闇色の真相
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
器である私と、中身である須臾学習媒体。
この2つが揃えば、真白の魔神の『完全複製体』が作れる可能性がある。
単なる複製体ではなく、『完全』というところが重要なんだけど――。
「あくまで『作れる可能性』なのですよね? 何せ、<叡智神>と呼ばれた真白の魔神は貴女の身体を使って試していないわけですから――」
「そうですね。でも、あの真白の魔神がしっかり準備して作ったものなので……ほぼ間違いなく完全複製体が出来上がるはずです」
真白の魔神だって失敗はするけど、「発明」における失敗はあまりしない人だった。本来はトライ&エラーを繰り返して辿り着く結果にいきなり辿り着くような人だったから――。
「ただ……バックアップデータは本当にネウロンにあったのでしょうか……?」
ラプラスさんに問いかける。
器はあった。スミレさんの遺体は修復された状態でネウロンに眠っていた。それに私という魂が偶然宿ってしまった。
問題は中身。バックアップデータが作られていたのは間違いないと思うけど、それが「保管」されたのか「破壊」されたのかすらわからない。
ラプラスさんはそこら辺の判断がつきましたか――と聞いてみたけど、返ってきたのは「私にもわかりません」という答えだった。
「ただ、あってもおかしくはないでしょう。交国……というか玉帝は、中身と器がネウロンに眠っている情報を何らかの方法で見つけたのかもしれません。……エノクは心当たりあるんですよねぇ?」
ラプラスさんに問われたエノクさんは、すまし顔でお茶を飲むだけだった。
代わりにラプラスさんが教えてくれた。
曰く、<エデン>を率いていた真白の魔神はプレーローマの<武司天>に討たれた。けど、当時のエデンの方舟が数隻、混沌の海で行方不明になっている。
その中には真白の魔神の研究成果や研究の覚え書きが遺されていた方舟もあったと考えられており、交国はそれを見つけて「ネウロンに器とデータがある」という考えに至った可能性がある。
「実際、器は遺されていた。中身となるデータに関しては……器と違って思い入れなさそうなので、既に破壊されてるかもですけどね」
「ただ……バフォメットさんは『ニイヤドの地下に重要なものが保管されている形跡があった』と仰っていました」
ラプラスさんは頷き、「私もそう聞きました」と言った。
実際、ニイヤドの地下に何があったのかはわからない。
しかし、何かが眠っていたのは確からしい。
「ニイヤドって、シオン教の総本山の?」
「うん。そして、私達が星屑隊の皆さんと出会った場所だね」
私達がニイヤドにいた時、近くにバフォメットさんも来ていたみたいだよ――と言うと、アル君達は「直接戦わずに済んで良かった」と漏らした。
あの時、ニイヤドにいたのは私達だけじゃない。
「当時……ニイヤドには玉帝が派遣した調査部隊もいました」
「確かにいたようですね」
「その人達が、ニイヤドの地下に眠っていたものを……真白の魔神のバックアップデータを見つけ出して、あの時に持ち出したって可能性もありますよね?」
「有り得ますね」
だとしたら最悪だ。あのデータだけでは真白の魔神の完全複製体は作れないはずだけど、何らかの遺産の情報を一部だけでも引き出す事は出来たかもしれない。
例えば、統制機関とか。
交国がアレを手に入れた場合、悪用するのは目に見えている。ネウロンにあったのはあくまで試作型だけど、アレだって使い方次第では恐ろしいものになる。
「てか、真白の魔神のバックアップデータ? ってやつはそんな重要なものなの? わざわざネウロン侵略する動機になるの?」
レンズちゃんが疑問すると、ラプラスさんが「なりますね」と肯定した。
真白の魔神は発明に長けた魔神であり、記憶の一部を抽出できるだけでも重要な発明を得られる可能性もある。
真白の魔神は今まで何度も多次元世界の勢力均衡を崩す発明をしてきた。……その一部の<真白の遺産>だけでも複数の勢力が争奪戦を起こすほどなのに、真白の魔神そのものを再現できる可能性があるなら……ネウロンだけでは済まない大戦争が起きかねない。
「でも、そのデータで作れるのって1000年前の真白の魔神なんでしょ? こういう言い方すると失礼かもだけど……1000年前の人を呼び出したところで、時代遅れの知識しか引き出せないんじゃない?」
「ある程度は陳腐化してますね。でも、そうではないものも沢山あるでしょう」
「例えば、巫術は現代でも通用しているでしょ?」
巫術も真白の魔神の発明品みたいなものだ。
時代遅れになっている発明品も当然あるけど、そうじゃないものも沢山ある。
「<叡智神>と呼ばれた真白の魔神は『比較的まとも』だったので、倫理的に問題がある発明品は思いついてもお蔵入りにしていた可能性があります。そのデータだけでもとんでもないお宝になるのですよ」
「そもそも、それらはあくまでオマケ。真のお宝は『真白の魔神の完全複製体』だと思う。何せ――」
説明していると、レンズちゃんは頭を人差し指で突きつつうなり、「よくわからないけど、スゴいのはわかった!」と叫んだ。
バレット君は腕組みしながら、「とにかく、ネウロンにヤバいものが眠っていたわけだ」と言った。
「やっぱ、ヴィオラ姉は悪くねえよ。むしろ悪いのは真白の魔神じゃねえか? 色んな勢力が欲しがるようなもんを、ネウロンにポンと放置しとくなよ」
「ま……まあ、本当にあったかはわからないから……」
「結局、交国は目当てのデータを確保できたの?」
「そこもわからないんですよねぇ」
ニイヤドの地下にはバックアップデータがあったかもしれない。
ただし、ラプラスさんも私もバフォメットさんも、実際にそれを見たわけではない。真白の魔神にネウロンを任されていたエーディンさん辺りは見たかもだけど……そのエーディンさんは行方不明。
玉帝もニイヤドに調査部隊を派遣するほど注目していたようだし、何かがあったのは確か。でも、その調査部隊が成果を得たも不明。
「ヴァイオレット様がここにいるので、玉帝も『器』は手に入れていない。『中身』となるデータの所在は相変わらず不明です」
ニイヤドの地下には、真白の魔神が仕掛けた防御術式が複数あった。
その中には「保管しているものを消し去る術式」もあったらしい。悪意を持った誰かの手に渡らないように施された対策もあったらしい。
だから、それによってデータが消された可能性もあるけど――。
「玉帝がデータを手に入れていた場合、ヴァイオレット様を狙う動機が補強されちゃうんですよね。データを完璧な形で使うとしたら、完璧な器たるヴァイオレット様の存在は必要不可欠でしょうし――」
人造人間にデータを入れる事で、その器が完全複製体になる。
ただ、器は何でもいいわけではない。私――というかスミレさんに関しては、材料も製法も特殊なものだった。真白の魔神だってそう簡単に作れないものだった。
交国は人造人間作成技術を持っているとはいえ、完全複製体の器を自作するのはほぼ不可能のはずだ。
「データだけ手に入れたところで、単体では解析は困難だったはず。でも、ヴァイオレット様を器にして完全複製体を作ってしまえば、その完全複製体を懐柔なり尋問すればいくらでも有用な発明品を作れちゃうでしょう」
「真白の魔神の懐柔や尋問は、簡単ではないと思いますけど――」
今まで、色んな勢力がそれを試みてきたはずだ。
けど、その多くが失敗した。あるいは部分的な成功しか掴めなかった。
真白の魔神本人はそこまで強くないけど、死んでも死んでも――条件付きで――蘇るし、大人しく捕まっているような人じゃない。
「でも、交国には尋問するのに良い道具があります」
「それは、ひょっとしてオークの皆さんにも使われていた――」
「ええ、<揺籃機構>です。アレも真白の魔神の発明品疑惑あるのですが、それはともかく――」
完全複製体を揺籃機構に繋ぎ、夢を見せる。
その夢の中で完全複製体を上手く飼い慣らし、発明品のデータを引き出す。
例えば……夢の中でもプレーローマと戦い続ける夢を見せて、戦うのに必要な発明品の情報だけを抜き出していく。
夢の中なら資材も資金も無制限。発明品が暴走して甚大な被害が出たところで、それはあくまで夢の中の話。現実への悪影響はほぼ皆無のはずだ。
真白の魔神の完全複製体が「自分は夢を見せられている」と気づいたら、夢という檻を叩き壊して出て行きそうだけど――。
「データだけでは、揺籃機構を使った尋問は出来ないでしょう。しかし、器を与えて人間のように扱えば――」
「口を割る可能性は、ありますね……。確かに……」
「ただ、交国が真白の魔神を作るための『器』と『中身』を狙ってネウロン侵略を行ったとしたら、おかしな事があるんですよねぇ」
ラプラスさんはそう言いつつ、ツカツカと歩いてエノクさんに近づいていった。
そしてエノクさんの飲んでいたお茶をヒョイと取り上げ、「そうですよね、エノク」と強引に問いかけた。
エノクさんは黙り続けていたけど、ラプラスさんに頬をツンツンと突かれ、観念したように喋りだした。
「交国がネウロン侵略を行った理由は、『器』と『中身』の可能性は高い。ただ、それなら魔物事件が起きた時期がおかしい」
交国はネウロンで沢山の事件を起こした。
最初が「ネウロンを侵略し、実効支配した」という事件。
その次に「ネウロン魔物事件」が発生した。
「結局、交国は器となる人造人間を確保出来ていない。それなのに魔物事件を起こしたのは、おかしいだろう?」
「あっ……それは確かに。ヴィオラ姉さんを確保していないのに、魔物事件なんて起こしたら……」
「『器』の確保に失敗する。……侵略の動機となるものが確保できていないのに、あんな事件が起きたのはおかしい。前提が違う可能性はあるが」
ネウロンは辺境の世界だ。資源はあるけど、巨大軍事国家である交国にとって必要な資源は、他所の世界で十分に確保出来ている。
ネウロン侵略を行う「旨味」は真白の魔神の「器」と「中身」を確保することのはずだけど……両方を確保する前に<ネウロン魔物事件>が起きている。
あの事件で、ネウロンは総人口の9割を失ったと言われている。タルタリカはバックアップデータなんて食べないだろうけど……破壊する可能性はある。器に関しては食べてしまう危険性もあった。
結局、バフォメットさんがタルタリカを上手く動かして、器である私を逃がしてくれたみたいだけど――。
「確かに……やってることメチャクチャですね」
「バフォメットの話だと、魔物事件を起こしたのは交国なんだよな?」
「あくまで、バフォメットの話ではな」
そもそもそこが勘違いなのかもしれん、とエノクさんは言った。
アル君達が驚いた様子で顔を見合わせている。
「ネウロンがメチャクチャになったのは、交国の所為じゃなかった……?」
「あくまで、可能性の話だ。交国がネウロン侵略を行った動機が『器』と『中身』だったなら、魔物事件のような混乱を起こすのはおかしい」
泥棒に入った家で――まだ何も盗んでいないのに――火をつけるような所業だ。
盗んだ後ならまだわかるけど、順序が明らかにおかしい。
ただ、今まで正しいと思っていた「前提」が異なるとしたら――。
「バフォメットが見たのは、あくまで『ニイヤドで交国人が実験を行っていた』というものだ。それが魔物事件の引き金になったのは確かだとしても、ネウロン侵略の動機を踏まえて考えると順序がおかしい」
「現場の人間が先走って実験した可能性もねえかな?」
バレット君は「実験やっていた奴と、器やら中身を探していた奴が別だったんだよ」と言った。
真白の遺産関連の情報は、玉帝も一部の人間にしか伝えていなかった可能性が高い。実験を行った人達は「ネウロンに真白の遺産が眠っている」という可能性すら知らず、ついうっかり実験しちゃったんじゃないか――という話らしい。
「それは……どうだろうね? 現場の人間が暴走した可能性は十分あるけど、玉帝ならその辺まで手綱を握っていたんじゃないかな……?」
「……じゃあ、魔物事件の犯人は交国じゃなかった?」
「別の誰かが起こした事件で…………交国としては、ネウロンをあそこまでメチャクチャにするつもりはなかった?」
「……そうなのかもね。『交国が魔物事件を起こした』という前提そのものが違うのかも……」
アル君もバレット君もレンズちゃんも、微妙な顔を浮かべている。
3人共、「交国への復讐」に取り憑かれているわけではないけど、「交国は悪い国家」という認識があるから……今更、「ネウロンを滅茶苦茶にしたのは交国じゃない」と言われても受け止め損ねているんだろう。
まあ、交国が「良い国家」とも言えないけどね。
何の罪もないアル君達を特別行動兵にして、無茶をさせるような国家だ。交国国民全員の罪はなくても、悪い事をしていたのは事実だ。
ただ……交国のネウロン侵略の目的が「器と中身」だったとすると、「魔物事件を起こした存在=交国」って図式には疑問の余地が残る。
魔物事件は交国以外の誰かが起こした。
そう考えた方が、まだ納得できるかも。
「僕は……ずっと『ネウロンの平穏が崩れたのは交国の所為』だと思っていた。だから一度は解放軍に参加した。それが間違っていたって事……?」
「魔物事件を起こしたのが交国じゃないとしても、交国に何の罪もなかったってわけではないと思うよ」
腕組みして思い悩んでいる様子のアル君の肩を、そっと撫でる。
交国は交国で悪い事をしているんだよ。
ただ、全ての罪が交国にあるわけでもない――という事なんだろう。
「けど、魔物事件が交国としても不本意な出来事だったとしたら、事件解決に全力で動いてくれりゃあ良かったのに……」
「それに関しては、『あまり目立ちたくなかった』という理由なのかも?」
ネウロンで起きた事件に対して、全力で動いたら他所の勢力に「なんでそこまでネウロンに拘るんだ?」と疑われる事になる。
そしたら他の勢力もネウロンにやってきて、<真白の遺産>を巡って熾烈な争いが起こる危険もある。
それを避けるためにも、いきなり全力でネウロンの問題を解決しようとは思わなかったんじゃないかな。
「何にせよ、交国の動きがおかしかったのは確かでしょう? おかしい理由に関しては『魔物事件を起こしたのは交国ではなかった』と考えれば、ある程度は説明がつくはずです」
ラプラスさんがそう言うと、バレット君が「バフォメットが見間違えてた可能性が高いのか」と漏らした。
するとラプラスさんはイタズラっぽい笑みを浮かべ、さらに言葉を続けた。
「見間違いではなく、巫術師を扇動するためには『全て交国の責任だった』としておいた方が良かった――という思惑があったのかもですよ?」
「「「…………」」」
「まあ、そこまでは考えて無かったと思いますけどね。……ただ、バフォメット様も『魔物事件は交国が起こしたもの』と断言せずに、『交国人が起こした』という言い方をよく使ってた気がしますが……」
真相はわからない。
バフォメットさんは7年前の戦いからずっと行方不明。
完全複製体の器はともかく、中身も行方不明のままだ。
……その行方を知っていたかもしれないエーディンさんも、行方がわからない。
ただ、魔物事件を起こしたのが交国じゃないとしたら――。
「何故、交国は<赤の雷光>や巫術師に罪をなすりつけたんでしょうか?」
玉帝は知っていたはずだ。
自分達の所為で魔物事件が起こったわけじゃないなら、犯人が誰か知っていたとしてもおかしくない。……それなのにネウロンの人達に罪をなすりつけた。
それに関してラプラスさんは「本当にネウロンの人達が事件を起こしたのかもしれません」と言った。
「アレは冤罪事件ではなかったのかもしれません」
「私は……ネウロンの人達ではあんな事件を起こせなかったと思います」
「ですが、可能性はゼロではないでしょう?」
「…………」
「別の可能性としては、交国としても『真相を公に出来ない事情があった』とかかもしれませんね」
ラプラスさんは微笑みながらそう言った後、自分が手に持ったカップからお茶を飲もうとしたけど――それがエノクさんのカップだと気づいたらしく――直前で止め、エノクさんに「私のも淹れてください」と命じた。
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:ヴァイオレットの助手兼護衛のタマ
「……………………」
「…………? タマちゃん、どうかした?」
「あっ。い、いえ……大したことでは……」
思わず雪の眼の史書官を睨んでしまっていると、ヴィオラ様に気づかれてしまった。慌てて、「ちょっと寝不足で」と誤魔化す。
ヴィオラ様はチョロいので「ちょっと休んできたら?」と仰ってくれました。ただ、史書官の護衛はチラリとこちらを見てきた。
……目立つ行動は控えないと。
変なところでボロを出して、全てパァになるのは避けなければ……。




