過去:しあわせいっぱい侵略国家
■title:<シナジエイト帝国>にて
■from:泥縄商事の平社員
シナジエイト帝国に到着した後、社長の読み通りだとわかった。
帝国もイチロー1世も僕らを歓迎してくれた。
イチロー1世と古い付き合いの社長は特に手厚く歓迎され、しわくちゃのお爺さんのイチロー1世は「社長は相変わらず老けんのぅ」と言って笑っていた。
孫娘に接する祖父のように、社長に話しかけていた。
イチロー1世は泥縄商事との商談より、宴を優先した。
シナジエイト帝国は泥縄商事がもたらす異世界兵器に頼り、後進世界の現住民を蹂躙して作られた国家。国家全体の文明水準はまだ高くない。
だが、それでも一国の支配者の宴だけあって、庶民の僕では目を白黒させてしまうごちそうだらけだった。……僕も異世界侵略に成功していたら、毎日のようにこんな宴を開けたんだろうか?
宴の間も、イチロー1世は隣に座る社長に対し、ニコニコと微笑みながら話しかけていた。社長は穏やかな笑みを浮かべ、イチロー1世と昔話に話を咲かせていた。
宴がお開きになる頃、イチロー1世は――老齢のため――ウトウトと眠たそうにしており、「スマンが仕事の話は明日にさせてくれんか?」と言ってきた。
その話通り、翌日に商談をすることになったけど――。
「ワシはもう、争いたくない……」
宮殿内の庭園で、イチロー1世は僕らにそう語った。
「泥縄商事には本当に……本当に長い間、世話になってきた。……じゃが、ワシにはもう、兵器など必要ないんじゃ……」
「だろうね。ここはこんなにも平和だもんね」
社長は庭園と、その先に広がる帝国首都の町並みを見ながらそう呟いた。
帝国首都は平和な街だった。平和な国だった。
庭園内では子供が――イチロー1世の孫がキャイキャイと騒ぎながら遊んでいる。遊び相手として雇われた子供達と一緒に走り回り、一緒に転げ回りながら大はしゃぎで遊んでいる。
街の方からも、楽しげな喧噪が聞こえてくる。平和なうえに活気のある街のようだ。イチロー1世は孫と街を、同じような優しい目つきで見つめている。
イチロー1世は現住民を蹂躙してきた侵略者とは思えないほど……穏やかな表情を浮かべ、孫が遊ぶ姿を見守っている。
首都に対しても、孫を見るのと同じ視線を送っていた。
社長も……同じような穏やかな表情を浮かべている。
「この世界に来たばかりの頃……ワシは手段を選ばずに領土を得ていた。ワシを馬鹿にしてきた奴らを見返してやろうと躍起になっていた……」
「あたしも、その中の1人だね」
「そうそう……。社長はいつも腹の立つ言葉を投げてきた! じゃが、どれも正論じゃった。だからこそ耳が痛かった。……泥縄商事の武器と言葉のおかげで、ワシは一国の皇帝にまで成り上がることが出来た」
イチロー1世は微笑みながらそう言った。
だが、直ぐに「成り上がったのじゃが……」と言葉を濁した。
「争いの無意味さに気づいた?」
イチロー1世は静かに頷き、語り続けた。
「息子が生まれてからかな……。ワシはこのままでいいのかと迷い始めた。侵略者として傍若無人な振る舞いを続ける事に迷いが生じ始めた」
「…………」
「孫が出来てからはもう、昔のようにはいられなくなった」
イチロー1世にとって大事な家族。
尊い命と出会ったことで、彼は自身の半生を省みた。
「シナジエイト帝国は立派な国に成長した。侵略者がもたらした技術により、この世界の文明水準は向上した」
「…………」
「この国を……いや、この世界を今後も発展させていきたい。帝国臣民だけではなく、諸外国とも手を取り合って発展させていきたい」
「…………」
「ワシらの手は武器を握るためではなく、他者と手を取り合うためにある。武器を持っていると、握手をするのに邪魔じゃ」
「その通り。ようやく、そこに気づいたんだね」
社長がそう返すと、皇帝は少し驚いた表情を浮かべた。
どうやらウチの社長が「綺麗事を言うより、手を動かして侵略を完遂しなよ」と言ってくると思っていたらしい。
率直にそう伝えられると、社長は苦笑いを浮かべて「いや、私もそこまで外道じゃないよ」と言った。
「キミの言う通り、キミの侵略行為のおかげで……この世界の文明水準は向上した。手工業から機械工業に向けて歩き出し、科学が胡乱なオカルトを駆逐しつつある。それによって多くの命が救われた」
「じゃが、ワシは侵略で多くの命を奪って――」
「贖罪したらいい。1つの命を奪ってしまったなら、1000の命を救おう」
「ドーラ社長……」
「あたし達は、その手伝いを出来ないけどね」
社長は肩をすくめ、言葉を続けた。
「ドーラ社長。武器の取引は停止するつもりだが、他の物品は必要だ。足りないぐらいだ。泥縄商事にはこの世界を発展させる手伝いをしてほしい」
「…………」
「直ぐに……直ぐに兵器を取り扱っていた時より、多くの取引を行いたいと考えている。泥縄商事にとっても悪くない話のはずだ」
「まあね。武器商売は言うほど儲からないからねぇ……。国民の1%も使わない銃火器より、国民の100%が使う日用品の方が儲かる」
「ならば、今後も取引継続を――」
「泥縄商事は、シナジエイト帝国から完全撤退します」
社長はそう決めた。
兵器関連の取引だけではなく、産業の機械化に必要な設備の取り扱いや、諸々の界外物資の取引も完全に止める――と宣言した。
「イチロー。真っ当な国家になりたいなら、泥縄商事なんかと付き合ってちゃダメだよ。ウチと取引していたら……人類連盟への加盟も難しくなる」
「じゃが、泥縄商事には今までずっと世話に――」
「犯罪組織相手に義理立てする必要はない。この機会に手を切りなさい」
僕は取引再開の交渉をするつもりだった。
けど、社長は取引の完全停止を決めた。帝国と泥縄商事は双方合意の上で取引を停止する。段階的に取引を止めていく。
「急に終わらせると大変だろうから、段階的に停止させていこう。その間に新しい取引先を見つけな? というか、こっちでいくつかピックアップしておいたから……キミらの判断でどこ使うか決めたらいい」
「社長……」
「最初は足下を見られるだろうけど、そこは外交官の腕の見せ所だね」
「…………」
「今までありがとうね、イチロー。長生きしなよ? 帝国を作った人間として、新方針が軌道に乗るまでキチンと見届けなきゃダメだよ?」
感謝の言葉を述べつつ、涙を流す皇帝。
社長は皇帝の背をそっと撫で、健勝を祈った。
こうして僕らはシナジエイト帝国を後にした。
皇帝達に大いに感謝されながら去るのは……悪くない気分だった。
なんか、久々に良いことしちゃったな……。
僕は黙って聞いてるだけだったけど!
■title:<泥縄商事>の輸送船にて
■from:泥縄商事の平社員
ありがとうございます、社長。
「ん~? 何が~?」
帰りの船の中で、携帯端末をイジっていた社長に頭を下げる。
社長のおかげで、全部丸く収まったので……。
「丸く収まった? どこが?」
え……。でも、社長は皇帝と和やかに別れたじゃないですか。
僕、ビックリしました! 社長って会社の利益優先じゃないんですね……。
セミナーで「侵略事業は後進世界のためでもある」と語っていたのは、本当だったんですね。貴女は侵略を通して、侵略先の世界の事も考えていたんだ……!
「いや、考えてないけど?」
え?
「確かに和やか~な感じで別れたけど、商談が上手くいったわけじゃない。むしろ大失敗でしょ? 大口の顧客を失ったんだよ?」
それは……そうですけど……。
「キミの営業成績にガッツリ響くよ。怒りこそすれ、感謝するのはおかしくない?」
で、でも……取引の完全停止は社長の判断……。
「うんうん。だからそこは私が営業部長達に『アホ・ボケ・カス』とネチネチ言われることでキミに責任はないけど、キミの営業成績は一気に悪化するよね?」
た、確かに……そうだ。
僕の営業成績問題は、何も解決してない!
むしろ悪化した!!
今まで左団扇で楽々仕事してきたのに、重要な取引先を失った! 僕の営業成績は一気に部内最下位になるだろう。
終わった? これ、完全に詰んだか?
僕、クビですか!? 社長の所為だからノーカンですよね!?
「クビなんてしないよ~。キミとも契約してんだから」
社長はそう言って笑った後、「おっ、そろそろ到着か」と呟いた。
本社艦隊はまだ遠いはず。
いや、本社艦隊は常に移動しているから……ちょうどこっちに来たのか?
そう思ったけど、違った。全然違った。
僕達はシナジエイト帝国がある世界に戻ってきた。一度、海門を通って混沌の海に出たはずが……直ぐに同じ世界に戻ってきた。
降り立った場所は、帝国の首都から随分と離れた場所だったけど――。
社長、何でこの世界に戻ってきたんですか?
「キミに新しい取引先を紹介してあげようと思って」
はぁ……?
「そこの廃屋に、シナジエイト帝国が侵略してくる前にあった王国の王子がいる。最初の商談は付き合ってあげるよん」
えーっと……話が見えてこないんですけど……?
「彼らはシナジエイト帝国を憎んでいるの。当然だよね~? イチローは現住民の大量虐殺を行ったんだよ? 日和って『戦争やめるぅ~』とか言いだしたけど、そんなの現住民の遺族には関係なくなーい?」
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「元々、この世界に暮らしていた人々にとって、イチロー達は『卑怯で邪悪な侵略者』に過ぎないの。領土と立場を奪われた彼らは、イチロー達に復讐したくて仕方がないの。帝国を滅ぼして国を再興させたいの。わかる?」
よくわからない。
何を言ってるんだ、この人。
社長も言ったじゃないですか。
イチロー1世の侵略で、この世界の文明水準は向上したって……。
「キミは家族や恋人の命を奪った殺人犯を、金で許せるタイプ?」
…………。
「人間はそう簡単に割り切れないの。シナジエイト帝国のおかげで豊かになった現地人もいるけど、余所者の支配に納得していない人間は大勢いる」
帝国は平和に見えた。
パッと見はそう見えただけで、実際はたくさんの火種がくすぶっている。
イチロー1世による侵略行為が始まって100年と経っていない。帝国による侵略戦争はまだ記憶に新しい方で、当事者はまだ沢山生きている。
イチロー1世が今更「慈愛の心」に目覚めたところで、納得できない人もいる。帝国に全てを奪われた人達は、納得できていない。
帝国を憎んでいる。
「帝国の上流階級の人達も困ってるだろうねぇ。イチローがジジイになって日和って、綺麗事をほざき始めたから……侵略者として得てきた権益を失いかけている」
シナジエイト帝国は「現地人の売買」を合法としてきた。
だが、近年になってイチロー1世がそれを禁じた。
それだけではなく、帝国上流階級の領地を切り取って、元々この世界にいた人達に返還し始めたらしい。……全てを返したわけではなく、半端に返したから双方が不満を感じている。
イチロー1世は方針を変える事で罪悪感を薄れさせたけど、半端な対応は双方の怒りを買った。火に油を注いでしまった。
今はまだかろうじて、帝国の武力が抑止力として働いているけど――。
「平和を望んでいるのは、ボケたイチローだけだよ」
最初にあの人を焚きつけて侵略を始めさせたのは、貴女でしょう?
「そうだよ?」
帝国が人身売買を始めた原因も、貴女でしょう!?
「支払いに困っていたから、仲介業者も紹介してあげたよ」
目の前の美少女が「えっへん」と胸を張った。
美少女の皮を被った別の何かが、笑っている。
皇帝が間違った対応をしていたなら、説得するべきだったんじゃないのか?
この人は、あえて火種を残したんじゃないのか?
何で、皇帝に「このままじゃ危険だ」って言わなかったんですか?
警告してあげなかったんですか!?
「そんなのウチのサービスじゃないし。帝国の長であるイチローの頭が腐って『戦争しな~い』なんて甘えたことを言いだした以上、戦争を煽っている泥縄商事としては困るでしょ? 兵器、バンバン売りたいでしょ?」
仕事だとしても、そんな、筋の通ってないこと……。
「でも楽しいじゃん」
は?
「世界の大半を支配した帝国が崩壊して、群雄割拠の混沌とした世界になった方が楽しいよ? 皆が強力な兵器を欲しがって、ウチの販路拡大もできるよ?」
何を言ってんだよコイツ。
宮殿で見た光景を忘れたんですか?
皇帝のお孫さんが楽しそうに遊んでいた。平和な光景だった。
皇帝は平和への道を歩むため、決断したのに……。
「あ、そこも抜かりないよ。ゴレオン社長……もとい、ゴレオン君達に命令して皇帝の孫を誘拐させたから」
誘拐?
えっ、イチロー1世の孫を……誘拐?
「帝国お得意の人身売買だよ~。昔の帝国はねぇ、そこらの女子供をガンガンさらって、ガンガン子供を作らせて、ガンガン売ってきたんだから……いまさら1人売り飛ばされたところで文句を言えなくな~い? 因果応報ってヤツだよ」
相手は子供ですよ。
「子供だね。皇帝の孫って付加価値があるから高値で売れるよぅ! あーあ、もっと作っておいてくれたら良かったのにネ」
社長には、人の心がないんですか?
本当に人間なんですか?
「それって重要? てか、イチローだって若かりし頃は滅ぼした国の王子を売り飛ばしてたんだよ? そして、滅ぼした国の王様の前で女王様を使って遊んだりさぁ、結構ヤることやってたんだよ~?」
あ……あなたは、卑怯者だ。
自分の命を賭けず、人の命を弄んでいる。
第三者として戦争を煽り、好き放題している卑怯者だ!
「うん、そうだよ? それが仕事だからネ」
い、今からでも、皇帝のお孫さんを返して――。
「子供は反帝国勢力に売っちゃった! 孫が拷問&処刑されたらイチローの目も覚めるかなぁ~? 復讐に燃えるアイツなら、武器を売ってやってもいいかなぁ?」
こいつは人間じゃない。
悪魔だ。
拳銃を抜き、撃つ。
いや、撃とうとした。
けど、社長の方が速かった。
「ひぃ! 危ない! 自分のとこの社長を殺そうとするとか正気!? いや、泥縄商事の社員ならやるか! けどキミ如きには殺されてや~んない」
喋れない。撃たれた。
血を流しながら地面に倒れると、騒ぎを聞きつけた人達がやってきた。
社長はその人達と片言でコミュニケーションを取り、手に持っていた拳銃を手渡した。そして、僕を試射用のマトとして使い始めた。
「泥縄商事は、あなた達の味方デース。
対価さえいただければ、強力な武器をどんどん用意シマ~ス。
戦争するなら、武器はいくらあっても困らないデショ?」




