夢:自慢の兄
□title:府月・遺都<サングリア>8丁目
□from:兄が大好きなスアルタウ
今日も夢を見ている。
魔神が出てくる夢を見ている。
魔神のお姉さんと初めて会った場所で、「また夢の中の世界に来ちゃった……」と思っていると、ご機嫌なお姉さんがやってきた。
「スアルタウく~ん!」
なんて言いながら、両手を振りつつやってきた。
逃げても追いつかれそうなので、仕方なく近づいていく。
「こんにちはこんにちは。また会えて嬉しいわ」
「拉致してるから絶対会うんでしょ……」
「ふふっ。アタリ」
くすくす笑うお姉さんに「何でこんなヒドいことするんですか」と言おうと思ったけど、ちょっと引っかかったのでやめる。
今のところ、ヒドいことはされていない。
実害もないし、皆みたいに夢を楽しめば楽しいだけなのかもしれない。そんな考えが過ぎっちゃって、頭を横に振る。油断しちゃダメ~……!
「どうしたの? 頭を振って。そういう遊び?」
「違いますっ。……ボク、まだあなたのこと疑ってますからっ。ボクらのこと、ここで溶かしちゃう気じゃないかって……」
そう言うと、大仰な動作で「そんなぁ、誤解よぉ~」と言われた。
「本気で溶かす気なら、皆をずっと夢の中に閉じ込めるでしょう? それも出来るけど、やってないでしょ? 夢から現にちゃんと戻れてるでしょ?」
「それはそうなんですけど……。ボクが現実と思っているものが夢だったら、現実に戻れてないですよね?」
この魔神さんは、人が見聞きしたり、感じるものを操れる。
だからにいちゃん達は楽しそうに夢を見続けている。
ホントは、ボクもずっと弄ばれているだけかも……。
「そんな玉帝ちゃんみたいなことしないわ。信用ないのねぇ……。いや、確かに魔神達は信用するべきじゃないけどね」
子供を叱る親みたいな仕草で「魔神なんかに近づいちゃダメよっ」と言われた。ボクも近づきたくないけど、あなたが誘拐してるんでしょ!
「この間、人は溶かしてたでしょ。ボク達は……溶かさないんですか?」
「ああ、あの子ね。あの子は私の敵だから」
「…………」
「今の貴方達は私の敵じゃない。だから安心してくつろいでね」
お姉さんはニコニコと笑顔を浮かべている。その笑顔だけ見たら「信じていいかも」と思っちゃうけど……信じたら危ないよね。
今日も、にいちゃん達の姿が見えない。
多分、どこかの水たまりに囚われてるんだろうけど……。
笑顔で話しかけてくるお姉さんの言葉を適当に返しつつ、周りをキョロキョロ見渡し、にいちゃん達がいる水たまりを探す。
「とにかく、いまは楽しみましょ。今日はどんな遊びがしたい? 現で一番人気の遊びでもしちゃう?」
「一番人気の遊び?」
「これよ! じゃ~ん☆ ソシャゲガチャ~!」
魔神のお姉さんは携帯端末を取り出し、その画面を見せてきた。
心なしか得意げだ。「私だって最近の流行りは取り入れてるんだから~」と言い、胸を張っている。
「これが多次元世界で一番お金が使われてる遊びなの。だから大人気」
「そんな事より、にいちゃんと会いたいです。にいちゃんとお話したい……」
にいちゃんなら――夢から醒めてくれれば――今の状況を何とかしてくれるはず。にいちゃんは強いから魔神だって……いや、さすがに勝てないだろうけど、それでも何とかしてくれるはず。
だって、にいちゃんは強いんだ。
ボクよりずっと――。
「フェルグス君か~……。うーん……今は、どうかしらねぇ……」
「にいちゃんをどこに隠したの!」
「隠してない隠してないっ! こっちよこっち」
お姉さんはボクの手を引き、少し離れたところにあった水たまりまで連れてきた。そして、その水たまりを指差してきた。
「フェルグス君はここよ。ここで楽しい夢を見てるの」
「…………? 機兵しか映ってないけど……」
水たまりの中では、交国軍の機兵<逆鱗>が暴れ回っている。
とても楽しそうだけど、にいちゃんの姿は見えない。
「フェルグス君は機兵に憑依している夢を見ているの。機兵を操るの、とっても楽しかったみたいで……」
「あ、なるほど……」
「レンズ君と模擬戦するんでしょ? でも、機兵の操作練習する時間は限られてる。本人が『楽しい』みたいだし、夢の中でも訓練させてあげよっかな~……って。これはあくまで遊びで、肩入れしてるわけじゃないからね?」
お姉さんが人差し指同士をツンツンしつつ、何か言い訳している。
練習止めてでもお話したいなら、止めるけど――と言われたので、「やっぱりいいです。ごめんなさい」と言い、水たまりの前で三角座りする。
にいちゃんの様子が、ちゃんと見えるように。
ホントは止めないとダメかもだけど……今は、やめておこう。
「…………」
にいちゃん、夢の中でも頑張ってるんだ。
やっぱり、すごいなぁ……。
「ホントに止めなくていいの?」
「にいちゃんのジャマ、したくないから……」
「そっか」
お姉さんもボクの隣に座った。そして頭を撫でてきた。
「お兄ちゃんが大好きなのね~」
「うんっ」
大好き。
ずっと好き。
ずっと一緒にいるって約束したんだ。
「にいちゃんは強くて、カッコよくて、ボクの自慢なの」
そう言うと、お姉さんは微笑ましそうに目を細めた。
ちょっと恥ずかしいけど……にいちゃん大好きなのはホントの気持ち。
ボクのにいちゃん、スゴいんだ。
だからきっと……模擬戦でも、ぜったい負けない。
にいちゃんなら、ぜったい負けない。




