地獄の入り口
■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて
■from:エデン総長・カトー
「後ろ向きな意見は必要ない。現実を見据えつつ、前向きな話をしよう」
ネウロン解放や丹国の完全独立は、交国を倒すために絶対に必要なものだ。
ネウロン人だけではネウロンを復興できない以上、ネウロンと丹国で交国オークの協力を取り付けるのは……お互いにとって良い話になる。
アル達だって納得してくれるだろう。
「話を聞いた感じ、犬塚特佐を倒すのは難しそうですが……毒殺でもしますか?」
エデン構成員の1人が笑って、「奴が部下達に行った手段で倒すのも皮肉が効いてるでしょ?」と言った。
そいつの顔を真っ直ぐ見つめて、その半笑いが引っ込むのを待つ。
「エデンは正義の組織だ。毒殺による決着が、正義の行いだと思うか?」
「いや、それは……」
「まあ…………巨悪を倒すためには手段を選べないこともある。しかし、犬塚銀は可能な限り正面から打ち倒してやろう」
相手に言い訳のしようのない敗北を突きつける必要がある。
これは、エデンの今後のためにも必要なことだ。
「犬塚銀は『交国の英雄』としてもてはやされている。そんな相手を真っ向から倒したとなると、エデンの株も上がる。そうなると――」
「交国に虐げられている弱者達も、エデンを頼って立ち上がりやすくなる」
「その通りだ」
まず最初にネウロンを狙うのは、それを狙ってのことでもある。
交国のオーク達を戦力として吸収しつつ、犬塚銀を倒した名声も掴む。
折良く犬塚銀がオーク達の支持を失いかけている今、犬塚銀を「交国政府の手先」として倒してしまえば……交国打倒の流れは大きく強くなるだろう。
火をつけるなら、一気に燃え広がる場所が一番だ。
交国とやり合う以上、いずれ犬塚銀ともやり合うことになる。相手が油断しているうちにサクッと倒してしまった方が、後々、楽が出来る。
「犬塚銀を正面から倒すのは、困難に見えるだろう」
犬塚銀は白瑛無しでも、それなりに強い。
だからこそ、徹底的に対策しておく必要がある。
「具体的な対策についてだが――」
先程の話の続きをする。
犬塚銀は強敵だが、確かな勝ち筋が存在すると説明する。
説明を終えると、多くのエデン構成員が納得してくれたようだった。
「確かに……その方法なら犬塚銀を倒せるかもしれませんね」
「それどころか、もっと大きな戦果を得られるかも……」
上手くいけば沢山のものが手に入る。
交国政府に不満を持つ交国軍人達。
犬塚銀を真っ向から倒したという名声。
交国政府がある程度は復興させたネウロンの大地と、反交国の勢い。
そして、重要な戦力。
ネウロンを解放するだけで、それらが一気に手に入る可能性がある。
皆が希望を抱きながら前へと進んでいこうとしているが、ヴァイオレットは不満げなままだ。……それと、レンズの目つきも冷めている。
それだけではなく、アラシアも――。
「総長の計画が全て上手くいけば、ネウロンも解放出来るでしょうね」
無表情のアラシアが淡々と言葉を続けていく。
「だが、ネウロンを解放したところで勝てるわけじゃない。ネウロンはあくまで辺境の一世界だ。あそこを取っただけじゃ、交国に大したダメージは――」
「だから、ネウロンはあくまで足がかりだ」
ネウロン解放の勢いのまま、他の地域も解放していく。
ネウロンだけで全て終わるほど交国がヤワではないのはわかってるよ、と返す。
「ブロセリアンド解放軍と同じ轍は踏まない。安心してくれ、アラシア」
「…………」
「7年前とは、もう状況が違うんだ」
交国政府は「オークの秘密」に関するダメージコントロールに失敗している。
あの問題は未だにくすぶり続けている。
丹国というガス抜き国家を用意しようとしているが、それもその場凌ぎのものになる。いや、それ以下のものになるだろう。
「交国の改革の象徴である犬塚銀が部下を毒殺したことで、化けの皮がはがれた。オーク達はさらに交国への不信を募らせている」
「…………」
「犬塚銀は毒殺という蛮行を揉み消すためにもネウロンで色々と無茶をやっているが……それによってさらにオーク達の信頼も失っている。今が好機なんだ」
オレの話を信じてくれ。
オレ達ならやれる。
オレ達じゃなきゃダメなんだ。
「まずはネウロンに潜入し……そこでネウロンの『正当な代表』と合流しよう」
オレがそう宣言した後も、ヴァイオレットとアラシアは食ってかかってきた。
犬塚銀に本気で勝てると思っているのか?
そもそもネウロンを攻め落としたところで、物資は持つのか?
解放軍と同じ末路を辿るのではないか――などと、いらん心配をしてきた。
だが、その手の意見は退ける。問題ない。全てオレが何とかしてやる。
アテはあるし、策もある。
「エデンの総長はオレだ。オレに任せてくれ。何とかしてみせるさ」
オレは必ず、流民のための楽園を用意してやる。
全ての敵を打ち倒し、真の平和を手に入れてみせる。




