全身義体
■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「アル。交代の時間だ。オレが見張りするから休んでくれ」
「わかった」
総長がちゃんと休んでいるか様子を見に行った後、エレインと雑談しつつ見張りしているとバレットがやってきた。
バレットと入れ替わりで休もうと思ったんだけど――。
「ああ、それと、客も連れてきたぞ」
「客? あっ……」
バレットが来た方向から、両目を包帯で覆った人がやってきた。
ラプラスさんの護衛を務めるエノクさんだ。周りが見えていないはずなのに、それを感じさせないしっかりとした足取りでやってきた。
お久しぶりです――と挨拶すると、エノクさんは黙って距離を詰めてきた。そして、僕の顔をじっと見つめてきた。
見つめてきたといっても、目は包帯で覆われているけど――。
「……どうかしましたか?」
「キミは誰だ?」
「えっ。あれ? ネウロンで自己紹介してませんでしたっけ……?」
僕のことを覚えてもらっていると思っていたけど、早とちりだったようだ。恥ずかしい。その恥ずかしさを誤魔化すため、慌てて自己紹介をする。
「僕はフェルグスです。ネウロン生まれで巫術師の……。重傷を負った僕の治療、エノクさんがやってくれた事もあったじゃないですか……」
「…………」
「ええっと……今は『スアルタウ』というコードネームで活動してて……」
「どちらの名前も覚えている。キミのことも覚えている」
「えぇっ……。僕が自己紹介した意味は……?」
僕が困惑していると、バレットが笑って「前に会った時と比べたら、随分と老けたからな」なんて言ってきた。
笑うバレットを肘で突きつつ、「老けたというか、『成長した』だろ」と指摘する。ほんの数年会わなかっただけだし……僕らはまだ二十歳手前だぞ。
「キミは本当にあの時の少年なのか? ふむ……別人になったわけではないか」
「ええ……まあ……」
「全身が別物になっているから、中身も変わっている可能性を考えたのだが……さすがにワタシの考え過ぎのようだな。失礼した」
「おぉ……。エノクさん、そういうのパッと見てわかるんですね?」
僕は単に成長しただけじゃない。
昔の僕とは、身体が9割近く変わっている。
一目で変化に気づいたらしいエノクさんは頷き、言葉を続けた。
「両手両脚どころか、全身義体になったのだな」
「脳はそのままですけどね。ヴィオラ姉さんに作ってもらったんです」
僕はネウロンで両手両脚を切り落とし、義手義足生活を送っていた。
義手義足が粗悪品だったため、ヴィオラ姉さんが新しい義手と義足を作ってくれたんだけど……追加で他も作り直してもらった。
交国から逃げる時の戦いで、身体のあちこちが壊れたから……手足以外も新しいものに変える必要があったんだ。幸い、エデンの活動中、義体を作る機会に恵まれたんだ。その機会にもう変えられるだけ変えてもらった。
戦う力を、手に入れるために――。
「さすがにヴィオラ姉さんは全身義体化には難色を示したんですが……結局は折れて、手足以外も良い物に変えてくれたんです」
人工の髪の毛を触りつつ、そう告げる。
この髪の毛も偽物。植毛も作り物だ。
脳と一部臓器以外は人工物だけど、かなり精巧な偽物だからパッと見て気づかない人が多いんだけどな~。エノクさんには一発で気づかれてしまった。
「キミ達と一緒にいた少女も、両目が義眼になっていたな」
「あぁ……。レンズの目も、ヴィオラ姉さんが作ってくれたんです」
レンズの方は、玉帝の部下達と戦闘した時に大怪我を負って……目が治らなかったから、義眼を作ってもらった。
レンズの目も精巧な義眼だから、本物の目より高性能になった。本物の目と違って、定期的なメンテナンスは必要だけど……日常生活も戦闘も問題なくなった。
ヴィオラ姉さんはレンズを大怪我させてしまった事も落ち込んでいたけど、レンズは新しい目を喜んでいた。「これでいっぱい戦える」と言っちゃって……ヴィオラ姉さんがより一層、落ち込んじゃったけど――。
「全身義体を一発で見抜かれたのは、エノクさんが初めてです。というか……義体ってこと自体、気づかない人も多いんですけどね」
「確かに精巧な義体だ。それほど生身と変わらないものは中々お目にかかったことがない。普通は精密検査しなければ見抜けないものだろう」
エノクさんは僕の義体と、レンズの義眼の作者であるヴィオラ姉さんを褒めてくれた。姉さんのこと褒められると、ちょっと嬉しくなるな。
「実はこの義体、ニキビまで出来るんですよ」
「ほう? 警告機能としてわざわざつけたのか?」
「ですです。ヴィオラ姉さんにつけられたんですよ~」
僕が不摂生したら、ニキビが出来るようにわざわざつけてくれたらしい。
おかげで油断できないよ……。まあ、出来る時は出来ちゃうから、よほど酷くならない限りはヴィオラ姉さんも怒らないけどね。
「見た目だけそれらしく整える義体や整形技術は沢山見てきたが、そこまでのものは人類文明ではなかなか見かけないな」
「コイツ、義体にしてもらったついでに、身長を伸ばしてもらったんですよ。ズルいでしょ」
ニヤニヤ笑うバレットが余計なことを言うので、また肘で突く。
余計なことというか……語弊がある! 確かに身長は伸ばしてもらったけど……それにはちゃんとワケがあるんだって!
「身長を伸ばしてもらったのは、単なる前借り! 身長伸ばすためだけに義体を交換するのは無駄だから、最初から背を伸ばした状態にしてもらったの……!」
「はいはい。そういうことにしておいてやるよ」
おのれバレット!
そう思いながら肘鉄を放ったものの、バレットはスルリと避けやがった!
くそぅ……これは成長予測に基づく正当な身長なのに……。
歯がみしていると、エノクさんがジッと見つめてきているのに気づいた。お客さんの前なのに、いつものノリでバレットとジャレてしまった。恥ずかしい。
「コホン……。僕のことはさておき……エノクさん、ネウロンではお世話になりました。貴方のおかげで、僕は何とか生き残れました」
改めて、治療のお礼を言う。
エノクさんに助けてもらった時、僕は意識がなかった。だから治療されたことは覚えていないが、確かにエノクさんに助けてもらったと聞いている。
だからお礼を言ったけど、エノクさんは謙遜しているのか「ワタシは大したことはしていない」「キミが『普通』と違っただけだ」と言った。
「……キミは多くの人の力で生かされ、いま、ここにいる」
その命をどう使う?
エノクさんはそう問いかけてきた。
その答えは決まっている。
けど、キチンと答えるために一度深呼吸をした。
エデンの今後の作戦行動に関わる話もあるので、全ては話せないけど……話せる範囲で話すべきだろう。
「僕は……失くしたものを取り戻します。そして、弱者を守ります」
「…………」
「僕は弱い人間でした。いや、今でも弱い人間です。弱いから守ってもらって……いま、ここで生きています」
僕の命は、弟や星屑隊の皆が守ってくれた命だ。
誰かのおかげで生き残った以上、誰かのために使うのは当然のことだ。
行方不明のラート達を探し出し……弱者も守る。
それが僕の命の使い道だ。
僕の返答を聞いたエノクさんは、自分の唇の下を指で触りつつ、「奪還と救済か」と呟き――。
「それは、キミの弟の願いか?」
「いえ……僕自身の願いですよ。少なくとも、半分ぐらいは」
弟だって、星屑隊の皆のことは心配するだろう。
弟が生きて……僕の立場に立っていたら、僕と同じ事をすると思う。
僕が弱者を救うための戦いに身を投じることに関しては……どうかな。危ない事はやめてほしい、と言うかもしれないけど……。
アルが僕の立場にいたら……多分、同じことすると思うんだよな。
僕の宣言を聞いたエノクさんは、「そうか」と短く言葉を残した。
バレットが何か言いたげに僕を見つめていたので、「どうかした?」と聞くと……バレットはため息をついて「何でもねえよ」と言った。
「てか、交代時間だから休んで来いよ。エノクさんはしばらくオレらに同行するみたいだし、積もる話はまた明日でいいんじゃねえの?」
「もう少し話をしてから寝るよ」
聞きたいことがあるんだ。
そう思いつつ、エノクさんに問いかけた。
エノクさんもラプラスさんと同じく、7年前から全然変わりませんね――と聞く。2人が僕らより年上だとしても、ここまでまったく変わらないのは不思議だ。
エルフの整備長も7年前と変わらないけど……エノクさん達も実は長寿族なんだろうか? 少なくともエルフではないっぽいけど――。
その辺が気になったので遠慮気味に聞くと、エノクさんは「機密情報なので明かせない」と言った。ますます気になるな……。
まあ、個人的な話だし、無理に聞き出すのは失礼か――と考えつつ、それ以上問い詰めるのはやめておいた。
代わりに少し雑談していると、アラシア隊長が通りがかった。
「隊長!」
「おう」
隊長が少し疲れた顔を浮かべていたので、気になって駆け寄る。
隊長は僕らが近づくと、表情を取り繕った。疲れた様子を見せないよう、表情を取り繕ったようだった。……多分、僕らに心配かけたくないんだろう。
「ひょっとして、大王国の人達の聴取を続けていたんですか?」
「一応な」
大斑で捕まえたガンギカナ大王国の人達は、今も僕らに同行している。
同行というか……捕まえて無理矢理連れていっているところだけど。
彼らは「俺達を解放しろ~!」と言っていたけど、エデンが交国軍と戦闘していた事を知ると、「俺達を解放するな~!」と言いだした。
悪事を働いていた彼らは、エデンより交国軍に捕まる方がマズいと理解しているらしい。最初から悪い事しなければいいのに……と思わずにはいられない。
彼らと同じオークのアラシア隊長が、主に聴取を担当しているんだけど……大王国兵士達の聴取は難航しているらしい。
「交国軍に突き出されるのが怖いのか、今はペラペラと喋っている。喋っているんだが……奴ら、ウソばっかりつきやがる」
「自己保身のためでしょうか……?」
「そうだ。まあ、被害者の証言と照らし合わせてウソを指摘して……キチンと反省するように促しているんだがな。なかなかな……」
大王国構成員のオーク達も、一種の被害者だ。
交国の被害者だ。
けど、それは全ての免罪符になるものじゃない。
大王国構成員が悪事を働いた相手は、交国人じゃない。復讐ですらない悪事だ。情状酌量の余地は……あんまりない。
大斑ではひとまず大王の首で手打ちにしてもらえるよう交渉したけど、あの一件で全ての大王国構成員が許されたわけではない。
彼らの犯した罪は、変わらず残っている。彼らが自己保身のためにウソを並べたところで……被害者の証言がウソを打ち砕いていく。
「エデンは大王国の被害者保護を優先するから……大王国構成員の殆どは、エデンでは受け入れられない」
「となると、予定通りの『職場』を紹介することになりそうですね」
「ああ、総長のツテを使ってな」
生き残った大王国構成員には仕事を紹介する。
エデンが密かに協力関係を結んでいる組織の管理下にある「採掘現場」や「混沌の海でのサルベージ業」といった仕事を紹介する。
どれもキツい肉体労働だけど、数年はそこで働いてもらいつつ……大王国被害者の人達への賠償金を用意してもらう。
もちろん、これは大王国の被害者側にも納得してもらわなきゃいけない話だけど……その辺りの交渉はエデンが仲介に入ることになっている。
大王国の人達は悪事を働いたけど、彼らの首を切って終わりというのは……出来れば避けたい。贖罪の機会を与えたい、というのがエデンの方針だ。
エデン内でも「大王国の兵士は処刑するべきだ」という意見が大きかったけど、アラシア隊長が「贖罪の機会をくれ」と頭を下げ、説得して回った結果……今回はそういう方針になったらしい。
「まあ、被害者の理解が得られなかった場合、交国に突き出すしかないが……」
「でも、交国に引き渡したら――」
「処刑される可能性が高いな」
彼らは脱走兵だ。
そして、交国の兵器を使って悪事も働いていた人達だ。
交国に引き渡せば、凄惨な最期を迎えてしまうだろう。
「後進世界を荒らすことなんて、交国もやっていることだから……大王国の奴らは『オレらも同じことやっただけ』と主張するだろうな」
「それは通りませんよね。さすがに」
「もちろん。処刑が嫌なら、もっと反省してほしいんだがな……」
アラシア隊長はため息をついた。
隊長は大王国の人達に対し、同情心を持っている。だから彼らに更生の機会を与えてやってほしい、と主張している。
それなのに当の本人達がウソを重ね、反省の態度を見せないでいると……被害者の人達は納得し難いだろう。交国軍に突き出せ、と言われてもおかしくない。
「ま……何とか態度を改めさせてみせるよ」
「とりあえず、アラシア隊長も休んでください」
説得は僕も手伝いますから――と言ったけど、隊長は「いや、これはオレの仕事だ」と言って聞かなかった。
「大王国構成員に更生の機会を与えるのは、オレが頼んだことだ。言い出しっぺである以上、何とかしてみせるよ」
「無理しないでくださいね」
「そうそう。オレらも頼ってくれよ」
「おう。ありがとな」
隊長は僕とバレットの頭を乱暴に撫でた後、去って行った。
■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「な、なあ……。チェーンさんよぅ……ちょっと相談があるんだが……」
「更生の相談なら乗るが、脱走の相談には乗れねえからな?」
「チッ……! 正義の味方ヅラしやがって……!」
「何とでも言ってくれ」
確かに、オレは大王国と同じ悪党だよ。
ブロセリアンド解放軍時代にやった罪は消えない。
いずれ、ケジメをつけなきゃいけない悪人だ。
だが、その前に色々とやることがある。
お前らを死なせないために、お前ら自身の意志で反省の意志を持って……罪と向かってくれと促すのも、今のオレがやるべき仕事だ。
「さあて……話の続きをしようか」




