復讐ではなく、勝利のために
■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて
■from:エデン総長・カトー
「どういう事ですか!? ジウスドラにエデンの実働部隊が集まっているのは、今後の方針を話し合うためであって、大きな作戦行動のためじゃないって……!」
「まあ、確かに昨日はそう言ったな」
ヴァイオレットと、それに付き添っているアラシアを連れて会議室に入る。他の奴らが心配そうに見つめてきたが、手で制して3人だけにしてもらう。
「実働部隊を集めたのは、対交国作戦のためだったんですね?」
「そうだ。重要な作戦だったから、お前にも言えなかったんだよ」
下準備が今日やっと終わったから、さっき発表しただけだ。
穏健派のヴァイオレットに言うと絶対に反対されるから、今まで伏せていたって理由もあるんだが……それを真っ正直に言う必要はないだろう。
ヴァイオレットもアラシアも、自分達が除け者にされていた事を察しているだろうが……もう手遅れだ。
作戦はもう始まっている。
本隊にいない奴らが動き出している。
「これからは、皆で一丸となって対交国のために動こう」
「戦う以外の道もあるのに、なんで暴力に走るんですか……!?」
「お前の立てた計画の事か? アレは非現実的だ」
単なる理想論だ。
ある程度の効果は上げられるかもしれないが、その「効果」という実りを得られるまで何年かかると思っている――と告げる。
それに――。
「お前の計画は、必ず敵に邪魔される。例えば、交国にな」
「敵に邪魔されるという意味では、総長の計画も同じじゃないですか……!」
「お前の計画が成就するまで待っていられない。こうしている間にも、交国や人類連盟……そしてプレーローマに踏みにじられる人が大勢いるんだぞ。それから目をそらして、自分達だけ救われればいいと思っているのか?」
「総長の計画は、後先考えてなさすぎです! 貴方の作戦では、エデンはただのテロリスト集団になっちゃうんですよ!?」
「それは人連側の評価だ。それにそもそも……エデンはこういう組織だ」
エデンはずっと戦い続けていた。
人類の敵や暴君達と戦い続けてきた。
人類連盟にテロリストと認定され、多くの人々から罪人扱いされようと……オレ達は戦い続けてきた。弱者の救済を続けてきた。
大国の都合で張られた「テロリスト」というレッテルは、戦って勝つことでしか剥がせない。オレ達がルールを決める側に回るしかない。
そのためには、交国も人類連盟も一度ブチ壊すしかないんだ。
「戦う以外、道はないんだよ」
「総長の選択は、ただの自殺行為です」
「…………」
「今のエデンなら、交国相手でもある程度は戦えます。けど……勝ち続けるのは不可能なんですよ!? それは先代総長時代のエデンを知る貴方なら、自覚しているでしょう……!?」
ブチギレたヴァイオレットが、オレに掴みかかる勢いで距離を詰めてきた。
実際に手まで伸ばしてきたが、「まあまあ、落ち着けって」と言って割り込んできたアラシアが止めてくれた。
ただ、アラシアはオレの味方になってくれるわけではないようだ。
アラシアは「なあ、総長。踏みとどまってくれねえか?」と言ってきた。
「本気で交国とやり合うつもりなのか?」
「そうだ。エデンはもう、対交国のために動き始めている」
既に多くのエデン構成員が動いている。
本隊にいる構成員以外にも、多くの構成員や関係組織が既に動き始めている。交国という巨悪を滅ぼすために動き出している。
そう告げると、アラシアは渋面を浮かべ、「話が違うな」と言った。
「大斑での作戦行動前の話だと、ヴァイオレットの計画を前向きに検討するって言ってたじゃねえか」
「どうしてもやりたいなら、並行して進めればいい。だが、皆の邪魔はするな」
「皆の邪魔……? 総長の邪魔だろ?」
「オレだけの話じゃない。多くの構成員が、交国への復讐を渇望している」
オレは一度、交国を信じた。
マーレハイトにおけるプレーローマとの戦いで大打撃を受けたエデンを――いや、エデンの非戦闘員を生かすためには、交国の助力が必要だと信じた。
神器使いが交国に身売りする代わりに、交国はエデンの非戦闘員達を保護する。争いのない平和な世界で皆を保護してもらう約束をしていた。
だが、奴らはその約束を反故にした。
それどころか全ての罪をオレに着せてきた。
……実際は全て交国が悪いのに、その事実を隠蔽するためにオレを罪人に仕立て上げた。オレ以外の皆も、犯罪者扱いだ。
その辺りの話は、今のエデン構成員達にとっては重要な話ではないかもしれない。ただ、皆も無関係ではない。
現エデンの構成員は、大半が<ベルベスト連合>の生き残りだ。
交国の都合で戦いに巻き込まれ、交国に見捨てられたベルベストの生き残り達は、交国に対して強い恨みを抱いている。
辿ってきた道は違えど、オレ達は「交国」という共通の敵を持っている。
手を取り合って共に戦う事が出来る。
ベルベストの生き残りも交国への復讐を望んでいるんだよ――と告げると、アラシアは厳しい目つきでオレを睨んできた。
「……アンタ、アイツらを扇動して――」
「<大斑>での入植作戦も失敗した以上、穏健派の唱えるような作戦じゃ無理なんだよ。諸悪の根源に対処しない限り、お前らの計画は……上手くいっても一時凌ぎにしかならないんだ」
「「…………」」
「アラシアなら、理解してくれると思ったんだがな」
アラシアは|ブロセリアンド解放軍参加者だった男だ。
そして、交国の被害者たるオークでもある。
コイツだって、オレやベルベストの生き残りと共通の「敵」を持っているのに……今はヴァイオレット達側に立っている。
アラシアは少しバツの悪そうな表情を浮かべつつ、「昔のオレなら、アンタの計画に賛同していたと思うが……」と漏らし、さらに言葉を続けた。
「確かに、交国はろくでもない国だよ。人類文明の癌の1つだ」
「そうだろう? だから――」
「けど、アンタは皆が納得する大義名分よりも、個人的な復讐をしたいだけだろ? <ゲットー>で散っていったエデン残党の仇を取りたいだけだろ?」
だから現エデンを扇動している。
アラシアは、そんなことを言いだした。
「冷静になるべきだ。交国はろくでもない国だが……最近は変化している。以前、ヴァイオレットが教えてくれて……アンタも納得してただろ?」
「納得なんてしていないさ。そういう見方もあるかもな、と言っただけだ」
「最近の交国は随分と大人しい。支配地域の独立を許し、異世界侵略はほぼ停止している。エデンの活動方針的には……交国より優先すべき敵がいるはずだ」
「確かに、ここ数年の交国は大人しい。だが、それは猫を被ってるだけだよ」
7年前の事件を皮切りに、交国の国内情勢は荒れ始めた。
ブロセリアンド解放軍が蜂起した後、プレーローマの大規模な侵攻も受けた影響で……交国は疲弊している。弱っている。
今は優等生のようなツラをしているが、それはあくまで演技。
荒れた国内情勢が落ち着くまで、外面を取り繕っているだけだよ。
それぐらいわかるだろ――と言いつつ、会議室の机に腰掛ける。
……疲れてるから、立って議論する気力もない。
「交国が何をしようと、過去の罪は消えない」
確かに、オレは交国に対する復讐心を持っている。
ゲットーで保護されていた仲間達が交国の所為で死んで、そのうえオレは交国の罪を着せられた。神器まで奪われた。……交国はオレを裏切った。
その恨みは確かにある。
「だが、オレは個人的な復讐だけで動いているわけじゃない。エデンの総長として……因果応報の代行者として、交国を罰しようとしているだけだ」
交国の罪の証は、オレの目の前に立っている。
アラシアのように「軍事利用されたオーク」が交国の罪の証だ。
真実が全世界に明かされたことで、交国政府はオークの待遇改善のために動いているが……本気で取り組んでいるわけじゃない。
もし仮に完全に待遇が改善されたとしても、多数のオークが犠牲になった事実は変わりない。騙され、死んでいった者達の怨嗟の声は確かに残っている。
交国の犠牲者は、オークやエデンだけじゃないんだ。
誰かが交国を倒さない限り……どこかで悲劇が生まれ続けるんだ。
「誰かが立ち上がらなきゃいけないんだ」
いま、交国は明らかに弱っている。
これは好機だ。
立ち上がるべき「誰か」を人任せにせず、オレ達が立ち上がるべきなんだ。
オレ達はエデン。
因果応報の代行者であり、弱者達の救世主だ。
「アラシア……。ヴァイオレットはともかく、お前はわかるだろ?」
お前も、交国に大事なものを奪われたはずだ。
寄り添うように語りかけると、アラシアはしばし目をつむった。
再び目を開いた時、アラシアは「オレも交国に復讐したいさ」と呟いた。
「だが、オレは復讐者である前に……敗北者なんだよ」
「…………」
「オレはフェルグス達を解放軍に引き入れて、自分の復讐に利用しようとした。勝ち目の怪しい戦いに、ガキ共を巻き込んだクズなんだ」
アラシアは自分を負かしたのがヴァイオレットやラート……そしてフェルグスの弟だと語った。
負けたうえに、解放軍の人間に撃たれたアラシアは重傷を負ったが、そんなアラシアでもラート達は助けた。
「そこまでしてもらってなお、自分の都合で復讐を続けるほど……オレは恥知らずじゃないつもりだ」
「…………」
「オレは、ヴァイオレットにもガキ共にも大きな借りがある」
「…………」
「だからこそ、ガキ共を利用するアンタのことは応援できない」
「オレが、アル達を利用しているだと?」
「違うのかい?」
「交国との戦いは、アル達の望みでもある」
「アンタの思う『戦い』と……アイツらの思う『戦い』は別物だと思うぜ?」
「いいや、同じさ。オレ達は共通の敵に挑む同志だ」
スアルタウ達も、交国に強い恨みを持っている。
アイツらの日常を破壊したのは交国だ。大事なものを奪ったのは交国だ。
「悪いのは交国だ。だからこそ、オレ達は戦わなきゃならない」
オレがそう言うと、アラシアはうっすらと笑った。
呆れたような……それでいて、少し恥じているような笑みだった。
「オレも解放軍時代、似たようなことをアイツらに吹き込んだよ」
「…………」
「けど、結局、アイツらは解放軍と共に戦う事を拒んだ。正しい選択をした」
「ブロセリアンド解放軍とエデンは、別物だ」
「アンタの目にはそう映るんだな」
しばし、アラシアとにらみ合う。
アラシアの視線には嘲りが含まれている気がした。
エデンと解放軍を同一視するなんて、どうかしている。
エデンは正義の組織だ。解放軍は権利を求めながら、他の人々を踏みにじっていた。交国領で自分達以外を――オーク以外を踏みにじってきた。
誰の目にも明らかな犯罪行為を重ねておきながら、権利を主張していたお笑い集団がブロセリアンド解放軍だ。……ブロセリアンド帝国の再来と呼ばれるような犯罪者集団と、エデンを一緒にして欲しくないな。
「まあ、オレはヴァイオレットほど過保護じゃないから……ガキ共が『どうしても』って言うなら協力するさ。対交国作戦にな」
「ちょっと……! アラシアさん!?」
アラシアは目を剥いたヴァイオレットを手で制しつつ、さらに言葉を続けた。
「だが、勝算も退路もない戦いなら別だ」
「…………」
「ヴァイオレットはさっき、『勝ち続けるのは不可能』って言っただろ? オレも同意見だ。エデンは強くなったが、それでも交国軍の方が強いからな」
「解放軍の人間として蜂起に参加したお前が、そんな弱気なことを言うとはな」
「解放軍にいたからこそだよ」
ブロセリアンド解放軍は告発にも蜂起にも失敗した。
アラシア達はそれを察していても、解放軍に参加し続けた。
自分達の勝ち目が薄いと理解していても、それでも無謀な戦いを挑もうとした。
「ガキ共に解放軍の轍を踏ませたくないんだ。総長もアイツらの事は大事だろ?」
「……ああ」
オレはアル達を死なせたくない。
アイツらには、次代のエデンを任せたいと思っている。
もっと幸せにしてやりたいと思う。
アイツらの幸せのためにも交国が邪魔だから、交国を倒す道を選んだ。
どれだけ正しい心を持っていたとしても、「テロリスト」のレッテルを貼られたままではいつか死んでしまう。かつてのエデンがそうだったように――。
誰かがやらなきゃいけないんだ。
「総長。アンタの立てた作戦、キチンとした勝ち筋が見えているのか?」
「もちろんだ。オレの目的は『交国に勝つ』事であって、『復讐して終わり』なんてつまらないものじゃない。策はある」
交国を倒すための道筋は、既に見えている。
7年前の事件で交国が弱体している今が、最大の好機なんだ。
対交国用の援軍まで用意している。……だが、その事はまだ伏せておいた方がいいだろう。話せる範囲のことしか、今は教えられない。
「交国と真っ向勝負するのは、得策じゃない」
「…………」
「だから、オレ達は遊撃戦を仕掛けつつ……交国に要求するんだ」




