お守り
■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「あっ……代用義体の調整、まだしてないや」
対交国作戦に向けて準備をしていると、緊急時用の代用義体を――僕の身体とほぼ同じ構造の予備義体を――調整するのを忘れていたのを思い出した。
調整といっても、自分でイジれるわけじゃない。ただ、巫術憑依で具合を確かめたところ、「特に異常はなかったしいいかな」と思っていると――。
「代用義体の調整なら、昨日しておいたよ」
「あ、うん。ありがとう……ヴィオラ姉さん」
自然体のヴィオラ姉さんに話しかけられ、ドキリとする。
ヴィオラ姉さんは対交国作戦をよく思わないはずだ。
交国の脅威は感じていても、交国と戦うことを「無謀」と考えているはずだ。
というか……戦闘そのものを避けようとしているから……。
僕は対交国作戦に参加するつもりなので、作戦そのものに反対してそうな姉さんに対し、気まずい想いを抱いていると――。
「フェルグス君……いや、アル君も、今度の作戦に参加する気?」
「……うん。対交国作戦に参加したら、ラート達の事を探しやすくなるはずだから。それに……交国自体も何とかしなきゃ、僕らみたいな被害者が生まれ続ける」
「…………」
ヴィオラ姉さんは黙って僕の言葉を聞いていたけど、迷う素振りを見せながら「復讐のために戦うわけじゃ、ないんだよね?」と聞いてきた。
「単に復讐のために戦うつもりは……ないよ」
「…………」
「僕が復讐のために戦ったところで、アルは喜ばないからね。ただ……交国への復讐心は、一応ある」
「…………」
「あるけど、復讐だけのために戦うつもりはないよ」
「……そっか」
ヴィオラ姉はそう言って頷き、端末を触り始めた。
何かの作業をしているみたいだ。
部屋の中に気まずい空気が流れているものの、この場から逃げるわけにもいかない。……ヴィオラ姉さんをしっかり説得してから作戦に参加したい。
何と言おうか迷っていると、部屋の出入り口で気まずげに立っているレンズとバレットの姿に気づいた。2人もこの場の空気から色々と察したらしい。
2人も言葉を探している様子だったけど、2人の後ろからやってきたタマが「後が支えているので、さっさと入ってくださいな」と言いながら2人を室内へと押し込んできた。
それだけではなく、タマはさらに言葉を投げつけてきた。
「3人共、どうせ対交国作戦に参加する気なんでしょ?」
「まあ、うん……」
「そりゃあね……」
「止められても参加する」
「まったく……。ヴィオラ様がどれだけ心配していると思って……」
タマは「むぅ」とうなりながら表情を少し歪め、端末に向かって作業し続けているヴィオラ姉のことを見つめた。
「その……ヴィオラ姉、あたし達は総長についていくけど、必ずヴィオラ姉のところに帰ってくるから……。タマも、ヴィオラ姉のことよろしくね?」
「ウ~ン。タマもそのつもりだったんですけどね~」
タマが苦い表情を浮かべたので、首を傾げる。
タマの言葉の答えは、作業の手を止めたヴィオラ姉さんが教えてくれた。
「私も作戦に参加するから」
「「「えっ!?」」」
「ヴィオラ様が参加するのであれば、タマも護衛としてついていきますよ。巫術師3人組は対交国作戦で手一杯でしょうし」
タマが微妙に嫌そうに言葉を漏らす中、ヴィオラ姉さんは腰に手を当てて「私は戦力にならないかもしれないけど、色々と支援は出来るから」と言った。
それは……ちょっと困る!
ヴィオラ姉さんには本隊艦隊に――安全な場所にいてもらわないと心配だ。
バレットもレンズも同じ気持ちらしく、3人で慌てながらヴィオラ姉さんに「考え直して」と訴えたが無駄だった。ヴィオラ姉さんはとても頑固なんだ。
「アラシア隊長と一緒にいるとはいえ、キミ達が無茶しないか心配だから私もついていきます。これは、カトー総長の許可も取り付けている話ですからね」
「いやぁ、でも……。危ないって。ダメだって!」
「ヴィオラ姉は玉帝に狙われてるっぽいんだから~……!」
「いたら頼りになるけど、さすがに危険すぎるって」
ヴィオラ姉さんはムッとした様子で僕を見つつ、「キミ達がよくて、私が駄目なのもおかしいでしょ」と言った。
「キミ達が無茶するのを止められない以上、出来るだけ支援させて。お願い」
「「「…………」」」
巫術師3人で顔を見合わせる。
ヴィオラ姉さんをどう説得するか迷っていたのに、ヴィオラ姉さんをどう止めるかで迷うことになるなんて……。
僕らが困り果てていると、タマが少し小馬鹿にするような笑みを浮かべた。そして僕らをペチペチ叩きながら話しかけてきた。
「皆がいま抱いている不安を、ヴィオラ様はずっと抱えてきたんですよ? 諦めて……せめて、自分達が無茶しないようにしてくださいな」
無茶しないようにしたら、人を助ける余裕もできる。
その余裕はヴィオラ様相手に使えますよ――とタマは言った。
ヴィオラ姉さんの作戦参加の意思は硬い様子だったけど、ヴィオラ姉さんはタマに対しては申し訳なさそうな表情を向けた。
「タマちゃんは、本隊に残ってもらっていいんだからね?」
「いやいや……! タマはヴィオラ様の助手兼護衛ですからね? ヴィオラ様が行くところなら、どこでもついていきますし。命令には絶対服従しますとも!」
「え、じゃあ、お願いなんだけど、様付けじゃなくて『お姉ちゃん呼び』してほしいな……。この機会に……」
タマは再び渋面を浮かべ、「それは職権乱用しすぎでしょ……!」と言った。
あまりにも嫌そうなタマの様子を見て、レンズとバレットと笑う。
ヴィオラ姉さんは本気で「様付け」は嫌らしく、食い下がっていたけど……タマは拒否した。
「タマも<ベルベスト連合>の生き残りとして、交国には思うところあるのですよ……! 交国が同盟国として直ぐに助けにきてくれて……最後まで手を差し伸べてくれたら、って思いもありますから~……」
「そっか……」
「それに~、ヴィオラ様にひっついて色々と学ばせてもらった方が、手に職ついて安泰ですからねっ! 混沌機関の作り方とか理解しちゃったら、もう一生食いっぱぐれませんよ~!」
にんまりと笑ったタマは、「つまりタマは打算で動いているので、お気遣いなく~」「本隊に残ったら、子守りさせられますしぃ」と言った。
ヴィオラ姉さんもタマの気遣いを感じ取ったのか、申し訳なさそうに「ごめんね」と言った。
「タマちゃんが傍にいてくれると心強い。アル君もバレット君もレンズちゃんも、最近は直ぐにどっか行っちゃうから~……」
「ほーら、3人が姉泣かせだから! お姉さん泣かせてますよ~!」
「寂しい時はタマちゃんに抱きついたり、添い寝してもらってもいいよね?」
「ウ~~~~ン! それは職権乱用ですねっ!」
「そ、そんなっ…………」
■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて
■from:ヴァイオレットの助手兼護衛のタマ
「とにかく、タマはヴィオラ様の護衛です。ついて行きますからね」
ベルベスト連合が滅びた件は、正直どうでもいい。
ただ、護衛対象が危険地帯に突っ込んでいくことは、護衛としては頭を抱えたくなる。守るの大変になるじゃないですか。
……でも、これはこれで好機なのかもですね。
エデンにいると、どうしても動きが制限されますし……交国領に行って交国の内情を探るなり、あの御方と連絡が取れれば状況を変えられるはず。
護衛対象を危険地帯に行かせる問題と、交国に向かう利点を天秤にかけた結果、後者を取るしかない――などと考えていると、バタバタと子供達がやってきた。
どうやら、ヴィオラ様達が作戦のためにエデン本隊から離れるのが寂しいらしい。ぎゃあぎゃあと騒いでいる。
「ヴィオラせんせいたち、どっか行っちゃうの!?」
「ちゃんと帰ってくるよね? ねっ!?」
「バレット兄達も、当分戻ってこないの……?」
ヴィオラ様達が――少し心苦しそうにしつつ――子供達をなだめる。
作戦のためだから、本隊を離れるのは仕方ないこと。でも、必ず戻ってくるから――と言って子供達をなだめている。
そうしていると、子供達は「じゃあ、これ持って行って!」と何か差し出してきた。小さな人形のようです。
どうやらお守りらしい。
アル君達はちょくちょく本隊から離れて戦っているので、それを心配してお守りを作っていたようです。それをこの機会に渡したいんだとか。
子供達がキャイキャイ騒ぎながらお守りを渡している光景をボンヤリ見つつ、「そんなもの意味ないと思いますけどねー」と思っていると――。
「た、タマおねえちゃん。これ……」
「ねえちゃんもお守り持って行って!」
「は、はあ……。タマもですか?」
タマにも人形型のお守りが渡された。
子供達とは――ヴィオラ様に頼まれて不請不請ながら――少し遊んできた程度なので、別段、仲の良い相手ではないのですが……タマのお守りも作ったらしい。
ちょっと戸惑っていると、ヴィオラ様がニコニコ笑顔を浮かべながら、「タマちゃんもお守りに守ってもらおうねっ!」などと言ってきた。
受け取れ、という事らしい。
余計な荷物は、持ちたくないんですけどねー……。
物だけじゃなくて、情も……正直、邪魔ですし……。
「えっと……ありがとうございます。助かります」
戸惑いつつ、言われた通りにお守りを受け取る。
子供達は私が受け取ると、嬉しそうにはにかんだ。
「あのね? えっとね? ボクら、エデン以外行くとこないから……今はここがおウチ! タマねえちゃんも、ボクらと同じだよね?」
「タマお姉ちゃんも、ちゃんとおウチに帰ってきてねっ!」
「…………。ええ、ちゃんと帰りますよ。自分の家に」
必ず、帰ってみせる。
この子達の思うような「おウチ」とはほど遠い場所だろうけど……私にとってはあそこが唯一の居場所だ。使命を果たし、必ず帰還してみせる。
「帰ってきたら、銃の使い方とか教えてねっ!」
「えっ?」
「ぼくらもつよくなって、タマねえちゃん達といっしょに戦うのっ!」
「タマねえちゃん、銃つかうのウマイってほめられてた! ボクら、フジュツは使えないけど、タマねえちゃんみたいに銃とか、ナイフは使えるようになるよね?」
「戦い方、教え――」
「――遊び感覚で戦おうとするな! 貴方達は戦わなくていいのっ!!」
背筋に這う冷たい感触に突き動かされ、つい……叫んでしまった。
周囲がシンと静まりかえる。
子供だけじゃなくて、ヴィオラ様達もビックリしている。
……しまった。つい、反射的に……余計なことを。
「……あのですね。子供は、戦うことなんて考えなくていいんです」
一度言い出してしまった事なので、咳払いして改めて言葉を続ける。
子供達が「でも、ボクらも戦えた方が……」と言ってきましたが、「貴方達が戦う必要はないんです」と返す。
「戦うのは……私達の仕事です。子供の貴方達は、遊んだり……戦いとはほど遠い勉強をしたりすればいいんです。訓練なんてしなくていい」
「なんで訓練しちゃダメなのん?」
「ボクらだって、エデンの戦士になるんだもんっ。訓練するもんっ」
「貴方達が戦う必要なんて……ないんですよ」
上手く気持ちを伝えるのが難しい。
手探りで、伝えたいことを必死に探す。
正直、子供は……鬱陶しくて嫌いです。
嫌いですけど……この子達まで戦う必要は……。
「なんで戦うひつよう、ないの?」
「エデンはこれからもいっぱいたたかうって、ソウチョー言ってたっ!」
「戦いは私達の代で終わるので、いいんですよ……。貴方達は戦わなくても……」
訓練も戦闘も、楽しいものじゃ無いんですよ。
総長達は戦いがさも崇高な手段のように語っていますが、あんなの嘘っぱちです。確かに手段の1つとしてあっても、実際に戦うのは大変なんです。
戦うのはつらいことばかりだし、生き残るための訓練もつらい。毎日身体がガタガタになるまで頑張るのって、本当につらいんですよ――と説明する。
実体験に関しては、あんまり言えないですけど……戦闘って別にいいものじゃないんですよ――と出来るだけわかりやすく説明する。
けど、相手は子供。
タマがどれだけ言葉を尽くしても、イマイチわかってくれていない様子です。
「とにかく……! 貴方達は戦闘訓練より重要なことがあるでしょう? ヴィオラ様が不在の間も、勉強はキチンとするんですよ? 宿題出ますから」
「「「「え~っ!」」」」
「えーっ、じゃありませんっ! 総長なんかの言うことより、ヴィオラ様の言うことを聞きなさいっ……! まったくぅ……」
勉強と聞いた子供達がグズり始めた。
ヴィオラ様もアル君達も、グズる子供達に困る私のことを笑顔で見てくる。笑ってる暇があるなら、こいつら何とかするの手伝ってくださいよぉ~……!
「ちゃ、ちゃんと勉強してたら……ご褒美あげますからっ! ねっ?」
グズる子供達の頭をテキトーになで、なだめる。
本当に子供って面倒くさい。
……私も、「面倒くさい」と思われていたのかな……。
■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて
■from:狙撃手のレンズ
「レンズっ! ニヤニヤしてないで助けてくださいよぅ……!」
「はいはい。皆、タマを解放してあげて~」
子供達にまとわりつかれ、メチャクチャ困っている様子のタマちゃんをしばらく見守った後、ほどほどのところで助けてあげる。
助けたあげた後、改めて子供達にお守りのお礼を言う。
「ところで、皆にちょっとお願いしたい事があるんだけど――」
交国での作戦行動に参加するに当たって、考えていた「お願い」について話す。
「皆に、この子を守っててほしいの」
「レンズ姉のシャチちゃん?」
「この子、連れていかないの?」
「今回はお留守番してもらおうと思って。皆にお願いできる?」
「いいけど、大事なものじゃないの?」
「大事だからこそ、かな?」
ネウロンで大事な人にもらったぬいぐるみを、子供達に託す。
今回の作戦は危険なものになるかもしれない。
多分、今までで一番大きな作戦になるだろうし……。総長の話だと直ぐ大きな戦闘が始まったりしないらしいけど、いずれは交国とドンパチやり合う事になる。
だから、子供達に大事なぬいぐるみを託す。
よろしくね――と頼んだ後、アルが「いいのか?」と聞いてきた。
「レンズに作ってもらったぬいぐるみ……お守りみたいなものだろ?」
「いいの。必ず帰ってくるし……今度は本物のレンズちゃんを連れて戻るから」
行方不明のレンズちゃんを見つけ出し、皆にも紹介してあげるんだ。
この人があたしのぬいぐるみ作りの師匠で、大事な人だよ~って――。
「厳しい戦いになるかもだけど……皆で一緒に戻ってこようね」
「……うん」




