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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
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ヴィオラの懸念



■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「…………」


「「「…………」」」


 医療部の診察室に向かう間、ヴィオラ姉さんはずっと黙っていた。


 むすっ……とした様子で沈黙を守りつつ、僕らより小さな身体でチョコチョコと歩き続けている。


 どうやって怒りを解いてもらおうか、と考えながら歩いていると、診察室の前まで辿り着いた。ヴィオラ姉さんは「少し廊下で待っていて」と言って診察室に入っていった。


 中からヴィオラ姉さんと女の子の会話が聞こえてきたので、3人で扉に張り付いて聞き耳を立てる。ヴィオラ姉さんの怒り具合をチェックするために聞き耳を立てていると……ヴィオラ姉さんと話していた子が直ぐに外に出てきた。


「はい。邪魔邪魔……退いてくださいな」


 僕らを押しのけ、廊下に出てきた黒髪の女の子は――ヴィオラ姉さんと同じく小柄な女の子は、僕らを呆れた様子で見つめてきた。


 そして、「アホなことしましたね~」と言ってきた。


 彼女はヴィオラ姉さんの助手兼護衛だ。


 背丈が小さいだけではなく童顔だけど、年齢は僕らと大差ない。


 そして、大人顔負けの働きをしている頼れる子だ。タマがヴィオラ姉さんの傍にいてくれるおかげで、僕らは安心して戦えている。


「タマ……。何とかヴィオラ姉さんをなだめてくれないか?」


 そう言うと、タマは童顔を少し歪め、「無茶言わないでくださいよぅ~……」と呟いた。最近は僕ら以上にヴィオラ姉さんと一緒にいるタマでも、今のヴィオラ姉さんは簡単にはなだめられないらしい。


 タマは診察室の方をチラチラと気にしつつ……ヴィオラ姉さんに聞こえないように声を潜めて話しかけてきた。


「貴方達がいない間、不安かつ不機嫌なヴィオラ様のお相手、誰が務めていたと思っているんですかぁ~……?」


「タマ」


「タマちゃんだろうねぇ」


お前(タマ)以外いねえだろ。ヴィオラ姉の助手兼護衛として傍にいるし」


「それわかってんなら、余計な仕事を増やすなぁ~っ……!!」


 タマが声を潜めつつ腕を振り上げて怒るので、3人で謝っておく。


 タマはヴィオラ姉さんとは別種の「むす~~~~っ」とした表情を見せつつ、「結構大変だったんですよぉ?」と不満をこぼした。


「バレットとレンズとアル君が何の相談もせず作戦に参加したから、ヴィオラ様はメチャクチャカリカリしてたんですからね? そんなヴィオラ様の傍にいたタマも、神経すり減っちゃいましたよ」


「ごめん……」


「タマちゃんゴメ~ン……。迷惑かけちゃったね」


「わりぃわりぃ」


 バレットだけ軽い謝罪だったので、タマは猫のように素早く動き、バレットのアゴを軽めに殴った。


 脳を揺さぶられたバレットがカクーッ! と膝を折って気絶したので、レンズと一緒に両脇を支えてやる。検査前に負傷しそうになってるぞ、コイツ。


「んまっ、いいですケドね~。タマはヴィオラ様の助手といっても、そんな頭よくないんで……ちょっとした手伝いしか出来ませんから。愚痴を聞くぐらいはバンバンやりますとも」


 タマはプンプンと怒りつつ腕組みし、「貴方達の弁護は業務外ですからね?」と釘を刺してきた。こっちの自業自得なので、ぐうの音も出ない。


 タマはヴィオラ姉さんの助手兼護衛であり、僕らの友達でもある。


 歳が近いってこともあり、直ぐに意気投合し、仲良くなれた。


 意気投合したのは……僕らと同じ「大国に振り回された被害者」っていう理由もあるかもしれないけど……タマと僕らは友達であり、エデンの大事な仲間だ。


 7年前。


 ブロセリアンド解放軍の蜂起に乗じ、<プレーローマ>が交国に侵攻してきた。


 交国領内の混乱に乗じ、プレーローマが交国を滅ぼそうとしてきた。


 あの時の大規模侵攻は交国だけではなく、他の人類文明にも大きな被害をもたらした。それだけ規模の大きな戦いだった。


 交国は何とかプレーローマの大規模侵攻を跳ね返したけど……無傷とはいかなかった。交国とプレーローマの戦いに巻き込まれた国家は交国以上に深手を負い……滅びてしまったところもある。


 その滅びた国家の中に<ベルベスト連合>という国家連合(くに)があった。


 ベルベストは交国の同盟国であり、プレーローマによる大規模侵攻発生当時、交国に援軍や物資を送るなどの支援を行っていた。


 プレーローマはブロセリアンド解放軍が起こした混乱に乗じて攻め込んできたけど、交国が解放軍をさっさと鎮圧してしまった事もあり……攻めあぐねていた。


 攻めあぐねたプレーローマは、交国侵攻の一手として<ベルベスト連合>の支配世界を強襲。そこを足がかりに交国の防衛線を突破しようとした。


 ベルベスト連合は交国に助けを求めたが、交国軍が辿り着いた時にはもう、連合の軍人さん達が大量に死んだ後だった。


 そして、そこからさらなる惨劇が始まった。


 遅れてやってきた交国軍は連合の民衆を放置し、プレーローマの排除を優先したらしい。交国軍とプレーローマの激戦により、連合本土は壊滅的打撃を受けた。


 最終的にプレーローマはベルベスト連合本土から撤退。


 撤退の際に連合本土(せかい)を破壊したことで、連合の人々は自分達の世界に住めなくなり……崩壊していく世界に飲み込まれて死んでいくところだった。


 交国軍は、連合の人々の救出より自分達の撤退を優先した。


 破壊された連合本土に取り残された人々は、世界内部に入ってきた荒れ狂う混沌の海に飲まれ死んでいったけど……何とか壊滅は避けた。


 総長達の活躍もあり、生き残った人々もいた。


 エデン本隊(ぼくたち)と別行動していたカトー総長や<犬除(けんじょ)>のラフマ隊長達が救助に動いたことで、救えた人達もいた。


 元々、連合本土には億単位の人がいて……その多くは戦闘や世界の崩壊に巻き込まれて死んでいった。生き残ったのは10万と少し程度。


 総長達が動かなければ……生き残りの数はもっと減っていたはずだ。


 タマはそんなベルベスト連合の数少ない生き残り。


 僕らと同じく、大国の都合に振り回された被害者だ。


「……てか、そろそろ突っ込んでくださいよ」


「「何に?」」


「や、ヴィオラ様がカリカリしてたってとこですよ」


 タマは困り顔を浮かべつつ、「ヴィオラ様が貴方達がいない事で苛ついたりすると思いますかぁ?」と言ってきた。


 確かにそうか。ヴィオラ姉さんが僕らを心配してくれていたのは事実だろうけど、僕らがいないことで苛立つのはちょっとイメージできないな。


「カリカリしてたってのは、タマのジョーダンですからね?」


「良かった……」


「とはいえ、不安そうだったのは確かです。貴方達が勝手に戦いに行ったことで、ヴィオラ様は心配すぎて全然眠れてない様子でした」


「クマとかは、出来てないみたいだけど……」


「そりゃメイクで隠してんですよぅ」


 タマは「マジで心配そうにしてたので、労ってあげてくださいね?」と言い、僕らをツンツンと突いてきた。


「タマは助手としてはともかく、護衛としてはスーパー有能なつもりですが……貴方達の代わりにはなれないんですからね……? ホント、頼みますよ」


「タマちゃん。ホントにごめ~ん……」


「や、謝るならヴィオラ様に謝ってくださいよ」


「ヴィオラ姉さんが心配するのも、わかるよ。……けど……」


 ヴィオラ姉さんに聞こえないよう声を潜めつつ、囁く。


 本人に言うつもりはないけど――。


「誰かが戦わなきゃいけないんだ。大王国のような犯罪者や、交国のような横暴な強国と……誰かが戦わなきゃいけないんだ」


「その誰かを自分達が務めてやろう、ってつもりですか? 勇者サマですねぇ」


「務めてやる、とは言わない。けど……僕らがやるべきだと思うから……」


「その言い訳でヴィオラ様を説得できると思うなら、ドーゾご自由に」


 タマはそう言って不機嫌そうに吐息を漏らして少し黙っていたけど、直ぐに口を開いた。「火に油を注ぐ結果になるでしょうけどね」と助言してくれた。


 そんな話をしていると、ムスッ……とした顔のヴィオラ姉さんが戻ってきた。


 僕らの会話は聞こえてなかったようだけど、まだ怒っているようだ。


「それじゃあ検査を始めます。3人共、診察室に入って」


「はい……。…………あれっ、ヴィオラ姉さん、他の先生達は?」


 いつもなら他の先生達もいるけど、今日はヴィオラ姉さんとタマしかいない。


 周囲に医療部の人達らしき魂は観えるけど……皆、この診察室(あたり)を避けて移動してるぞ……? 「いま近づいたらヤバい!」って感じの動きだ。


「レンズはともかく、僕とバレットは男の先生が担当してくれてたよね?」


「今日はヴィオラお姉ちゃんが全員診ます」


「「えーーーーッ!!」」


 ヴィオラ姉さんはムスッとしたまま、「これは検査をサボったら皆への正当な罰です」と言い放った。レンズはいつも通りだから罰じゃないじゃん!!


 やだよ! ヴィオラ姉さんに裸を見られるとか……!!


 慌てて逃げ道を探したけど、スッと動いたタマが診察室の出入口を塞いできた。


 タマは小柄だけど、生身の戦いなら僕らより強い。力業で突破するのは難しい。流体甲冑を使えば話は別だけど、それ使うのはさすがに気が引ける。


「検査ってことは、全身診られるんでしょ……!? ヴィオラ姉さんに診られるの嫌って、僕ら散々言ったじゃんっ!」


「そーだそーだ! ……いや、待てよ? オレはアルと違って全身生身だから、検査着とか着てていいよな? そこまでガッツリ検査しないよな?」


「ロッカ君も裸んぼ確定です」


「なんでだよ~~~~っ……!?」


「じゃないと罰にならないでしょ!! というかそもそも、私達は家族みたいなものなんだから、裸を見られるぐらいで恥ずかしがらなくていいのっ!」


 ヴィオラ姉さんはムスッとしたまま両手を「ワキワキ」と動かし、「検査ついでに皆の成長を見たいだけだから!」などと言った。


 そして、僕とバレットの服を「むんず」と掴んで脱がそうとしてきた!


「レンズ! レンズっ! 男の先生を連れてくるから、ヴィオラ姉さんを押さえておいてくれ! あとついでにタマも押さえておいてくれ!」


「仕方ないなぁ~……」


「あっ、コラッ! グローニャちゃん!! 憑依するのは卑怯っ……!」


 人造人間であるヴィオラ姉さんは、巫術の憑依で身体を操れてしまう。


 レンズがヴィオラ姉さんを巫術で押さえている間に、診察室からの一時撤退を図る。タマは拝み倒して何とか退いてもらい、男の先生を呼んできた。


 皆、ヴィオラ姉さんに気を遣って近づいてこなかったけど、僕とバレットが必死に懇願すると動いてくれた。


「検査はちゃんと受けるけど、別の先生に担当してもらうから……」


「なんで今更恥ずかしがるの!? アル君の全身義体は誰が作ったと思ってるの!? 私だよ!? お姉ちゃんだよ!?」


「そ、そうだけどさ……」


「私は! アル君のお尻の穴の形まで知ってるんですからね!? お尻のシワまで左右対称でキッチリ作ったんだから、今更恥ずかしがらなくていいじゃん!!」


「っ……! うぅっ……!!」


「ちょっとヴィオラ姉~! アルが恥ずかしさのあまり泣いちゃったじゃん!!」


「なんで泣くの!? 何が恥ずかしいの!?」


「年頃の男の子の繊細な心をグッサリ傷つけたんだよ~」


「二十歳手前って『年頃の男の子』なのか?」


 僕らがギャアギャア騒いでいると、看護師さん達もやってきて「静かにしなさい!!」と怒ってきた。


 ここはエデンの医療部。医療部でずっと治療を受けている患者さん達もいるので、騒ぐのはよろしくない。


 皆で謝った後、僕とバレットはヴィオラ姉さんからそそくさと距離を取った。今は逃げよう。恥ずかしい目に遭う前に!




■title:エデン本隊旗艦<ジウスドラ>にて

■from:狙撃手のレンズ


「まったく……! フェルグス君とロッカ君は、何が恥ずかしいのっ……!? お姉ちゃんが診ても別にいいでしょ……!?」


「いやいや、恥ずかしいと思うけどね~?」


 プリプリ怒ってるヴィオラ姉に苦笑しつつ、検査を受ける。


 今回の検査も問題なさそう。


 あたしの目は交国軍から逃げる時にダメになっちゃったけど、ヴィオラ姉がすっごい義眼作ってくれたから前より見えるようになったぐらい。


 アルの方も多分問題ないだろうけど――。


「そういえばヴィオラ姉」


「なに?」


「総長って、大丈夫なの?」


「……今回の作戦、調子悪そうにしていた?」


 ヴィオラ姉が手を止め、眉根を寄せながら聞いてきた。


 総長は今回も相変わらず元気そうだった。ただ、前より無理に「元気っぽく」振る舞っているように見えたかな~と言うと、ヴィオラ姉は小さくため息をついた。


 ヴィオラ姉は総長の主治医じゃないけど、総長の検査結果とか見ているから……総長の身体の状態はそれなりに把握しているんだろう。


「総長に身体のこと聞いても、『爺さん扱いするな』って笑うけど……実際はかなりヤバイよね? 神器を交国に取られたから……」


「まあ……ね」


 ヴィオラ姉は言いづらそうにしていたけど、「医療部の方でも、総長の状態は問題になっているの」と教えてくれた。


 直ぐにでも入院していてほしいけど、総長本人が「休んでいる暇なんてない」と言って聞かないらしい。


「神器を奪われるのって、そんな大変なことなんだ?」


「所持品を奪われるのとはワケが違うから」


 多くの神器使い(メサイア)は、神器によって「不老不死」の力も得る。


 神器の影響で老化せず、身体も魂もとっても元気な状態を維持できるけど……神器がなくなると、一気に老化が進む。


 交国に神器を奪われた総長は、その所為で急速に死に向かっている。


「神器を奪われるってことは、内臓が奪われるようなものなの。総長は……かなり持ちこたえている方だけど……」


「入院したら治る?」


「……完治は無理。ちゃんとした設備のある病院に長期の入院をして、肉体の義体化を行えば……身体の老化は何とかできるけど……」


「義体があればいいなら、アルみたいに変えればいいんじゃ……」


 そう言うと、ヴィオラ姉は首を横に振った。


 総長の身体じゃ、ここの設備だけじゃ間に合わないらしい。


「それに、肉体の老化を止めたところで……魂の崩壊は止まらない。身体(うつわ)を何とかしたところで、中身の魂がダメになったら……」


「そっか。前は……もっと元気そうだったけど……」


「前は薬で誤魔化していただけ。それも、出来なくなりつつあるの」


 ヴィオラ姉含め、医療部の人達は「ベッドに縛り付けてでも、総長(カトー)を戦場から遠ざけるべき」という考えを持っている。


 けど、総長自身がそれを拒んでいるし……総長の側近になっている人達も、総長の意志を尊重している。医療部の考えは退けられているみたい。


 総長のことは……正直、ちょっと苦手。


 アルは総長を慕ってるけど、あたしは総長の考えに賛同できないとこがある。


 でも、命の恩人だとは思っている。


 総長が助けにきてくれなきゃ……あたし達は交国軍に殺されていた。ヴィオラ姉も、交国に連れ戻されていたかもしれない。


 苦手な人だけど、恩人だし……何とかしてあげたいんだけどなー……。


「あ……フェルグス君にこの件を話すのはダメだからね? 総長、弟子のフェルグス君には自分の不調……特に知られたくないみたいだから……」


「アルは色々察してると思うよ」


 アルは――フェルグスちゃんは、変わった。


 昔よりずっと大人になった。


 危なっかしいところもあるけど、あたしよりずっと大人になったと思う。


 大人達が色々隠していても、アルは色々察してると思うよ。隠そうとしている事を察して、気遣って気づいていないフリをしてるだけで――。


「神器を取り戻せば……総長のこと、助けられる?」


「あそこまで老化が進んでしまうと確約は出来ない。けど……カトー総長を救えるとしたら、神器を取り戻すことが一番可能性があるかな」


 ヴィオラ姉はそう言った後、目を伏せた。


「でも、よりにもよって奪った相手が……交国だから……」


「交国は強いもんね~……」


 総長の神器は奪われた時点で壊れていたみたいだけど、腐っても神器だ。


 交国にとって重要な兵器の1つだろうから、簡単には取り返せない。


 前線の方に神器を運んできたところを掻っ攫うとか、出来ればいいんだけど……。そういう好機があったとしても、罠の可能性高いかもね~……。





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