残り火を継ぎし者達
■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて
■from:エデン総長・カトー
「誰かが戦う必要があるんだ。その『誰か』の役目を、オレ達が担おう」
皆で力を合わせ、交国の蛮行を止めよう――と宣言する。
作戦の詳細はひとまず伏せるが、これから本格的な「対交国作戦」を展開していく宣言はできた。皆の反応は上々といったところのようだ。
艦内放送後、周囲に集まってきた仲間達が興奮した様子で称賛してくれている。皆も交国とやり合いたくてたまらないようだ。
仲間達と改めて握手を交わしつつ、「力を貸してくれ」と頼んでいると……現エデンでは古株の隊員達がやってきた。
先代総長時代はエデン第2実動部隊として活躍していた奴らが……ファイアスターターの元部下達がやってきた。
「総長。先程の放送はなんですか?」
「今後の方針を示したんだよ」
コイツらは、オレと握手する気はないようだ。
ファイアスターター亡き今も、コイツらはアイツを隊長として崇め続けている。現総長に対しても、たびたび突っかかってくる。
それなりに信頼できる隊員ではあるんだけどな……。
「本気で交国とやり合うつもりなんですか?」
「今が好機だからな。交国はいま、大きく弱体化している」
「交国とやり合う前に……もう一度、竜国と接触するべきでは? ニュクス総長時代も、竜国には世話になっていたでしょう?」
「あの人外共はアテにならんよ」
その理由は前も話しただろ――とため息交じりにつげると、ファイアスターター隊の隊員達は困惑顔を向けてきた。
「人外共って……。カトー総長も、レンオアム王の事は信頼して――」
「――――」
くだらん事を言った奴を視線で黙らせる。
そして、「竜国には頼らない」と宣言する。
「オレ達が<竜国・リンドルム>に関わった結果、何が起こったか……お前らだって知ってるだろ」
「それは……」
「オレは覚えているよ。……忘れるはずがない」
狭い空間に折り重なった人の身体。
火薬と焼けた肉の臭い。……壁を汚す肉片。
光景も、臭いも、全て覚えている。
神器を失い、弱くなり続けていても……それでもあの光景は忘れない。
忘れてたまるか。
「しかし、相談ぐらいはするべきでは……? レンオアム王は人間ではなく、混沌竜ですが……あの御方はそこらの人間よりずっと信頼できる存在です」
「竜国の方も最近は落ち着いているようだし、苦境に立たされているエデンを救ってくれる可能性が――」
「オレ達のどこが、苦境に立たされているんだ?」
両手を広げ、現状をよく見るように促す。
今のエデンは、姉貴が率いていた時代のエデンとは違う。
誰も飢え苦しんでいない。物資には常に余裕があり、資金も潤沢。混沌の海での暮らしから逃げられずにいるが……昔よりずっと優れた方舟を手に入れた。
昔と今は違う。オレは、エデンを立派な組織として再建したんだ。
昔の基準で物を考えるな。
お前らが海獣の肉を食べずに済んでいるのは、誰のおかげだと思って――。
「…………。確かに、オレ達は大斑の戦いでは交国から逃げた」
大人げない言葉を飲み込んで、ファイアスターター隊の隊員に語りかける。
努めて穏やかな声で語りかける。
「けど、大斑から撤退したのは……あそこで無理に戦っても得るものは少ないからだ。戦略的な撤退を選んだだけだ」
「…………」
「オレ達は既に、交国とやり合えるだけの力を持っている。守りに回らず、攻めに回れば十分に勝ち目がある」
交国に立ち向かうのは、エデンだけじゃない。
オレは既に、交国領内にいる複数の反交国組織と協力関係を結んでいる。
奴らはブロセリアンド解放軍のような脆弱な組織じゃない。解放軍の一件の後も生き残り、力を持ち続けてきた頼りになる戦力だ。
全ての弱者の力を束ねれば、交国とだって戦える。
「勝算はある。あとは、お前達がオレを信じるだけだ」
「…………」
「お前達は、ファイアスターターや皆の仇を取りたくないのか?」
「それはもちろん、取りたいですよ。でも、本当に――」
「仇を取りたいなら、オレを信じてくれ」
隊員の1人の肩に手を置き、軽く揺さぶって語りかける。
「オレは皆の仇を取るだけではなく、全ての弱者の居場所を作ってみせる。流民や難民だけじゃない。強国に虐げられている全てを救ってみせる」
「…………」
「交国相手に勝てば、展望が開けるんだ」
弱者が強者に勝った実績が作れる。
交国に勝てば、多くの眠れる獅子達が目を覚ますだろう。
ファイアスターター隊の奴らは、まだ心配そうな顔をしている。
だが、「仇は取りたいですよ。もちろん」と言った。
オレにとってファイアスターターは大事な戦友だった。コイツらにとっても、ヤツは大事な存在だったはずだ。……オレ達は一緒に戦えるはずだ。
「しかし、無謀な戦いには賛成できません。……隊長に救っていただいた命を無駄遣いするつもりはありません」
「心配するな。さっきも言ったろ? 勝算はあるって」
説得するために、対交国作戦のために協力してもらう組織の名を出す。
大小様々な組織との協力関係を結んだから、知らない名前も多いだろう。だが、複数の組織の手を借りれば交国に勝利する事も不可能じゃない。
いま教える事ができる主立った組織の名を伝えると、ファイアスターター隊の隊員は質問を投げてきた。
「<カヴン>とは連携しないんですか?」
「犯罪組織と手を組むわけないだろ」
「しかし、カヴンは我々と同じ流民組織です。手を組む余地はあります」
「一部の大首領直参幹部から、総長と『話がしたい』という連絡が来ているんですよね? 良い機会なのに、彼らに協力要請しないんですか?」
「カヴンは一枚岩ではないとはいえ、強大な組織です。彼らの力があれば――」
「カヴンがどんな組織か、お前達だってわかっているだろう」
確かにカヴンは流民の多い組織だ。
オレ達と同じ、流民組織だが……奴らは「犯罪組織」だ。
弱者のために戦っている<エデン>と、弱者を食い物にしている<カヴン>は別物だ。敵同士だ。……奴らと手を組めばエデンの大義が穢れちまう。
「ニュクス総長は、カヴンとも上手く付き合っていましたよ」
「姉貴も…………ニュクス総長も、カヴンと深く付き合うのは避けていた。あくまで簡単な取引をしていただけだ。どうしようもない時だけな」
カヴンは手の染めていない犯罪行為はないぐらい、幅広く犯罪やってるクズ集団だ。そんな輩と組んだら、オレ達も食い物にされる可能性が高い。
ファイアスターター隊の奴らは「カヴン内にもまともな組織はいます」などと言い、協力を促してきたが――。
「マーレハイト共和国で多くの仲間が死んだ時、エデンは苦境に立たされていた。あの時、カヴン内の『まともな組織』とやらは助けてくれたか?」
「それは……」
「オレ達がマーレハイトでプレーローマの罠にハメられる前から、カヴンの連中は距離を取ってきた。取引出来たとしても、足下を見てきてばかりだった」
奴らは所詮、犯罪組織なんだよ。
あんな奴らと手を組んだら……ろくな目にあわない。
アル達の教育にもよくない。若く純真なアル達に、犯罪組織と手を組むことが当たり前などと教えたくない。……穢れるのはオレだけで十分だ。
「昔のカヴンなら、まだ取引の余地があったのは認める。だが、今の奴らは危険だ。何故ならカヴンは交国との繋がりを強めつつある」
カヴンは昔から、交国との繋がりが噂されていた。
正確に言えば<ロレンス>か。……よりにもよって奴らだ。
確たる証拠は掴めていないが、交国はロレンスを通じてカヴンと手を結んでいた可能性が高い。その取引関係はロミオ・ロレンスの死後も続いているはずだ。
むしろ、ロミオ・ロレンスの死後、歯止めがかからなくなった可能性が高い。
黒水守は……加藤睦月は長く<ロレンス>に世話になっておきながら、ロレンス首領を殺害した。ただ殺すどころか、その遺体と神器を交国に持ち込んだ。
おそらく、加藤睦月は最初から交国側の人間だったんだ。
ロレンスが交国の言う事を聞かなくなっていたから、報復として加藤睦月にロレンス首領を殺害させたんだろう。
「交国はロミオ・ロレンス亡き後も、裏でカヴンとの取引関係を続けている。以前より強い繋がりを作っている。そんなカヴンに協力を要請したら、対交国作戦に大きな支障が出るんだよ」
「交国とカヴンが手を結んでいる根拠は?」
ファイアスターター隊の隊員達は、オレを疑うような視線を向けてきている。
コイツらは多次元世界の情勢を理解出来ていない。
カヴンと交国が手を組んでいるのは明らかだ。確たる証拠が掴めていないから糾弾できないだけで、奴らが組んでいるのは明らかなんだよ。
交国とカヴンの繋がりが強くなった陰には……明らかに加藤睦月が絡んでいる。
奴はメディアに対しては綺麗事を吐きつつ、裏では交国と犯罪組織の仲介役を務めるドス黒い輩なんだよ。
「カヴンとは絶対に組まない」
「しかし……」
「お前達、そんなに犯罪者になりたいのか?」
オレとファイアスターター隊が揉めているのを聞きつけ、周囲のエデン構成員もやってきた。皆がファイアスターター隊を睨み、責めている。
「エデンの総長はオレだ。オレの指示に従えないなら、出て行ってもらう」
「……随分と偉くなりましたね。カトー隊長」
ファイアスターター隊の隊員は、あてつけのように古い立場で呼んできた。
そしてこの場から去って行った。……奴らは古株の構成員だからそれなりに頼りにしていたが、オレが間違っていたのかもしれない。
エデンから去るつもりは無いようだが、重要な仕事は任せられそうにない。
直属の部下達に「ファイアスターター隊を見張っておいてくれ」と告げる。奴らがオレへの嫌がらせとして、対交国作戦を邪魔してくる可能性があるからな。
ファイアスターター隊に落胆していると、表情に出てしまっていたのか……周囲の構成員達が心配そうに話しかけてきた。
「彼らは何故、総長にたびたび突っかかってくるんでしょうか……?」
「物の道理がわからんヤツらですよ。正義の心がないんですかね!」
「……アイツらにはアイツらの正義があるんだよ」
ファイアスターター隊の奴らは、忠誠心が強すぎるんだ。
奴らは今も、自分達の隊長を忘れられないでいる。
自分達を小さな頃から守ってくれていたファイアスターターの背を追い、エデンの戦いに身を投じてきた奴らだ。未だに隊長の事を忘れられないんだろう。
それは良いことだ。
アイツのことを……忘れないでいてくれるのは、とても良いことだ。ファイアスターターの戦友として、その事は喜ばしく思う。
だが、今のオレは総長だ。
エデンの総長として、時に非情な決断も行わないといけない。
突っかかってくるファイアスターター隊に厳しい処分を行うわけではないが……重要な仕事は任せられない。とりあえず、アイツらには非戦闘員の護衛を任せておこう。それもそれで重要な仕事だけどな。
総長の事が大嫌いでも、非戦闘員のことは全力で守ってくれるだろう。
アイツらも、ファイアスターターの遺した火を継いだ奴らだからな。
大好きな隊長が死ぬ原因を作った奴からの命令でも、ファイアスターターの顔に泥を塗るようなことは絶対にしないはずだ。……そうだと信じたい。
「少し、休む。誰か来たら連絡してくれ」
「カトー総長……!」
部下にそう告げ、私室に戻ろうとしていたら、ヴァイオレットがやってきた。
ファイアスターター隊以上に怒り狂っているのか、肩を怒らせてこちらに向かってくる。アラシアを伴って近づいてくる。
「オレに話があるみたいだな?」
というか、文句か?
まあいい。話し合おう。オレ達は、仲間同士なんだから――。




