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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第4.0章:その大義に、正義はあるのか
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大斑撤退



■title:エデン所有戦闘艦<メテオール>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「…………」


 エデンは<大斑>から撤退する事になった。


 大斑に現れた交国軍の狙いが<ガンギカナ大王国>だったとしても、ノコノコ戻ったらやられる可能性もある。


 交国にとって大王国もエデンも大差ない存在だ。


 総長達と混沌の海に出た後も交国軍らしきものに遭遇したけど、何とか皆で生きて逃げる事が出来た。……皆が生きていれば何度でも再起できる。


 大斑から撤退せざるを得なくなったのは、残念だけど――。


「近海に、僕達以外の魂は観えません」


 エデンの仲間にそう伝える。


 混沌の海に出た後も、バレットとレンズと交代で見張りしていたけど……やっと僕ら以外いない海域にやってきた。


 交国軍の警戒網は完全に突破したと考えていいだろう。その事を伝えると、皆がホッとした表情を見せてくれた。


巫術師(おまえら)の観測技術は凄いな。オレ達だけだったら、『まだ敵がいるかも……』と怯えて疲弊しっぱなしだったと思う」


「巫術師の力があれば、通商破壊で交国に大打撃を与えられそうだな」


「さっき、混沌の海で網を張っていた交国軍も……殲滅できたんじゃないのか? 今からでも誘導弾をブチ込んで、交国軍の数を減らすべきだと思うが――」


「そこまでする必要はありませんよ。僕らの目的は、殺人ではありませんから」


 7年前、エデンは殆ど人のいない組織になっていた。


 けど、再結成後は結構人が増えて、一緒に作戦行動を行う人も増えた。


 その中には交国や人類連盟に対し、強い恨みを持っている人達も多い。「交国憎し」で過激な発言をする人も多いから……今の発言もその1つだろう。


 でも、交国軍だからといって、不必要に戦闘を吹っかける必要はない。そう思っている事を伝えると、先程までと打って変わって厳しい視線が返ってきた。


「スアルタウ君。キミはまだ子供だな」


「あはは……。ですね……。自覚はあります」


「交国は悪だ。機を逃さず、少しでも奴らを殺しておくべきだよ」


「しかし、交国軍の部隊に被害が出れば、その近海に『敵がいる』と発覚します」


 無駄に攻撃を行えば、痕跡が残る。


 敵も被害が出たら黙っていないだろう。被害が出た部隊の近くに敵がいると考え、追跡部隊を送ってくるはずだ。


 せっかく敵の警戒網をくぐり抜ける事に成功したんですから、下手に刺激するのはマズいですよ――と伝える。すると、面白くなさそうな視線が帰ってきた。


「とか何とか言いながら……キミは敵を殺すのが怖いんじゃないのか?」


「そうですね。怖いですよ」


 命を奪うのは、恐ろしい事だ。


 ……命が奪われるのも恐ろしい事だ。


 どうしようもない時は殺すしかない。


 けど、殺人という手段を「当たり前」にしたくない。


 (アル)はきっと、そんなことを望まないはずだ。


「交国軍は、殺せる機会があるなら殺すべきだ……!」


「交国も人類連盟も、我々を虐げてくる悪党共なんだぞ?」


「うーん……。でも、さっきの魂も交国軍とは限りませんから」


 僕が観た魂が交国軍人のものとは限らない。


 巫術師は魂の位置を感じ取ることが出来るけど、それが「誰の魂か」を判断するのは難しい。基本的に、魂の持ち主は目視で確認しないと判別できない。


 さっきの魂は交国軍のものではなく、まったく別の集団のものかもしれません。相手が誰かわからないのに、襲うのはマズいですよ――と告げる。


「民間の方舟だったら、取り返しの付かないことになりますよ」


「交国軍がやった、って事にすればいい」


「交国軍はエデン(ぼくら)がやった、と言うと思います」


 真偽はともかく、国際社会(みんな)は交国の言う事を信じるだろう。


 交国は相当悪いことをしてきたけど、あくまで国家だ。「テロリスト」と呼ばれる僕らの言う事を信じてくれる人は……残念ながら少ない。


「交国は良い国ではありませんが、無差別攻撃も良くないことですよ」


「そんなの……交国軍に言えよ」


「俺達は大王国の犠牲者を保護していたのに……交国軍はその犠牲者ごと砲撃してきたんだぞ? 何とか死人は出なかったが……怪我人は出たんだ」


 報復は行うべきだ、という言葉が返ってきた。


 何と返すか困り、曖昧な笑みを浮かべてしまう。


 エデンには交国の被害者が多い。……交国に対して強い憎しみを持っている人が多い。不意に懐かしい空気が流れ始める事も珍しくない。


 ブロセリアンド解放軍のような空気が流れる事も珍しくない。


 僕はその空気の中に望んで身を置いていた事がある。その空気の一部になっていた事もある。けど、今はちょっと……苦手だな。こういうの……。


「お前だって、交国軍に故郷も家族も奪われたんだろう?」


「我々と同じだろう」


「交国が憎くないのか?」


「憎いですね。けど、今の僕が憎いのは交国というより……システムです」


 自分の言葉だけでは語りきれない。


 自分の言葉だけで上手く語れるほど、僕の頭の出来は良くない。


 ヴィオラ姉さんの言葉を借りつつ、ゆっくりと意見を述べる。


「交国は横暴を働いています。でも、全ての交国人が悪いとは思えません。数人の善良な人だけでは、国家という大きなものは簡単に変えられませんから」


 交国ほどの巨大軍事国家になると、なおのこと変えられないだろう。


 だから、交国はなかなか変わらない。


 人類連盟常任理事国として――強国として横暴を働く事が出来てしまう。


「でも、交国にも『良い人』はいるんです」


「「「…………」」」


「僕がいまここにいるのは、その『良い交国人』のおかげですから。多分きっと……悪い交国人の方が少数派なんです」


 だから交国という国家(システム)が変われば、仲良くなれるかもしれない。


 今までの憎しみを忘れて、手を取り合えるかもしれない。


 交国人だからといって、無闇に殺していたら……交国を変化させる萌芽を摘む結果に繋がる事もある。


 僕らが感情的に殺しを繰り返していたら、いつか交国を変えてくれるかもしれない善良な人すら殺してしまうかもしれない。


 人を殺さないのは相手のためだけじゃない。


 自分達のためにもなるはずです――と言う。


「数人の『善良な交国人』如きじゃ、交国は変わらんだろ」


「その数人が『たくさん』になれば、きっと……変わるはずです」


 僕はそう信じたい。


 弟も、きっと……そう信じるはずだ。


 人の言葉を借りながら考えを告げると、大人達はしらけた表情を見せ始めた。


 やっぱり、僕じゃ上手く伝えられないか……。ヴィオラ姉さんや総長達のように上手く話せないなぁ……と思いながら苦笑していると――。


「どうした、喧嘩か?」


「あっ! ししょ…………総長!」


 僕の所為で気まずい空気になっていたけど、総長(カトー)が来てくれた。


 総長は皆をなだめ、「とりあえず休んでていいぞ」と言って解散させた。


 おかげで、これ以上揉めずに済んだ。……さっきみたいな雰囲気になった時、喧嘩になる時もあるんだよなぁ……。


 僕がもっと上手く話を進めたり……説得したり……笑って受け流すことが出来れば、そうはならないけど……。上手く立ち回れない。


 総長に迷惑かけた事を謝ると、総長は苦笑しながら「お前が気にする必要はねえよ」と言い、僕の肩を叩いてきた。


「アル、お前も休め。気を張り続けていたら倒れちまうぞ」


「いえ、今は僕が見張り担当ですから」


 休むのはレンズとバレットの休憩が終わってからだ。


 レンズは大斑から離脱後もしばらく見張りをやってくれていた。それに、怯える一般人をなだめて回ってくれていた。


 バレットも整備の仕事で疲れている。今は僕が頑張る番だ。


 敵の警戒網は突破したはずだけど、まだ油断は出来ない。


 暗い混沌の海は敵と不意に出くわす可能性もある。混沌の海だろうと、魂を感知できる巫術師(ぼくら)がしっかり見張っておかないと――。


「それより、総長が休んでください」


「まったく……年寄り扱いしてんじゃないよ。ガキめ」


 総長はそう言って笑ったけど、その表情には……僅かに疲れの色が見える。


 総長は大斑から脱出後、まったく休んでいないはずだ。総長として皆を指揮しつつ、不安がっている非戦闘員に声をかけてまわって元気づけてもいる。


 身体も……あんまり、無理できない状態なのに……。


「ホントに休んでくださいね。お願いですから」


「あぁ……。わかってるよ」


 総長は変わった。


 昔は「青年」に見えるぐらい若々しかった。


 けど、今の総長は「老人」と言っても過言ではない姿をしている。


 顔にシワが増えたし、肌つやも随分と悪くなった。


 総長として威厳のある姿を見せるために、メイクで誤魔化しているようだけど……誤魔化しきれないところもある。


 筋肉もかなり落ちたようで、昔のような動きも出来なくなった。姿勢よく立っている姿をよく見かけるけど……それは総長として気を張っているからだ。


 眠っている時は、疲労困憊の老人に見える。


 疲れ切った表情で眠り、時折……うなされているようだった。


 神器使いは基本的に不老不死らしい。個人差があるけど、ある程度の年齢まで歳を取ると、それ以降は歳をとらないらしい。


 けど、今の総長には「神器」がない。


 元々破損していた神器を交国に奪われ、「神器なき神器使い」になってしまった。神器によって得ていた不老不死(ちから)が失われてしまった。


 ……急激に老化が進んでいる。いや、進み続けている。


「オレはまだ戦える。その証拠に、機兵捌きも中々のものだろう?」


「はい。でも、総長には……カトー師匠には、まだまだ教わりたい事があるんです。自分の身体を大事にしてください」


 せめて僕の前でぐらい気を張らず、座ってください。


 そう勧めたものの、総長は笑って「大丈夫」と返してきた。


「大丈夫だよ、ホント。まだまだ死ぬ気はねえからさ」


「…………」


「それより、今回も色々と苦労をかけたな」


 総長は露骨に話題を変えてきた。


 身体や体調の話は、あまりしたくないらしい。


 今日はこれ以上、何を言ったところで無駄か――と思いつつ、「僕も全然大丈夫ですよ」と返す。返しつつ、椅子を引っ張ってくる。


 椅子に先に座り、総長にも座るよう促す。


 話をするのに片方だけ立っているのもおかしな話でしょう? そう告げると、総長はやっと座ってくれた。……けど、少し寂しげな表情を浮かべている気がした。


「弟子にこんな心配させちまうとは……。師匠失格だな」


「……そんなこと言わないでください」


 師匠は師匠だ。身体が弱っても、年老いても師匠だ。


「ところで、大王国に捕らえられていた人達は……どうしますか?」


 巫術を使った見張りをしつつ、総長と言葉を交わす。


 総長に休んで欲しいけど、休む気がないなら聞きたい事が色々ある。


 僕らは大斑でガンギカナ大王国を倒し、大王国の犠牲者を救いつつ……大斑の人達と交渉し、大斑にエデンの拠点を作る先遣隊として動いていた。


 けど、交国が来た以上、大斑から逃げざるを得ない。


 僕らはそれでいいとしても……大斑に住んでいた大王国の犠牲者を、故郷に戻してあげなきゃダメだ。故郷に帰る事を拒まれたり、帰る故郷がなくなっていた人達もいたけど……大斑でやるべき事はまだ沢山あった。


「とりあえず、エデンの本隊と合流しよう」


「保護した人達も、本隊で保護ですか」


「ああ。いま大斑に戻るのは危険だ」


 あそこには交国軍がいる。


 常駐しないかもしれないけど、向こうは警戒しているだろうし……出くわす可能性は高い。下手に大斑に戻れば、また戦闘になる。


「エデン本隊を呼べば、大斑にいた交国軍ぐらいは蹴散らせるが――」


「それをしても、意味はないですよね?」


「残念ながらな。大斑にいたのは所詮、交国軍のほんの一部だ」


 ネウロン旅団より少ない戦力だった。


 大斑にいた交国軍を倒したところで、新しい交国軍が派遣されてくるだけ。その数は数倍……いや、数十倍に膨れ上がる可能性もある。


 いま交国軍は国内情勢が立て込んでいるから、国外に軍を派遣する余裕はあまりなかったはずだけど……実際に派遣されていた以上、油断は出来ない。


「故郷に戻してあげられなかった人達は、折りを見て故郷に送り届けてあげよう。交国軍の動きをよく観察してから動くべきだ。ほとぼりが冷めた頃にな」


「はい……。わかりました」


 すみません、と謝る。


 僕がもっと強ければ、もう少し大王国の被害者を故郷に送る時間を作れたのかもしれないのに――と謝ると、総長は僕の額にデコピンしてきた。


「バカ。お前にそこまでの期待はしてないよ。神器使いでもねえのに」


「すみません……」


「というか、お前の言葉は耳が痛いよ。お前に出来なかった事は、総長であるオレも出来なかったんだ。……元・神器使いとして、情けないよ」


「あ、いや、総長を責めているわけでは……!」


 昔の総長なら、アレぐらいの交国軍は1人で蹴散らせたかもしれない。


 けど、今の総長は神器が無いんだ。仕方ない。


「神器無しでも、総長は十分強いですけどね!? 機兵の操縦技能もホントスゴいですし……! その上、皆の指揮までやってるんですから……」


「昔は、あの程度の敵なら……軽く蹴散らせたんだがな」


 総長は悔しげな表情を浮かべつつ、自分の手のひらを眺めている。


 かつてそこに握られていた神器を想っているんだろうか。


 神器さえ取り戻すことが出来れば、総長は……また神器使いとして戦える。


 そしたらきっと、老化にも歯止めがかかるはずだ。


 逆に言えば、神器がないと……そう遠くないうちに――。


「神器は取り戻せます。絶対に」


 拳を握り、軽く掲げて意気込む。


 神器を取り戻さないと、総長は急激な老化現象で死んでしまう。


 そんなのダメだ。


 エデンにも、僕にも……総長のような人が必要なんだ。


 僕も頑張りますから任せてください! と言うと、総長は笑って「頼りにしてるぞ」と言ってくれた。そして、拳で拳を軽くコツンと叩いてきた。


 昔の面影を感じられないほど、痩せ細った総長の手を見ていると……不安で胸がざわめく。身体の線があまり出ない服を着ているから、普段はわかりづらいけど……拳を合わせてきた拍子に、細くなった手首がよく見えてしまった。


 総長は僕の視線に気づいたのか、さりげなく手首(それ)を隠しつつ、「そういえば、珍しくお前達が苦戦していたよな」と言ってきた。


「敵の機兵部隊、そこまで厄介だったか」


「はい、強敵でした」


「お前達の見立てだと……巫術師の機兵部隊だったんだっけか」


 頷くと、総長はしばし考え込み始めた。


 そして、「あくまで推測なんだが――」と言いながら教えてくれた。


「お前達が戦った巫術師機兵部隊は……<北辰隊>かもしれない」





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