ネウロン解放の大義名分
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:エデン総長・カトー
「ちょっと散歩してきま~す」
「待て待て待て……! 出歩くなら屋敷の中だけにしてくれ」
解放軍との会談から帰ってくると、<雪の眼>の2人組が出て行こうとしたので止める。好き勝手に出歩くな、と釘を刺す。
コイツらが裏切ることはないと思うが……監視はつけさせてもらうし、行動も制限させてもらう。コイツらの存在に気づいた交国が動く可能性もあるからな。
雪の眼の史書官がしぶしぶといった様子で「じゃあ、屋敷内の書庫に行ってきます」と言うので、とりあえずタマに目配せして雪の眼2人組に監視をつけておく。誰かしら交代で見張らせておこう。
会談から中座したヴァイオレット達に、会談の内容を簡単に話す。会談といっても今回は顔合わせ程度だし、大した話はしていないが……。
「ヴィオラ姉さん。真白の魔神の話は総長にもしておいた方がいいよ」
アルがそう言うと、ヴァイオレットは――難色を示しつつも――雪の眼の史書官達と話していた内容を共有してくれた。
……結構、無視できない内容を話していたようだ。
そういう重要な話、先に教えてくれ。ただし、「エデン内でもこれ以上広めるのは止めてくれ」と釘を刺しておく。
ヴァイオレット自身、言うつもりはなさそうだが……アイツらに知られたら少々面倒になりそうだからな。
「しかし、交国やネウロンに魔神が関わっているとしたら……厄介だな」
「交国に関しては、あくまで仮説ですけどね」
「そういえば総長は真白の魔神、知ってますか? <エデン>って、元々は真白の魔神が作った組織なんですよね?」
「さすがに知らん。エデン創設に真白の魔神とやらが関わっているという話自体、初めて聞いた」
エデンはオレが拾われる前から存在していた組織だが、1000年以上前から存在していたなんて知らなかった。
大昔から存在しているっぽいのは姉貴が言ってた覚えがあるが……ヴァイオレット達に話を聞いた感じ、「真白の魔神が率いていたエデン」が一度滅びた以上、名前が同じだけのほぼ別組織だろう。
「昔のエデン構成員が、1000年前のエデンにあやかって名前をつけただけかもしれん。少なくとも……オレが知るエデンには真白の魔神なんていなかったはずだよ」
「実際はいたかもしれませんよ? 真白の魔神は転生するたびに容姿が変わりますから。エデンの誰かが急に真白の魔神になっていた可能性もあります」
「怖いこと言うなよ……」
真白の魔神はそういう存在らしい。
確かに、可能性自体はあるのかもな。
そういえば……。
…………。
……いや、さすがに違うか。
オレがちょっと物思いにふけっていると、アルが「総長?」と聞いてきたので「何でも無い」と誤魔化す。さすがに考え過ぎだろう。
「何にせよ、魔神絡みの案件は面倒だな……」
「総長、魔神相手に悪い思い出でもあるんですか?」
「悪い思い出しかない」
多次元世界には<魔神>と呼ばれる超越者達が何体も存在する。
どいつもこいつもバケモノ揃い。単に常軌を逸した能力を持っているどころか、精神すらおかしい奴らもいる。魔神=厄ネタと考えた方がいいだろう。
魔神の中には元人間なり、人間のまま魔神と呼ばれるようになった輩もいる。人間ですらない者も大勢いる。なんにせよ、奴らの価値観は人間の定規では測れないものになっている。
「プレーローマ相手に戦っている魔神もいるんだが、そいつらも人類の味方とは限らない。プレーローマとやり合いつつ、人類にも喧嘩を売ってくる輩もいる」
四方八方に喧嘩を売る異常者もいる。
魔神同士だからといって仲が良いとも限らない。魔神同士でも元気に争って、それに人類が巻き込まれるという面倒な事も起こる。
多次元世界の主立った争いといえば「天使と人類の争い」だが、それ以外にも「天使と魔神」「人類と魔神」の争いとか……「天使と魔神と人類」の三つ巴の争いもあったりするんだよな。
酷い時は複数の魔神の争いに、無関係の人類が巻き込まれる事もある。
天使だけでも厄介なのに……とにかく面倒な奴らなんだ。魔神は。
「魔神の中には神器使いを凌駕する力の持ち主もいる。エデンでも関わり合いになるのは極力避けていた。それでも戦闘を避けられず、戦った事もある」
昔の話だが、姉貴が機転を利かせてなけりゃエデンが壊滅していた魔神絡みの事件があった。
あの頃は……オレらもまだ多次元世界の事情をちゃんと把握しきれてなかったから、あやうく本の中に閉じ込められるところだった。
アル達は「神器使いが沢山いた昔のエデンでもヤバかったんですか」と驚いた。その疑問に頷き、「魔神は関わるとろくな事にならんから、お前らも絶対に関わってくれるなよ」と言っておく。
「弱者救済組織として、魔神相手だろうが戦わなきゃいけない時はあるけどな……。出来るだけ奴らには関わりたくない」
真白の魔神とか、気がついたら傍にいそうで怖そうな存在だけどな。……身内が急に真白の魔神になったらと思うとゾッとする。
「魔神は本当に恐ろしい存在なんだ。真白の魔神はヴァイオレットに縁のある魔神だろうが……もう、昔とは違う存在になっている可能性が高いんだろ?」
「はい……。真白の魔神は転生するたびに、記憶も精神も壊れていくので……」
「探し出して協力を求めるとか、そういう事もやめてくれよ」
魔神の代表格が……<源の魔神>がそもそも多次元世界最強最悪の厄ネタだったんだ。あの魔神はもう死んだらしいが、魔神自体は今もウジャウジャいる。
魔神と下手に関わるのはやめろ、と口酸っぱく忠告しておく。
そんな話をしていると、部下から連絡が来た。
『総長。例の御方が到着しました』
「ああ、わかった。直ぐに迎えに行く」
腰掛けていたソファから立ち上がり、アルからコートと帽子を受け取る。
「お出かけですか?」
「ああ、ちょっと……ネウロン解放の重要人物を迎えに行ってくる」
直ぐに戻るから、お前らはここで待っていてくれ。
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:整備士兼機兵乗りのバレット
「総長、誰を迎えに行ったんだろうね?」
「<犬除>の人達じゃない?」
「戻ってきたっぽいぞ。犬除の人達にしては、人数少ないが――」
雑談しつつ、巫術の眼で総長の魂を追っていると……港の辺りで総長が誰かと落ち合うのが観えた。
総長達が屋敷に戻ってくるのを大人しく待っていると、戻ってきた総長は「皆に紹介したい人がいる」と言い、オレ達に立ち上がるよう促してきた。
ソファに座ったままだと、失礼にあたるほどの重要人物らしい。
総長に促され、室内に入ってきたのは豊かな銀髪の持ち主だった。
……頭には月桂冠みたいな植毛が生えている。
ネウロン人みたいだが、初めて見る人だ。
「この御方は、ネウロン解放の大義名分……ネウロン連邦の初代連邦議長の娘だ」
総長の言葉を聞いたヴィオラ姉は、それが誰か直ぐわかったらしい。
驚いた様子で目を見開いているが、オレらは「ネウロン連邦の議長の娘」と聞いてもあんまりピンと来なかった。
そんなオレ達を見た総長は苦笑しつつ、「別の立場で紹介した方がいいか」と言いつつ、さらに言葉を続けた。
「つまり、<メリヤス王国>第二王女……メラ・メリヤス王女だ」
レンズは「だれぇ?」と言いたげに小首を傾げている。
けど、オレと……アルはその名を覚えていた。名前は覚えていた。
メラ・メリヤス。
交国がネウロンに攻めてきた時、ネウロンを捨てて逃げた王族の名前だ。




