人交じりて国となる
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:自称天才美少女史書官・ラプラス
それなりの規模に復活したとはいえ、まだ「強い組織」とは言えない<エデン>が交国とやり合う。ネウロン解放に動く。
真白の魔神と直接関わりのある話じゃないとしても、非情に興味深いことです。なので無理を言ってエデンの先遣隊に参加させていただいたのですが、さすがにまだ大事件は起きていません。
エデンにしろ解放軍にしろ交国軍にしろ、事件を起こす前段階といったところですね。ただ、水面下で色々と動いている感じはします。
ネウロン入りしたエデンの先遣隊は一部の解放軍と合流。今日のところは両組織が会談を行うとの事で、「私も参加したいで~す」と申し出たのですが――。
「さすがに駄目だ。部屋で待っていてくれ、史書官」
「ぬぬぅ」
総長さんに断られてしまいました。
仕方がないので「エノク、覗いてきなさい」と命じたのですが……さすがのエノクも「巫術師達の目を誤魔化すのは難しい」と拒否してきました。
好き勝手やり過ぎてエデンとの関係をこじらせるのも面倒なので、今のところは大人しくしておいてあげますか……などと考えつつ待っていると――。
「おっと。やはり揉めたようですね?」
会談から帰ってきたエデンの面々は、プリプリと怒っています。
エデンの面々というか……怒っているのは主にヴァイオレット様ですけどね。スアルタウ様になだめられつつ、部屋に戻ってきました。
どうも、解放軍の方々に巫術師の皆さんのことを悪く言われ、ヴァイオレット様がお怒りになられたご様子です。
カトー様はまだ会談中のようですが、ヴァイオレット様達は中座してきたようです。完全に仲違いしちゃったらマズいので、賢明な判断でしょう。
解放軍の人達の多くは、7年前の敗北を冷静に見つめられていないようです。
特にネウロンにいる解放軍構成員は、敗北の責任を巫術師に転嫁するのが流行っているようですね。
「巫術師の所為で解放軍が負けたなんて……そんなわけないじゃないですかっ。解放軍はどうせ負けてましたよっ……! バフォメットさんの提案に乗らず、自分達の愚策を押し通した時点で――」
「彼らなりの方法で、自分達の心を守っているのでしょうね」
歴史は勝者だけが作るわけではない。敗者もまた好き勝手に歴史を創作する。解放軍にも解放軍なりの歴史があるのです。
とても面白いですね――と言うと、ヴァイオレット様は憤慨したご様子で「ぜんぜん、面白くありませんっ……!」と言いました。
「総長も、何であんな人達と手を組んで……」
「解放軍はアレで結構、構成員数は多いですからね」
交国政府に不満を抱いたオークの軍人達を構成員として抱えているため、戦力的にはそれなりに頼りになるのですよ。
現実逃避している方々も多いものの、武器弾薬を与えればそこらの素人より役に立ちますからねぇ……。
「例の毒殺事件以降、解放軍はさらに構成員を増やしつつあります。解放軍全盛期の構成員数に迫る勢いのはずですよ」
「でも、その全盛期の解放軍だって無惨に負けたじゃないですか」
「仰る通りです。それでもカトー様は『いないよりマシ』と考えているのではないでしょうか? 数は大きな力になりますからねぇ」
カトー様は解放軍以外の組織とも手を結んでいるご様子。
ネウロン解放を皮切りに、交国領で蠢いている不穏分子を一気に動かそうと考えているようなので……不穏分子ならどこでも構わないのでしょう。
交国の敵なら味方に出来る。
そういうお考えなのでしょう。
それがヴァイオレット様と因縁のある組織だろうと、「総長が守ってやれば大丈夫だろう」と考えているのでしょう。
今のカトー様にそこまでの力があるかはともかく……ここ数年のエデンはイケイケですからねぇ……。ビックリするほどに。
「でも、あんな態度の人達とやっていくなんて……無理以前に危ないよっ。そもそも、交国と戦おうとしていること自体が危険で――」
「まあまあ、ヴィオラ姉さん……。解放軍が問題にしているのは巫術師の事だけなんだから、僕らが頑張ったり、ガマンしていれば――」
「キミ達が我慢しなきゃいけないのが、そもそもおかしいのっ……!」
スアルタウ様達がどうなだめても、ヴァイオレット様は納得していない様子。
巫術師のお三方も、完全に納得しているわけではないようですが――。
「ボロクソ言われるのは慣れているが、殺意を向けられるのは面倒だな」
バレット様が少し疲れた様子でそう言いました。
「解放軍との折衝は、総長が上手くやってくれると思うけど……実際の戦闘で解放軍と足並み揃えて戦うのは難しそうだ。ちょっと警戒した方がいいかもな」
「後ろから撃たれかねない、ってこと?」
「それだけで済めばマシかな。どっかの特佐の部下みたいに、毒を盛られる可能性も考えておいた方がいいかもしれない」
小首をかしげつつ質問したレンズ様に対し、バレット様は肩をすくめながら答えた。2人の会話を聞いたヴァイオレット様はさらに表情を曇らせちゃいました。
表情を曇らせつつも、「露骨に敵対してくる事はないと思う」「解放軍の人達も、エデンと本気で争うのはマズいと思っているはずだから」と呟いた。
「解放軍は今後、交国から離れてやっていくためにも……混沌機関の独自生産技術を強く欲しています。エデン……というか、ヴァイオレット様がもたらすそれを手に入れる前から殺しに来たりはしないでしょうね」
「手に入れた後は怪しいって感じか」
「解放軍は結構、血の気の多い組織ですからねぇ……」
今のエデンも相当、血の気が多いと思いますけどね――という台詞はさすがに言わない。私は天才美少女史書官なので、気配りも出来るのです。
解放軍と積極的に手を結ぼうとしているカトー様はともかく、ヴァイオレット様は浮かない表情を浮かべています。
そんな中、スアルタウ様は微笑しながら「解放軍の人達とだって、きっと手を取り合えるよ」と言いました。
何にせよ、大変そうですねぇ――と漏らす。
すると、スアルタウ様は私を見つつ、言葉を紡いできました。
「ラプラスさんだって危ないですよ。僕らと行動を共にしている以上……僕らの巻き添えになる可能性もあるので……」
「大丈夫大丈夫。エノクがいますから」
毒見も任せましたよ――と言いましたが、エノクは「断る」なんてヒドいことを言ってきました。護衛らしかぬ言葉だことっ!
「お前が毒見を担当した方が効率的だ。エデンの世話になっている以上、毒見担当を務める程度の貢献はしておけ」
「護衛対象に『死ね』って言ってるようなものでは……?」
「お前が泡を吹いて倒れても、ワタシが何とかしてやる」
「泡を吹いて倒れる前に何とか――セーブしますか? 何とかしてほしいですね」
私の口からこぼれた言葉に対し、エノク以外が不思議そうな顔を浮かべる。「しゃっくりのようなものなので、お気になさらず」と誤魔化しておく。
正確には先天性疾患みたいなものですが、説明するのも信じてもらうのも面倒なものなのです。皆さんには関係ないものですから、言わなくていいでしょう。
スアルタウ様は訝しげにしつつも、「でも、本当に大丈夫なんですか?」と言って心配してくれました。しゃっくりではなく、現状について。
「解放軍の方はともかく、交国軍との戦いに巻き込まれる可能性もあるんですよ? まあ、もう手遅れかもですけど……」
「私の勘によると、今は貴方達と行動するのが最善です。大丈夫ですよ」
私がそう言うと、ヴァイオレット様が「ラプラスさんは、相変わらず<真白の魔神>を追っているんですよね」と聞いてきた。
「ひょっとして………今代の真白の魔神が、エデンの近辺にいる情報を掴んでいるんですか? だからエデンと行動を共にしているとか……」
「いいえ、違います。雪の眼も今代の真白の魔神がどこにいるかは掴み損ねています。手がかりほぼゼロで困っているところですよ」
真白の魔神はちょくちょく行方不明になるので、いつもの事ですけどね。
心当たりはあるのですが、そっちは調査結果を待っているところです。
「ただ、面白い情報は掴めています」
カトー様がまだ解放軍との会談中のようなので、カトー様が帰ってくるまでの暇つぶしとして話題を提供する。
「その面白い情報というのは――」
「もちろん、真白の魔神についてです」
7年前のネウロンでは、真白の魔神の足取りは掴めませんでした。
実は、ネウロン以外で面白い情報を掴んだのです。
「500年ほど前、真白の魔神が『とある国』の建国に関わっていた可能性があります。その頃の足取りは最近まで不透明だったのですが――」
「とある国?」
「交国です」
エデンの皆様が一気に表情を変えた。
皆様、程度の差こそあれ、真白の魔神と関わりがあるうえに……交国とも関係がある方々ですからねぇ。
「ネウロンにいた真白の魔神が、交国を作ったってこと……!?」
その辺は「半分間違い、半分正解」って感じですかねぇ。
順を追って説明していきましょう。
「元々、交国建国初期の歴史は謎が多いのです」
交国は新暦753年に作られたと発表されている国家ですが、建国初期の歴史に関しては交国政府ですら詳しい話を残していません。
しかし、我々は「交国の建国に真白の魔神が関わっていたかもしれない」という情報を掴みました。
「交国本土には、かつて<大ブロセリアンド>という国がありました」
大ブロセリアンドは<ブロセリアンド帝国>から生まれた国家の1つ。
大ブロセリアンドが生まれた時点で、ブロセリアンド帝国は凋落し続けており、大ブロセリアンドそのものも帝国の全盛期と比べるとまったくダメダメな国家として存在していました。
その大ブロセリアンドという国家が何者かに襲撃され、その襲撃者達が大ブロセリアンドのオーク達を支配下に置きつつ、<交国>という国家を作った。
この点に関しては、交国政府も7年前に認めています。交国で「軍事利用」されていたオークの方々は大抵、大ブロセリアンドの末裔です。
大ブロセリアンドが何とか存在していたのは500年近く前なので、「末裔」と言ってもほぼほぼ関係無いですけどね。
「交国は大ブロセリアンドのオークの皆さんに人体改造を施し、味覚・痛覚を奪って軍事利用してきました。で、この人体改造手術に――」
「……真白の魔神が、関わっていた……?」
バレット様の問いに頷く。
あくまで、その可能性があるだけです――と言う言葉を添えつつ。
「真白の魔神が交国建国に関わっていたのは、今のところあくまで『可能性』です。確実な情報ではありません」
ただ、私共の方で手に入れた「真白の魔神が遺した研究記録」に記されていたのですよ。「大ブロセリアンドのオーク達を支配下に置き、人体改造を施して尖兵として利用しよう」という計画が記されていたのです。
人体改造だけなら真白の魔神にはよくある事なのですが、大ブロセリアンドという単語まで出てきたのは偶然の一致とは思えません。
研究記録も、ちょうど交国誕生のほんの少し前ですし――。
「単に建国に携わるだけではなく、真白の魔神が交国を作ったのかもしれません」
「ヴィオラ姉に聞いた『真白の魔神の人物像』的に、ピンと来ないな~」
レンズ様はヴァイオレット様を見つつ、「ヴィオラ姉に聞いた真白の魔神は、もっと優しそうだった」と漏らしました。
ヴァイオレット様は困り顔を浮かべつつ、「私の知る真白の魔神は、かなり優しい方だったと思うけど――」と言いつつ、言葉を続けました。
「……真白の魔神は、やる時は結構やってるから……私は……ラプラスさんの説に違和感ないかな? 強制、非強制の違いはあるだろうけど……巫術師だって人体改造の末に生まれた存在だしね……」
「そもそも、一口に<真白の魔神>と言っても別人のような言動するのが当たり前ですからね。彼の魔神は『転生』するたびに記憶や精神が壊れますから」
1000年前の真白の魔神。
別名、<叡智神>は比較的人格者だったかもしれません。
非人道的なところはあっても、最後の一線は越えてなかった様子もありますからね。もちろん、この評価は人それぞれだと思いますけど。
ただ、「1000年前」と「500年前」の真白の魔神なら、別物になっていてもおかしくありません。
雪の眼の記録でも、「1000年前」と「500年前」の間に複数回の転生を挟んでいるのは確認出来るので……記憶も精神もボロボロになっていたはずです。
1000年前の真白の魔神――ネウロンにいた<叡智神>もそうなる可能性がわかっていたからこそ、「今の自分」を保存することに拘った。
転生した自分が完全におかしくなる前に、比較的まともな自分を残そうとした。
結局使わなかったものの、スミレさんという「器」と「中身」となるバックアップデータまで用意していたわけですから……。
「まあ、『真白の魔神が交国建国に関わっていた』というのはあくまで仮説です」
「けど、大ブロセリアンドのオークに目をつけていたなら、ほぼ確実では……」
「真白の魔神の遺産を盗んだ誰かがいたのかもですよ?」
1つ、それっぽい証拠があったからといって飛びつくのは危うい。
複数の証拠を揃えて多角的に判断し、さらには当事者の確認が取れてようやく「推測」の域から出る事が出来るのです。
玉帝に話を聞くのが最善なのですが……あの御方は口が硬いですからねぇ。
7年前に交国の罪の一部を認めたとはいえ、全ての罪を明かして認めたりはしないでしょう。……何とか情報を吐かせる機会が欲しいところですけどね。
その機会を得るためにも、今はエデンと行動を共にしておきたい。
もし……もしもエデンの対交国作戦が上手くいった場合、カトー様達が振るう刃は玉帝の喉元に届くかもしれない。
刃を突きつけられた玉帝は何もかも洗いざらい吐いてくれるかもしれません。エデンが交国に勝つのなんて、ほぼ不可能ですけどねー。
「ひょっとして、真白の魔神=玉帝だったりする?」
「それは…………多分、無いかと」
レンズ様から中々良い質問が出てきたので、微笑みながら返答する。
交国は以前から<真白の遺産>を狙っています。プレーローマどころか他の人類国家・組織と争いつつ、真白の遺産を手に入れようとしています。
玉帝の正体が真白の魔神だったとしたら、そこまで無理する必要はないと思うのですよ。遺産争奪で無理するより、自分の研究費に費やした方がいいはずです。
真白の魔神は転生するたびに壊れていくので、「過去の自分の発明品」を自分で再現できない事もあるから……手に入れようとする可能性もありますけどね。
そもそも、交国建国から現在に至るまで何度も真白の魔神が目撃されているのですよ。交国領外での目撃例も多いので、その目撃例と玉帝の行動を照らし合わせると同一存在とは思えません。
「真白の魔神は目撃情報どころか、遺体も何度も見つかってます」
「何度も殺されているんだ……」
「はい。斬殺されたものが多かったですね」
私も見たことありますが、それはもう見事な切り口でしたよ。
それをやってのけた「犯人」には、今のところ話を聞けてませんが――。
「それにそもそも、玉帝は真白の魔神にしては理性的過ぎます。真白の魔神はもっとこう……色々やらかす御方ですから」
「そっか……。素人の下手な考えで話止めちゃってごめんね?」
「いえ。レンズ様の質問は、とても良いものでしたよ」
これからも気にせずドシドシ意見してくださいな、と言っておく。
そもそも、交国は真白の魔神由来のものが結構ゴロゴロしているんですよね。混沌機関、機兵、方舟の設計思想が真白の魔神のそれに近しいです。
そう言うと、ヴァイオレット様は「人類文明で普及している高度技術は大抵、真白の魔神が関係しているから似通うものだと思います」と仰った。
「特に流体装甲はそういうものですし――」
「確かに。でも、交国は技術的な癖が色濃く出ていると思いませんか?」
「それは…………確かに、そうかも」
「交国は対プレーローマ政策は徹底しています。人類文明の中にはプレーローマ側に懐柔されて滅びたところも少なくないものですが、交国はプレーローマ側の工作を――どれだけ魅力的だろうが――突っぱねてきています」
その辺、<エデン>を率いていた時代の真白の魔神も近しいところがあったでしょう? と聞いてみる。
ヴァイオレット様は何とも言いがたそうな表情を浮かべましたが、それでも否定しませんでした。肯定もしていませんが。
「それと、『真白の魔神』と『大ブロセリアンド』の繋がりを示唆する情報が出てきた時に、面白い言葉も出てきたんですよ」
コレも真白の魔神と交国の関わりを仄めかすものだと思います。
そう請け負いつつ、その言葉を明かす。
「その言葉というのが、<交国計画>というものです」
ヴァイオレット様、ご存知ですか――と問いかける。
ヴァイオレット様は困惑顔を浮かべた。1000年前の真白の魔神を間接的に知っているヴァイオレット様でも、さすがにご存知ないようです。
「交国計画の『交国』って、国家の交国……ですよね?」
「おそらく。ただ、この計画が具体的にどういうものかはわかっていません」
先程述べた情報と共に、言葉が発掘されただけ。
真白の魔神は<交国計画>というものを温めていた。
その言葉を残した数年後に交国という国家が生まれたのは、はたして偶然だったのでしょうか……?
「単に『交国を建国する計画』をそう呼んでたんじゃないの? 大ブロセリアンドのオークちゃん達を軍事利用する事も含めて、『交国計画』って呼んでたとか」
「私も、そう思ったんですけどね」
レンズ様の意見に同意しつつ、部屋の一角に視線を向ける。
そこでは自分で淹れたお茶を飲みつつ、くつろいでいるエノクの姿がある。
「エノクは、そうは思わなかったのですよね?」
「ああ。正確には『建国計画』と『オークの軍事利用計画』も『交国計画』とやらの一部だとは思う。思うのだが……それだけではないと思ったのだ」
「その根拠は?」
「相手は真白の魔神だ。もっとろくでもない計画を立てていてもおかしくない」
私以上に真白の魔神を知る人も中々いません。
ただ、エノクは私とは別の視点で真白の魔神を知っている。
真白の魔神と戦ってきた者として、「単なる建国計画とオークの軍事利用だけでは『ろくでもなさが足りない』」と判断したようです。
こういう時のエノクの勘って、中々侮れないんですよねぇ……。




