2つの暗殺未遂事件
■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「作戦への参加、ヴィオラ姉も理解してくれて良かったね。一応……」
「理解とは、また違う気がするけど……」
ヴィオラ姉とタマ達と一度別れ、アラシア隊長のところに向かう。
アラシア隊長も対交国作戦に参加するから、今後のことを話しておきたい。
それと、届け物もあるし――。
「いたいた。アラシア隊長~!」
「隊長、届け物です」
「あん?」
隊長は龍脈通信に繋いだ端末をイジり、何か調べ物をしているようだった。
子供達から預かった人形型のお守りを渡す。子供達は隊長にも渡したがっていたけど、隊長が見つからないってことで預かってきた。
小さなお守りを摘まんで受け取った隊長は、ちょっと困った様子で「こういうの、無くした時が怖いんだよなぁ……」と漏らした。
その懸念はわかる。
けど、大丈夫。
「そのお守り、無くしていいものなんですって」
「は? お守り無くしたら意味ねえだろ」
「いえ、身代わり目的のお守りだそうなので――」
子供達が作ってくれたのは、ベルベストのお守りだ。
ベルベストでは戦場に赴く兵士や、危険地帯に向かう人に人形型のお守りを渡す風習があったらしい。
お守りを渡した相手が危ない目に遭った時は、お守りが代わりに危険を引き受け、持ち主を守ってくれた――という逸話があるんだとか。
「要するにおとぎ話由来のものか。実用性はなさそうだな」
「隊長ならそう言い出すと思ったから、チビ共に『鉄板でも入れとけ』って助言しといたよ。人形の骨変わりに入ってるだろ?」
バレットがそう言うと、隊長は人形を軽く揉んだ。
そして苦笑し、「鉄板って言ってもペラッペラじゃねえか」と言った。
「この程度じゃ、銃弾1つ止められるかどうかすら怪しいな……」
「まあまあ……。鉄板より信頼性の高い子供達の真心が籠もっているんですから、懐に入れておいてくださいよ」
「へいへい。それはさておき、お前らにも共有しておきたい情報がある」
隊長はそう言いながら端末を操作した。
すると、僕らの携帯端末が「ぴろりん♪」と音を鳴らした。
どうやら隊長の操作していた端末からデータが届いたらしい。中を見ると――。
「これは……ニュース記事ですか?」
「そうだ。20年前、交国で起きた事件について書かれたものだ」
隊長の言葉を聞いたバレットが、「オレとフェルグスが生まれる1年ぐらい前か」とこぼした。
ニュースの内容は――。
「玉帝……暗殺未遂事件?」
「ああ。だがそれは、カトー総長が濡れ衣を着せられた事件とは別件だ」
総長が「交国の特佐」だった時代の事件ではない。
それよりずっと前にも、玉帝の暗殺未遂事件があったらしい。
交国の最高指導者である玉帝は多方から恨まれているだろうし、こういう事件があった自体は驚くほどの話じゃないけど――。
「暗殺を企んでいたのが、玉帝の……近衛兵?」
「玉帝の護衛が、玉帝を殺そうとしたってこと?」
「そういう事だ。あくまで未遂事件で、未然に防がれたらしいが……玉帝の近衛兵達が全員共謀して、玉帝を殺そうとしたらしい」
「へー、そんな事件があったんだ」
「これが失敗してなきゃ、ネウロンが侵略される事もなかったのかねぇ……」
バレットがこぼした言葉に、場がシンと静かになった。
バレットは「悪い。今更どうこう言っても意味ねえよな」と言ったけど、僕も同じことを言おうとしたところだ。
その辺りの話はともかく――。
「このニュースが、どうしたんですか?」
「事件を起こしたのが近衛兵だった、ってところに注目してくれ。お前ら、玉帝の近衛兵の知り合いはいるか?」
「ネウロンを脱出する時、戦闘したのも……近衛兵だったんですよね?」
「ああ。だが、それとは別にいるだろ」
「別……。あっ! ネジ隊長のこと!?」
レンズが指を鳴らしてそう言うと、アラシア隊長が頷いた。
サイラス・ネジ中尉。
星屑隊の隊長。
ネジ隊長はかつて「玉帝の近衛兵」として働いていたらしい。
ヴィオラ姉さんがネジ隊長本人からそんな話を聞いたらしい。
「隊長は非凡な人だった。……権能まで持っているって話は、オレも知らなかったんだが……お前らが戦闘した近衛兵の中にも、隊長と同じ権能を持つ奴らがいたんだよな?」
頷き、肯定する。
僕らはネウロン脱出時に権能使いと戦闘した。玉帝の近衛兵達は、条件付きで光速移動する権能を使い、僕らを襲ってきた。
僕らは圧倒されたものの、地下に乗り込んできた近衛兵はエレインが何とか制圧してくれた。ネジ隊長も敵艦内で権能使いと権能を使って戦闘していたはずだ。
「オレの推測なんだが、隊長は……20年前にあった『玉帝暗殺未遂事件』に関わっていた近衛兵だったんじゃないか?」
「暗殺未遂事件が起こった当時の近衛兵の生き残り、って事ですか?」
「あくまで推測だがな」
隊長はそう言いつつ、さらに別のニュースを見せてくれた。
それによると、20年前の玉帝暗殺未遂事件に参加した近衛兵は大半が処刑されたと書かれていた。……それどころか、近衛兵の家族も何人かが「暗殺に加担しようとしていた」として処刑されたらしい。
「ただ、近衛兵の中にも1人だけ生き残りがいた。その近衛兵は交国から脱走し、その後は行方不明……って話だ」
「それがネジ隊長ってことですか」
「まあ……十分可能性のある話か」
隊長は権能使いだった。
そして、7年前に僕らが戦った近衛兵達もほぼ同じ権能を持っていた。
隊長自身がヴィオラ姉さんに「私は玉帝の近衛兵だった」と語っていた以上、偶然の一致とは思えない。
「雪の眼の史書官曰く、ネジ隊長はネウロンの古文書を密かに集めている素振りがあったらしい」
「古文書って、交国政府は焚書しろって指示してたものですよね?」
「そうだ」
「けど、古い文書なんて集めて何してたんだ?」
「それに関しては、ヴァイオレットが仮説を考えてくれた」
隊長がそう言ったところで、ちょうどヴィオラ姉さんが通りがかった。
自分の名前が聞こえたためか、ヴィオラ姉さんが「私?」と言いたげに自分を指さす。こちらが何の話をしていたか伝えると、「ああ、隊長さんの話ね」と言いつつ、話に加わってくれた。
「仮説……ってほど大げさなものじゃないんだけど……。隊長さんがネウロンの古文書を探っていたのは、『力が欲しかったから』なんじゃないかな?」
「力って……巫術のこと?」
「それもあるかもだけど、ネウロンには真白の魔神がいたでしょ?」
真白の魔神は、魔神の一柱。
真白の魔神自身はそこまで強くないけど、常軌を逸した発明の才能を持っている。その発明品は多次元世界のパワーバランスを大きく崩しかねないものらしい。
「隊長さんは、ネウロンで<真白の遺産>を探していたんじゃないかな~……?」
「遺産を……」
「具体的にどういう遺産を探していたかはともかく、強力な兵器でも見つかれば、玉帝に対する復讐が出来るかもでしょ?」
「遺産を見つけて、一発逆転か~……」
ネジ隊長は交国を――玉帝を恨んでいた。
僕らの前ではそういう素振りはほぼ見せなかった。
けど、ヴィオラ姉さんはそう言われたらしい。
ヴィオラ姉さんはその時の話を改めてしつつ、「ただ、玉帝暗殺未遂事件を鵜呑みにしていいのか怪しいけどね」とこぼした。
「こんな事件、無かったってこと?」
「実際、あったでしょ? 似たようなことが……」
「あぁ……あったなぁ……。かなり身近で」
カトー総長が「玉帝暗殺未遂」という濡れ衣を着せられていた。
前例はある。
時系列的に、総長の冤罪事件の方が後だけど――。
「近衛兵による暗殺未遂事件なんて、普通は起きないはず。あの玉帝の近衛隊だよ? 護衛が全員暗殺犯だったなんて、本当だったら間抜けすぎるでしょ」
「確かに……」
「20年前と7年前の暗殺未遂事件、どっちも冤罪事件だったってこと?」
ヴィオラ姉は指先で髪を弄びつつ、「あくまで可能性の話ね」と言った。
ニュースに取り上げられているとはいえ、そのソースは交国政府の発表だ。
アレコレと工作していた交国政府の言う事は、確かに信用できない。
ただ、火の無いところに煙は立たない。暗殺未遂事件はなかったとしても、何らかの事件があった可能性はある。その事件の火消しのために、暗殺未遂事件がでっち上げられたのかもしれない。
「真偽はともかく……『何か』があったのは事実だと思う」
「ヴァイオレットの言う『冤罪事件説』が確かだとしても……玉帝が近衛兵を一気に始末したのは事実っぽいからなぁ……」
アラシア隊長はそう言い、さらに言葉を続けた。
「近衛兵が玉帝にとって、『不都合な真実』を知った。その真実を拡散させないために、濡れ衣を着せて一気に殺した……ってことなのかもな」
「不都合な真実って?」
「例えば、『オークの真実』だ」
ブロセリアンド解放軍による『オークの真実』の告発は、ほぼ失敗した。
ただ、あの話は未だに交国に強い影響を及ぼしている。
犬塚特佐が玉帝を『告発』した後も、交国国内ではオーク関連問題は議論され続けているし、諍いの種にもなっている。
玉帝の近衛兵なら、交国の中枢が隠している情報にも接触しやすかったはずだ。だからついうっかり真実を知ってしまい……口封じのために殺されたって話は有り得るかもしれない。
もっとも、少なくとも1人は脱走したようだけど――。
「当時の生き残りかもしれないネジ隊長が、交国政府外に『オークの真実』を漏洩したことで……7年前の事件が起こったのかな?」
「そいつは…………どうだろうな。多分、無いと思う」
僕の言葉は、アラシア隊長に否定された。
隊長曰く、「お前の説が確かだとしたら、解放軍がネジ隊長相手にやったことが解せないんだよ」とのこと。
ブロセリアンド解放軍はネジ隊長を「憲兵」だと勘違いし、捕まえていた。
そして拷問までやっていたらしい。隊長、ケロリとしていたから元気そうに見えたけど……拷問されていたのか……。
「隊長が解放軍のネタ元だとしたら、扱いがぞんざいすぎる」
「解放軍と仲違いしたとかは~?」
レンズが手を挙げてそう言うと、アラシア隊長は「それは無いだろ」と返した。
「元々関係があって仲違いしたなら、さっさと殺してるんじゃねえか?」
「うーん…………。そうなのかなぁ……?」
「断言は出来ないけどな。ただ……ネジ隊長は、どうも真実を知っているような口ぶりだったんだよな……」
「ですね。ネジ隊長さんは『オークの真実を知っていたけど、外部に漏らしたのは自分じゃない』と言ってたし……」
「なんにせよ、ネジ隊長はオレ達の知らない事を知っていたはずだ」
アラシア隊長も、ヴィオラ姉さんも「ネジ隊長は色々知っていた可能性が高い」と考えているらしい。
ただ、その「色々」を話してくれる前に、僕らは離ればなれになってしまった。……それどころか隊長の生死も未だ不明のままだ。
再会できれば、詳しい話が聞けるはずだけど――。
「ヴァイオレットにもまだ言ってない話なんだが……実はオレ、ネジ隊長の本名が何なのかわかったかもしれん」
アラシア隊長は自信ありげな笑みを浮かべ、その名を教えてくれた。
「本名はおそらく、『アダム・ボルト』だ!」
「おぉっ……。で、その根拠は?」
「脱走した近衛兵の名前はわからなかったんだが、別のニュースで『アダム・ボルト』って名前があがっててなぁ……」
隊長はそう言い、さらに別のニュースを見せてくれた。
僕らはそれを見て……呆れ顔を浮かべざるを得なかった。
「ナニコレ」
「交国で行われた禿頭太鼓大会の記録だ! そこで『アダム・ボルト』というオークが優勝した記録が残ってんだよっ!」
「「「「はぁ……?」」」」
「で、このアダム・ボルトってオークは、玉帝の傍で働くことになっている……って書かれてんだよ。それってつまり、近衛兵ってことじゃねえか?」
「いや、それがネジ隊長と何の関わりが?」
「お前ら忘れたのかよっ!」
アラシア隊長は少し傷ついた表情を見せつつ、自分の膝を叩いた。
「お前らがガキの頃、隊長が禿頭太鼓を披露したことあっただろ!?」
「「「「あ~…………」」」」
そういえば、そんな事もあった。
あの時はシムリングさんとワッシャーさんとブラケットさんと……副長が禿頭を「ペチペチペチーーーーンッ!」と叩かれたんだっけか。
「あの演奏……見事なものだったろ?」
「アラシア隊長の頭も、いい音を鳴らしてたね」
「いや、あの人はホントに禿頭太鼓上手かったよ! 叩かれたオレはよくわかった! 頭を凄い勢いで叩かれたのに、大して痛くなかったんだよ! 隊長が『アダム・ボルト』だとしたら……大会優勝経験のある奏者だったってことだ!」
その腕前から、ネジ隊長=アダム・ボルトなる人物だと言いたいらしい。
「時期的にも矛盾はない。隊長の正体は、アダム・ボルトだよ」
得意げなアラシア隊長の前で、僕らは顔を見合わせた後に感想を言う事にした。
「ふざけないでください」
「真面目な話してんですから、真面目に話してください」
「ネジ隊長が、そんなアホみたいな記録で足つくわけないでしょ?」
「禿頭太鼓で叩かれすぎて、後遺症でも残ってんのか?」
「えぇっ……!? いまの結構、名推理だったと思うんだが……」
アラシア隊長は本気で傷ついた様子だったけど、僕らは「迷推論でしたよ」と評価する事にした。さすがに今の説はないわ~~~~! ふざけすぎ!!
「しかし……謎が増える一方ですね」
「真偽はともかく、20年前にも暗殺未遂事件があったとはねぇ」
交国政府が隠蔽体質の所為か、交国の周りでは謎が多い。
色々と考える材料はあるけど、それらを並べても答えは出てこない。
けど、きっとどこかに真実があるはずだ。
「とにかく……交国に行けば真実がわかるはずだ」
ショボくれるアラシア隊長の横で、皆に向かってそう告げる。
交国の謎は、交国に答えが眠っているはずだ。
真実を知るアテもある。
「ネジ隊長と再会したら、きっと真実を教えてもらえる。隊長だけじゃなくて、ラート達も……絶対、生きている」
僕がそう言うと、レンズとバレットは力強く肯定してくれた。
ただ、ヴィオラ姉さんは……少し表情を曇らせていた。
■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「アルの言う通りだ。交国に行けば、真実がわかるはずだ」
力強く宣言したアルの頭をくしゃくしゃと撫でつつ、同意しておく。
ただ、正直……絶望的な話だと思う。
真実云々はともかく、隊長達の安否は……厳しい現実が待っているだろう。
だが、「わからない」からこそ希望がある。オレ達が開けようとしている箱に眠っているのは絶望ではなく、希望かもしれない。
箱が開いていない以上、まだわからんさ。
「ただし、無理は禁物だ。ネウロンで別れた奴らの安否や、交国の真実より……お前達自身の命を優先しろ」
作戦に参加する以上、危険は付き物だ。
だがそれは、無理をしていい理由にはならないからな。




