界内侵入作戦
■title:交国領<ネウロン>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
ついに本格的に始まった対交国作戦。
最初の目標が「ネウロン解放」とは驚いたけど……ラート達を助けるには願ってもない機会だ。ネウロンはラート達と別れた場所だから、ネウロンにラート達がいる可能性は高いはずだ。
それに、ネウロンは僕らの故郷で……僕らの戦いが始まった場所でもある。
エデンの中で僕らが一番思い入れのある世界だけに、そこを交国から解放出来る可能性があるならば――と張り切らずにはいられなかった。
ただ――。
「…………今のところ、戦闘とか全然ないですね?」
「そんなにドンパチしたかったのか? 戦闘なんて当分ないよ」
ネウロン界内への侵入は、僕が想像していたよりずっと穏やかなものだった。
僕らは――総長率いる先遣部隊は、ネウロン近海で輸送船に乗り換えた。
その輸送船は交国のものだったけど、エデンの協力者が用意してくれたものらしい。おかげで特に問題なく、堂々とネウロン界内への侵入が成功した。
さすがに先遣部隊の身分を偽ったり、多少の変装をする必要はあったけど……入管をすんなり通過できたのは面食らった。
「ここまで上手くいくと『交国の罠なのでは……?』と感じちゃいますよ」
「今のネウロンは、丹国独立に向けて様々な物資が運び込まれているからな。界外から潜り込むのはそんな難しくないんだよ」
丹国は交国の実質的な属国にされるけど、交国政府側もある程度は発展させておくつもりはあるらしい。
建築資材とか、沢山の機械とか……一気に増えた人口を養うための食料物資などが毎日大量に運び込まれているようだ。
交国側もそれを全て事細かに調べるだけの余力はないらしく、入管は僕が想像していた以上に簡単に突破できた。
「もちろん、界内の協力者のおかげでもあるんだが――」
そう言った総長に連れられ、港の一角にある倉庫にやってきた。
僕らが乗せてもらった輸送船の荷物が倉庫内に運び込まれていく。それを見学しつつ待っていると、オークの交国軍人がやってきた。
それも1人だけではなく、4人もやってきた。
交国軍に僕らの侵入がバレたのか――と思って身構えたけど、総長が手で制してきた。どうやら、彼らは味方らしい。
「コイツらがオレ達の界内侵入を手引きしてくれた協力者だ。表向きは交国軍人をやっているが……実はブロセリアンド解放軍の生き残りだ」
ブロセリアンド解放軍の生き残りが協力してくれる。
それはネウロンに来る前から聞いていたけど……実際に解放軍の生き残りを目にすると、何とも気まずい気持ちになった。
解放軍は7年前に蜂起したものの、直ぐに交国軍に鎮圧されてしまった。大半の構成員は交国軍に捕まる事になった。
でも、<交国兄弟団>を率いる犬塚特佐は解放軍参加者の情状酌量を求めた。彼らも交国政府に騙されていた被害者だと宣言した。
その結果――幹部連中は厳しく罰せられたらしいけど――解放軍に参加していた交国軍人達の多くは、交国軍に戻ることが出来たらしい。
もちろん、全て元通りとはいかない。
解放軍に参加していた人達だからこそ、軍事委員会に厳しく監視されたり……冷遇されているのが現状らしい。
やってきた4人の協力者の中から進み出てきた代表者さんが、「スペーサーだ」と名乗りながら僕らを見つめてきた。……少し、値踏みしているような目つきに感じる。
「……エデンの先遣隊は若者ばかりだな?」
「年寄りは総長だけさ。そもそも、現エデンは平均年齢低いからね」
総長はそう言い、「ちなみに最年少はそっちの子だ」と言ってヴィオラ姉さんを手で示した。ヴィオラ姉さんは「いえ、私が最年長です」と言い張ったので、向こうに困惑顔を浮かべさせてしまった。
「スペーサーは以前の騒動より前から解放軍の兵士をやっていたが、軍事委員会の監視は上手く誤魔化している。安心してくれ」
「7年前の俺達は、解放軍でも末端の人間だったからな。軍事委員会も大した脅威とは思っていないのだろう」
ネウロンでは丹国独立に向け、色々と準備が進んでいる。
丹国には「元・解放軍兵士」が大勢参加する予定なので、軍事委員会もその全員を事細かに監視する余裕はないようだ。
「今は『心を入れ替えた交国軍人』のフリをしている。というか……実際に心を入れ替えたつもりだったんだ。犬塚銀を信じて……」
スペーサーさんは僅かに俯き、「犬塚銀が所詮は玉帝側のクズと気づいてからは、再び解放軍兵士として動いている」と教えてくれた。
総長が言っていた通り、犬塚特佐への支持は陰りがあるようだ。
「まあ、俺はまだ待遇がマシな方だがな。元・解放軍兵士の中にはネウロンにもこれず、危険な戦地に追いやられている者もいる。命がけで『交国への忠誠を示せ』と無茶振りをされている者も大勢いるんだ」
「ネウロンにいるオークも、あんまりいい目にはあってないよな」
「ああ……。軍に復帰したものの厳しい監視下に置かれている者や、軍への復帰すら許されずに資源採掘現場に投入され、酷い労働環境に置かれている者もいる」
「貴方達は大丈夫なんですか?」
軍事委員会は上手く誤魔化しているって話だけど……交国の軍事委員会の目を、そんな簡単に誤魔化せるんだろうか?
少し心配になって問うと、スペーサーさんは薄く笑いながら答えてくれた。
「問題ない。俺は解放軍の情報を交国軍に流しているからな」
「――――」
とんでもない事を言うので、改めて身構える。
けど、苦笑した総長が「オレが提案したんだよ」と教えてくれた。
「スペーサー達には、あえて解放軍の情報を流してもらっている。ただ、流す情報は大したものじゃなかったり……偽情報にしてもらっている」
「そして、軍事委員会側の情報も抜き出している」
「二重間者ってやつですか……」
スペーサーさんは頷き、心苦しそうな表情を浮かべた。
「おかげで俺達は比較的自由に動けるが……他の同志達は窮状にある。それを救うためにもエデンの力を貸してくれ」
「任せてください……!」
胸を叩き、請け負う。
隣にいたバレットもコクリと頷いた。
レンズとタマは拳銃に軽く手を添えつつ、辺りを油断なく見回している。ヴィオラ姉さんは……ずっと心配そうな表情を浮かべている。
「ところでカトー。約束通り、混沌機関製造技術者は連れてきてくれたか?」
「ネウロン近海まで連れてきた。後々、紹介するよ」
スペーサーさんに問われた総長は、サラリと嘘をついた。
エデンで混沌機関の製造方法を完璧に理解しているのはヴィオラ姉さんだけ。
ヴィオラ姉さんの話をしたはずだけど、そのヴィオラ姉さんはこの場にいる。……まだ秘密にしておくって事かな?
「直ぐに会わせてくれ。我々が真の独立を勝ち取るには、その技術者が必要だ」
「試作品は、そっちの人間に渡しただろ? 出来映えも問題なかっただろう?」
スペーサーさんは頷き、「交国製のものと遜色ないものだった」と言った。
「中古品を『エデンで作った混沌機関』と偽っていなければ、本物だろうな」
「そこは信じてくれよ」
「信じたいから技術者に会わせてくれ、と言っている」
「ネウロンの解放が出来ていない以上、界内はまだ危険だ。ただの技術者をホイホイ連れてこれるわけないだろ~?」
総長は笑顔を浮かべ、スペーサーさんの腰を軽く叩いて「信頼してくれよ」と言った。ただ、スペーサーさんの表情は晴れなかった。
「まあ、いい……。混沌機関さえ自国建造出来れば、我々は交国の属国にならずに済む。しかし、『我らの新国家』を真の独立に導くためには、混沌機関以外にも解決するべき課題が山ほどある。中でも――」
「交国の駐留軍をどうするか、だな」
「特に、犬塚銀をどう殺すかだ」
スペーサーさんの目つきには、冷たい殺意を感じる。
一度は犬塚銀を信じて、解放軍から交国軍に戻ったのであれば……何故、犬塚特佐を信じられなくなったのだろう?
犬塚特佐が部下と揉め、その部下達を毒殺したのが真実だったとしても……それだけで犬塚特佐を恨むようになるだろうか……?
「貴方達にとって、犬塚特佐は……何なんですか? 彼はオークの権利を勝ち取ってくれた英雄ではないんですか……?」
「何も知らない頃の俺は、無邪気にそう信じていたよ」
スペーサーさんは表情をさらに厳しいものに変えつつ、言葉を続けた。
「だが、犬塚銀は玉帝側の人間なんだろう? 7年前の告発ですら、交国政府が書いた筋書き通りにやっていただけなんだろう?」
「その可能性が高いみたいですね。確定したわけではありませんが……」
「あの男は、俺達を自由にするために、俺達の国も作ってくれようとしていると信じていたのに……。実際は交国の属国を作ろうとしているだけ。そんな事をやっている人間を『英雄』として崇められるはずがない」
7年前の告発。その筋書きを書いたのは交国政府側なのは間違いないはずだ。
ただ……犬塚特佐は本当に「敵」なんだろうか?
ラートは犬塚特佐から――交国から逃げる道を選んでくれたけど、それでも「犬塚特佐は信用できる」と言っていた。
玉帝の子だろうと、交国政府側の人間だろうと、信用できると言っていた。犬塚特佐は昔、ラートに親身に接してくれたらしい。
僕らは……ラートが信じていた人と、敵対してもいいんだろうか……?
「それに、あの男はカペルを殺した……」
「カペル?」
「犬塚特佐が毒殺した部下の1人だ」
スペーサーさんが呟いた個人名に関し、総長が補足してくれた。
曰く、犬塚特佐の配下には「カペル」という名の神器使いがいたらしい。
その人は犬塚特佐の部下として無理矢理従軍させられていたらしい。特別行動兵の立場で、無理矢理交国軍の作戦に参加させられていたそうだ。
「つまり、昔のお前達と似たような立場だ」
「そんな人がいたんですか……」
「その子は、必死に交国に尽くしてきたらしい。同時にオーク達に同情し、オーク側の立場で動いていたようだが……犬塚特佐に毒殺され、神器は回収された」
「……スペーサーさんは、そのカペルさんと親交があったんですね」
「ああ、そうだ! 俺とカペルは親友だった!」
スペーサーさんは、今まで以上に感情を露わにしてきた。
熱っぽい目つきになり、拳を握り、強く憤っているようだった。
「解放軍兵士の殆どが、カペルの親友だったはずだ! 家族のいない俺達に、彼女は家族より大事なものを教えてくれたっ……!!」
「は、はあ…………?」
「だが外道の犬塚は、カペルを惨たらしく殺した! そして俺達を奴隷として使い潰そうとしているっ! 犬塚銀は英雄などではなく、俺達の敵だっ!」
……ちょっと、話がよくわからない。
解放軍兵士の殆どが、カペルさんの親友……? そんな事って有り得るのか?
よく見ると、憤っているのはスペーサーさんだけじゃない。他の協力者の人達も、スペーサーさんと同じような目つきで怒りの炎を煮えたぎらせているようだ。
犬塚特佐の部下で特別行動兵だったカペルさんは、ここまでこの人達の支持を集めていたって事だろうか。……何か、引っかかるような。
僕が困惑しながら考えていると、倉庫の外から警報音が聞こえてきた。
僕らの存在が交国軍に気づかれたのかと思ったけど――。
「心配するな。……いつもの反逆者狩りだ」
スペーサーさんはそう言い、浮き足立つ僕らに落ち着くよう促してきた。
ただ、スペーサーさん自身の目つきには……深い憎しみが宿っているように見えた。カペルさんの話題からずっと、感情的になっているように見えた。




