宿り木
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
機兵を巫術で遠隔操作する。
それが出来れば……許されれば、第8の子供達を安全な形で戦わせることができる。出来たところで問題もあるけど。
有線による遠隔操作は現実的じゃないから、あの案はもうなくなったものと思っていたが……ヴィオラの方で再検討してくれていたらしい。
そして、短期間で実現一歩手前まで事を運んでくれた。
「ひとまず、隊長さんと整備長さんの説得を手伝っていただけませんか?」
ヴィオラにそう頼まれ、隊長と整備長に時間を割いてもらった。
機兵の遠隔操作するために、許可を取り付ける必要がある。
それと、ある物を作る必要があるらしい。
「私が作成したいのはアンテナです」
ヴィオラは隊長達に対し、用意してきた「設計図」を見せ、説明を始めた。
「通常、巫術師は憑依を維持できる距離に限界があります。その問題をこのアンテナで解決します。アンテナによって、憑依可能距離を延長するんです」
「…………。そんな事が可能なのか?」
「100%可能です」
いつもの無表情のまま問いかけてきた隊長に対し、ヴィオラは言い切った。
隊長は「実物もないのに、よく断言できるな」と返してきたが、ヴィオラはそれでも怯まなかった。作成許可をいただければ証明できます、と言ってのけた。
「ヴァイオレット特別行動兵。貴様は技師ではない。技術少尉の助手として従軍している身だ。専門家でもない貴様が、なぜそこまで言い切れる」
「それは……」
「整備の専門家のあたしが見ても、使い物になるかわからん設計図だねぇ。まあ……術式絡みのことになると、あたしゃなんにもわからないが」
隊長と整備長の視線を受けたヴィオラは僅かに怯んだが、それでも再び「作れなかったら私を処罰してください」と言った。
「……隊長、整備長。設計図を見てもらえばわかる通り、これは爆発物じゃありません。試して損はないと思わねえっスか?」
「軍需物資をちょろまかすのを協力するのは、ちょいとねぇ」
「横領するわけじゃないんです。そこは現場の裁量に任されてますよね?」
トイドローンの部品はくれたんだ。
これも目をつむってくださいよ――と思いながら隊長達を見つめる。
隊長は表情を動かさないが、整備長は腕組みし、少し唸っている。
「うーん……。ハッキリ言っちまうと、第8巫術師実験部隊の都合ですらないだろ? あのやかましい技術少尉はなんて言ってんだい?」
「技術少尉には……実物を用意した後で話をします。設計図だけでは納得していただけないと思いますから」
「なるほど。まあ、簡単に話が通じない輩なのはわかるけどねぇ……」
「これは星屑隊にも利益のある話なんです」
ヴィオラは机に手を置き、身を乗り出しながら言葉を続けた。
「巫術で機兵を遠隔操縦できたら、巫術師どころか機兵の運用も大きく変わります。とっても便利になるんですよ?」
「ほー。例えば?」
「遠隔操作なら機兵そのものがやられても、操縦者の巫術師が無事な限り、何度も新しい機兵で出撃できます」
機兵は金をかければ再生産できる。
人材は金をかけても、同じものは作れない。
「遠隔操作なら危険な作戦も出来ます。消耗度外視で機兵を特攻させ、機兵がやられても巫術師が無事なら何度でも戦えます。強行偵察にも使えます」
「遠隔操縦技術事体は、既にあるよ。ドローンみたいにね」
「でも、遠隔操縦機兵はそこまで普及してないですよね? 有人機ほど効果的な運用ができないし、電波妨害も怖い。巫術による遠隔操作なら有人機並みの動きが出来ますし、電波妨害も怖くありません」
そんな技術に興味がありませんか?
そう問いかけたヴィオラに対し、隊長は黙っていたが――整備長の方は笑みを浮かべて「確かに面白そうだねぇ」と声を漏らした。
「ただ、それって本当に出来るのかい? 隊長が言ったように実物がない。前例も聞いたことない。特別行動兵のアンタが、なぜそこまでの代物の設計図を描けたんだい?」
「その……それは、こんな感じかなぁ……と思って、線を引いたら……」
「……机上で考えた、ってレベルですら無いのかい」
整備長の笑みが呆れ顔に変わる。
ヴィオラは「いや、アイデアが急に湧いてきたんです!」と言って取り繕ったが、整備長の表情は戻らなかった。
「アンタが作ろうとしているのは単なるアンテナじゃない。術式増幅器だろ? 素人がそんなもん作れるもんかい。……感で引いた線にしては、迷いがないが」
「うー……」
どんな考えで設計図を引いたかに関しては――なぜかヴィオラも自信がないらしく――困り顔で戸惑っている。
次の言葉に迷っているヴィオラの代わり、口を挟む。
「まあまあ……出来る証明のためにも、ヴィオラに協力してみませんか? ヴィオラは適当言う奴じゃないですよ」
「でもこの子、血縁関係でもないのに第8の子達の姉だって名乗ってたよ」
「め、名誉姉ですから……! 実質、姉みたいなもんですもん」
「あたしゃババアだから、最近の若者言葉はわかんないよ……」
名誉姉云々は、俺もわかりません。
まあでも、ヴィオラは皆の姉みたいな存在だから! それは間違いない!
「お、お願いしますっ。あの子達を危ない目にあわせたくないんです。流体甲冑で戦わせ続けるのは、とても危険なことなんですっ!」
「「…………」」
「あんな薄い装甲で戦場に飛び出していくより、船から機兵を遠隔操作した方が安全で……戦果を上げることもできますっ!」
「「…………」」
「このアンテナの実用性が証明されれば、あの子達だけじゃなくて、多くの巫術師の価値が根っこから変わるんです」
巫術とこのアンテナがあれば、精密な遠隔操作が可能。
それは機兵に限らず、他の兵器にも大きく関わる変革のはずだ。
……実現したら、巫術師の価値は跳ね上がるかもしれない。
うっすい装甲の流体甲冑を纏い、危険な鎮痛剤を投与され、死と隣り合わせの日々を送らずに済むかもしれない。待遇が見直されるかもしれない。
ヴィオラはそんな希望を持っている。真摯に協力を要請している。
「これの価値の証明に成功したら、星屑隊の皆さんも評価も上がると思いませんかっ!? 隊長さん達個人にも利益があるはずです。昇進とか――」
「あたしゃ、今更昇進なんてどうでもいいけど――」
副長が片手を机につきつつ、隊長に視線を送った。
「試すぐらいはいいと思うよ。隊長はどう思う?」
皆で隊長を見る。
隊長は黙って設計図を見つめていたが、やがて口を開いた。
わかった、と言ってくれた。
「許可しよう。技術少尉の説得も協力する」
「…………! ありがとうございますっ!」
「この術式増幅器の名は、なんと言う」
「ヤドリギです」
ヴィオラは明るい顔でそう言ったが、直ぐに変な顔になった。
自分の口を押さえ、なぜか自分の発言に戸惑っているように見えた。
「……多分、ヤドリギという名前です……」
「ん~……? 発明したのはアンタだろ? なんでそう自信なさげなんだい?」
「や、その……。名前も不意に頭に湧いてきて……」
「やれやれ。本当に作れるのかねぇ……」
ちょっとおかしいが、それでも試すだけ試してみる事になった。
許可をもらい、まずは星屑隊の備品からパーツを分けてもらう。整備長も必要なパーツリストを見て、「これぐらいならいいよ。バレットに連絡しておくから、アイツから受け取りな」と言ってくれた。
ヴィオラを連れ、さっそく格納庫に向かう事にした。
ヴィオラは会議室を出る直前まで「ありがとうございますっ!」と隊長達に頭を下げ続け、会議室を出た後も嬉しそうに笑っていた。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:整備長のスパナ
「良かったのかい? 好きにやらせて」
ラート軍曹達が出ていった後、隊長に話しかける。
「巫術師が機兵を操縦できるのは、既にわかっている。下手に機兵を触らせれば、機兵を使って反抗されるんじゃないのかい?」
「それをやる気なら、既にやっているだろう。軍曹や貴女の報告によると、奴らは船の乗っ取りすら可能だ」
出来るが、やってない。
こっちもガキ共の行動を監視し、何かやろうとしたら止める気でいたが……奴らはまだ行動らしい行動は起こしていない。大人しくしている。
信じてやっていいとは思うが、それでも魔が差すこともあるだろう。
人間は機械と違って、そういう気まぐれを起こす。そこが面白くも恐ろしい。
「あの子らが『悪いこと』をしてきたらどうする? ネウロン人を脅すなら『耳を削ぐ』と言えばいいと聞いたことがあるが――」
「仮に歯向かってきたら射殺、あるいは拘束する。それだけだ」
「ラート軍曹は泣くかもねぇ」
「奴がどう反応しようが、知ったことではない。……ただ、技術少尉はともかく、第8の態度は軟化している。反抗される危険性は低くなっている」
「ラート軍曹が頑張ってるし、アンタもなんだかんだで手を貸してるだろ?」
ウインクしながら言ったが、ウチの隊長サマは無視しやがった。
軍規が服を着て歩いてる男のようで、柔軟に対応する事もある。この隊ではあたしが一番付き合い長いはずだけど……未だよくわからん男だよ。
「ただ、いまウチのバレットが作ってるオモチャの件といい、軍需物資を『遊び』で使っているのはバレたら怖いねぇ」
「現場の判断に任された範疇だ。問題ない。問題は、部隊員の説得だ」
「あぁ……なるほど」
説得は確かに難儀するだろうね。
お人好しのラート軍曹はともかく、他の子は……。
【覚書:シオン教団と腐敗】
■執筆者:ビフロスト第三遊技場出禁・いつまでも若い史書官:ラプラス
□金持ち宗教組織
シオン教団はネウロンで強い影響力を持つ宗教組織ですが、自らの事業で組織を維持・拡大し続けた商業組織的な側面も持ちます。
交国はシオン教団を「存在しない神を信仰させ、人々から搾取していた詐欺組織」と言っていますが、私は教団を詐欺組織とは思えません。
教団は貧民のために衣食住を整え、職と学びの機会を与え、そこらの国家より民のことを考えて行動していました。
ネウロンの諸国はシオン教団の影響力の強さを疎んじ、何とか教団の力を削ごうとした事もあったようですが、教団は諸国の圧力を上手く躱したようです。
圧倒的な数の信徒がいるため、諸国もやすやすと手が出せないどころか、どの国もシオン教団のお世話になっていたようです。
□教団の腐敗
ネウロンじゃ向かうところ敵無しのシオン教団は、調子に乗って腐敗してもおかしくないのですが……そういう様子がないんですよね~。
シオン教団の聖職者は全員善人! とは正直思えません。ネウロン人は比較的温厚な人種ですが、人間である以上、人並みに悪心も抱くはずなのです。
教団だとヴィンスキー家――あのネウロン連邦構想を始め、赤の雷光に関わっていたマクファルド・ヴィンスキー氏辺りは怪しいと思ったのですが……彼はかなり敬虔で堅物だったようです。
交国軍が証拠品押収と言い張りながら踏み入った彼の屋敷は、かなり質素なものだったようです。
では、私の考え過ぎなのでしょうか? 私が人を疑いすぎなのでしょうか?
その可能性も十分ありましたが、よく調べると教団にも不正を行った聖職者は何人も存在していました。
そして、腐敗を防ぐための面白いシステムまで存在していました。
いえ、腐敗を防ぐ「怪物」と呼ぶべきでしょうか?
□神の耳
シオン教団には「神の耳」という部署が存在します。
これはどの支部でも存在していますが、存在するのはその「名前」だけで、実際にその部署に所属している人間は誰もいないはずだそうです。
ただ、教団の教えとして「教団の本部と全ての支部に『神の耳』の名と印を残せ」「全ての聖職者は一月に一度、神の耳の印の前で潔白を誓え」というものがあるそうです。
でもこれは単なるシンボルではなく、システムとして確かに在ったそうです。
罪ある者を裁くシステムとして、稼働していたようです。
実際の例を挙げてみましょう。
聖職者Aは教団の事業でそれなりの権限を持っており、その権限を使って自分に賄賂を渡す者達に便宜を図り、私腹を肥やしていました。
ですがある日、その罪の自白しました。
自白した聖職者Aは「神の耳」を名乗る人物に拷問され、両耳と腹の肉を削がれており、「教団に罪を告白せねばさらに削ぐ」と脅され、自白したそうです。
聖職者Bは教団が巫術師の子供達を保護している<保護院>で巫術師の子供に対し、密かに淫らな行為を働いていましたが、ある日、その罪を自白しました。
自白した聖職者Aは「神の耳」を名乗る人物に拷問され、両耳と性器を削ぎ落とされ、「教団に罪を告白せねばさらに削ぐ」と脅され、自白したそうです。
このように「神の耳」を名乗る執行者が長年に渡って出没し、罪を犯した聖職者達を物理的に罰していたようです。
裁かれる聖職者は数年に一度現れ続けたため、教団関係者達は震え上がり、背筋を伸ばして仕事に励んでいたようです。そのおかげか、近年では不正らしい不正も拷問を受けた聖職者は見つかっていないようですね。
神の耳に関する決まりは今でも守られています。
シオン教が交国に「詐欺組織」として解体された後も、市井に下った多くの関係者が自分達で神の耳の印を彫り、それに潔白を誓い続けているようです。
□存在しない刺客
神の耳とはつまり、シオン教団を正す刺客……のように見えるのですが、教団内の誰も「神の耳に誰が所属しているか」を知らないそうです。
神の耳あるいはそれに該当する部署に対する資金の流れもなく、人員や場所の情報もなし。教典にすら書かれている存在なのに、存在しない。
でも、実際に「誰か」が執行者として仕事をしている。
罪を正確に暴き、警備など物ともせず単騎で部屋に忍び込み、それでいて相手を殺さず拷問する技術を持つ存在。聖職者達が恐れる怪物。
交国が焚書なんて馬鹿げたことしてなければ、もっと詳しいことがわかったかもですが……。神の耳というシステムは本当に存在していたようです。
一説には「神の耳は、叡智神がネウロンに残した<使徒>が務めている」とのことですが……彼の神の使徒なら、それぐらい出来そうですねー。
こういう話があるので、ネウロンでは『悪いことをすると耳を削がれる』なんて物騒な脅し文句があるそうです。一般人はその由来を知らない事が多いようですが、聖職者の背筋はよく凍る言葉のようですね。




