裁きの雷
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
「――って話をスアルタウに聞いたんだよ。ネウロンの神様……叡智神。興味深いと思わねえか?」
「いや、全然」
自室でぬいぐるみ作成中のレンズに話しかけたが、返ってきたのはそっけない返事だった。同意するどころか鼻で笑ってきやがった。
「存在しない神にすがってるから、ネウロン人は雑魚なんだな――ってわかったぐらいだ。そこらのネット小説の方がまだ暇つぶしになるかもな」
「いや、実在するかもしれねえぞ?」
「ラート……。お前、まさか宗教かぶれになったのか?」
レンズが作業の手を止めて振り返ってきた。ちょっと引いてるみたいだ。
レンズのベッドに勝手に腰掛けつつ、「そういうわけじゃねえよ」と否定しておく。実在する可能性あるからこそ、面白い話なんだ。
「俺が思うに、叡智神の正体は『俺達』なんだよ」
「おいおい……! せめて宗教かぶれで止まってくれ。神を自称すんな」
「ちげーよ。叡智神は俺達と同じ、『異世界人』だと思ったんだ」
叡智神はネウロンで生まれた存在じゃない。
アル曰く、どこからかやってきた存在だ。
その「どこか」は多分、「異世界」なんだろう。俺達が交国本土からネウロンにやってきたように、界外からネウロンに来たのが叡智神なんだ。
「叡智神はネウロンに降り立ち、1000年前に去っていった」
「ただの異世界人がネウロンで神扱いされて、今は出ていったってことか? 何を根拠に与太話に与太話を重ねてんだよ」
「ネウロンには天使の存在が伝わっていた。プレーローマの存在も人類の敵として仄めかされていた」
天使がネウロンから出ていった時期も、辻褄があう。
新暦1年に源の魔神――プレーローマの支配者が死亡した。
この大事件により、プレーローマは多次元世界中を支配する余裕がなくなった。
プレーローマは多くの世界から撤退していき、人類国家は盛り返していった。
異世界からやってきた「叡智神」はそういう事情をしっかり把握していて、ネウロン人に「プレーローマはヤバイ奴らだよ」「ネウロンが永遠の冬で滅びかけたのもプレーローマの所為だよ」って忠告したんだ。多分。
「俺達が知る多次元世界史と、特に矛盾してねえんだよ。世界間航行技術を持っている奴なら、後進世界のネウロンで知識無双できてもおかしくねえだろ?」
「知識無双だぁ? ネット小説の話か?」
「現実の話だよ」
「で、その叡智神の正体は誰なんだ? どこの国の人間だ?」
「そりゃさすがに知らねえよ」
1000年以上前、プレーローマの脅威を認識し、異世界に渡る技術を持っていた国家となると、かなり限られる。
ただ、国家所属の人間とは限らない。
「神は神でも、魔神の類だったのかもしれねえ」
「お前の話を聞いた印象では、魔神っぽくねえなあ……。魔神の中にも人間寄りの存在はいるが、もっと曲者揃いだろ」
守護する代わりに生贄寄越せとか、力を与える代わりに多額の会費支払ってね――って奴もいる。
対する叡智神は「プレーローマの置き土産を何とかする」「ネウロン人の戦争を止める」「知恵を与え、文明を発展させる」って良いことしまくっている。
反逆されても「反逆者も生き返らせて、罰らしい罰を与えずネウロンを去る」なんて対応をしている。
死者蘇生は正直眉唾だが、善行ばっか積んでるように見えるんだよな。
何らかの下心あったとしても、一度反逆された程度でネウロン去らず、生かさず殺さずで支配し続けそうなもんだ。
確かにレンズの言う通り、魔神っぽくない行動だが――。
「振るった力は超越者である魔神っぽいだろ? 使徒もいたって話だぜ?」
「使徒ねぇ……。げんこつ降らせてネウロン人を虐殺したんだっけ?」
「ちげーよ。裁きの雷を――」
自分の言葉が引っかかり、手を打ち鳴らす。
「そうだ、雷だよ!」
「あぁん……?」
裁きの雷って、「雷」そのものじゃねえか!
点と点が繋がったので勝手に喜んでいると、レンズは「作業の邪魔だから出てけ」と俺を部屋から追い出した。
仕方なく自室に戻り、考えをまとめる。
「雷が苦手なネウロン人に、雷にまつわる伝承が残っていた」
あの史書官がケナフで言っていたのは、この事か!
かつてネウロン人は「裁きの雷」に打たれた。
死ぬほどヤバい雷に打たれたら、そりゃあトラウマもんだろう。
雷が苦手で雷休み取っちゃうネウロン人の行動には、大昔のネウロンで降った「裁きの雷」が関係していたのかもしれない。
「…………いや、さすがに考えが飛躍しすぎか?」
自室のベッドに寝転がって考えていると、少し冷静になってきた。
雷休みと裁きの雷。
雷ってとこは共通している。
けど、それだけだ。
近年に起こった大災害ならともかく、1000年以上前の雷って……当時を知る者はもういいないだろう。何世代の前の話だ。
シオン教の伝承として話が残っていても、それはもうただの物語だ。言い伝えだけで全てのネウロン人が雷を強く怖がるなんて考え難い。
でも、自称美少女史書官はネウロン人と雷の関係に理解を深めたいなら、ネウロンの神話を調べろって言ってたんだよなぁ。
まあ、あの人の言う事は話半分で聞くべき気もする。
「単なる伝承じゃなくて、伝承を媒体とした術式が残っているとか?」
不意にわいてきた考えを口にする。
術式には人々を操り、洗脳するものもある。
叡智神が何らかの洗脳術式を使えて、それによってネウロン人という種に「雷に対する強いトラウマ」を植え付けたのかもしれない。
でも、それならそれで動機はなんだ?
反逆に対する罰か? それとも――。
「んっ……?」
考えをまとめていると、ノックの音で思考を阻まれた。
起き上がり、部屋の扉を開ける。
すると、外には星屑隊の通信手の姿があった。
「ラート軍曹~。パイプ軍曹の提案で20周年アニメ版の<犬塚伝>の上映会する事になったんですけど、ラート軍曹も来ませんか?」
「犬塚伝かー……」
「あれっ? 軍曹って犬塚伝、嫌いなんですか?」
いや、そんなことねえよ、と否定する。
ガキの頃は何度も漫画版を読んだもんだ。パイプのように小説版や映画版までしっかり見てないが、俺も犬塚伝は好きだ。
主人公のモデルになった人も、未だ憧れの軍人だ。
「アニメはチラッと見たことあるけど、そんなに詳しくないんだよな~……」
「この機会に見ましょうや」
「うんうん。行く行く。誘ってくれてありがとな!」
そう言うと、通信手は揉み手しながら「それでちょっと、軍曹にお願いがあるんですが……」と言ってきた。
「そのぅ……レンズ軍曹も誘っといてください」
「うーん? アニメの上映会にレンズが来るかなぁ?」
「声はかけておかないと、『なんでオレは誘わなかったんだよ』って言われるかもでしょ? 仕事はキッチリしてくれる人だけど、ちょっとメンドクサイとこあるから……」
レンズは悪い奴じゃないんだが、口は悪いし他の隊員とちょくちょく喧嘩してる。俺やパイプ以外には「寄りつきにくい人」と思われているので、代わりに誘っておいてほしいらしい。
苦笑しつつ、「わかった、声かけておく」と請け負っておく。
「あ……。そうだ、第8の子供達も誘っていいかな?」
「ラート軍曹とパイプ軍曹がいいなら、誰も文句言わんでしょう。副長がフラッと見に来たらわかんないですけど」
「副長も別に反対しないだろ」
「じゃあオレ、声かけてきますよ。レンズ軍曹の方はお願いします」
「うん」
星屑隊の隊員と、第8の子供達の間には未だに距離がある。
距離があるけど……ケナフにおける子供達の活躍もあって、俺以外の隊員も子供達を認めてきた気がする。
前は遠巻きに見てる隊員ばっかりだが、最近は挨拶や立ち話してる隊員もいる。「仲良し」ってほどじゃないが、仲間として認めてくれてるのかも。
「ああでも、保護者の了解は取らなきゃですね」
そう言い、通信手が横を見た。
俺も部屋から身を乗り出し、通信手の視線の先――廊下に立っていた子を視界に収めた。俺らが話をしている間、待っていたらしい。
「おっ、ヴィオラ。ひょっとして俺に用事?」
「は、はい……。ちょっと、話が……」
ヴィオラの話をする前に、子供達やヴィオラも上映会に誘ってみる。
ヴィオラが遠慮気味に「参加しても大丈夫なら……」と言ってくれたので、通信手には子供達に声をかけにいってもらう。
「で、そっちの話って? 何か困りごとか?」
「いえ、その、見つかったんです。機兵を巫術で遠隔操作する方法が……」
「へぇ! そいつはスゲ……………………えっ? マジの話か?」
問いかけると、ヴィオラは頷いた。
頷いたが、なぜかヴィオラ自身が困惑しているようだった。
【TIPS:犬塚伝】
■概要
交国の官製娯楽作品。実話を元にした作品で、「交国の男の子で犬塚伝を知らない子はいない」と言われるほどの人気作品となっている。
最初は小説としてスタートしたが、現在は映画化・ドラマ化・漫画化・アニメ化と様々な媒体で新たなストーリーが描かれ続けている。
主人公の犬塚銀は実在する交国軍人であり、交国の「英雄」の1人である。彼が実際に参加した作戦の話を元にした話がいくつも作られている。
どの話が一番面白いかはファンの間でも意見が分かれるところだが、犬塚伝を人気作品の座に押し上げたのはシリーズ第一作目と言っていいだろう。
第一作では当時、一等兵だった犬塚銀がプレーローマとの戦闘で仲間を失い、1人、敵地に取り残されたところからスタートする。
犬塚はプレーローマの天使達に虐げられている奴隷に混じり、脱出の機をうかがっていたが奴隷の人間達と交流するうちに「彼らのことも守りたい」と考え、脱出せずに反抗を決意。奴隷達の解放を誓った。
犬塚は敵地で得た仲間達と共に立ち上がり、現地の軍団に抵抗。犬塚は常に先陣を切って戦い、現地のプレーローマ軍団の撃破に成功。
しかし、クライマックスでプレーローマの大部隊が援軍として現れ、万事休す……というところで犬塚の生存を信じていた交国軍の上官らが助けに現れ、無事に大勝利。
犬塚は軍の仲間達の再会し、宣言通りに奴隷達を解放。
解放奴隷達の多くは犬塚に憧れ、交国軍に入隊し、そのうち何人かは別シリーズに登場するなどの活躍を見せた。
■シリーズ第一作目のウソ
犬塚伝はあくまで実話を元にした作品で、嘘も多い。
第一作で犬塚一等兵が敵地で孤立し、奴隷達を解放したのは実話だが、第一作クライマックスで来た「交国軍の援軍」は実際には存在しない。
犬塚一等兵が指揮する奴隷の軍勢はプレーローマの現地部隊を上手く倒したものの、援軍のプレーローマ部隊によって壊滅の危機に追いやられた。
しかし、犬塚達は交国軍の援軍無しでプレーローマの援軍を撃破。
その後、犬塚から連絡を受けた交国軍は犬塚一等兵の生存と、現地プレーローマ部隊が滅びたことを遅れて把握した――というのが真実である。
第一作作るうえで行われたインタビューにて、犬塚はこの件を「帰ったら俺の葬式が終わって、二階級特進してたんだよ」「上官も仲間も俺の生存なんざ信じてなかったんだよ。酷くねえか?」と言い、笑った。
後に編集会議で「実話そのまま書いた方が『話を盛ってる』って言われそうなので、最後に交国軍の援軍が来たってことにしよう」と改変が決まり、犬塚は若干不服そうにしながら「まあ、別にいいけどよ……!」と認めたと言う。
ただ、犬塚が第一作の改変に関して譲らなかった事もある。
それは現地で出会った奴隷達の中で、自分を信じて共に戦ってくれた者達を出来るだけ登場させてほしい、というものである。
そこだけは適当な改変を許さなかった犬塚は、兄弟に「なぜそこは譲らなかったのか?」と聞かれ、寂しそうな顔で「本当に援軍が来ていたら、生きてアイツらと酒を酌み交わせたはずなんだ」とこぼしている。
■犬塚伝、出版差止め裁判
犬塚伝は交国のプロパガンダ作品だが、実話を元にすると犬塚銀が大活躍しすぎて「誇張が酷い」と言われかねないので、逆誇張されることが多い。
犬塚本人も自分が矮小化されることは慣れっこだが、戦友達を悪く書かれることには強く反発する。
実際はもう死んでいるものの、第一作の改変で生き残ったことになった元奴隷の戦友らが、後のシリーズで敵の甘言に乗って裏切った展開を書かれた時は激怒し、出版差止めと回収のために裁判を起こしたほどだ。
その時にはもう犬塚伝は交国の内外に強い影響力を持つ作品になっていたため、玉帝が犬塚の説得に当たることになった。
しかし、玉帝は「所詮は娯楽作品でしょう? くだらない事に時間を割かず、仕事に励みなさい」と失言し、キレた犬塚は玉帝の頭を引っ叩いた。
玉帝はその場で「きゅう」と気絶し、犬塚は玉帝の近衛兵をなぎ倒しながら大いに憤慨しつつ帰宅。説得は失敗した。
最終的に玉帝の側近である石守回路が仲裁に入ったことで、「出版社は該当作品を回収し、書き直した新版と交換」という事になった。
新版では「裏切ったはずの元奴隷は、実は裏切ったフリをして敵を騙すために動き、クライマックスで犬塚と共闘する」という展開となった。
犬塚伝を熱心に追っていたファン達も元奴隷達の裏切り展開にはモヤモヤしたものを抱えていた。そのため、この改変はファン達を大いに沸かせ、犬塚伝と犬塚銀の人気をさらに押し上げる結果となった。
ただ、この騒動で改変前のバージョンもプレミアがついてしまい、犬塚はその回収に苦労している。
このような事がないよう、犬塚は発表前の新作は丁寧に目を通し、戦友に関する描写でどうしても看過できないものは修正を依頼している。
犬塚の修正依頼は大抵通っているが、少し前から行動を共にしている特別行動兵に関しては交国にとって重要な軍事機密であるため、犬塚がどう言おうが交国政府の判断で存在が抹消されている。
■本人出演
犬塚銀は現役の交国軍人として多忙のため、アニメ版や映画版の犬塚伝の犬塚銀役は、当然、専門の役者が務めている。
しかし、犬塚伝20周年アニメでは犬塚銀の上官役の声を本人が当て、40周年記念映画では犬塚銀の敵役として犬塚銀本人が演者として出演している。
20周年記念アニメの声の演技がやや棒だったため、玉帝は犬塚との会食中にネチネチとその話をして何度も機嫌を損ねている。
一度、棒演技の声真似をしたところ、ついにキレた犬塚銀が玉帝の頭を引っ叩き、玉帝は「きゅう」と気絶した。
玉帝の近衛兵達は主を気絶させた犬塚銀に挑みかかったが、犬塚銀は近衛兵達を投げ飛ばしながら稽古をつけ、近衛兵達が足腰立たなくなるまでしばき倒した後、「良い勝負だった!」と上機嫌で帰っていった。
玉帝のからかいの影響で犬塚はしばらく出演しなかったが、40周年記念映画では見事に敵役を演じきり、ファンを大いに喜ばせた。




