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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
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狂犬



■title:交国領<繊一号>にて

■from:丹国国籍取得を希望している交国軍兵士


 話が違う。


 丹国は――近々誕生しようとしている「オークの新国家」は、希望に満ちた場所のはずだった。


 交国政府に騙され、軍事利用されてきた俺達(オーク)の楽園になるはずだった。


 交国政府を告発し、真実を暴いてくれた犬塚特佐の手によってオークの楽園が誕生し、そこでは人間らしい暮らしが出来ると聞いていたのに――。


「…………」


 基地内の牢屋から悲鳴が聞こえる。


 多分、一番奥の牢屋だろう。……牢屋で拷問を行っているんだろう。


 牢屋に入れられている反逆者達は部屋の隅っこに固まり、怯えた表情を浮かべている。牢屋の前を通る俺に対し、「助けてくれぇ」と言ってくる奴もいた。


 けど極力、顔を合わせないようにした。……下手にコイツらに関わるとマズい事は、同僚達が身を持って証明してくれていた。


 牢屋に入れられている奴らの中には、俺と同じオークもいる。だから同情するし、何とかしてやりたいのは山々だが……あの人には逆らえない。


「と……特佐? 犬塚特佐ぁ~……?」


 奥の牢屋まで辿り着き、そこで呼びかける。


 悲鳴が聞こえた最奥の牢屋に、犬塚特佐もいるはずだ。オークの解放者であり、交国の英雄であるはずの人が……ここにいるはずで――。


「特佐、通信が――――ひっ!!」


 殊更大きな悲鳴と共に、牢屋の中から何かが飛んできた。


 指だ。


 人間(オーク)の指がちぎれ飛び、牢屋の外まで転がってきた。


 悲鳴の主の指が吹っ飛んできたようだ。……大ぶりのハンマーで手を思い切り叩かれ、その衝撃で指がちぎれ飛んだらしい。


 拷問を受けている。


 ただ、拷問されているのは交国のオークだ。オレの同胞だ。痛覚など無いはずだが、あまりの恐怖のあまり悲鳴上げているらしい。


 目隠しされたオークは、指がちぎれ飛んだ後も叫び続けている。「何も知らないんです」「交国に忠誠を誓いますっ!」と言い、狂い叫んでいる。


「大したことは、なにもしらないんですぅぅぅっ!! 解放軍の情報ならっ! 何もかも話すから、許してくださいぃぃッ!!」


「…………」


「おっ、おおおおおれ達はっ、ただ……ただっ……!! 自由が欲しくて――」


 拷問されているオークが、顔面を思い切り殴られた。


 そのまま一言も喋らなくなった。……気絶したようだが、死んだようにピクリとも動かない。股間周りがしっとりと濡れ、床まで濡らし始めている。


 そいつを拷問していた人物は、ハンマー片手に佇んでいる。


 そして、俺に対して「何の用だ」と聞いてきた。……冷たい声で。


「ほっ、本国の妹君からのご連絡ですっ……!!」


「どの妹だ」


 ハンマーを手にした人物は――犬塚特佐は、少し苛立った様子で聞いてきた。


 もつれる舌を必死に操り、「石守素子様ですっ!」と答える。


 犬塚特佐は舌打ちしつつ、俺に近づいてきた。殴られると思って身構えたが、幸い、特佐は俺が持って来た通信機を奪い取っただけだった。




■title:交国領<繊一号>にて

■from:血塗れの英雄・犬塚


『やあ、犬塚の兄上。悪い方向に元気が有り余っているようじゃな』


「……さっさと用件を言え。こっちは忙しいんだ」


 舌打ちを飲み込みつつ、龍脈通信で交国本土にいる素子と話す。


 素子は「そう急くな」と言い、くだらん話を振ってきた。


『近頃、兄上の周りで悲鳴が耐えんようでな。それが心配でたまらんのじゃ』


「平和を脅かす反逆者の掃討や尋問を行っているだけだ。……コイツらの所為で、何もかもメチャクチャになった」


 さっき殴りつけて気絶させたオークをつま先でいじりつつ、「いつも通りの仕事をしているだけだ」と語る。


 すると素子はため息をつき、「兄上は変わってしもうた」「何者かに取り憑かれたように、変わってしもうた」と漏らした。


「…………」


『兄上、貴方には玉帝から召喚命令が届いているはずじゃ。召喚の理由は、兄上自身もわかっておるじゃろう? 今の兄上は、明らかにやり過ぎておる』


「平和のために必要な行動をしているだけだ」


『兄上は特佐であり、同時にネウロンの総督でもある。じゃが、だからといって万事が許されるわけではない。……召喚に応じ、大人しく本土に戻ってきてくれ』


「俺は丹国やテロリストの件で忙しいんだ。交国兄弟団を率いている俺が、ネウロンを離れるわけにはいかない」


 いま、ネウロンには数多くの不穏分子が蠢いている。


 そいつらを全て潰さない限り、ネウロンを発つことなど出来ない。他の奴らに任せておける状況じゃない。俺が、やらなきゃいけない事なんだ。


「ネウロンにいる反逆者共を全て殺したら、玉帝のところだろうが軍法会議だろうが出席してやるよ。だが、今は駄目だ」


『召喚命令に応じなければ、反逆者として裁かれるのは兄上じゃぞ』


「ハッ……。そんな事を心配し、わざわざ連絡してきてくれたのか?」


『当たり前じゃろう』


 ため息交じりにそう漏らした素子は、説教するように言葉を重ねてきた。


 兄上が玉帝(かあさま)と険悪なのはいつもの事。されど、今回ばかりは兄上の権限で突っぱね続けられる話ではないじゃろう――と言ってきた。


 最近は素子の「かあさま、かあさま」と信奉者の如き振る舞いが減ってきたと思っていたが……玉帝を至上とする考えは相変わらずなのかもしれない。


 黒水守との結婚で、少しは変わったと思ったが……素子は素子のようだ。……アダムが交国から逃げた件を経ても、灰の兄貴に厳しく躾けられた事でより一層、考えが凝り固まったのかもしれない。


 結局、素子が心配しているのは俺ではなく、大事な大事な玉帝(かあさま)なんだ。


『心配しておるのは妾だけではない。兄上が黒水(ウチ)に預けた者達も、兄上の事を心配しておる』


「…………」


『玉帝の召喚命令を無視していたら、さすがの兄上でも――』


 素子のくだらん話を聞いていたら、笑いがこみ上げてきた。


 さすがに素子も困惑した様子で「兄上?」と聞いてきた。


「素子。おかしいと思わないか?」


『…………?』


「玉帝は何故、命令に背いている俺の首を刎ねに来ない」


『それはもちろん、兄上のこれまでの功績や立場を鑑みて――』


「殺さないにしても、俺を連行するために多数の部下を派遣して来ないのは何故だ? 人類の勝利のためなら手段を選ばないアイツが、最近は……どうにもおかしい! 玉帝はおかしくなってしまった!! 手ぬるくなった!」


『はぁ…………。おかしくなったのは、兄上じゃ』


 素子はため息を重ねつつ、「召喚命令に応じるついでに、本土で休んでくれ」と言ってきた。「後任の人間も派遣したから」とも言ってきた。


 まるで玉帝の名代のような台詞だ。


 それも可笑しくて、笑ってしまう。笑いながら告げる。


「その後任の人間というのは、あの大佐の事か?」


『……兄上、まさか――』


「そいつなら、不幸な事故(・・)に遭って入院中だよ! ネウロン駐留軍の指揮どころか、総督の仕事も出来ねえ状態だよっ!」


 通信先の空気がピリついているのを感じる。


 俺は一線を越えたか? そうだったとしても、知った事じゃない!


 素子だろうが玉帝だろうが、俺の邪魔をしてんじゃねえよ……!!


「ネウロンのことは、引き続き俺に任せろ。丹国のことも、薄汚い反逆者共も……外部のテロリスト共も、俺が全て潰してやる!」


『兄上! 玉帝の顔に泥を――』


 通信を切り、通信機を持ってきた軍人に投げておく。


 困惑顔を浮かべているが、「用事は済んだだろう」と言って帰らせる。ひとまず帰らせる。こっちは今からやることがある。


「起きろ」


 気絶させておいた奴を蹴って起こし、その頭を掴み上げる。


 情報を教えてくれるんだろう?


 頼むから有益な情報を吐いてくれよ。


 それこそ、反逆者共を根こそぎ始末できるような情報を――。


「ね、ネウロンにいる解放軍の残党は……! 協力者を呼んだんだ!」


「…………」


「界外から、<エデン>っていう組織を……! 最近、急速に戦力を増やしつつある新興組織をネウロンに引き込んで、アンタに反逆を――」


「エデンが新興組織? 馬鹿なことを言うな」


 アレはずっと前から存在するテロ組織だ。


 ……奴らの所為で、交国は……。


「そ、そこはよく知らないけどっ……。とにかく、エデンの奴らは解放軍を支援しようとしている! 本格的な蜂起はまだ先の話だが、エデンの奴らが近々やってきて工作活動を――」


「近々じゃねえ。もう来てんだよ(・・・・・・・)


 舌打ち代わりにツバを吐きつけてやる。


 テメエの知っていることは、もう全部(・・)知っている。


 それどころか、情報が古い。


「エデンのことなんざ、把握してるに決まってんだろ……!! どうせ情報を吐くなら、もっと有益な情報を吐け!! 俺の時間を無駄にしてんじゃねえッ!!」


「あッ! あっ!! やめっ……!! それはいやだっ!! やだッ!! いやだぁッ!! やめろおぉぉーーーーッ!!」




■title:交国領<繊一号>にて

■from:丹国国籍取得を希望している交国軍兵士


「マジかよ……。特佐、玉帝の召喚命令に背いてんのか……!?」


 誰彼構わず痛めつけているだけじゃなくて、上の命令にも背いているなんて。


 犬塚銀(あのひと)はもう、英雄なんかじゃない。


 ただの狂人だ。


 あの人を何とかしないと、ネウロン駐留軍どころか俺の身も危うい! 同僚達まで牢屋に入れられたように、俺まで疑われて――。


「おい、軍曹。お前、さっきの部屋にいたオークと昨日、話をしていたそうだな」


「――――」


 背後から声が聞こえる。


 ハンマー(かたいもの)を引きずりながら、誰かが近づいてくる。


 振り返って弁解する。


 違うんです、特佐。


 あいつ、軍学校が同じだったから、顔見知りだったから少し声をかけただけなんです! むしろ、特佐の代わりに情報を引き出そうと努力していたんです!


 俺は反逆者じゃありません!!


「反逆者は皆、そう言うんだ」


 狂人はそう言って微笑んだ。


 顔に返り血をつけたまま微笑み、「詳しい話を聞かせてくれ」と言ってきた。


 当然、皆と同じ牢屋(ばしょ)で――――。






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