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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
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巫術師の軍事利用



■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「前々から、交国が巫術師(ドルイド)の価値を見直したんじゃないか……って噂はあったんだ。特別行動兵ではなく、正規軍人として雇用しているみたいだ」


「それが北辰隊ですか」


「どうも、そうらしい」


 僕らが実際に巫術師相手に戦った事を考えると、単なる噂ではなかったらしい。


 巫術憑依に対抗された事や、あの動きの正体は「巫術師が操作していた」と見るべきだろう。神経接続式にしては流体装甲の動きも柔軟だった。


「交国もお前達の実力を評価し始めたんだろう」


「今更ですか……」


「ネウロンで『ヤドリギ』が見つかった影響もあるんだろうな」


「…………」


 交国軍はブロセリアンド解放軍が使っていたヤドリギを手に入れた。ヤドリギを使えば巫術師の弱点を軽減しつつ、巫術師を強化出来る事に気づいた。


 玉帝が派遣してきた部隊も実際にヤドリギを使っていた。あの部隊はあくまで「解放軍の捕虜」を使っていただけだけど――。


「星屑隊がお前達を機兵に憑依させていたように、交国では巫術師とヤドリギを使った部隊が新設されている噂があった。北辰隊もその1つだ」


「…………。玉帝の指揮下にある部隊ですか?」


「少し違う。だが、似たようなものだ」


 総長曰く、北辰隊は「炎寂(えんじゃく)」という特佐の麾下機兵部隊らしい。


 特佐は交国軍の正規の指揮系統の外にいる。特佐長官の部下であり、特佐長官の上にいるのは玉帝。特佐達は玉帝のエージェントみたいなものだ。


「炎寂特佐の麾下部隊として動いている北辰隊は、既に結構な成果を上げているらしい。新設の機兵部隊にしては随分と活躍していて噂になっているから、妙だな……と思っていたんだが……」


「あの部隊は普通の機兵部隊とは別物でした」


 少しでも気を抜けば瞬時にやられていたかもしれない。


 僕らは巫術憑依に対抗できるけど、巫術師以外が対抗するのは難しいだろう。


 10機以上の機兵がいたし……巫術の脅威を理解していない相手なら、一方的に倒せる実力を持っているかもしれない。


 憑依無しでも、あの連携と機兵捌きなら並みの機兵部隊は蹴散らせるだろう。……機兵無しでドローンを使うだけでも敵部隊に大打撃を与えられるかも。


 噂として流れてきているだけの話でも、北辰隊は成果を上げている。表沙汰になっていない作戦もあるから、実際はもっと成果を上げていてもおかしくない。


 総長はそう言いつつ、言葉を続けた。


「けど、情報より数が少なかった。北辰隊の全員が揃っていたわけじゃないようだ。というか……他も揃ってなかったんだろうな」


「他?」


「北辰隊はお前達が参戦してきた後に出てきた。それは多分、交国軍内部の方でも揉めていたってことだろう」


 総長は僕らが出会った交国軍の部隊は「交国軍の第32艦隊に所属する部隊」と「北辰隊」だったと睨んでいるらしい。


 現場を仕切っていたのは第32艦隊側だけど、北辰隊はその指揮下に入っていなかった。単に一緒にいただけ。


 北辰隊が指揮通りに動かないことを嫌った第32艦隊側が、北辰隊の発進を遅らせたんじゃないか――と総長は言った。


「何で味方にイジワルしてるんですか?」


「交国軍も色々あるのさ。軍内部に様々な派閥がある。あの場に特佐がいたとしたら、第32艦隊側もそこまで舐めたことは出来ねえはずだ」


 特佐は玉帝のエージェント。


 そんな相手に妨害(イタズラ)をしたら玉帝の妨害をしたことになる。


 オークの真実が明かされて以降、玉帝の権力(ちから)も多少は弱体化したはずだけど……それでも交国の最高権力者は玉帝のままだ。


 特佐がいたらあんな事は起きていない。……ということは、特佐が「いなかったから」あんなにゴタついていたんじゃないか、と総長は言った。


「あくまで推測だがな。北辰隊がやる気なくてサボっていたならともかく……」


「ある意味……救われたかもですね。あんな部隊が最初から出てきて、第32艦隊の機兵部隊と連携していたら……」


 僕らはここにいなかったかもしれない。


 あの場で殺されていたか、捕まっていただろう。


 北辰隊の上役である特佐がいなくて助かった。


 けど……特佐が率いるほどの部隊に、巫術師が配属されているのか。僕が特別行動兵をやっていた時より、巫術師の待遇が良くなっているようだ。


 そう思って聞いたけど、総長は「大して変わらないだろう」と首を横に振った。「むしろ、もっと悪くなっている可能性がある」と言った。


「北辰隊の巫術師は、大方……脅されながら戦っているんだろう」


「それは……解放軍の巫術師が、玉帝達に脅されていたように?」


「そうだ。交国の奴らは平気でそういうことをやる」


「…………」


 本当にそうなんだろうか?


 北辰隊は本当に強かった。あの強さは本物だった。


 本当に脅されて戦っていたのかな……?


 単に交国がネウロンで行った蛮行を知らないだけなのでは――と言うと、総長はアゴをさすりつつ、「その可能性もあるな」と言った。


「ところで、北辰隊の上にいる炎寂特佐って何者なんですか?」


「えーっとな……ちょっと待て。式典に出ているとこが撮られてたんだが……」


 総長は携帯端末を操作し、交国の式典の映像を出してくれた。


 そこに茶髪の女性軍人が映っていた。のほほんとした雰囲気で、軍人っぽくないけど、キッチリと軍服を着ている辺り、交国軍人で間違いないんだろう。


 さすがに知らない人のようだ。


 実は某技術少尉が特佐まで出世して、相変わらず巫術師をこき使っているのかと思ったけど……まったくの別人だ。


「オレもよく知らん奴だが、<炎寂家>については多少知っている」


「交国では有名な家なんですか?」


「大昔から何人も交国軍人を輩出してきた名家だ。玉帝の犬として有名な一家だよ。悪名高いクソ軍人共さ」


 総長は吐き捨てるようにそう言い、炎寂特佐の映像を消した。


 代わりに北辰隊の戦闘の映像を表示し、それを眺めながら言葉を続けた。


「オレは巫術に対してはノーガードだから、あまりやり合いたくない相手だ」


「北辰隊に限らず、巫術師部隊には僕達をブツけてください」


「頼もしいな。勝つ自信は……?」


「1対1なら勝てると思います。ただ……そもそも、同郷なので説得できるかもしれませんから……」


 彼らが交国に無理矢理戦わされていたり、騙されているとしたら……説得の余地があるはずだ。同じネウロン人の僕の言葉を聞いてくれるかもしれない。


 さっきは余裕ないから戦闘を優先したけど、説得の余地はあるかもしれない。


 そう言ったものの、総長は困り顔を浮かべて「お前は人を信用しすぎだ」と呟いた。説得には後ろ向きみたいだ。


「お前の言葉を奴らが聞く保証はない。先手を取って倒すべきだ」


「でも……話せばわかってくれるかもしれません」


「ブロセリアンド解放軍の巫術師達は、話せばわかってくれたか?」


「そ…………それは……」


「スアルタウ――いや、フェルグス。お前の優しさは美点だが、戦場では優しさが欠点になる事もある。優しさが迷いに繋がり、死ぬこともある」


 だから余計なことは考えるな、と総長は言った。


 確かに総長の言う通りだと思う。


 実際、僕は迷ったことで弟を失った。


 けど……本当に説得の余地はないんだろうか?


「1分1秒を争う現場じゃなければ、説得を行ってもいいですよね? 戦場の外で、話し合いの余地があるなら説得を試みてもいいですよね?」


「まあ…………それならいいんだが……」


「どうしようもない時は戦います。大斑で北辰隊と戦った時のように」


 ただ、次にやりあった時に勝てる保証はない。


 機兵乗りとしての強さは、僕の方が北辰隊隊員より上の自信がある。


 アルの力を一部受け継ぎ、エレインの力も貸してもらっている僕なら1対1ならそうそう負けないだろう。


 けど、再び1対多の状況でやりあったら、今度は勝てないかもしれない。


 向こうの連携は見事なものだった。エレインの力を借りて何とか一部の機兵は倒せたけど、次は向こうもそれなりの対策をしてくるだろう。


 向こうはエレインの力は上手く認識できない。けど、「複数の機兵をやられた」という事実は残る。そこから警戒心を持って襲ってくるはずだ。


 それに……向こうには優秀な狙撃手がいる。


 あの狙撃手は、レンズも高く評価していました――と総長に伝える。レンズが悔しげに「あたしよりずっと格上かも」と語っていた事も伝える。


 僕もあの狙撃手がいなければ、もう少し抗えたはずだ。


「北辰隊。次にやりあった時に勝てる自信はありませんが……対抗出来るとしたら巫術師(ぼくら)です。僕ももっと強くなりますから、彼らの相手は任せてください」


「ああ、頼りにしている。けど、無理しすぎるなよ」


 総長は笑みを浮かべた。シワを深くしながら優しい笑みを浮かべた。


「向こうがチームプレイで来るなら、こっちも同じもので対抗すればいい」


「はい。レンズとバレットと、上手く連携してみせます!」


「お前らだけじゃない。エデンの総力に頼れ」


「もちろんです」


 巫術師以外が巫術師機兵部隊に挑むのは危険だ。


 けど、後方から支援してもらう分なら大丈夫だろう。


 特に総長は頼りになる。総長は巫術師じゃないけど、神経接続式の操縦方法が使えるうえに戦闘経験豊富だから、機兵乗りとしてもかなり頼りになる。


 総長とレンズに射撃で支援してもらい、バレットには工作で支援してもらえば、僕はもっと動きやすくなる。皆の力を借りれば勝つのは不可能じゃないはずだ。


「……ところで、アル。お前、黒水守(・・・)に頼ったことがあるらしいな」


「え? あぁ……交国にいた時に、少し」


 急に話が変わったので戸惑いつつ、頷く。


 ネウロンで星屑隊と出会い、バフォメットとの戦闘を経て、僕らは師匠(カトー)と出会った。その師匠の口添えで長期休暇を取ることになった。


 その長期休暇中、黒水に滞在していた僕らは黒水の領主である黒水守と会う機会があった。……黒水守に頼る機会もあった。


特別行動兵(ぼくら)のことを心配したラートが、黒水守と交渉してくれたんです。僕らを逃がす手助けをしてほしい、と……」


「ああ……。ヴァイオレットから聞いたよ」


「結局、解放軍の蜂起とかのゴタゴタで有耶無耶になっちゃったんですけどね」


 急ぎ、ネウロンに戻らざるを得なくなった。そして解放軍の蜂起と遭遇した。


 ネウロンに戻らなきゃいけなくなったのは、久常中佐を巫術で操っていたバフォメットの所為なんだけど……まあ、とにかく「黒水守の協力で逃げる計画」はパァになってしまった。


 アレが成功していたら、僕らは今頃……何をしていたのかな?


 きっと、アルは生きていたんだろうな。ネウロンで死なずに済んだはずだ。そう思うと…………いや、詮無きことを考えるのはやめておこう。


運が(・・)良かったな(・・・・・)


「……何がですか?」


「黒水守の口車に乗って逃げていたら、お前らは『犠牲』になっていたはずだ」


 北辰隊の話から黒水守の話に切り替わったのも戸惑った。


 そして今も戸惑い続けている。……総長は何を言いたいんだろう?


 総長の顔を見つめつつ、言葉を待っていると総長は「運が良かった」と言った理由を教えてくれた。


「交国で『巫術師部隊』が新設され始めたのは、黒水守の影響もある」


「黒水守が……? でも、あの人はあくまで領主ですよね……?」


「ああ、表向きはな。だが、奴は領主を続けつつ、玉帝の側近(・・)まで成り上がったみたいでな。交国軍の人事にも玉帝経由でアレコレと口出ししてるらしい」


「そこまで成り上がったんですか」


 総長は「あくまで噂だが」と言っている。


 けど、総長自身は確信しているようだ。


 巫術師部隊新設の裏に、黒水守がいるって事を――。


「黒水守の手元には、巫術師がいたんだろう?」


「あ……! そう、そうです! 黒水守は巫術師を匿っていました」


 僕らにとってそれは交渉材料であり、希望になった。


 巫術師――というかネウロン人を密かに守ってくれているうえに、交国でそれなりの地位にある黒水守の存在は有り難いものだった。


 だからラートが黒水守と交渉し、助けてもらう事になったんだけど――。


「奴は巫術師を守っていたんじゃない。利用するために手元に置いていたんだ」


「えっ……」


「新設された巫術師部隊の巫術師達は、どうも……黒水守と繋がりのある奴らが多いらしい。『匿う』という名目で手元に置きつつ、軍事訓練を積ませて交国の新設部隊に参加させているようなんだ」


 つまり、巫術師を「保護」しているわけじゃない。


 黒水守は――交国のために――巫術師を軍事利用している。


 総長はそう言いたいらしい。


「でも、黒水守は僕らを逃がそうと――」


「それが罠だったんだ。奴の協力が得られた時、『都合よく話が転びすぎている』と思わなかったか?」


「それは…………」


「奴は甘い顔を見せて、巫術師達を手元に置いていた。そして玉帝に突き出し、新設の巫術師部隊の兵士として利用し始めたんだ」


 巫術師部隊がそれなり以上に効果を上げている事もあり、黒水守は玉帝の側近まで成り上がってみせた。総長はそう語った。


「それは、確かな情報なんですか?」


「推測も混じっているが、事実関係も踏まえた話だ。実際、黒水守は最近になって玉帝の近辺によく出入りしている。奴は巫術師達を軍事利用……いや、自分の出世に利用しているんだよ」


「…………」


「北辰隊の巫術師も、奴の息がかかっている可能性が高い」


 脅されているのか騙されているのかはともかく、北辰隊を含む巫術師部隊には黒水守との繋がりが噂される巫術師が多いそうだ。


「お前が黒水守の手引きで『脱走』した場合、実際はどこかに捕まって……黒水守の手駒にされていたはずだ」


「……北辰隊の一員にされていた可能性がある、って事ですか?」


「そうだ。もっと酷い扱いを受けていたかもしれない」


 そうならずに済んで良かったな、と総長は言った。


 笑顔でそう言ったものの、直ぐにバツの悪そうな顔になった。


「いや、まあ…………黒水守の手引きで『脱走』出来なかった結果、ネウロンに連れ戻されて……お前の弟のことがあったから、全部良かったとは言えないけどよ」


「…………」


「お前は結構、危うい状態だったって話だ」


「なるほど……」


 黒水守の手引きで逃げるか否か。


 あそこが1つの分水嶺になっていたんだろうな。


 総長の言う通りなら、ろくな目にあわなかったかもしれない。


 特別行動兵時代と同じく、交国の使いっ走りにされていたかもしれない。


 でも、それでも……アルがいてくれたら……「使いっ走りでもいい」と思えたかもしれない。そう思えるのは弟を失った重みを感じているからこそかもしれないけど……そんな考えを抱かずにはいられなかった。


 いずれ、巫術師がオークのように大々的な軍事利用される未来を考えたら……全力で抵抗すべきだと思うけど――。





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