祝福無き生
■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「ヴァイオレットはネウロン脱出後も、黒水守と連絡を取ろうとしていたようだが……それはオレが止めた」
「えっ……。それは何で……」
「奴は交国の人間だぞ。それに、奴と関わると……ろくなことがないからな」
連絡を取ろうとしていた件は知っている。
一度、協力を約束してくれた黒水守なら……僕らが脱出した後のネウロンで「人捜し」の協力をしてくれるかもという期待があった。
だから、ヴィオラ姉さんは黒水守を頼ろうとしていた。相手は交国の中枢にいる人なので、交国軍から脱走した身ではなかなか連絡取れず、ヴィオラ姉さんも困っていたけど――。
「黒水守は悪人だ。交国の悪事に荷担しているだけじゃなくて、その前からずっと悪事を働き続けている犯罪者だ。あんなのに頼るべきじゃない」
「…………」
「奴がお前達を逃がそうとしていた動かぬ証拠があれば、交国にチクってやりたいぐらいだ。いや、奴のことだ、交国政府すら丸め込んでしまうだろうな」
総長は忌々しげに顔を歪め、「巫術師を使って、さらに玉帝に取り入ったようだしな……」と呟いた。
「でも…………黒水守は本当に悪人なんでしょうか?」
総長が黒水守を憎む理由は、わかる。
あの人は総長にとって、親の仇だ。故郷を滅ぼした相手だ。
黒水守本人も、その事は認めていたけど――。
「悪人に決まってるだろ。奴は長年世話になってきた恩人を殺害し、その遺体と神器を使って玉帝に取り入ったクソ野郎なんだぞ?」
「…………」
「それどころか、奴は巫術師の事も軍事利用している。奴が支配する<黒水>には多数の難民や流民が移り住んでいるが……奴はそいつらを『商品』として売り飛ばしている可能性もある」
「交国って……人身売買は禁止されていますよね?」
「ああ、だが、明らかに交国本土を経由して売られた奴隷もいるんだ。黒水守が裏で人身売買を取り仕切っている可能性は高い」
総長はそうまくし立て、さらに言葉を続けた。
「ひょっとしたら、交国のネウロン侵攻を焚きつけたのは奴かもしれん。奴が巫術師の存在を掴んで、新しい商材にしようとしたのかもな。結局、売りつけたのは交国政府に対してだが――」
「黒水守が<ロレンス>の首領を殺害し、交国に取り入った件は知っています。ただ……巫術師やネウロン関係の事は、推測……ですよね?」
北辰隊のような巫術師部隊が新設され始めたのは本当だろう。
ただ、それが交国によるネウロン侵攻と強く結びついているとしたら、おかしい。交国がネウロンに来たのが「巫術師狙い」だったとしたら、魔物事件以降の巫術師の扱いが雑すぎる。
解放軍経由でヤドリギを手に入れた事で、巫術師の評価を改めていったとしたら……巫術師はネウロン侵略開始の動機ではなかったはずだ。
玉帝はヴィオラ姉さんを是が非でも手に入れようとしていた様子があったし、「黒水守とネウロン」を結びつけるのは……さすがに無理筋なんじゃないかな。
そう、思ったんだけど――。
「いや、黒水守はネウロンを注視していた。確かな筋の情報だ」
「…………」
「どうも、奴は交国がネウロン侵攻を行う前からネウロンを注視していたらしい。自分の息がかかった工作員をネウロンに派遣していた可能性が高い」
「……巫術師を手に入れるために?」
「そうだ。実際、お前達は奴の屋敷に巫術師がいるのを確認したんだろ?」
「それは……そうなんですが……」
「アル。オレの言葉を疑うのか?」
総長の視線に、少し気圧される。
総長が嘘をつくとは思えない。
ただ、ちょっと……考え過ぎなのでは? と思っただけで……。
「黒水守は世界を滅ぼした事もある神器使いだ。……オレの親の仇だ」
「…………」
「つまり、お前にとっての『交国』みたいなものだよ。交国の所為でお前の家族は全員殺された。その交国がお前も憎いだろう?」
「僕は――」
その事について自分の考えを言おうとした。
ただ、僕が話すより早く、総長はまくし立ててきた。
「奴は、『ゲットーの虐殺』にも関与している」
「…………」
ゲットー。
交国に下った総長が、「特佐」として働いていた時代。
特佐として働く代わりに、総長の仲間だった人達が――かつてのエデン構成員が受け入れられた場所が<ゲットー>という名前だった。
けど、そこで大きな事件が――虐殺が起こった。
表向きは別の事件として処理され、その罪は「カトー特佐」に着せられた。交国政府は……総長を冤罪で裁こうとした。
総長はあの件に「黒水守も関与していた」と言っている。そう言う総長の瞳には、黒い炎が宿っているように見えた。
「とにかく、黒水守は敵だ。それも相当厄介な敵だ。奴は玉帝に取り入ることで、さらに大きな権力を手に入れつつある」
「…………」
「あの男には絶対に関わるな。ラートが協力を取り付けた相手といっても、黒水守は危険だ。あの男は……他者を利用する事しか考えていない。オレに無断で奴と接触するとか、そういう事はやめてくれ」
わかったな? と言う総長に対し、迷いつつも頷く。
総長の反応に対して思うところはあったけど……何と言えばいいか迷った。
僕が頷くと、総長はやっと表情を柔らかくしてくれた。
「お前まで黒水守と交渉する、と言いだしたらどうなる事かと思ったが……」
「僕まで? ひょっとして、ヴィオラ姉さんが――」
「ああ。アイツは、まだ黒水守との交渉を諦めていないようでな」
総長はため息をつき、「アイツの事も止めたんだが、頑固だからな」と言い、渋い顔を浮かべながら言葉を続けた。
「千歩譲って黒水守が信用できたとしても、交国を脱出した今では用済みだ。アイツなんかいなくても問題ない。そうだろう?」
「脱出に関してはそうなんですが、人捜しは――」
「アル。お前らにはオレがいるだろ? オレを頼れ」
総長は僕の両肩を触り、軽く揺さぶってきた。
総長のこと、頼りにしてますよ――と言っても、手は離してくれなかった。
「総長がいなければ、僕らは交国軍に捕まって殺されるところでした。総長は……僕らの英雄です。僕らだけじゃなくて、多くの流民や難民も救っている」
「だが、今回は失敗した」
総長は少し、落ち込んでいるようだ。
エデンは大斑にいたガンギカナ大王国を倒し、大斑に住んでいる人達と交渉し、エデンが保護している人達をこっそり受け入れてもらうつもりだった。
けど、その計画は交国軍が来た事でパァになった。
「大斑への入植計画は白紙に戻す。戻さざるを得ない」
「計画を白紙に戻すことはともかく……エデンの人的被害はゼロで良かったです」
エデンが後進世界への入植計画を行ったのは、これが初めてじゃないらしい。
エデンは過去に何度も後進世界への入植計画を行った。入植計画が失敗し、非戦闘員に多数の犠牲者が出た事もあったらしい。
総長が人的被害を恐れていたのは、よく知っている。
大斑への入植計画はかなり念入りに練られていた。総長は大斑に向かう船旅の中、毎日のように計画をチェックし、新しい情報も常に仕入れようとしていた。
交国軍が来るという予想外の出来事に見舞われたけど……それは総長の所為じゃない。相手は先進国の正規軍だ。大王国を逃がさないために隠密行動していてもおかしくない。怪我人は出たものの、死傷者が出なかっただけ幸運だった。
「ほとぼりが冷めた後、またこっそり入植を試みるのは駄目なんですか?」
「難しいだろうな。一応、様子は見ておくつもりだが……」
総長の読みだと、交国軍が本腰を入れてあの世界を取りに来るとは思えないらしい。実際、交国を含めた人類連盟の常任理事国は大斑を放置していた。
それは自分達の支配地域からあまりに離れているため、わざわざ支配する旨味がないのが原因らしい。
それでも交国が大斑に来たのは、大王国に交国の脱走兵がいたから「交国のメンツ」とかのために来たって理由なんだろうけど……それはともかく――。
「今回も、交国は本腰を入れて大斑を取りに来たりはしないだろう。だが、現地勢力に武器提供して同盟関係を結ぶ可能性は十分ある」
大斑のような後進世界にとって、先進国の兵器は劇薬だ。
大王国のような小規模な犯罪者集団でも、機兵と方舟によって大斑の人々を蹂躙出来ていたんだ。交国が大斑のどこかの国家に機兵を提供したら、その国は大斑の覇権を握ってしまうだろう。
交国のような侵略国家がよく使う手らしい。
自分達で支配するほどの旨味がない時は、現地勢力に先進国の兵器を渡す。それによって特定勢力にその世界の覇権を握らせ、そことの同盟関係を結んで間接的に統治していく。
統治している現地国家が調子に乗って交国の意向を無視するなら、正規軍を送って潰す。交国の支援で成り立っていた覇権など、交国が本腰を入れて潰しにきたら砂上の楼閣になってしまう。
総長は大斑でもそういう事が行われる、と睨んでいるらしい。
「そんな事が起これば、大斑で大きな戦争が起きますよね……? 大王国が行っていた略奪以上の被害が起きるはずです」
「だろうな。だが、今のオレ達に大斑で交国とやり合う余力はない。戦闘自体は可能だが、大斑から交国軍を追い出したり、防衛戦を行ったところで意味がない」
「…………」
「そんな顔するな。実は――」
交国を何とかしないといけない。
そう思っていた時、総長が何か言おうとしたけど――。
「…………」
総長は開いた口を閉じ、僕の背後を見つめていた。
視線の先には、ガンギカナ大王国から保護した一般人女性の姿があった。
女性は赤ん坊を抱っこし、思い詰めた表情で歩いている。けど、直ぐに廊下の曲がり角の先へと消えていった。
向こうには厨房があったはず――。
「……お前はここで待ってろ。来るな」
総長は何かに気づいたのか、そう言って席を立った。
待てと言われたものの、僕も総長の後を追った。……嫌な予感がする。
女性と総長を追って、艦内の厨房に入ると――。
「待った! やめろ!!」
総長が女性に飛びつき、包丁を取り上げるところだった。
女性は泣きわめきながら包丁を振り下ろそうとしていたが、総長は女性の手から包丁をはたき落とした。そして厨房の床に落ちたそれを蹴り飛ばした。
「アル! 赤ん坊を抱っこして廊下に出とけ!!」
「は、はいっ……!」
厨房の机の上に置かれていた赤ん坊を抱っこし、言われた通りに廊下に出る。
灰色の肌の赤ん坊――オークの赤ん坊だ。
ほぎゃほぎゃと泣いているので、あやす。何とか泣き止んでもらおうと思ったけど、上手くいかなかった。
「…………」
厨房の中から、総長と女性が言い争うような声が聞こえてくる。
女性の方は殆ど涙声だった。邪魔しないで。赤ん坊がいるから――などと言いながら泣き叫んでいるようだった。
「…………」
僕は赤ん坊を抱っこしたまま、廊下を歩き、助けを呼びに行く事にした。
この子はガンギカナ大王国の誰かの子供なんだろう。
そして、あの女性は大王国の被害者女性だ。
……聞こえてきた会話が断片的でも、あの女性が何で赤ん坊に対して包丁を振り下ろそうとしたかは、察しがついてしまった。
「エデンの人的被害ゼロでも……誰も傷つかなかったわけじゃないんだよな……」
■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「こっちで引き取るわ」
「すみません。お願いします……」
エデンの仲間に助けを求めたところ、大王国被害者の女性と対峙していた総長のところにエデンの仲間がかけつけてくれた。
そして、僕が抱っこしていた赤ん坊も育児慣れした人に引き取ってもらった。僕も何とかあやそうとしたものの、上手くいかなかった。
赤ん坊も女性もずっと泣いていた。
女性を止めていた総長は爪で引っかかれたらしく、その傷跡を撫でながら2人を見送った後、「全ての子供が祝福されて生まれてくるわけじゃない」と呟いた。
「アル。諸悪の根源は交国だ。玉帝だ」
「…………」
「玉帝がオーク達を奴隷扱いせず、真っ当に扱っていればガンギカナ大王国なんて歪んだ国家……いや、悪党共は生まれずに済んだ」
大王国が生まれなければ、先程の女性のような被害者は生まれなかった。
あの赤ん坊も、包丁を振り下ろされかけるなんて事件に遭わずに済んだ。
「交国の所為で生まれた犯罪者共は、大王国以外にもたくさんいる。そもそも……交国そのものが悪党の集まりなんだ」
「…………」
「ネウロンで大勢の人間が死んだのも、交国の所為だ」
「……はい」
「誰かが玉帝という暴君を殺し、交国を滅ぼさない限り……不幸の連鎖が続く。玉帝以外にも沢山の悪党を殺さない限り、この多次元世界は変わらない」
総長は僕の肩に手を置きつつ、真っ直ぐ見つめてきた。
ゆっくりと言葉を続けてきた。
「オレは悪党共を殺し、世界を変えてみせる。アル、オレ達は同じ方向を見つめている。多くの弱者を救い、世界を変えるために……オレを信じてついてきてくれ」
「……はいっ」
総長の言葉に頷きつつ、手中に残る微かな温かさを思い出す。
先程まで抱っこしていた赤ん坊の温かさ。その感触。
あの弱く温かい命が祝福されず生まれてきた世界は、おかしい。
この多次元世界は、変わらなきゃいけない。世界を変えようとしている総長に付き従って、これからも戦っていかなきゃいけない。
数多の悲劇を目にしてきた総長は、僕よりずっと悔しい思いを抱えているだろう。弱者救済のために動く先達である総長についていけば……きっと、この世界を変えていけるはずだ。
「玉帝を殺すかどうかは、ともかく……」
「…………」
「玉帝や交国は、何とかしないといけませんよね……」
「ああ。だから、次の作戦は交国領で行うつもりだ」
「…………! ついに、動くんですか!?」
「7年間、待たせて済まなかった」
総長は微笑みながら拳を握り、「今回の作戦は失敗に終わったとはいえ、エデン全体の戦力は整ってきた」と呟いた。
「オレ達は……無為に生きてきたわけじゃない。お前と再会してエデンを復活させ……反交国のために動く他勢力との結びつきも出来てきた」
「…………」
「皆のために……正義のために戦うんだ。アル、手伝ってくれ。頼む」
総長は真っ直ぐ僕を見つめつつ、手を差し出してきた。
少し……ほんの少し迷いはあったものの、僕はその手を取って頷いた。
交国の所為で、たくさんの人が不幸になった。
これ以上の不幸を生まないためにも、誰かが戦わなきゃいけない。
その「誰か」に、僕はなりたい。……それが僕の命の使い道だと思うから。




