ネウロンの異物
■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
虹の勇者の物語は、子供達にも好評だった。
大歓声があがる――という事はなかったものの、それなりの好評。パチパチと拍手が飛んできたり、途中から聞いていた子が「最初から読んで~!」と言ってくれるぐらいには好評だった。
自分の大好きな物語がウケるのは嬉しいけど――。
「でも、そろそろ就寝時間だからな~」
「「「「え~~~~っ!」」」」
「今日はここまで。片付けをして、寝る準備をしよう」
子供達にそう促し、片付けを手伝っていく。
子供達がキャイキャイとはしゃいでいた遊技場も、就寝時間が近づくにつれ、一気に人気がなくなっていった。
元気にはしゃぐ子供達の就寝準備を手伝った後、遊技場に絵本を取りに戻る。シンと静まりかえった部屋の中に、1人分の魂が観えた。
まだ子供が隠れていたのかな? と思ったけど――。
「あ、ラプラスさん」
「どうも。勝手に読んでますよ~」
遊技場にいたのはラプラスさんだった。
僕が置いていた「虹の勇者」を開き、読んでいるようだ。
「どうですか、それ。ネウロンの物語なんですよ」
「…………? 虹の勇者はネウロンの物語ではないはずですよ?」
ラプラスさんは「きょとん」とした顔を浮かべている。
ラプラスさん曰く、「虹の勇者は、知っているネウロン人の方が珍しいはずです」と言った。
「そもそも、ネウロンの方は知らないものと思っていました」
「ええっと……どういう意味ですか?」
「私の知る限り、<虹の勇者>は交国領で生まれた物語です」
「こ、交国……?」
ラプラスさんの話によると、虹の勇者はネウロン生まれの物語ではない。
交国領で自費出版され、少数が出回ったものの人気を集め、それなりの高値で出回っている絵本らしい。
高値で取引されているのは自費出版本に限る話だけど――。
「私もオリジナルを見たことはないのですが、ネットにコピー品は上がっているのですよ。コピーを見た好事家達がオリジナルを欲しがり始め、販売当初の何千倍もの価値を持つようになったのです」
「へえ……。そのコピー品って、今でも見ることが出来るんですか?」
「ちょっとお待ちくださいな」
ラプラスさんが絵本を傍らに置き、携帯端末でネットの情報を漁ってくれた。
見せてもらったコピーは、僕が知るものとよく似ていた。「これですよこれ、僕がネウロンで読んだのはこれと同じでした」と言うと、ラプラスさんは不思議そうな顔で首をひねった。
「子供の頃、保護院で読んだのと同じです。もちろん、その時はこういう携帯端末なんてなかったので実際の絵本を読んでいたんですけど……」
「ふーむ……?」
「あ、でもこれ、最終巻がないんですね」
ネットに上がったコピーを見ていると、最終巻に当たる9巻目がなかった。
虹の勇者は全9巻の絵本なのに――。
「……スアルタウ様は、最終巻を読んだ事があるんですか?」
「それはもちろん。そこの絵本、ヴィオラ姉さんが僕の話を参考に最終巻も再現してくれてますよ」
「最終巻……9冊目の虹の勇者は存在は広く知られていますが、それが出版される前に作者さんが行方不明になったので、幻の最終巻になっているのですよ」
なんでも、最後の1冊が世に出ていないからこそ価値が高まったらしい。
好事家達はまだ見ぬ最終巻の内容に関し、議論を交わし、様々な結末を想像したらしい。けどそれは二次創作に過ぎず、オリジナルではない。
好事家達は真の最終巻がどこかにあるはずだと考え、追い求め続けている。その結果、最終巻の価値は大いに高まった。他の巻よりさらに高値がついたらしい。
「僕が読んでいたのは……ひょっとして、その幻の最終巻……?」
「もしくは、偽書ですね。二次創作の可能性もあります」
好事家達は既刊の内容から真偽を確かめているらしく、今のところ「本物」と認定された最終巻は見つかっていないらしい。
僕が読んだそれも偽物の可能性は高い。ただ、そもそも交国領で少数出回っていた絵本が、ネウロンにあるのがおかしいようだけど――。
「その話……本当なんですか? 虹の勇者って、本当にネウロンで作られた物語ではないんですか……?」
「ネウロンの方々には、『虹の勇者』なんてウケないでしょ。普通は」
「ムッ……。そうですか? 僕は面白いと思いましたが……!」
「ネウロンは平和な世界でした。真白の魔神が残した術式により、ネウロン人は強制的に平和を愛する人々に変えられていました」
平和は文化形成にも影響を及ぼした――とラプラスさんは言った。
「争いを嫌うネウロンの方々は、争いに関わるものも忌避していました。剣など最たるものです。刃物の需要はありますが、剣という殺しのための道具なんてろくに存在してなかったでしょう?」
「確かに……見た覚えないです。いや、でも……」
1つだけ見た事がある。
その答えは、直ぐ手元にあった。
「虹の勇者には『剣』が出てきます。勇者……フェルグスが使っていた愛剣<カレトヴルッフ>が出てきました」
「ええ、虹の勇者には出てきますよね。しかし、ネウロンでは虹の勇者のような物語は野蛮なものとして好まれていません」
「――――」
「真白の魔神の術式も緩んでいるらしく、近年は傾向が変わってきたようですが……それでも剣が出てくるような物語が作られづらい環境は続いていました」
言われてみれば、そうだったかもしれない。
ネウロンに虹の勇者のような物語があったのは、少しおかしい。
他に似たような創作物を見た覚えもない。
剣が出てくる時点で、ネウロンらしくない物語なのは確かなんだろう。
「そういえば……ラートも虹の勇者に違和感を抱いていました」
あれはレンズとの模擬戦を行う前の話だったか。
虹の勇者の物語を聞いたラートは、違和感を抱いたようだった。
具体的にどういう違和感か話す前に、僕がラートを不意打ちしたので有耶無耶になっていたけど……ラートの言う違和感とは「ネウロンの物語に『剣』が出てきた」ってことだったのかもしれない。
「ネウロンにも『剣』が出てくる物語がある可能性はあります。多くの人に忌避されていようと、忌避されているからこそ物語の要素に採用する方もいたでしょう」
「…………」
「あるいは……真白の魔神が去る前の物語には『剣』が当たり前に出ていたかもしれません」
「けど、確かにラプラスさんの言うような傾向はありました」
虹の勇者以外で、剣の存在を見た覚えがない。聞いた覚えもない。
けど……それでもちょっと、納得し難い。
自分が好きな物語が交国生まれのものなんて……。
嫌悪感があるわけじゃないけど、好きだったモノを取られたような……何とも言いがたい気持ちが芽生えた。
「あっ……! でも、ラートは虹の勇者を知りませんでした。交国人なのに」
「虹の勇者は好事家達が高く評価していますが、元々は自費出版で少数出回っただけのものですからね。交国の方でも、殆どの方が存在を知らないはずです」
「う、うーん……。なるほど……」
「その道のマニアならよく知っていたでしょうけど、ラート様は違うでしょう?」
ラートが知らなかったとしても、おかしくはないのか。
逆に……ネウロン人でも虹の勇者を知っている人なんて会わなかったな。
弟のアルはともかく、ロッカやグローニャに虹の勇者の話をしても「知らねえ」「知らな~い」と言っていた。
むしろ、虹の勇者を知っている僕とアルが異常なんだろうか?
いや、でも待てよ?
「やっぱり……おかしいですよ。時期がおかしい」




