残飯処理
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
今日の機兵訓練と実験を終え、会議室を借りてデータをまとめる。
星屑隊には星屑隊の予定があるので、模擬戦まで毎日機兵に乗れるわけじゃない。だから限られた時間の中で仕上げていかないと……。
戦闘の指導と指揮は専門家のラートさんにお任せ。私は技術面でサポートする。
ヤドリギの調整だけじゃなくて、フェルグス君とラートさんが万全の状態で模擬戦に挑めるようにしなきゃ。
……仮に負けたとしても、別のチャンスがある。
けど、そのチャンスが直ぐに巡ってくるとは限らない。ヤドリギを用いた実験の担当者さん達がまともな人とは限らない。
ラートさんのような人がいる星屑隊に残った方が、ずっと安全なはず。隊長さんは厳しいけど、アル君を庇ってくれた事を考えると敵ではないはず。
「まだやってたのか。精が出るねぇ」
「あっ……お疲れ様ですっ」
副長さんが会議室に入ってきた。
いつまでここ使ってる――と怒られるかと思い、慌てて立ち上がって敬礼する。
けど、副長さんは怒ったりせず、苦笑しながら手に持ったカップを渡してきた。黒い液体。交国軍の合成珈琲みたいだ。
「差し入れ持ってきただけだ。楽にしてな」
「ありがとうございます……」
合成珈琲、香りはいいけど味は「美味しい泥水」って感じなんだけど……差し入れを突っ返すのもなぁ……。あぁ、せめてミルクを入れてほしかった。
「調子はどうだ?」
「課題が多いですけど、ひとまず想定通りのデータが取れました。戦闘に支障ありません。データはまとめ終わったので改善策をまとめているところです。例えばヤドリギの調整案とか――」
「オレは対戦相手側の人間だぞ。ベラベラ喋っていいのか~?」
ニヤニヤと笑う副長さんにそう言われ、慌てて手で口を塞ぐ。
副長さんはカップに入った白湯をすすった後、「今日はすまなかった」と言ってきた。何のことかわからずキョトンとしていると、「レンズの事だ」と言われた。
「指揮所で、アイツに喧嘩売られただろ?」
「ああ……。いえ、別に大丈夫です」
明星隊の時と比べたら、ずっとマシ。
明星隊の時は叩かれたり、小突かれたりは日常茶飯事。あの人達、子供相手でも容赦ないんだから……。さすがに襲われたりはしなかったけど、嫌な人達だった。
「アイツは機兵乗りとしては一人前だが、人間としては半人前なんだ。ラートと同じ15歳のガキだから……。それで許せとは言わんが――」
「気が立っているんですよね。巫術師による機兵運用なんて、認めたくないから」
そう言うと、副長さんは苦笑しながら言葉を続けた。
「レンズも自分の仕事に誇りを持ってるからさ……。ポッと出の術式使いがヒョイと機兵を操ってみせたらイラつくのさ」
「…………」
「焦ってもいるんだよ。巫術師の真似事がオレ達には出来ないからな」
「副長さんはどう思ってるんですか?」
「オレも概ねレンズと同じだよ。巫術師が流体甲冑なんて代物使って暴れている分には『面白いことやってんなぁ』と見てられたが、自分達の領域に土足で踏み入ってこられるとイラつくし、焦りもするさ」
そのわりに、声も表情も落ち着いている。
それに、この人は――。
「気に入らないのに、何で私達の後押しをしてくれたんですか?」
模擬戦というチャンスが巡ってきたのは、副長さんが隊長さんに口添えしてくれた結果だと聞いている。
この人に反対されていたら、チャンスすら巡って来なかった。
その問いかけに対し、副長さんは「単に見極めたいだけだよ」と言った。
「オレはレンズ達寄りの立場だ。自分の機兵を巫術師に奪われ、自分が操作できない状態で戦場に放り出されるのが怖い」
「…………」
「オマケにオレ達から操作を奪う巫術師共は船という安全地帯にいるとなりゃ、『命を賭けるのはオレ達だけ』って理不尽な状況に感じるんだよ」
「それは……」
「お前らが裏切ったらどうする。お前らにとって機兵1機と他人1人の命が失われるだけで、『じゃあ次の機兵を探そう』って話になるかもしれんが――」
「あの子達はそんな薄情じゃ――」
「その言葉を信じられるほど、オレ達は『仲良し』じゃない」
カップを軽く突きつけられながら、「そうだろ?」と言われる。
確かに、私達は出会って間もない。
背中を任せ合う戦友ですらない。
子供達を危ない目に合わせないための「遠隔操作」で、もしもの時のバックアップと指示役として副長さん達だけに命を賭けさせるのは……不公平なのは確かだ。
機兵乗りの皆さんにも船に残ってもらい、そこで指示してもらうのも手だ。
けど、ラートさんは「現地で直接確認しないと、判断できない事もある」と言って、自分達が乗って指揮する案を勧めている。
「オレ達も怖いんだ。だからこそ、模擬戦をするんだよ」
「えっ……?」
「お前らを信じる根拠が欲しいんだ。実績と言ってもいいな」
巫術師が強ければ、副長さん達が自分で戦うより生還確率が上がる。
根拠もなく「信じてください!」って言われたら難しいけど、子供達が力を示せばその根拠が出来る。信じてもらえる「チャンス」が生まれる。
「まあ、それで納得できるのは怠惰なオレだけかもな。レンズやパイプは実力差あろうと、自分達の領分を侵されてる時点で嫌だと思うぞ~?」
「……ごめんなさい」
「謝ってどうにかなる話じゃねえだろ。……お前さんはガキ共を救いたい。そのためなら正規兵を踏み潰してでも前に進みな」
私はこの人達のことをよく知らない。
知らないし、子供達のことで頭がいっぱいで、「機兵対応班の人達がどう思うか」まで頭が回っていなかった。
突っぱねられてもおかしくなかったのに、チャンスに繋がったことは感謝しないと。副長さんだけじゃなくて、ラートさんに対しても……。
「納得してもらえる勝ち方が出来るよう、頑張ります」
「勝てるかねぇ。レンズは星屑隊最強の機兵乗りだぞ」
「えっ……? 一番強いのは副長さんじゃないんですか?」
そう言うと、副長さんは笑って手を振りつつ、「オレは下から数えた方が早い。いや、一番弱いと言っても過言じゃない」と返してきた。
「まあ、レンズが星屑隊最強ってのは過言か。正確にはレンズとラートが星屑隊のツートップだな。それぞれの得意分野なら、どっちも強い」
「レンズ軍曹さんは狙撃ですか? 得意分野」
「そうだ。狙撃一辺倒ってわけじゃなく、総合力も高い。喧嘩っ早いだけで、アイツはかなり優秀な兵士だ。それも元エリートだ」
元ってことは、今は違うんだ。
実力は確か。でも、性格に問題があるから何かやらかした……?
「ラートさんは……?」
「ラートは近接戦闘。他の分野も得意だが、突出して得意なのは近接戦だな。かなりキツい死線を潜り抜けて生還した腕利きだよ」
星屑隊は基本、ラートさんとレンズ軍曹さんを暴れさせて、残りの2人が支援するだけで十分以上の戦果を残しているらしい。
副長さんは今の部隊に誇りを持っているのか、嬉しそうに語ってくれた。
「オレが副長やってんのは、アイツらより少しだけ年上なだけだよ」
「副長さん、おいくつなんですか?」
「19だよ」
ビックリして言葉を失っていると、副長さんに「なんだよ、もっとジジイだと思ってたのか~?」と笑われた。
ラートさん達が15歳。それと4歳しか違わないんだ……。
「交国軍って、皆さんぐらいの年齢の方が当たり前にいるんですか……?」
「そうだなぁ、大体こんなもんだよ。12歳から本格的に戦い始めるから」
「じゅ、12歳……!?」
「といっても、オークに限った話だけどな。交国のオークは成長早いから。そんぐらいの歳には結構、身体が出来上がってんのよ。頭は他と大差ねえけど」
12歳かー……。
グローニャちゃんが8歳で、アル君が9歳だけど……。フェルグス君とロッカ君は11歳だから、12歳と大差ない。
正規兵でもそんな年齢でホイホイ戦場に出されるから、特別行動兵も「10歳? まあいいだろ! 大して変わらん!」と考えて実戦投入されてるのかな……。
「交国軍って、多次元世界の色んなところに行くんですよね?」
「人によるが……色んなとこ渡り歩いてる奴らもいるなぁ」
「長期間、異世界に行くってことは、親御さんともろくに会えなくなるんですね」
電子手紙とかあるとはいえ、直に会う機会はそんなになさそう。
「12歳なんて、まだ甘えたい盛りでしょう……」
「そうかもな。それでも一応、本人の希望だ。それにオレ達は……」
「…………オレ達は?」
「…………。家族とは年に数回会えれば良い方だ。5歳から親元離れて軍学校に入って、訓練漬けの日々だからな。正規兵になれば年単位で会えない奴もいるよ」
「…………」
「それだけ交国オークは軍務と密な付き合いしてんだよ」
5歳から親元を離れて基礎訓練と基礎座学開始。
7歳で軍人としての進路がある程度定まる。
副長さんやラートさん達も進路が定まったけど、そこからの訓練でさらに脱落する人達がいる。戦場の花形である機兵乗りは特に脱落者が出るらしい。
機兵乗りってだけで、「選ばれた人間」なんだ。
「実際の戦場に行くのは、大抵10歳頃だな。まあ、この頃は職場体験に毛が生えた程度だ。見学と雑用させてもらって、良いとこ見学させてもらったら顔を紅潮させながら『自分も先輩達の後を追い、この部隊に配属されたいと考えてますっ!』とか言うわけ。見学中に死ぬ奴もそこそこいる」
「親御さんは反対しないんですか……?」
「うーん……。オークって男しか生まれねえから、オレ達の父親は全員オークなんだよ。交国のオークは大体軍人やってるから、自分達がかつて歩んできた道って事で反対しないのさ。当たり前だから、反対してない事になっている」
「…………」
「12歳から本格的に実戦に参加し始め、最初の2年で同期がゴッソリ減っていく。そこを越えた先でも死んでいく。安らかにベッドの上で死ねる交国オークなんざ、殆どいねえ」
交国のオークさん達と、軍人生活はそれだけ密接な関わりがある。
皆、望んで今の生活に身を投じている。
だから、倫理的に問題がない事になっている。
でも、そんなの……異常だ。
「…………」
異常だと思っても、この場では言えなかった。
ラートさん相手なら言える。けど、副長さん相手だと躊躇ってしまった。
「レンズもパイプもラートも、そんな状況を当たり前の顔して生き抜いてきた。15歳だと人生の3分の2が軍関係。そのウェイトは今後も大きくなっていくだろう」
「なんで、交国は……そんなことやって……」
「人類の敵を倒すためだ」
理由はともかく、「軍人」としての人生に命をかけ続けてきた。
それだけレンズ軍曹さん達にとって、軍人としての役目は重い。
「毎日毎日、訓練訓練……。軍学校卒業した後も実戦と訓練の日々が続く。いつ死ぬかわからない戦場を、自分の力で駆け抜けてきた。そんな奴らが『お前達の仕事は機兵に乗るだけの仕事になりました』って言われたら、心穏やかではいられないよ。……だからレンズもキレてんだ、いつも以上に」
「……ラートさんも、本当は怒っているんでしょうか……?」
交国軍人の過酷な人生に唖然としたものの、出てきた言葉はラートさんの名前だった。あの人は全然怒っているように見えないけど――。
「ラートは怒ってねえよ」
「でも……」
「アイツは、レンズ達と違って壊れてるんだ」
「それってどういう――」
「本人不在でその件を続けるほど、オレ達は『仲良し』じゃない」
副長さんはもう湯気の立っていない白湯を飲み干し、「聞きたいなら、ラート本人に聞きな」と言った。
「ただ、それ聞く場合はラートの古傷に素手で触ることになる。興味本位で聞くぐらいなら一生聞かない方がいいぞ。お前らの関係が破綻するだろうから」
「…………」
「まあ、ともかく……レンズ達にとって機兵は大事なものなんだ。それを奪う覚悟で模擬戦に臨んでくれ。そして、オレ達に『納得』をくれ」
副長さんはそう言い、会議室から出ていった。
出ていったけど……直ぐに「やべえやべえ」と言いながら戻ってきた。
「カッコつけて話してたら本題忘れてた……! お前ら、補給品がそろそろ無くなる頃合いだろ?」
「あ……。はい……」
第8巫術師実験部隊の食料物資は、今まで技術少尉が振り分けてきた。
星屑隊と行動を共にするようになってからも、当面は技術少尉が配分を決めてきた。良いものは少尉が独占して、子供達は粗末なものしか食べれてない。
「今の補給品が尽きたら、星屑隊のモノを分けてやる。それでいいな?」
「う……。も、もちろんです……」
他に選択肢はない。
子供達に水も食料もない生活を送らせるわけにはいかない。
けど、星屑隊の食料ってゼリーパンだからなー……。
あんなの食べさせないといけないなんて……。
日用品含め、星屑隊から分ける予定の物資の確認をしてくれ――と言われた。副長さんに連れられ、倉庫に向かう事になった。
「物資、分けていただいてありがとうございます……」
「今は実質、同じ部隊の人間だからな。餓死されても困る」
廊下を歩いていた副長さんが立ち止まり、壁に手を突きながら振り返って言葉を投げかけてきた。
「ただ、代わりにウチじゃ食べない残飯処理してもらうからな」
「ざ、残飯処理ですかっ……?」
「なんだぁ? 文句あんのかぁ~?」
ゼリーパンの残飯処理ってなに!?
アレよりさらに酷いもの食べさせられるの……!?
「うぅ……。こ、子供達の分は、なんとかならないのでしょうか……!? 皆、食べ盛りの可愛い子達なんです……」
「そう言われてもなぁ。規則だから」
副長さんはそっけない態度でそう言い、倉庫に向かって歩き出した。
これ、ひょっとして嫌がらせ?
巫術師による機兵運用案への抗議? 妨害活動?
あんまり酷いようなら軍事委員会に言いつけなきゃ。……特別行動兵の私が文句言ったところで、誰も聞き入れてくれないだろうけど……。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「この一角に置いてんのが、お前ら用の残飯だ」
「……これが?」
「おう。計画的に処分してくれよ」
そう言われ、案内された場所に置いてあったのはダンボールと木箱だった。
とても残飯が入っているようには見えない。いや、でも交国の常識はよくわかんないから……と思いつつ、箱を開けると入っていたのは――。
「立派な缶詰じゃないですか!」
「立派か? どこにでもある普通の缶詰だろ?」
箱の中にあったのは缶詰やインスタント食品だった。
バリエーションも豊か。
さすがに高級品ではないけど、子供達に色んなものを食べさせてあげれそう! ビタミン剤だけじゃなくて、少しだけお菓子もある!
「こっ、これっ! どう見ても残飯じゃないですよね……!?」
「ハハッ……。残飯ってことにしといてくれ。コイツは取引だ」
副長さんは片手を口元に添えつつ、小声で話しかけてきた。
「実は補給品の手配ミスがあってさぁ……。一々食べるの面倒くせえ缶詰とか仕入れちまったんだよ。ゼリーパンなら調理機器に充填すりゃ楽に食べれるんだが……缶詰とかインスタントって、処理めんどくせえんだよ……」
「いや、でも……」
「面倒くせえから、お前らに処分してもらいたいわけ! 次の補給までゆっくりと処分していってくれよ。消費期限とかは大丈夫だから」
「…………」
「あ、技術少尉には言うなよ? あのネーチャンにはゼリーパンでも食べてもらうよ。ここにあるのはお前とガキ共用の物資だからさ」
副長は「技術少尉はゼリーパン嫌がりそうだけど、食べるものないなら仕方ねえよなぁ?」と言って笑っている。
「補給品の手配ミスって、嘘ですよね? そんなこと起きませんよね」
「まあな。実際は、医務室の毛むくじゃら獣人先生の計らいだ」
「えっ、キャスター先生の?」
先生が子供達のことを心配して、前々から掛け合ってくれていたみたい。
相談された隊長さんが補給品の手配に一工夫加えて、ケナフに立ち寄った時にこの缶詰やインスタント食品を手に入れてくれたんだとか。
「味覚のねえオークにとって、たまに気分転換に食べる食い物だけど、お前らにとってはこういうモノの方がいいだろ」
「ありがとうございますっ……! 子供達も絶対喜びますっ!」
「礼なら先生と隊長に言いな。けど、技術少尉にはヒミツな? 食う時も技術少尉に隠れてやるように。見つかったら面倒くせえ」
食べ物のことはずっと心配だったから、これで懸念が1つ解消された。
解消してくれた人達に対して、模擬戦で歯向かうことになるけど――。
「これで『満足なメシが食えなかったから負けた』って言い訳は使えないぞ。命の取り合いにはならねえが、本気でかかってきてくれよ」
「はいっ!」
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:自称天才美少女史書官・ラプラス
「私に内緒でコソコソと……許せませんねぇ!」
星屑隊がコソコソと何かをやっている。
どうやら特別な模擬戦をやろうとしているようですが、その前段階で何かの実験をしているみたいです。
第8巫術師実験部隊絡みの「何か」でしょうが、「交国の軍事機密に関わることなので」の一点張りで私達の見学を拒んでくる。
いいですよいいですよ、ヴァイオレットさんに話を聞きますから!
彼女は星屑隊のコソコソも把握しているはず。それどころか彼女発案で動いている様子ありますし、話が聞ければ――。
「史書官殿。……こんなところで何をしているのですか?」
「むっ……」
監視役共の欺瞞をエノクに任せ、1人コソコソとヴァイオレット様に会いに行こうとしていると、邪魔者に呼び止められた。
「これはこれは……星屑隊の隊長さん。どうもこんばんは」
「ええ。こんばんは」
「私はお花摘みに行く途中なので、急にぬるりと現れないでください。私が漏らしたら外交問題ですよ?」
「ここは交国軍の軍船です。交国側の護衛を伴わず、ウロウロするのはやめていただきたい。それと、便所は逆方向です」
これはどうもご丁寧に――とペコリと頭を下げ、隊長さんの脇を通る。
その瞬間、平坦な声で言葉を投げられた。
「監視を撒いて行動する。それ事体が外交問題に繋がるのでは?」
「むぅ……! 痛いところを突きますねぇ!」
今日のところは大人しくしておきますか。
この隊長さんは交国政府が派遣してきた監視役より遥かに厄介です。
エノクの見立て通り、「特別なオーク」という事ですか……。
知識欲を満たせないのは非常にストレスですが……まあ、いいでしょう。
一番知りたかったことは、既にヴァイオレット様に聞いてますからね。
その結果、「何もわからない」という収穫もありましたし……大人しくしておきましょう。今は収穫無しでも、いずれ必ず何かが実るはずです。
鍵候補は見つかりました。
おそらく、ヴァイオレット様はネウロンの謎に迫る重要な鍵です。
御本人がそれを自覚していないようですけどね。
【覚書:シオン教団の事業】
■執筆者:ソムリエ美少女史書官:ラプラス
□1000年近く金持ち集団
シオン教団はとってもお金持ちです。
教団関係者の多くが質素な生活を送っていますが、その事業規模や教団が創出している雇用から鑑みると、シオン教団はネウロン一の金持ち組織と言っても過言ではありません。
そのお金、私が個人的に参加しているソムリエ活動団体に寄付してほしいぐらいです。まあ交国がシオン教団を「詐欺集団!」「魔物事件を支援した!」と言い放ち、教団解体に動いたので教団が動かせるお金なんてもう無いですけどね。
ただ、昔は確かにお金持ちでした。
その「過去」という財産は、私が史書官として根こそぎ集め、歴史書に記さなければなりません。「シオン教団が何故、豊かだったか」について。
シオン教団は多額を寄付を集めていたのではなく、自分達の「事業」で豊かになりました。その事業の仕組みを解明する事は、ネウロンの過去を暴くうえでとても重要なことです。
□教団の事業:農業
シオン教団が最も力を入れていた事業は、農業です。教団は自分達で巨大な農園を管理・運営し、そこで取れる農作物で財を築いてきました。
さらに教団は農業協同組合を設立し、教団外の農業従事者に対しても営農指導や市場形成支援や土地や金銭の支援を行ってきました。
どちらもネウロンのほぼ全土で当たり前に行われています。国境を越えて普及していました。農業従事者で教団に関係していない方はほぼいないほど、教団はネウロンの「食」を牛耳っていました。
牛耳っていたと言うと「人聞きが悪い」と言われそうですが、教団はネウロンの食糧生産量をコントロールしていた節があるんですよねぇ……。
一部地域で意図的に不作を起こし、農作物の価格を上げる――なんてことはやっていないようですが、食糧の量をコントロールすることでネウロンの人口が爆発的に増えすぎないよう取り計らっていた節があります。
まあ、これは私が深読みしすぎかもですけどね。
確たる証拠をいくつも揃えたいところでしたが、交国がシオン教団が保管していた資料をごっそりどこかに持ち去ったみたいなので……。
どこに持ち去ったかは、目星はついてますけどね。交国は知りたかったんでしょう。ネウロンに眠っている教団絡みの重大な秘密を。
あと、教団の農業技術は後進世界にしては随分と先進的なのですが、その技術に関しては「教団の鉱業」の話と比べたらチンケなものです。
□教団の事業:鉱業
シオン教団の支える表の事業が「農業」だとしたら、「鉱業」は教団を支える裏の事業でした。裏と言っても、そこまで後暗くないですけどね。
普通の鉱業は鉱石を掘り出し、その鉱石から金属を取り出していくのが仕事です。ネウロンにもそのような鉱業は存在しています。
ただ、シオン教団の鉱業には「金属そのものを掘り出す」なんてものもあったんですよね。加工済みの金属そのものを……。
シオン教団が「採掘場」と言い張る場所を、交国は厳重に封鎖していました。
交国もそれがどれだけヤバいものかわかっていたようで、私が「見学させてくださ~い」とお願いしても「ダメ!!」の一点張りでした。
私は仕方なくエノクに「封鎖された採掘場を調べてきてください」とお願いしました。そして、エノクは採掘場の映像を持ち帰ってくれました。
そこには、方舟や機兵、その他諸々の兵器の残骸が映っていました。
ここはネウロンなのに!
方舟や機兵どころか、兵器の1つも普及していないはずなのに!
ネウロン人は中々にイカれています。
土に埋まった方舟や機兵のパーツを掘り出し、それを鋳潰して農機具や蒸気機関車を作っていたんですよ。界外の方が見たら卒倒しそうな光景です!
ただ、どうも殆どのネウロン人が大地に埋まる残骸を「方舟や機兵、その他の兵器」と認識していなかったようです。
彼らは「ここではこういう金属が穫れる」と本気で思っていたようです。
シオン教団がそのように教え、機兵の残骸が掘り出される「採掘場」を「憐愍の庭」と称して厳重に管理し、おかしな採掘作業をさせていたようです。
掘り出される「金属」が機兵の形を――人の形をしていても、信者達は大して疑問に思わない。「人型なのは叡智神が我々への贈り物として、親しみやすい形にしてくれたからだ」「これらの人型鉱物は叡智神がネウロン人を憐れみ、残してくれたものだ」なんて説まであるそうです。素敵にイカれてます!
ネウロン各地にそのような「憐愍の庭」が存在し、特にニイヤド周辺に多く存在しているようです。私は全ての憐愍の庭を見たわけではありませんが、どこも似たような残骸が埋まっているのでしょう。
□ネウロンに埋まる先進的な兵器
ネウロンの技術で機兵や方舟を作成する事は出来ません。交国が来る直前のネウロンの技術では不可能です。
それでも彼らは憐愍の庭に埋まる巨大金属を叡智神に感謝しつつ掘り出し、兵器以外の形に変えてきました。材料が兵器だった自覚もなく……。
憐愍の庭で掘り出される兵器は、簡易の年代測定だと1000年以上前のものでした。つまり叡智神が去り、シオン教が出来る前のものです。
おそらく、ネウロンに眠っていた兵器は叡智神がネウロンに来た際、持ち込んだものでしょう。あるいはネウロン人に知恵を与え、作らせたものでしょう。
当時の多次元世界でも機兵や方舟技術は存在していました。
後進世界のネウロンにそんなものがあったのは、界外からやってきた叡智神がもたらしたモノと考えれば在ってもおかしくありません。
過去のネウロンには、そこまでの技術があった。
今は見る影もありませんが、土の下には当時の発展を示す産物が埋まっている。それをよく理解せず、ネウロン人はそれを掘り出し壊し続けていました。
□使い物にならない兵器
ただまあ、壊さざるを得ないものだったのでしょうね。
エノクが持ち帰ってきてくれた「採掘場」もとい「憐愍の庭」にあった兵器は、どれもこれも破壊されていました。原形を保っていないものもありました。
埋められたことで壊れたわけではなく、埋められる前に破壊されていました。
憐愍の庭に埋められていた兵器は、どれも戦闘で破壊されています。
多くが雷に打たれたような状態で壊れていました。それ以外にも鋭利な刃物で両断されたようなモノもゴロゴロありました。
過去のネウロン人は、機兵や方舟といった高度兵器を持っていた。
それを用い、雷撃や斬撃を振るう「バケモノ」と戦った。
その「バケモノ」の正体は……今までの資料と照らし合わせて考えると、あの方々でしょうねぇ……。




