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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
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善意を問う



■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて

■from:自称天才美少女史書官・ラプラス


「ウチのスアルタウと……何を話していたんだ?」


 微笑したカトー様がゆっくり近づいてくる。


 笑みには昔の面影が色濃く残っているものの、昔ほどの覇気はない。「エデン最強の神器使い」というより、老いた敗残兵のように見える。


「ちょっと交国について話していただけですよ」


「…………」


「妙なことは吹き込んでいないので、ご安心を」


「そうか。まあ、別に心配していないが――」


「ところで、どうかなさいましたか?」


 単に艦内を見回っているだけではなさそうだ。


 どうも私を探していたらしく、「アンタと話がしたかった」と言ってきた。


「<大斑>から撤退した後にした話、考え直してくれたか?」


「ああ……ビフロスト(ウチ)の上層部と渡りをつけてくれって話ですか?」


「そうだ。ビフロストの人達は、オレ如きがどれだけ会談を望んでも応えてくれない。こちらの要請を無視し続けている」


 だが、アンタが間に入ってくれれば話は別だ――とカトー様は言ってきた。


 ずいっ、と踏み込んできながらそう言ってきた。


 過大評価ですよ、と言って肩をすくめる。私はただの史書官ですからねぇ。ビフロストにとって末端の人間どころか、鼻つまみ者ですよ――と返す。


「アンタは単なる下っ端史書官じゃないだろ? そもそも……雪の眼ってだけで強い権限を持っているはずだ。ビフロスト上層部と話をつけるぐらい簡単だろ」


「そんなことないですよ。まあ、会談希望の手紙を渡してくれ~ってぐらいならやりますが、私から口添えするのは不可能です」


「アンタの上役なら……雪の眼のトップなら可能か?」


「可能でしょうね。しかし、あの御方も動かないと思いますよ」


 あの御方の興味は、歴史蒐集に注がれている。


 そして、自分自身が歴史を動かすことは良しとしていない。ビフロスト上層部をアゴで使う事もありますが、積極的に歴史に介入する事はないでしょう。


 相手が神器を失った神器使い(カトー)とはいえ、歴史に強い影響力を持っている存在である以上……逆に動いてくれなくなりますよ。


「オレは、アンタらの善意に期待しているんだ」


 カトー様は真っ向から交渉しても無駄だと悟ったのか、手段を変えてきた。


 泣き落としでもするように、「善意」を問うてきた。


「以前、交国領<ゲットー>で起こった事件はアンタも知ってるだろ?」


「もちろん」


 カトー様がまだ交国の特佐だった時。


 交国領の<ゲットー>で大きな事件が起こった。


 事件そのものは犬塚特佐達が鎮圧したものの、犬塚特佐達が到着する前にゲットーでは多数の民衆が死亡した。


 ゲットーで起きた事件に対し、交国政府は「エデンの残党が引き起こした」と発表した。そして、元エデンのカトー様を捕まえ、神器を奪い、処刑しようとした。


「貴方がエデン残党を使って、ゲットーにいた人々を扇動し……事件を起こした。ゲットーの事件はそう発表されていますね」


「あれは冤罪だ。オレ達は、何もしていない」


 カトー様は悔しそうな表情を浮かべつつ、「あの事件は、交国が自分達の不始末を揉み消そうとしたものだ」と語った。


「でも、エデン残党(・・・・・)による(・・・)武装蜂起は発生したんですよね?」


「……冤罪だ。彼らには、何の罪もなかった」


「そこはともかく、カトー様が関与していたのは冤罪ですね」


 カトー様は何も知らなかったはずです。


 交国政府はカトー様を騙していたのでしょう。


 そのうえ、ゲットーでの件をカトー様から神器を取り上げる口実にした。


「ゲットーで起きた件は、雪の眼も把握しているんだろう?」


「当時はゲットー近海が荒れていたため、現地調査に入るのが遅れました。完璧とは言いがたいのですが、何があったかはある程度把握しています」


「アンタ達に善意があるなら、ゲットーの事件を多次元世界中に発信してくれ」


 カトー様は私の肩に手を置きつつ、そう言ってきた。


 心あるなら、正義の行動をしてくれ――と頼んできた。


「私達はそういう事は請け負っていません」


 カトー様の手をやんわりと押し、どけてもらう。


 雪の眼は歴史蒐集機関であって、報道機関ではありません。交国が実際に悪事を働いていたとしても、それを公に知らしめる義務などない。


「アンタらには、心がないのか?」


「無いものと考えてください。私達は観測装置(カメラ)です」


「エデンの方でも、交国の罪を発信している。だが、オレ達(テロリスト)が何を言ったところで誰も信じてくれないんだ」


 エデンは人類連盟にテロ組織として指定されていますからねぇ。


 ネットを使って「交国の罪」を発信したりもしているようですが、それも上手くいってないですもんね。陰謀論者と笑われていますもんね。


「完全中立のアンタ達が情報を発信してくれたら、皆が救われるんだ」


「それは無理ですよ。特定勢力に肩入れして情報を発信したら、我々は中立ではなくなります。少なくとも交国を敵に回すでしょうね」


「交国は人類の敵だ。ビフロストも、一応は人類側の勢力だろう?」


「…………」


「多次元世界に正義を知らしめてくれ。アンタらが情報を発信してくれたら、皆が救われるんだ!」


「…………」


「ゲットーで散っていった無辜の民も……交国という暴君に踏み潰されて死んでいった皆も、救われるんだ」


「救われますかね? 彼らはもういませんよ?」


「――――」


「救われるのは、貴方なのでは?」


 カトー様の手が私の胸ぐらに伸びてきた。


 しかし、直前で止まった。


 カトー様はとっても怖い表情を浮かべていましたが、ギリギリのところで自制したご様子。良かった、遊技場の入り口で様子をうかがっていたエノクが動くような事にならなくて良かったです。


 カトー様と揉めたら、正しい歴史を蒐集できなくなっちゃうじゃないですか。


 それはとてもつまらない事です。


「私もそろそろ寝ます。カトー様、良い夢を」


 肩を怒らせているエデン総長の脇をするりと抜け、遊技場の外に向かう。


 遊技場の中から、悔しげな悪態が聞こえてきましたが……それは別に記録するほどのものではありませんね。多次元世界にとって、どうでもいいものです。





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