笑みを浮かべ、「バレットはあの人をよく思ってないのか?」なんてことを聞いてきた。


「良く思う要素、あるか? あの王女様はネウロン人を見捨てて逃げた奴だぞ。……オレ達は逃げる事もままならなかったのに……」


「けど、僕らも最終的には逃げた」


「それは…………」


「ネウロンに残り続けていた人達から見たら、王女様と僕らは大差ない存在かもしれないよ。時期の違いはあるけど……『ネウロン人を見捨てて逃げた奴』だから」


 アルの言葉を聞いて、頭に血が上った。


 ブチギレそうになったが……その前に、何とか冷静になれた。


 立ち上がる代わりにソファの上であぐらをかき、ため息をつく。


「くそっ……お前の言う通りだよ。オレらは、とやかく言える立場じゃねえか」


「その辺はともかく、王女様が逃げたのは事実っしょ?」


 レンズがソファの背もたれに飛び乗り、裸足でオレの身体を「うりうり」と突きつつそう言った。悪さする細足を掴みつつ、続きを聞いてやる。


「そんな人が、ネウロン解放の大義名分になるの? あたしらはとやかく言えないとしても、ネウロンにいる人達はしらけるんじゃない?」


「「確かに……」」


「お飾りの王女様でも、いないよりはマシなんだよ」


 楊枝を使って歯をキレイにしていた総長が口を挟んできた。


 王女様達を引っ張ってきたのは総長だ。総長の意図を聞いておきたい。


「お前らも知っての通り、ブロセリアンド解放軍の構成員は、殆どが交国のオークだ。エデンだって、ネウロン人の構成員はごく少数。お前らぐらいだ」


「「「…………」」」


「そんな俺達が交国からネウロンを解放しても、国際社会は『交国の内乱』だとか『テロリストによる不法占拠』なんて報じるのがオチだ」


 ただ、王女様まで引っ張り出してきたら話は別らしい。


 今はまだ「王女」とはいえ、「ネウロンの王族」という立場を持っている。


 メリヤス王国はネウロンの一部を統治していただけの国家とはいえ、もうメリヤス王国以外の国家は存在しない。……メリヤス王国も実質滅んだようなもんだが、王女様はまだ「国は存続している」と言える状況らしい。


「王女様がオレ達を率いてくれるだけで、国際社会にオレ達の存在を認めさせる取っかかりになるんだよ。国際社会が『メリヤス王家によるネウロン解放』を認知してくれたら、交国だってネウロンの再支配はやりづらくなる」


 交国によるネウロン支配は、「魔物事件でネウロンがムチャクチャになって無政府状態だから」「先進国として保護してあげている」という大義名分(いいわけ)の上に成り立っている状態。


 それを「ネウロンの真っ当な王権」によって取り戻してしまえば、交国がネウロンを取り返そうとしてもそれはただの侵略戦争になってしまう。


 人類連盟は基本的に異世界侵略を認めていないから、交国が無茶をやれば批判の声は出る。


 交国は批判の声をはね除け、侵略行為を繰り返してきたクソ国家だが……そういう「正しさ」を完全に無視するのは難しいらしい。


「つまり、王女様は矛でもあり、盾でもあるって事? ネウロン奪還の大義名分って矛で、ネウロンを守るための盾にもなってくれるって事?」


「そうだ」


「けどさぁ、交国ってテキトーな言い訳して侵略戦争を繰り返してきたような輩っしょ? イチャモンつけて、またネウロンを軍隊送ってくるんじゃない?」


「その可能性は十分ある。だが、こっち側に『ネウロンの王女』がいるって事実は、それなりに効果があるんだよ」


「まあ、いないよりはマシか……」


「オマケに、あの王女様の父親はネウロン連邦の議長も務めていたからな。メリヤス王家の血筋だけじゃなくて、ネウロンのほぼ全域をまとめていた連邦の権威も使えるって寸法だよ」


 ネウロン人が「今更逃げた王女が戻ってきたところで……」としらけたところで、それは大きな問題ではない――と総長は言う。


 実際、ネウロン解放にはネウロン人はそこまで大きな要素じゃねえのか。……ネウロン人は魔物事件で大きく数を減らしているし……戦力としては頼れないしな。


 正直、頼りたくない。……戦いに巻き込みたくない。


「心配しなくても、ネウロン人の支持は後からついてくるさ」


「ネウロンを解放したら? まあ……確かに……一理あるのか……?」


「ちなみに、あの王女様を担ぎ上げた理由は他にもある」


 それがわかるか? と総長に問いかけられた。


 3人で顔を突き合わせて考えてみたけど、総長が満足する答えは出せなかった。


「答えは『投資目的』だ」


「「「投資?」」」


「あの王女様には『ネウロンの王族』というブランドがある。ネウロン解放のあかつきには、王女様はネウロンの土地や権利を切り売りするカードを握る事になる」


 ネウロンの土地や権利を欲しがる奴に「投資してくれ」と持ちかける。


 その投資の代わりに、王女様が土地や権利を与えてくれるらしい。


 ……そんなことやる権利が本当にあるのかはともかく――。


「『ネウロン解放』という目標を掲げたクラウドファンディングを使って、解放のための資金を集める。めでたく解放できたら返礼品として土地やら権利やるよ、って事かぁ……」


「そういう事だ。オレみたいなただのテロリストが投資を募ったところで、そうそう金は集まらん。だが、王女様なら信用あるからオレより金が集めやすいのさ」


「へー……」


「まあ、そういう見返り以前に、『交国に嫌がらせ出来たら満足』って投資家……もとい、国家や組織もたくさんいるのさ」


 総長の話だと、王女様が集めてくれた金は<エデン>の活動費の足しになっているらしい。……オレや子供達が遊ぶ金も、元を正せば「王女様に集まった投資」もあったのかな……?


 アルは複雑な表情を浮かべていたが、総長は「スアルタウ。組織を維持していくためには、こういう事もやらなきゃ駄目なんだよ」と言った。


「ただ……こういう事は、お前らがエデンを率いる頃にはなくなっているだろう。今のオレ達は『テロリスト』だが、お前らの時代にはもっと日の当たる道を歩けるようになっている」


 その足がかりとしても、王女様の支持は必要らしい。


 総長も色々考えてんだな――と思いながらアゴをさすっていると、総長は申し訳なさそうな顔を浮かべ、「すまんな」と謝ってきた。


「ネウロン人じゃないオレが、ネウロン人のお前らの意見を聞かず、好きに話を進めた件は……謝る。正直、面白く思ってねえだろ?」


「オレは…………まあ、別に。どっちでも」


 アルが言っていたように、オレ達も「ネウロンから逃げた奴ら」の一員だ。


 交国によるネウロン支配は「気にくわねえ」と思うけど……今更、故郷に戻ったところで……家族もいないしな……。


 アルも似たような事を考えているのか、「僕は総長を批判できる立場ではありません」とキッパリと言った。レンズは髪を指先で弄び、無言だった。


 文句言えねえ立場かもだが――。


「ただ、あの<ピースメーカー>とかいう奴らの態度はカチンと来た」


「実質、向こうが立場上だからな。今回、エデンは下請けみたいなもんだ」


「でも、<ピースメーカー>と<メリヤス王国>は別物でしょ? 王女様が偉そうにするのはまだわかるけど、ピースメーカーの方が偉そうにしてんのなんで?」


 レンズがそう問うと、「王女様は所詮、お飾りって事さ」と言った。


 メリヤス王国の人間は、もう実質王女様だけ。


 王女様だけだと何にも出来ないから、ネウロンから逃がしてくれたピースメーカーに何もかも頼り切りらしい。……要は、良いように使われてんのか。


 ピースメーカーが元請けで、王女様が依頼人だとしても……王女様も強気に出られる立場じゃねえって感じか。……ちょっと哀れに見えてくるな。


「王女がネウロンに戻ってきた事は、まだ公にはしていない。近々行う予定の『決起集会』でその存在を明かすつもりだ」


 その決起集会には、今の解放軍の主立った面々も来るらしい。


 そこで王女様が正式に、解放軍やエデンに「ネウロン解放」を依頼する。


「決起集会には解放軍以外の組織も参加するが、大半が解放軍構成員だ。……お前達はこの屋敷に留守番しておいてくれ」


「行ったら揉めるから?」


「そうだ。集会にはオレだけで行ってくる」


 そう言った総長に対し、アルが前のめりになりながら「僕も総長の護衛として同行します」と言ったが、総長は笑って首を横に振った。


「言い方が悪かったな。エデン先遣隊の中ではオレだけで行く。だが、オレ以外にもラフマ達が来る予定だから……アイツらに護衛をしてもらうよ」


「楽しみですねぇ、決起集会」


史書官(アンタ)は来るな」


 雪の眼の史書官がススス……と近づいてきて、総長に囁いたが、総長はハエでも追い払うように手を振った。


 史書官は子供のように口を尖らせ、不満そうにしていたけど……直ぐに「しかし、意外ですねぇ」と言いながら総長に話しかけた。


「カトー様がマーレハイトの残党と……ピースメーカーと手を組むなんて。彼らは仲間の仇(・・・・)に近い存在では?」


「あっ……。そうか、マーレハイトって先代総長時代に――」


 史書官に続いて口を開いたアルが、その口を閉じ、流体甲冑を纏い始めた。


 オレとレンズ、そして巫術師じゃないタマも異変に気づき、拳銃に手をかける。ヴィオラ姉を安全なところに誘導し、妙な魂(・・・)が観える場所を見据える。


「み、みんな、どうかした……?」


「建物の外壁を伝って、誰か近づいてくる」


 壁越しに魂が観えた。


 観えるのは1人分の魂だが、襲撃者かもしれない。


 あるいは間抜けな工作員が盗み聞きでもしようとしているのか――。


 目配せし合い、流体甲冑を纏ったアルが外を確認する事になった。


 すると、窓の外から「うひゃぁ」と間抜けな声が響き、アルが慌てて手を伸ばすのが見えた。……外にいた奴が落ちかけたから助けたらしい。


 アルが妙な魂の主を引っ張り上げ、部屋の中に招くと――。


「これはまた……思わぬ来客だな」


 アルが引っ張り上げた人を見て、総長が苦笑した。


 妙な魂の主。


 それは、話題の王女様だった。





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