新暦1243年
■title:<泥縄商事>・本社艦隊・社長室にて
■from:泥縄商事社長のドーラ
「そう……そう。キチンとした食材を用意して。で、それをカトー君に渡しておいて。調理も彼らがするって話だからさ。うん、はいはい、よろしく~~~~」
部下との通信を切り、舌打ちをする。
【占星術師】の指示で保護してあげているカトー君はワガママな子だ。「子供達に泥縄商事のくさいメシなんか食わせられるか」などとワガママを言っている。
まともな食材だけ用意しろ。調理はこっちでやるから――などと言ってくるから、部下に命じて追加の食材を用意させた。
確かに泥縄商事の食堂で出している食事は4割方よろしくないモノが出てくるから、倫理と健康を考えたら食べないのが正解だけどね~。は~、面倒だなぁ!!
「つっても、今のところはVIP待遇してあげるしか――っと」
机に脚を置きつつボヤいていると、通信機が鳴った。
頑張って手を伸ばし、通信機を取って応答する。
「はぁ~い! こちら泥縄商事社長室ぅ~~~~」
『久しぶりだね。【楽士】』
「あぁ……。なぁんだ、【絵師】か。非通知でかけてこないでよ」
『面倒な観測肯定派に追われてるんだ。勘弁してよ』
沢山のプレイヤーを貶めてきた厄介者からの連絡だ。
【楽士】が落伍者になったのは、コイツが原因でもある。ただ、それは本物のあたしの話だから今更どうこうしようとは思わないけど――。
『ところで、【占星術師】の様子はどう?』
「ご機嫌斜めかな~? 玉帝にしてやられたみたいで、ブチギレながら逃げ回っているみたい。まあ、それでも大筋は計画通りなんじゃないのぉ~~~~?」
労働者を舐めている【占星術師】には良い薬だろう。
玉帝が【占星術師】を躾ける一手を打ったおかげで、彼の懐事情は一気にヤバくなった様子。それでもまあ何とか依頼料を用意してくれると信じておく。
今のところはね。
「けどさ。いいの? 彼の計画が上手くいって、【絵師】は支障ないの?」
『別に。ウチとしては観測が終われば満足だから』
誰がこの多次元世界の勝利者になろうと構わないらしい。
ぶっちゃけ【占星術師】が勝利者になった場合、結構……面倒な世界になると思うけどね~。最終的にどう勝つかはよく知らんけど。
昔の【占星術師】はともかく、今の【占星術師】はねぇ……。まあ、今のようなプレイヤーになっちゃった理由も一応理解できるけど――。
「昔々、【占星術師】と共に【詐欺師】というプレイヤーがおりましたとさ」
『それが何?』
「彼らは優れたコンビだったけど、所有している予言の書は紙切れ同然だった」
予言の書があれば色んな事が出来る。
けど、彼らの予言の書は大した内容が記されていなかった。まったくの無価値じゃないけど、力を持つプレイヤー達と比べたらカスのような内容だった。
「だから、あの2人は優れた予言の書を持つ者達に――観測肯定派にこき使われていた。彼らのおこぼれにあずかって生き延びるため、【占星術師】と【詐欺師】は馬車馬の如く酷使されていた」
『そうだね。それが可哀想だったから、ウチが手を差し伸べた』
「そそのかした、の間違いでしょ?」
1100年近く前の話だ。
観測否定派の中心人物である【絵師】は、観測肯定派のある企みを打ち砕くため、【占星術師】と【詐欺師】をそそのかして肯定派を裏切らせた。
「観測肯定派の作品であるメフィストフェレスを死に追いやれば、封印されている予言の書を譲ると持ちかけた」
『あの時の事を恨んでいるの? メフィストフェレスはキミの主だもんね』
「別に恨んでないよ。メッフィーはろくな奴じゃなかったし!」
『…………』
むしろ、あの一件があったおかげで助かったんだよ。
メッフィーが死んでなきゃ、メッフィーの作品にされてたあたしはずっと飼い殺し! いや、サーバーに保存されている記憶を修正されて、もっとメッフィーに都合の良い存在に改造されていたかもしれない。
それこそ、新人類のために身を粉にして働く人類に都合の良い英雄と化していたかもしれない。あぁ、そんな可能性考えただけで寒気がするっ!
「結局、人類連盟のメフィストフェレス抹殺計画は成功したけど……【詐欺師】はキミの持ちかけた話に消極的だったらしいね」
『【占星術師】は飛びついてきたよ。観測肯定派に酷使され続けていたら、自分だけじゃなくて【詐欺師】の身も危うかったからね』
【占星術師】は蜘蛛の糸に飛びついた。
それを上っていけば、【詐欺師】と自分を守れると信じて飛びついた。
消極的だった【詐欺師】も、なし崩し的に彼の仕事を手伝った。結果、人類連盟を作ったメフィストフェレスは死亡した。
「キミは約束通り、報酬の予言の書を渡した。いや、譲ったというべきか」
『…………』
「キミ、アレがヤバい代物だってわかってたんでしょ? 今まで沢山の予言の書を手に入れてきたキミが手出ししなかったって事は、曰く付きの予言の書だったって事でしょ?」
【絵師】は答えなかった。
けど、多分、通信先でうっすらと笑ってるんだろうなぁ~。
「ともかく、キミから譲られた予言の書により、【占星術師】は随分と羽振りがよくなった。色々と彼に有利な可能性がわかって……それを上手く活用して調子に乗り始めた」
『プレイヤーとしての生活を満喫しているようだ』
「うん。でも、昔の彼の方が幸せそうに見えたなぁ」
あの2人が観測肯定派にこき使われた頃、姿を見た事がある。
【占星術師】を守るために無茶をした【詐欺師】が大怪我を負った事があった。【占星術師】は【詐欺師】を助けるため、皆に必死に頼んでいた。
あの子を助けてあげてください――と言い、土下座していた。何度も何度も「お願いします。お願いします」と必死に頼んでいた。
意識不明の重体だった【詐欺師】が目を覚ますと、【占星術師】は本当に嬉しそうにしていた。泣きながら、あの子を抱きしめて「よかった。本当によかった」と言っていた。
不幸せだけど、幸せそうだった。
「今の【占星術師】は、幸せそうだけど不幸せに見えるよ」
『…………』
「彼は新たに手に入れた予言の書を使いこなしている。生き生きとしている。そして、もうすっかり予言の書の『奴隷』になってしまった」
キミがそそのかした所為でね。
そう言うと、【絵師】はあっけらかんと「本人が幸せそうなら別にいいんじゃない?」と言った。昨日の天気などどうでもいい、と言うように――。
『彼の計画は、概ね上手くいっているようだ。ウチも今回は何も邪魔するつもりないし、このまま【占星術師】の計画が上手く行くんじゃない?』
「肯定派が邪魔してこない?」
『多分。彼らは気づいていない』
「……【占星術師】はさぁ、大ハズレの予言の書を掴んじゃったんじゃない? 昔の面影、もう殆ど無いんですけどぉ」
『…………』
「おかしくなったから、【詐欺師】も愛想を尽かしたんじゃない?」
『さあ? 彼らの考えも気持ちも、彼ら自身のものだよ』
「…………」
『ともかく、彼の計画は概ね上手くいっている』
引き続き見守ってあげてね――と言い、【絵師】は通信を切った。
まあ、それでお金もらえるからいいんだけどね~。
【占星術師】が【絵師】の口車に乗って破滅の坂を転がり落ちているなら……明日は我が身だなぁ、と思ったけど――。
「無尽機にはもう、関係ないか」
もうどうでもいいし、どうにもならないんだ。
自分の中でそう結論づけ、立ち上がる。
カトー君と、彼が保護したネウロン人共にちょっかい出してこよっと。
【占星術師】は彼らを傷つけ、今は生かしている。……積極的に殺そうとしている子もいるけど、今は手出しするつもりはないようだ。
彼がこのような行動をするという事は、彼らは【占星術師】の計画に必要な存在なんだろう。彼らが、多次元世界の歴史を揺るがす駒になるのだろう。
今の彼らは、無自覚に舞台袖に控える役者達だ。
彼らの出番は、きっと、そう遠くない。出番が来た時、彼らが踊らされるのか、はたまた自分の意志で踊り始めるのか見物だね。




