大苦
■title:人類連盟認定後進世界<大斑>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「さて、じゃあ移動開始だ」
アラシア隊長の言葉に促され、方舟に乗り込む。
ガンギカナ大王国の大王を取り押さえた町から去る。
エデンは今後もこの町の人達や、この世界の人達に「協力してください」とお願いしていく事になるけど……ひとまず去る。
「総長達のところに向かおう。今後の交渉はその後だ」
「了解です」
僕がそう言ったのとほぼ同時にバレットが「了解」と短く言い、レンズも「は~い!」と元気よく返事をした。
僕らの返事を聞いたアラシア隊長は――ここ数日疲れた顔をしている事が多かったけど――久しぶりに楽しげな笑みを浮かべた。
「ただ、総長達と合流する前に仕事が残ってる。もちろん、覚えてるよな?」
「はい。大王国に誘拐されていた大斑の方を故郷に送り届ける……ですよね?」
「そうだ」
ガンギカナ大王国は人身売買に手を染めていたらしい。
バレットが制圧してくれた大王国の方舟の中にも、捕まった人達がたくさん乗せられていた。……大王国はあの町を襲撃する前に、他所も襲撃していたらしい。
「大丈夫です。安心してください。僕らは敵ではありません」
「皆をおウチに送り届けようとしてるだけだよ~」
方舟に囚われていた人達は、大半が大斑の人達だった。
ただ、ガンギカナ大王国は大斑に来る前、別の世界でも誘拐を行っていた。この方舟にはこことは別の世界から連れてこられた人も乗っていた。
大王国兵士の世話係として――。
「わ、わたし……エルクスミュダの生まれで……突然やってきたオーク達に捕まって、こんな……こんな知らないところに連れてこられて……」
「エルクスミュダか。あの世界には交国軍が駐留しているんだが…………まあ、任せてくれ。オレ達でなんとか、アンタを故郷に送り届けて――」
「――――」
「っと……悪い。怖がらせたな」
世話係として捕らえられていた女性にアラシア隊長が近づくと、女性は酷く怯えた表情を見せた。隊長が飛び退いた後もしばらく、女性は怯えていた。
アラシア隊長はエデンの人間だ。大王国の人間ではない。けど、大王国の兵士が殆どオークだった。……彼女はオークそのものに恐怖心を抱いているようだ。
「アル、レンズ。悪いがそっちは頼む」
「はい」
「ん」
女性から離れていった隊長を見送った後、改めて僕らには一切敵意がないことを伝える。それと、隊長が「悪い人ではない」という事も伝える。
簡単には伝わらないかもしれない。
大王国の兵士に……そうとう、怖い目にあわされたみたいだから。「わかりました」と言ってくれたけど、女性はずっと怯えている。
何とか故郷について聞き出し、「必ず送り届けます」と約束した後、僕らも離れる。方舟の艦橋で待っていたアラシア隊長に報告しにいく。
諸々の報告をした後、「隊長、落ち込まないでくださいね」と伝える。すると隊長は苦笑し、「なんだよ、励ましてくれてんのか」と言った。
「ああやって怯えられるのは初めての経験じゃない。大丈夫だよ。交国軍時代だって、ああいう事はあったからな」
「隊長が良い人ってこと、僕らは知ってますから」
「オレは悪人だよ。巫術師を扇動して戦わせた悪人だよ」
「それは昔の話ですし、あれは隊長だけの所為じゃありませんよ」
ブロセリアンド解放軍に参加していたのは、僕ら自身も望んだからだ。
少なくとも僕は……解放軍のことを「利用してやる」とまで考えていた。自暴自棄になって、復讐に縋っていた。アラシア隊長に全責任がある話じゃない。
「まあ、とにかく……大王国の被害者相手の聞き取り作業、オレは役に立てそうにない。悪いがオレの分も聞き取り頼むわ」
「任せてっ!」
「任せてください」
そう宣言したものの、僕はそこまで役に立てなかった。
ガンギカナ大王国に捕まっていた被害者の皆さんは怯えていた。エデンが急に「助けに来た」と言っても、簡単には信じてくれない人が大勢いた。
なかなか心を開いてくれない人もいたけど、レンズはそういう人達から上手く話を引き出していった。明るく優しく親身なレンズに対して、泣きながら「助けてください」と訴えてくれる人が大勢現れた。
レンズは「任せて!」と宣言し、皆の故郷や身の上話を上手く聞き出してくれた。その話を参考に、僕らは被害者の皆さんを故郷に送り届ける事になった。
「まずは、大斑でさらわれた人達を送り届ける」
異世界から連れてこられた人達は、総長達と合流した後に送り届ける。
人身売買も行っていたガンギカナ大王国の被害者の中には、既にどこかに売り飛ばされて人達もいる。そういう人達も今後助けにいく事になる。
既にエデンの別部隊が動いているけど……ひとまず、僕らはまだ売り飛ばされていない人達を救っていく。手の届くところから助けていく。
ただ……何とか助けた人達も、全員を「助けられた」わけではなかった。
「ここ……ここに私の家があったんです!!」
「…………」
「ほんと……本当なんですっ! ここに庭の木があって、子供のころはよくここに登って……! 父や母に怒られて…………。でも、本当に、ここに――」
故郷がなくなっている人もいた。
故郷がどこにあったかわかっても、帰るべき家をなくしている人達もいた。
ガンギカナ大王国は単に人をさらうだけではなく、さらった人達の故郷を破壊する事もあったらしい。方舟や機兵を使い、気まぐれに滅ぼす事もあったらしい。……破壊跡しか残っていない場所もあった。
助けたのに、助けられなかった人も大勢いた。
滅んだ故郷の前で泣き崩れる人に対し、レンズは静かに寄り添って抱きしめていた。僕やバレットは……ただ見守る事しか出来なかった。
故郷が滅んでいなくても、救えない人はいた。
「お前は大苦に穢された子じゃ! この村に帰ってくるなぁっ!!」
大王国に誘拐された女性を、そう言って遠ざける人もいた。
誘拐された時点で「穢されている」と言い、受け入れてくれない人もいた。
「腹から大苦が出てきたらどうする!? 村がまた襲われたらどうする!?」
「村長さんさぁ……大王国がこの村を襲った時、自分達の命欲しさにこの子を差し出したのは村長さん達でしょー? ……その言い方はさすがに無いんじゃない?」
「黙れぇっ!! 侵略者がぁっ!!」
「はぁ? あたし達は侵略者なんかじゃ――」
「レンズ、やめろ」
「でもっ……!」
「ここは、一度退くしかない。……すみません、一度出直します」
「にっ、二度と来るな!!」
生きていても、故郷が滅びていなくても、救えない人はいた。
怒るレンズをなだめつつ、「確かにあの村長さんの言い方はないよな」と同意する。同意するけど……あの人が悪いと言い切れる話でもない気がする。
あの村に、大王国に勝てる戦力なんてなかった。
僕らの故郷が交国の侵略に抗えなかったように、全ての人が抗えるわけじゃない。……抗ったところで勝てるとも限らない。
「村長さんと喧嘩しても、何にもならない」
「でもさぁ……!」
「……村に戦闘の跡が残っている。多分、死人も出ている」
大王国に対し、抵抗した人もいたのかもしれない。
けど、勝てなかった。それどころか村の貯蔵庫まで破壊されていた。
「人手とか、備蓄とか足りなくて……連れて行かれた人を再び受け入れられないという事情もあるのかもしれない」
「そ…………それならそれで、教えてくれればいいじゃん」
「突然現れた余所者に、自分達の事情をペラペラと話すのも難しいはずだ。ここは一度出直そう」
食料物資を置いて帰り、一晩経ってから出直す。
けど、状況は変わらなかった。結局、受け入れてもらえなかった。
村の方にも……色んな事情があるんだろう。それが慣習とか感情といった理由でも、向こうが拒む以上……何とかするのは難しい。
……結局、故郷に戻れなかった女性は途方に暮れ、泣き続けている。僕らが救ってあげられなかった所為で、泣かせてしまった。
「わ、わたし……。これから、どうすれば……」
「あたし達とおいでよ! 一緒に楽園を探しに行こうっ!」
レンズは女性の肩を抱き、「エデンにおいで」と誘った。
「エデンには故郷をなくしたり、色んな事情で帰れなくなった人が大勢いるんだ。あたし達もね、同じなんだよ」
「そう……なの……?」
「うんっ! エデンはそういう困っている人達を助けつつ、皆で腰を落ち着けて暮らしていける場所も作ろうと頑張ってるの! だから一緒に行こ? ねっ?」
故郷をなくしたり、故郷から追い出された人。
行くあてがない人は、エデンで引き取る。
それで救えるとは限らないけど、見捨てるわけにはいかない。
助けた以上、助けた責任も取らなきゃいけない。
「また保護する非戦闘員が増えるのか。さらに大所帯になるな」
「隊長、ゴメンね。あたしが喧嘩腰で話してなかったら、説得できてたかも……」
「いや、いいんだよ。レンズみたいに怒ってくれる奴も必要さ」
「そうだよ。隊長の言う通りだ」
隊長の意見に同意する。
話し合いで全て解決できたらいい。皆が仲良くできるのが一番だ。
けど、全ての問題を解決できるとは限らない。
あの村の人達も……被害者なんだ。
誘拐されていなくても被害者なんだ。
傷を負って、冷静ではいられない状態。あんな状態じゃ、僕らが話し合いを求めたり、手を差し伸べたところで……簡単には応じられないだろう。
あの人達にとって、大王国もエデンも「余所者」なんだ。
「あの村の人達は、誰が話しても説得できなかったよ」
「けど、もっと上手くやれたかも……」
「レンズは十分、上手くやっている。皆に寄り添ってくれてるよ」
上手くやっても、全てが解決するわけじゃない。
全員救えるわけじゃない。
でも、それでも……僕らは戦い続けなきゃいけないんだ。
「エデンで保護する人が増えると、物資や住居が苦しくなる。けど、その手の問題を解決するためにも大斑にやってきたんだ」
「んー…………」
「大斑の人達と交渉して……何とか、土地を手に入れよう」
混沌の海を方舟で放浪し続けるのは大変だ。
けど、陸の土地が手に入れば……色んな問題が解決する!
故郷を失った人達に、第二の故郷を作ってあげる事もできるかもしれない。
「僕らはまだ闇の中にいるけど、朝日に向かって歩み続けている。諦めずに進み続けていれば……たくさんの人を助けられるはずだ」
「まるで詩人だな、スアルタウ」
「でしょう? 頭良さそうに見えますか?」
笑っている隊長に向け、胸を張る。
すると、「いや、別に……」と言われてしまった。
レンズにも「頭良さそうに見えますか? って発言がアホっぽいよ」と言われてしまった。バレットもウンウンと頷いている。
なかなか難しいな……。僕が賢くて頼りになる人になれば、皆も少しは安心できるはずなのに。皆を救えるかもしれないと思ったけど……簡単ではなかった。
「僕……やはり、メガネをかけた方がいいんでしょうか?」
「お前は何を言っているんだ?」
「いや、印象って大事だと思って……!」
僕は正直、交渉事や人付き合いが苦手だ。
レンズやアラシア隊長のように、人と打ち解けるのが苦手だ。
けど、メガネをかけて第一印象が「理知的!」になれば、少しは人に信用してもらえるかもしれない。そう思ったんだ。
「あの村長さん達も、僕がメガネをかけていれば『キャッ! この人、メガネかけて頭良さそう……! 信用できるかも……!』と思ってくれたかもしれません」
「「それはない」」
「アル。大斑はまだメガネ自体存在しないから、その認識も成立しないと思うぞ」
「くっ……! バレットの方が賢い……!!」
僕は……まだまだ皆を救えそうにない。
それどころか、可哀想なものを見る目で見られている!
僕は、なんて無力なんだ……。
「とりあえず……一通り回ったし、総長のところに向かうか」
「はい……」
「そんな落ち込むなよ……。メガネ欲しかったのか? 購買部で買ってやるよ」
「ありがとうございますっ! でも僕、視力10.0なんですよね……!」
大変質の良い義眼をもらっているので、視力に問題はありません。
義眼仲間のレンズも「あたしも10.0~♪」と言ってくれた。
「問題があるのは脳だけです! 僕もレンズも少々バカです」
「は? アルと一緒にしないでよ」
「急にハシゴ外すなぁ……!?」
「いやいやいや、最初からハシゴかけてないしっ!」
僕とレンズが頭の出来についてギャアギャアと話していると、バレットは「どっちもどっちだと思うけどな」とボソリと言った。
バレットも巻き込んで騒ぎ始めると、アラシア隊長は「お前らのようなガキと比べたら、非戦闘員が多少増えるのなんて可愛いものだな」と言って笑ってくれた。
世の中の問題は、問題を起こしている人達を倒しても簡単には解決できない。
バカな僕では、なかなか解決できない。
けど、解決することを諦めたくない。




