新たなオーク国家
■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「ファイヤスターター隊は今回の作戦、参加しないんですね」
「総長と揉めたらしい。アイツらは本隊の護衛に回されたってよ」
「えっ……? そうなんですか?」
「例の傭兵部隊は来てくれるらしいが――」
いよいよ対交国作戦のため、交国領へと出発する事になった。
本隊から離れつつ、実際に参加する部隊の編成について、アラシア隊長と話していると……総長から通信が来た。
『今後の作戦行動について、詳細を話す。会議室に来てくれ』
隊長やヴィオラ姉さん達のような主立った面々だけが集められるのかと思いきや、総長は「スアルタウ達も来い」と言ってきた。
少し驚いていると、アラシア隊長は「当たり前だろ」と言った。
「お前達……というか、お前は総長に一番期待されているんだ。お前にエデンの仕事を色々と見せて育成するためには、こういう会議にも参加させるだろうよ」
「はあ……。期待ですか」
そんな事を話しつつ、会議室に向かう。
そこで今後の作戦行動の詳細について教えてもらうことになったけど――。
「最初の作戦目標は<ネウロン>だ。オレ達でネウロンを解放するぞ」
会議室に集められた皆がざわめく。殆どの人が作戦目標がどこか知らされていなかったようだ。……アラシア隊長もヴィオラ姉さんも驚いている。
僕も、驚いた。
作戦目標を知らなかった以前に、目標が馴染み深い世界だったから――。
「ちょっと待ってください! いきなりネウロンを解放するって……話が違いますよ!? 最初は交国領でちょっとした偵察をする程度って――」
「偵察は事前に終わらせた。内情は把握したから本格的に仕掛けていく」
ヴィオラ姉さんは怒り、総長は堂々とした態度で応じている。……総長側がヴィオラ姉さんに嘘をついたようだけど……。
「よりにもよって、ネウロンを真っ先に狙うなんて……! いま、ネウロンに誰がいるか、総長だってご存知でしょう!?」
「知ってるさ。だが、だからこそネウロンが狙い目なんだ」
総長は「詳細を説明する前に、ネウロンの現状を説明しておこう」と言った。
総長の背後にある大型モニターにネウロンの光景が映し出されていく。
「ネウロンは交国が起こした<ネウロン魔物事件>によって、<タルタリカ>という魔物が跋扈する状況になっていた。だが、そのタルタリカは殲滅された」
僕らがネウロンから逃げた後、交国軍がタルタリカを殲滅した。
ネウロン旅団は壊滅したものの、後からやってきた交国軍が――本腰を入れて戦ったらしく――タルタリカは皆、殺されてしまったらしい。
「タルタリカ殲滅終了後、交国はネウロンの再開発を本格始動した。資源採掘、農園整備などが行われている。一見すると『平和』な世界に戻った」
完全に元通りとはいかない。
多くのネウロン人は……ネウロン魔物事件でこの世を去った。町や大地は直せるけど、亡くなってしまった人達はもう戻ってこない。
ただ、ネウロンには急速に人が増えつつあるらしい。
「近々、ネウロンは交国領から独立する。ただし……独立するのは『ネウロン人』ではなく、『ネウロンに入植した交国のオーク』だ」
7年前に明かされた交国オークの真実。
その衝撃は未だ残っている。交国軍の主力として存在していたオーク達に強いショックを与え、印象深い事件として残り続けている。
交国は犬塚特佐に真実を明かさせることでダメージコントロールを図ったようだけど、それだけでは万事解決とはいかなかった。
交国政府は多数のオーク達から突き上げられ、「交国オークの待遇改善」を行わざるを得なくなった。
「交国は待遇改善の一環として、ネウロンに多数のオーク達を入植させ、『新たなオーク国家』を作ろうとしている」
総長は巫術師の顔を見つつ、「ネウロン人の許可など一切取らないまま、断行している」と呟いた。
「要はガス抜きだ。オーク達が不満の声を漏らしているから、オークが統治する新国家を作ろうとしているわけだ」
「オークの国を作らせてやるから、大人しくしろって事ですか」
「そういう事だ」
ネウロンの土地を勝手に使って、勝手に国を作る。
「その新国家の名は<丹国>という」
交国政府を告発した犬塚銀が率いる<交国兄弟団>が……オークの待遇改善を訴える団体が交国政府と交渉し、ネウロンの土地を使う事で独立を掴んだ。
沢山のオークが暮らし、オーク達が政治に参加する国家。
それが丹国。
交国領ではなく、独立国家として生まれる予定らしいけど――。
「丹国は『真の独立国家』ではない。実際は交国の傀儡のままだ」
丹国は交国から独立後、交国と同盟関係も結ぶ。
そして交国に「傭兵」という形でオークを派遣し、傭兵業で稼ぎつつ……その対価として交国から支援を受けてネウロンを発展させていく。
「ただ、交国と丹国の同盟関係は不平等なものだ。丹国には既に数千万のオークが丹国国籍取得を希望しているが、その多くが騙されようとしている」
丹国の支配地域となるネウロンは、交国による再開発が進んでいる。
ただし、開発によって生まれる産業は限定的。
農業や資源採掘といった一次産業、二次産業ばかりらしい。足りないものに関しては界外から取り寄せているんだとか……。
「当然、交国は丹国に<混沌機関>の製法も教えない。整備方法すら教えない。丹国は自国で方舟を造る事すら出来ないんだ」
丹国国民は外貨獲得のために交国軍に傭兵として参加するが、必要な装備は交国頼り。自国で装備が生産できない以上、自国防衛の装備すら交国に大きく依存する事になる。
「丹国は、本当に単なるガス抜き国家なんだ。交国の都合よくオーク達を軍事利用するために造られた欺瞞に満ちた傀儡国家なんだよ」
「…………」
「丹国に参加するオーク達も、強国の都合で利用される『弱者』なんだ」
<エデン>は弱者救済組織。
交国という強者に虐げられるオーク達も、オレ達の救うべき弱者なんだ――と総長は熱っぽく語った。
「オレ達の手で、丹国のオーク達を助けてやろう。奴らが真の意味で独立できるように支援してやろう」
「具体的には、どうするおつもりで?」
「独立を希望するオーク達が、真に欲するものを与える」
総長はそう言いつつ、ヴィオラ姉さんに視線を向けた。
……ヴィオラ姉さんは総長を睨み続けている。
「ヴァイオレット、お前の出番だ。お前にはオーク達に様々な技術を与えてやってほしい。特に、混沌機関の製法を与えてやってほしい」
「…………」
「オーク達が独立独行でやっていけるようになれば、交国に依存せずに済む。奴らの目を覚ますだけではなく、真の独立を勝ち取らせてやるためには交国に頼らずやっていけるだけの技術が必要なんだ」
総長は不敵な笑みを浮かべながら両手を広げ、「完全独立したオーク達をエデン側に引き込めば、大きな戦力になる」と言った。
ヴィオラ姉さんは「馬鹿げてる」と言って頭を振った後、さらに言葉を続けた。
「そんな絵空事、実現できると思っているんですか?」
「じゃあ、奴らに『独立は諦めろ』『交国の奴隷として生きていけ』と言うつもりか? それはさすがに、あんまりじゃないか……?」
総長にそう言われたヴィオラ姉さんは表情を浮かべ、「話を逸らさないでください」と言い、「そもそも技術を渡したところで解決しません」と言った。
「混沌機関の製造方法を教えたところで、量産できるラインを作るのには数年…………いや、数十年かかります。交国に逆らいつつ、そんな事を出来ると思っているんですか……?」
「いま直ぐ作れる必要はない。ヴァイオレットという『混沌機関を作れる実績の持ち主』が教育してくれる事実があれば、交国政府に不満を抱くオーク達の説得がしやすくなるんだよ」
混沌機関の製造が実際に行えるようになるまでは、他所から調達すればいい。
総長は「そのツテもある」と言った。
総長の言葉に納得していない様子のヴィオラ姉さんは、軽く拳を握っていた。拳を握りつつ、さらに言葉を続けた。
「総長は、オークさん達の独立を支援する。それはつまり<丹国>の独立を支援するってことなんですよね?」
「そうだ。彼らは交国から離れて生きていくべきで――」
「独立国家を作るための土地はどうするんですか? 結局、ネウロンで独立させるんですか? ネウロン人に無断で? それは結局、交国とやってること同じじゃないですか」
「全然違う。傀儡国家と完全独立国家では全然違うんだよ、ヴァイオレット」
総長の視線が僕らの方に向いた。
いま問いかけているのはヴィオラ姉さんだけど、ネウロンの土地問題だからネウロン人に向けて話しているんだろうか――。
「オレは言葉遊びをしているわけじゃない。そもそも、オレはネウロン側の理解も得ている」
「理解……?」
「ネウロン側の反交国組織と接触し、『丹国がネウロンの土地を使って独立すること』を許可してもらったんだよ」
「許可って、そんなのどうやって……!? ネウロン連邦どころか、ネウロンに存在していた全ての国家は解体あるいは消滅しているのに――」
「表向きはな。ただ、この件に関しては後日、説明させてくれ。ネウロン解放の肝になる話だからな」
ネウロンは魔物事件によって壊滅的な打撃を受けた。
総人口の9割が死亡した大事件で……純粋なネウロン人は殆どいなくなっている。いま、ネウロンで暮らしている人の多くは異世界から来た人達だ。
「ネウロンは、もうネウロン人だけじゃ復興できないんだよ。多数の人間が必要だ。丹国が真の独立を勝ち取れば、ネウロン人にとっても悪くない話なんだよ」
丹国に参加したがっている人は、殆どが交国のオーク。
軍事利用されていた人達なので、軍人として高い能力を持っている。ネウロンに欠けている軍事力を補えるんだよ、と総長は語った。
総長の言いたいことも……わかる。
実際、ネウロン人だけでネウロンを復興するのは困難だろう。それにそもそも……形はどうあれ、今のままだとネウロンは交国に支配されたままだ。
丹国が出来たとしても、それが交国による間接統治に使われるなら……ネウロンはずっと、ネウロン人のものにはならないだろう。
「オレは交国とは違う。丹国の完全独立を支援し、反交国側に引き込みつつ……ネウロン人も納得できる形で全てを解決してみせる。俺を信じてくれ」
総長は僕とレンズとバレットを見つめたまま、そう言ってきた。
急な話だからどう反応するか迷ったものの、思わず頷いてしまった。バレットも「まあ、総長が言うことも正しいかもな……」と言っている。
レンズは「そもそも、あたし達が決められる事じゃないからな~」と言った。
「あたしとアルとバレットは、ネウロン人だけどネウロンから逃げた組だし~? ネウロン人の代表面できるような人間じゃないっしょ?」
「お前達がネウロンから脱出したのは、生きるために必要だったからだ。仕方の無いことだ。それに……ネウロンの『正当な代表』となれる人物に関しては……オレに心当たりがある。まあとにかく任せてくれ」
レンズは何か物言いたげにしていたけど、そのまま黙り込んだ。
総長は自信ありげな笑みを浮かべている。
ネウロンの正当な代表って……誰のことだろう?
ヴィオラ姉さんの言う通り、ネウロン連邦もネウロンの諸国家も今は存在しない。シオン教団だってもう解体されてしまった。
シオン教の教えは密かに残っているかもしれないけど、「ネウロンの正当な代表」が務まるほどの存在って……まだいたっけ……?
■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「総長に質問があるんだが、その前に話をまとめた方が良さそうだな」
挙手し、声を出す。
ヴァイオレットはまだ総長に食ってかかりたがっているが、一度落ち着いてもらう。……事前の話と違うから、キレるのもわかるが――。
「まず、オレ達はネウロンに向かう」
「いくつか部隊を分ける事になるが、アラシア隊にもネウロンに来てもらう」
「で、ネウロンで<丹国>とかいうオーク国家の『真の独立』を支援する」
総長が頷く。
丹国を交国から切り離す形で独立させてしまえば、反交国政府側に引き込める。そういう期待を抱いているらしい。
いや、期待だけじゃないか。
堂々とした反応から察するに、丹国側の奴らとも話をつけてそうだな。
「エデンは、丹国の完全独立を支援できるのか? 総長が言うように技術支援は独立に繋がるかもしれないが……それが成就する前に交国に叩き潰されないのか?」
「そうならないよう、丹国のオーク達と手を取り合って交国と戦う必要がある」
「それは<ブロセリアンド解放軍>の轍を踏む話だろう?」
7年前、解放軍は交国に戦いを挑んだ。
真実を知らしめれば、交国軍に所属するオーク達が次々と解放軍側に寝返ってくれると期待した。皮算用で戦いを起こし、失敗した。
このままだと同じ失敗を繰り返すだけなんじゃないか――と言うと、総長は「そうはならないから安心しろ」と胸を張って言った。
「オレ達は交国のように横暴ではないし、解放軍のように間抜けでもない」
「…………」
「まずはネウロンを解放する。そこからさらに交国の戦力を切り崩していく。沢山の『弱者』を束ねることで、交国の土台を揺るがしていくんだ」
そのやり方は解放軍と大差ないと思うんだがな。
解放軍のやり方を盲信していた身では、ブーメランが返ってくる発言になるから中々言いづらいんだが……。
「そもそも……ネウロンを解放できるのか? 今のネウロンにいるのは<ネウロン旅団>なんてチンケなものじゃない。もっと凶悪な存在がいる」
「…………」
「現ネウロン総督の犬塚銀に、どうやって対抗するつもりなんだ?」
会議室内にどよめきが生まれた。
エデン構成員の多くが、ネウロンの現状を知らなかったらしい。
ただ、そんな奴らでも「犬塚銀」のことは知っているだろう。
交国の英雄。7年前の告発の立役者。玉帝の子。<交国兄弟団>を率い、交国のオーク達どころか多くの民衆から絶大な支持を得ている人間。
犬塚銀は政治家ではなく、軍人だ。
弟の久常竹とは違い、真の英雄だ。<白瑛>を駆る犬塚特佐を倒すなんて、組織を大きくしたエデンでも不可能だろう。
犬塚特佐が不在になる好機を掴んでいるのか――と聞いたが、総長はそういう情報は掴んでいないらしい。それどころか――。
「犬塚銀を倒せば、良い宣伝になるだろう?」
「…………色んな意味で正気か?」
「正気さ。皆も知っての通り、犬塚銀は生ける伝説だ。奴は交国でも指折りの実力者だから、そんな奴をエデンが倒せば……交国に虐げられている沢山の弱者達も活気づいてくれる。だからこそ、あえてネウロン解放から始めるんだ」
「犬塚特佐はオークに強く支持されている。そんな存在を倒すことを、オーク達が……丹国の参加者達が納得するとは思えない」
無茶な計画だ。
交国に対抗するためとはいえ、交国の英雄たる犬塚銀を倒す。それを喧伝したら勢いづく奴らもいると思うが……オークに関しては逆効果だろう。
「いまネウロンに駐留している交国軍人は、大半がオークだろう? 奴らは特に熱烈な犬塚銀支持者だ。犬塚銀だけじゃなくて、そいつらも倒すのは難しいはずだ」
「ネウロンに駐留している交国軍に関しても、何とかなる。大半をこちら側に引き込むためのアテもあるんだよ」
「どうやって……」
「そもそも、犬塚銀は支持を失っているんだよ」
総長は老人らしからぬ活力にあふれた笑みを浮かべ、「お前も情報が古いようだな」と言ってきた。
犬塚銀が支持を失った? そんな馬鹿な。
7年前、犬塚銀が交国政府を告発したことは、交国政府によるマッチポンプだろう。だが、それを証明する確かな証拠はない。
犬塚信者達を説得するのは難しいはずだ。それこそ、犬塚銀が反交国政府側に寝返ってくれない限り、犬塚銀も信者達もどうしようもないはずだ。
「犬塚銀は、最初から玉帝側の人間だ」
「それはわかっている。それを証明する証拠は――」
「そんなの無くていいんだよ。犬塚銀は、ついに馬脚を露わしたからな」
「どういう……」
「奴は部下のオーク達と揉めて、まとめて毒殺したんだよ」




