表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
518/875

交国の変化



■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「交国政府は変わったのではなく……変わらざるを得なかったんですよね?」


 7年前、交国で大事件が起きた。


 ブロセリアンド解放軍による告発と蜂起の前に、犬塚特佐による「オークの真実」の告発が行われた。交国政府もその告発を認めてしまった。


 解放軍の蜂起そのものは失敗したものの、交国オークが軍事利用されていたのは真実。沢山のオーク達が強い不満を抱いたはずだ。


「だから、変わらざるを得なかったんですよね?」


「もちろん、それも変化の一因です」


 交国政府はオークの待遇改善に動かざるを得なくなった。


 改めて人権を保障し、一方的な軍事利用は廃止。オーク達を騙すために使っていた<揺籃機構(クレイドル)>という怪しい設備も廃止したらしい。


 設備に関しては、怪しいものだけど……表向きは廃止となった。


 オーク達が他国民と同じように家族を持てるように支援し、軍人以外の道も本人達の意志で選ぶ事を認め始めた。


「まあ、職業選択の自由が与えられたところで、物心ついた時から軍人としての生き方以外教えられていなかったオークの皆さんが働ける仕事はあんまり無いんですけどね。だから結局、軍に留まったオークが多いようです」


「でも……今後は変わっていくはずです」


 無茶な洗脳教育は出来なくなったはずだ。


 ラプラスさんも「そのようですね」と言って頷いている。


 ともかく、オークの真実が明かされたことで交国は変わらざるを得なくなった。


 今まで騙されていたオーク達への保障や賠償のために国庫に負担をかけざるを得なくなった。それ自体は、一応何とか対応出来たらしい。


 犬塚特佐の告発そのものが交国政府のマッチポンプという疑惑もあるから……国庫への負担も含めて対応策を練っていたんだろう。


「でも……まったくの無傷では終わってませんよね?」


「ええ、交国はかなりのダメージを受けていますよ。財政破綻していないとはいえ、オーク関連の支出は莫大な金額になったようですから」


 それでも、経済面では上手く危機を乗り越えたらしい。


 オーク問題で莫大な支出が生まれても、経済成長してマイナスをプラスで減らしてみせたらしい。


 そんな簡単に出来るものか……? と思ったけど、ラプラスさんが嘘を言っているとも思えない。嘘をつく必要も無いだろう。


「短期的に見たらかなりのダメージを受けていますが……交国経済は直ぐに回復する見込みです。その辺の舵取りが上手い女傑が動いているようですから……」


「交国経済はともかく、交国軍の方はまだ立ち直ってませんよね?」


 交国軍は今まで、オークを散々利用してきた。


 士気が高く屈強な兵士であるオーク達を計画的に軍人にする事で、精強な交国軍を維持してきた。今後はそれも難しくなってくるはずだ。


 傷ついた交国軍が必死に立て直そうとしている姿は、エデンにいた僕も目にしてきた。ただ……交国軍は無茶な方法を使っている。


「交国は、自分達の支配地域で立場の弱い人達を無理矢理徴兵して、オーク達の代わりにしようとしていますよね? 完全な代わりにはならないけど――」


 オーク達に無茶をさせられなくなった結果、「無茶をさせられる人材」を用意し始めた。交国領でも立場の弱い世界の人達を軍に引っ張り始めた。


 徴兵自体は、昔から行われている。


 けど、7年前から交国の徴兵は一層盛んに行われるようになった。それで何とか戦力を補填しようとしているようだった。


 エデンは交国が立場の弱い人達に無理を強いている事を察知し、それを広く喧伝する活動も行っている。


 徴兵の対象者を交国領から逃がしてあげる活動にも協力しているはずだ。そちらは総長達がやってくれていたはず……。


「交国が無茶な徴兵をやっていたのは事実ですね」


「そうでしょう? 変わったといっても、交国は交国なんですよ。誰かを犠牲にする事で、無茶を押し通す横暴な国家で――」


「ただ、現在の徴兵は『オークの真実』が明かされる前よりも減少しています。無理矢理、軍に人材を引っ張ってくることは激減していますよ」


「そう……なんですか?」


 総長達から聞いた話と違うな……と思いつつ、ラプラスさんの話を聞く。


「その代わり、後進世界に複数の軍学校を作っています。そこで志願兵を集めて、交国軍人としての教育を施しているようです」


 要はやり方を変えたってことだろうか?


 無茶な徴兵で人を引っ張ってきたところで、「訓練したオーク並み」に戦える人はそうそう出てこないだろう。


 だから、しっかりとした教育を施しているんだろうけど――。


「志願兵を募るのが後進世界なら……そこの人達の弱みにつけ込んでいるようなものでしょう?」


「ふむ?」


「苦しい生活を送っているなら、もう少しマシな軍人生活はいかがですか……って言ってるんでしょう?」


「まあ、実際はそうです。ただ、後進世界で新設された軍学校はしっかりした教育が行われているようです。単に歩兵として使い潰すのではなく、軍を除隊した後の職業訓練も含めて指導が行われているようですよ」


 交国軍管理下の軍学校に入る代わりに、衣食住を手配する。


 軍学校で一般教育を行いつつ、軍事訓練に絡めてその他の職業訓練も行う。規定の兵役期間を終えれば軍人を辞めた後の職場まで紹介する。


 例えば<アーミング>という後進世界には、幼年学校から始まり、その後の成績や適性を鑑みて様々な兵科教育を受けられる学校が作られたらしい。


 兵科は歩兵科だけではなく、砲兵科や工兵科などが用意されているんだとか。……だからなんだ、とは思うけど……。


「<アーミング>は元々、現地住民から志願兵を集めていました。大抵は歩兵として雑に扱われていたのですが……現在はアーミング出身の機兵乗りを教官として招き、機兵科も現地に作る動きがあるようですね」


「どうせ国際社会の批判を集めないよう、やり方を変えたってだけでしょう?」


 交国は所詮、交国のはずだ。


 交国にも良い人はいるけど……交国という国家は大して変わっていないはず。


 弱者の弱みにつけ込んで食い物にしているだけでは――と言うと、ラプラスさんは頷いて「そうかもしれませんね」と言った。


「交国の人なら『後進世界の住民に職を用意し、訓練も施している』などと言うかもしれませんね」


「…………」


「一応、色々な取り組みが始まっているのですよ。新たにね」


 単に軍学校を作るだけではなく、兵役を終えた後の職場作りのために後進世界への投資も積極的に行っているらしい。


 交国が積極的に投資を行っている期待感から交国の経済も上向き、結果として『オーク問題』で傷ついた国内経済も回復傾向にあるそうだ。


 それはつまり、回り回って交国のためにやってるだけのことなんですね……と言うと、ラプラスさんは曖昧な笑みを浮かべた。


「そうかもしれませんね。そういう側面もあるでしょうね?」


「…………。なんか、言いたげですね……」


「いいえ~? 別に~? スアルタウ様が感じたことも『正しい』ものですよ」


 笑顔のラプラスさんに対し、モヤモヤしていると「交国の変化を感じていただけましたか?」と問いかけられた。


 全然感じられない。


 何も変わっていない。……僕はそう思う。


 結局、交国は弱者から搾取しているだけで――。


「では、交国が支配地域の独立を許している件はご存知ですか?」


「は……? えっ……? どういうことですか……?」


 交国は異世界侵略で大きくなった国家だ。


 アレコレと大義名分(いいわけ)を並べて異世界を侵略し、先進技術で圧倒して支配下に置く。そんな事を何度も繰り返してきた侵略国家だ。


 そんな交国が、支配地域の独立を許す?


 それは交国にとって……自分達の土地(もの)を手放す行為なんじゃ……。


「具体的にはこの5年、122件の独立が認められました」


「そんなに!? 交国って、独立とか許す国なんですか……!?」


「5年前まで、交国が独立を認めた事例は1つだけです。認められてなくても独立したケースはそこそこありますけどね。その後どうなったかはともかく」


 無理矢理独立した結果、叩きのめされた人達は大勢いた。


 けど、この5年で独立を認められたものに関しては、そういうものではないらしい。交国政府と話し合って、公式に独立が認められたものらしい。


「単に円満な独立を認めるだけではなく、同盟関係を結んだり、諸々の支援も約束しているようです。対プレーローマ用の軍事費を徴収する取り決めとかはありますが……主権を取り戻す国家が近年になって増えているんですよね」


「それだ。軍事費って形で、金を搾り取るのが目的なんですよ」


 交国はオーク問題でダメージを受けた。


 それをきっかけに、国内で沢山の不満が噴出している。


 それらを黙らせるガス抜きとして、一時的に独立を認める。ただし「軍事費」という形で金を搾り取っていく気なんだ。


「直接的な支配ではなく、今までとは別の形で金を搾り取ろうとしているだけなんですよ。きっと……」


「…………」


「交国が、何の下心も無しに独立を認めるわけがない」


「そうかもしれませんね。実際、独立を認め始めたことは、交国経済にも良い影響を与えていますからねぇ……」


 ラプラスさんは笑みを浮かべ続けている。


 含みのある笑みを浮かべたまま、僕を見つめている。


「でも、交国は確かに変化しているでしょう? それが下心ありのものだとしても、交国が大きく変化しつつあるのは確かです」


「まあ……確かに、変化しているかもですけど……」


 交国は交国だ。


 そんな簡単に良い方向に変わるはずがない。


 だって、そもそも――。


「交国の支配者は、相変わらず玉帝のままでしょう?」


「そうですね。7年前の事件で玉帝の権限はそれなりに削られましたが、重要な権限はしっかり握り続けています」


「交国が変化しているとしても、指導者が同じなら……きっと、昔のままですよ。今は猫を被っているんじゃないんですか?」


 国内外から厳しい目を向けられているから、態度を緩和させただけ。


 多分、それも一時的なものだろう。


 あの玉帝が……そんな簡単に変わるはずがない。


 星屑隊の皆が死んだのは……僕が守れなかった所為でもあるけど……元々は、玉帝が手段を選ばずに部下を派遣してきた所為だ。


「交国は……いえ、玉帝は……あんな惨い兵器(もの)を使う奴です。あんなものを使う奴の本性が……そう簡単に変わるはずないですよ」


「その惨いモノというのは、スアルタウ様達がネウロンから脱出する前に襲ってきた『人形のような兵士達』のことですか?」


「なんでラプラスさんが知って…………ああ、雪の眼の人から聞いたのか」


 僕らはネウロンから逃げた後、一度、大龍脈に渡った。


 そこで<雪の眼>に保護してもらっている時、ネウロンであった事も語った。玉帝の部下達が恐ろしい方法を使ってきた事も、全て語った。


「奴らは、人間を人形のようにしていました。玉帝の部下がけしかけてきた兵士の殆どは……解放軍の人達だったはずです」


「アレは<蟲兵>という名で使われているようですね」


「蟲兵……」


 雪の眼が掴んだ情報によると、人間を人形のようにする薬が交国にはあるらしい。その薬によって作られるのが<蟲兵>という存在らしい。


 蟲兵達には自我がない。


 主に命じられるがままに動く。命令に従えば死ぬとしても、それでも愚直に命令をこなし続ける人形になってしまう。


「交国は……蟲兵を頻繁に作り出しているんですか?」


「そこまで乱用していないはずですよ。雪の眼でも何とか掴めた情報ですから。たま~に使うだけだから、尻尾を掴み難いんですよねぇ」


「雪の眼の掴んだ情報で、国際社会に蟲兵関係の罪を告発する事は――」


「それが出来るほどの証拠は集まっていません。現状は交国政府が簡単にしらばっくれられる程度のものしかありません」


 そもそも、ラプラスさん達は告発する気もないらしい。


 あくまで記録しているだけ。


 それで交国を強請る事もない。


「ただ、ここ最近は使われた様子は無いですね」


「そうですか……。まあ、使われない方がいいんですが……」


「使われた方が、交国を告発する証拠が掴めるかもですよ?」


「でも、それは犠牲者が出たってことです」


 交国の罪を暴くためとはいえ……犠牲者なんて生まれない方がいい。


 そう言って、ため息をつく。


 僕がどう思ったところで、交国はどうせまた使うんだろう。


 交国の本質は……昔からずっと変わっていないはずだ。


 玉帝が交国の実権を握っている限りは、ずっと変わらないはずだ。


「交国が本当に変化しているなら……最後の良心を振り絞って、蟲兵なんてものは二度と使わないでほしいです。それ以外にも……横暴な手は使わないで欲しい」


「お優しいですね。そして、とても欲張りです」


「そうですか……?」


 優しい云々はともかく、欲張り云々ってところはピンと来ない。


 交国に「悪い事をしてほしくない」と願うのは、欲張りな事なのか?


「貴方は貴方なりの勝利を目指しているものの、手段を選んでいる」


「…………」


「手段を選ばない交国……いえ、玉帝とは相容れなさそうですね」


「そりゃあそうでしょう。向こうだって僕のこと嫌いだと思いますよ。……いや、そもそも眼中に入っていないか……」


 ヴィオラ姉さんならともかく、僕の事なんて忘れているだろう。


 僕はそれぐらい無力な存在だ。……無力なままではいたくないけど。


「玉帝は手段を選ばない人だから……蟲兵も、また使う可能性ありますよね?」


「私が玉帝なら、バンバン使うかもですね~」


「えぇっ……」


 ラプラスさんの発言にドン引きしていると、さらに言葉を続けてきた。


「だって、全ての人間を蟲兵にしてしまえば、誰も不平不満を言わずにプレーローマ打倒に動いてくれるじゃないですか。実に効率的な兵器ですよ?」


「…………」


 ドン引きを通り越して、寒気がした。


 背中に――いや、脳に虫が這っているような感覚がした。


 けど、効率だけ考えれば理想的な兵器なのかもしれない。


 蟲兵が「従順な死兵」なら、それはもう交国オーク以上の存在だ。軍事利用されていると言っても、意志がなければもう……反発すらできない。


「交国の全国民が蟲兵と化したら、凄い事になると思いませんか?」


「悪夢のような光景ですね」


 ラプラスさんは笑みを浮かべ続けている。


 あくまで仮の話をしているとしても、おぞましい。見た目は可愛らしい金髪幼女なのに、中身はなかなかになかなかな御仁だ。


「僕……ラプラスさんとは気が合わないかもしれません」


「おや、今更気づきましたか?」


 ラプラスさんは口元を押さえ、「フフフ」と笑った。


 仕草だけ見たら可愛いんだけどなぁ……。


「交国の歴史から透けて見えてくる玉帝の性格なら、『全国民蟲兵化』ぐらいはしてもおかしくないです」


「そうかもしれませんね……」


「でも、実際はそうなっていない(・・・)


 ラプラスさんは「何故かわかりますか?」と聞いてきた。


 ぐいっと距離を詰めてきたので、ちょっと気圧される。


 気圧されつつも言葉を絞り出す。


「……蟲兵に、そこまでの力が無いからでは?」


「と、仰いますと?」


「ネウロンで戦った蟲兵(ひとたち)は……死を恐れない『怖さ』はありました。けど、戦力としてはそこまでの脅威じゃなかった」


 彼らの動きは、「普通の兵士」より悪かった。


 柔軟性に欠けていた。命令された事を愚直にこなしているように見えた。


 生きた人間が死を恐れず、真顔で突っ込んでくる様は怖かったけど……戦力としては大きな脅威じゃなかった。


「交国の全国民を蟲兵化したら、一致団結できるかもですが……大きく弱体化すると思います。蟲兵は命令に従順なだけで、弱い兵士でしたから……」


「ふむふむ」


「あと、そこまで大勢は操れないのでは? 交国の全国民って、億単位でいるでしょうし……。たくさんの世界に分かれて住んでいますし……」


「交国の支配地域に暮らす人間は、兆単位でいますね」


「じゃあ、なおさら難しいんでしょう」


 ネウロンで僕らが立てこもっていた地下基地すら、完全に攻め落とす事が出来なかったんだ。数で勝っていても、質も保障されているわけじゃないんだ。


 ただ、本人の意志関係なく指揮下におけるという点は、あの状況に合っていたんだろう。……解放軍の兵士なら「どれだけ使い潰してもいい」という判断を玉帝が行ったんだろう。


「玉帝がいくら優秀な人間でも、兆単位の蟲兵は指揮できないでしょう?」


「そうですね。人間なら(・・・・)無理かもしれませんねぇ……」


 なんて話をしていると、遊技場に近づいてくる魂が観えた。


 遊技場の出入り口に視線を向けると、総長の姿があった。


「アル。お前、まだ起きてたのか? 夜更かしするんじゃない」


「あっ……! もうこんな時間か……!」


 ラプラスさんとの話に夢中になり過ぎた。


 納得できない話もあったけど……色々、面白い話も聞けた。


 ラプラスさんに色々教えていただいた事を感謝した後、「あの件もお願いします」と言っておく。「虹の勇者」絡みの調査をお願いする。


 その後、ラプラスさんと総長を残して遊技場から出た。


 そろそろ寝よう。


「…………。2人は、何か話があるのかな……?」


 ラプラスさんと総長の魂は、なかなか遊戯室を離れなかった。


 それが少し気になったけど……注視し続けるのも失礼だな。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ