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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.5章:バッドカンパニー【新暦1225年】
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過去:しあわせいっぱい侵略国家



■title:<シナジエイト帝国>にて

■from:泥縄商事の平社員


 シナジエイト帝国に到着した後、社長の読み通りだとわかった。


 帝国もイチロー1世も僕らを歓迎してくれた。


 イチロー1世と古い付き合いの社長は特に手厚く歓迎され、しわくちゃのお爺さんのイチロー1世は「社長は相変わらず老けんのぅ」と言って笑っていた。


 孫娘に接する祖父のように、社長に話しかけていた。


 イチロー1世は泥縄商事との商談より、宴を優先した。


 シナジエイト帝国は泥縄商事がもたらす異世界兵器に頼り、後進世界の現住民を蹂躙して作られた国家。国家全体の文明水準はまだ高くない。


 だが、それでも一国の支配者の宴だけあって、庶民の僕では目を白黒させてしまうごちそうだらけだった。……僕も異世界侵略に成功していたら、毎日のようにこんな宴を開けたんだろうか?


 宴の間も、イチロー1世は隣に座る社長に対し、ニコニコと微笑みながら話しかけていた。社長は穏やかな笑みを浮かべ、イチロー1世と昔話に話を咲かせていた。


 宴がお開きになる頃、イチロー1世は――老齢のため――ウトウトと眠たそうにしており、「スマンが仕事の話は明日にさせてくれんか?」と言ってきた。


 その話通り、翌日に商談をすることになったけど――。


「ワシはもう、争いたくない……」


 宮殿内の庭園で、イチロー1世は僕らにそう語った。


「泥縄商事には本当に……本当に長い間、世話になってきた。……じゃが、ワシにはもう、兵器など必要ないんじゃ……」


「だろうね。ここはこんなにも平和だもんね」


 社長は庭園と、その先に広がる帝国首都の町並みを見ながらそう呟いた。


 帝国首都は平和な街だった。平和な国だった。


 庭園内では子供が――イチロー1世の孫がキャイキャイと騒ぎながら遊んでいる。遊び相手として雇われた子供達と一緒に走り回り、一緒に転げ回りながら大はしゃぎで遊んでいる。


 街の方からも、楽しげな喧噪が聞こえてくる。平和なうえに活気のある街のようだ。イチロー1世は孫と街を、同じような優しい目つきで見つめている。


 イチロー1世は現住民を蹂躙してきた侵略者とは思えないほど……穏やかな表情を浮かべ、孫が遊ぶ姿を見守っている。


 首都に対しても、孫を見るのと同じ視線を送っていた。


 社長も……同じような穏やかな表情を浮かべている。


「この世界に来たばかりの頃……ワシは手段を選ばずに領土を得ていた。ワシを馬鹿にしてきた奴らを見返してやろうと躍起になっていた……」


「あたしも、その中の1人だね」


「そうそう……。社長はいつも腹の立つ言葉を投げてきた! じゃが、どれも正論じゃった。だからこそ耳が痛かった。……泥縄商事(あなた)の武器と言葉のおかげで、ワシは一国の皇帝にまで成り上がることが出来た」


 イチロー1世は微笑みながらそう言った。


 だが、直ぐに「成り上がったのじゃが……」と言葉を濁した。


「争いの無意味さに気づいた?」


 イチロー1世は静かに頷き、語り続けた。


「息子が生まれてからかな……。ワシはこのままでいいのかと迷い始めた。侵略者として傍若無人な振る舞いを続ける事に迷いが生じ始めた」


「…………」


「孫が出来てからはもう、昔のようにはいられなくなった」


 イチロー1世にとって大事な家族。


 尊い命と出会ったことで、彼は自身の半生を省みた。


「シナジエイト帝国は立派な国に成長した。侵略者(わしら)がもたらした技術により、この世界の文明水準は向上した」


「…………」


「この国を……いや、この世界を今後も発展させていきたい。帝国臣民だけではなく、諸外国とも手を取り合って発展させていきたい」


「…………」


「ワシらの手は武器を握るためではなく、他者と手を取り合うためにある。武器を持っていると、握手をするのに邪魔じゃ」


「その通り。ようやく、そこに気づいたんだね」


 社長がそう返すと、皇帝は少し驚いた表情を浮かべた。


 どうやらウチの社長が「綺麗事を言うより、手を動かして侵略を完遂しなよ」と言ってくると思っていたらしい。


 率直にそう伝えられると、社長は苦笑いを浮かべて「いや、私もそこまで外道じゃないよ」と言った。


「キミの言う通り、キミの侵略行為のおかげで……この世界の文明水準は向上した。手工業から機械工業に向けて歩き出し、科学が胡乱なオカルトを駆逐しつつある。それによって多くの命が救われた」


「じゃが、ワシは侵略で多くの命を奪って――」


「贖罪したらいい。1つの命を奪ってしまったなら、1000の命を救おう」


「ドーラ社長……」


「あたし達は、その手伝いを出来ないけどね」


 社長は肩をすくめ、言葉を続けた。


「ドーラ社長。武器の取引は停止するつもりだが、他の物品は必要だ。足りないぐらいだ。泥縄商事にはこの世界を発展させる手伝いをしてほしい」


「…………」


「直ぐに……直ぐに兵器を取り扱っていた時より、多くの取引を行いたいと考えている。泥縄商事にとっても悪くない話のはずだ」


「まあね。武器商売は言うほど儲からないからねぇ……。国民の1%も使わない銃火器より、国民の100%が使う日用品の方が儲かる」


「ならば、今後も取引継続を――」


「泥縄商事は、シナジエイト帝国から完全撤退します」


 社長はそう決めた。


 兵器関連の取引だけではなく、産業の機械化に必要な設備の取り扱いや、諸々の界外物資の取引も完全に止める――と宣言した。


「イチロー。真っ当な国家になりたいなら、泥縄商事なんかと付き合ってちゃダメだよ。ウチと取引していたら……人類連盟への加盟も難しくなる」


「じゃが、泥縄商事には今までずっと世話に――」


「犯罪組織相手に義理立てする必要はない。この機会に手を切りなさい」


 僕は取引再開の交渉をするつもりだった。


 けど、社長は取引の完全停止を決めた。帝国と泥縄商事は双方合意の上で取引を停止する。段階的に取引を止めていく。


「急に終わらせると大変だろうから、段階的に停止させていこう。その間に新しい取引先を見つけな? というか、こっちでいくつかピックアップしておいたから……キミらの判断でどこ使うか決めたらいい」


「社長……」


「最初は足下を見られるだろうけど、そこは外交官の腕の見せ所だね」


「…………」


「今までありがとうね、イチロー。長生きしなよ? 帝国を作った人間として、新方針が軌道に乗るまでキチンと見届けなきゃダメだよ?」


 感謝の言葉を述べつつ、涙を流す皇帝。


 社長は皇帝の背をそっと撫で、健勝を祈った。


 こうして僕らはシナジエイト帝国を後にした。


 皇帝達に大いに感謝されながら去るのは……悪くない気分だった。


 なんか、久々に良いことしちゃったな……。


 僕は黙って聞いてるだけだったけど!




■title:<泥縄商事>の輸送船にて

■from:泥縄商事の平社員


 ありがとうございます、社長。


「ん~? 何が~?」


 帰りの船の中で、携帯端末をイジっていた社長に頭を下げる。


 社長のおかげで、全部丸く収まったので……。


「丸く収まった? どこが?」


 え……。でも、社長は皇帝と和やかに別れたじゃないですか。


 僕、ビックリしました! 社長って会社の利益優先じゃないんですね……。


 セミナーで「侵略事業は後進世界のためでもある」と語っていたのは、本当だったんですね。貴女は侵略を通して、侵略先の世界の事も考えていたんだ……!


「いや、考えてないけど?」


 え?


「確かに和やか~な感じで別れたけど、商談が上手くいったわけじゃない。むしろ大失敗でしょ? 大口の顧客を失ったんだよ?」


 それは……そうですけど……。


「キミの営業成績にガッツリ響くよ。怒りこそすれ、感謝するのはおかしくない?」


 で、でも……取引の完全停止は社長の判断……。


「うんうん。だからそこは私が営業部長達に『アホ・ボケ・カス』とネチネチ言われることでキミに責任はないけど、キミの営業成績は一気に悪化するよね?」


 た、確かに……そうだ。


 僕の営業成績問題は、何も解決してない!


 むしろ悪化した!!


 今まで左団扇で楽々仕事してきたのに、重要な取引先を失った! 僕の営業成績は一気に部内最下位になるだろう。


 終わった? これ、完全に詰んだか?


 僕、クビですか!? 社長の所為だからノーカンですよね!?


「クビなんてしないよ~。キミとも契約してんだから」


 社長はそう言って笑った後、「おっ、そろそろ到着か」と呟いた。


 本社艦隊はまだ遠いはず。


 いや、本社艦隊は常に移動しているから……ちょうどこっちに来たのか?


 そう思ったけど、違った。全然違った。


 僕達はシナジエイト帝国がある世界に戻ってきた。一度、海門を通って混沌の海に出たはずが……直ぐに同じ世界に戻ってきた。


 降り立った場所は、帝国の首都から随分と離れた場所だったけど――。


 社長、何でこの世界に戻ってきたんですか?


「キミに新しい取引先(・・・・・・)を紹介してあげようと思って」


 はぁ……?


「そこの廃屋に、シナジエイト帝国が侵略してくる前にあった王国の王子がいる。最初の商談は付き合ってあげるよん」


 えーっと……話が見えてこないんですけど……?


「彼らはシナジエイト帝国を憎んでいるの。当然だよね~? イチローは現住民の大量虐殺を行ったんだよ? 日和(ひよ)って『戦争やめるぅ~』とか言いだしたけど、そんなの現住民の遺族には関係なくなーい?」


 ????


「元々、この世界に暮らしていた人々にとって、イチロー達は『卑怯で邪悪な侵略者』に過ぎないの。領土と立場を奪われた彼らは、イチロー達に復讐したくて仕方がないの。帝国を滅ぼして国を再興させたいの。わかる?」


 よくわからない。


 何を言ってるんだ、この人。


 社長も言ったじゃないですか。


 イチロー1世の侵略で、この世界の文明水準は向上したって……。


「キミは家族や恋人の命を奪った殺人犯を、金で許せるタイプ?」


 …………。


「人間はそう簡単に割り切れないの。シナジエイト帝国のおかげで豊かになった現地人もいるけど、余所者の支配に納得していない人間は大勢いる」


 帝国は平和に見えた。


 パッと見はそう見えただけで、実際はたくさんの火種がくすぶっている。


 イチロー1世による侵略行為が始まって100年と経っていない。帝国による侵略戦争はまだ記憶に新しい方で、当事者はまだ沢山生きている。


 イチロー1世が今更「慈愛の心」に目覚めたところで、納得できない人もいる。帝国に全てを奪われた人達は、納得できていない。


 帝国を憎んでいる。


「帝国の上流階級の人達も困ってるだろうねぇ。イチローがジジイになって日和って、綺麗事をほざき始めたから……侵略者として得てきた権益を失いかけている」


 シナジエイト帝国は「現地人の売買」を合法としてきた。


 だが、近年になってイチロー1世がそれを禁じた。


 それだけではなく、帝国上流階級の領地を切り取って、元々この世界にいた人達に返還し始めたらしい。……全てを返したわけではなく、半端に返したから双方が不満を感じている。


 イチロー1世は方針を変える事で罪悪感を薄れさせたけど、半端な対応は双方の怒りを買った。火に油を注いでしまった。


 今はまだかろうじて、帝国の武力が抑止力として働いているけど――。


「平和を望んでいるのは、ボケたイチローだけだよ」


 最初にあの人を焚きつけて侵略を始めさせたのは、貴女でしょう?


「そうだよ?」


 帝国が人身売買を始めた原因も、貴女でしょう!?


「支払いに困っていたから、仲介業者も紹介してあげたよ」


 目の前の美少女が「えっへん」と胸を張った。


 美少女の皮を被った別の何かが、笑っている。


 皇帝が間違った対応をしていたなら、説得するべきだったんじゃないのか?


 この人は、あえて火種を残したんじゃないのか?


 何で、皇帝に「このままじゃ危険だ」って言わなかったんですか?


 警告してあげなかったんですか!?


「そんなのウチのサービスじゃないし。帝国の長であるイチローの頭が腐って『戦争しな~い』なんて甘えたことを言いだした以上、戦争を煽っている泥縄商事(ウチ)としては困るでしょ? 兵器、バンバン売りたいでしょ?」


 仕事だとしても、そんな、筋の通ってないこと……。


「でも楽しいじゃん」


 は?


「世界の大半を支配した帝国が崩壊して、群雄割拠の混沌とした世界になった方が楽しいよ? 皆が強力な兵器を欲しがって、ウチの販路拡大もできるよ?」


 何を言ってんだよコイツ。


 宮殿で見た光景を忘れたんですか?


 皇帝のお孫さんが楽しそうに遊んでいた。平和な光景だった。


 皇帝は平和への道を歩むため、決断したのに……。


「あ、そこも抜かりないよ。ゴレオン社長……もとい、ゴレオン君達に命令して皇帝の孫を誘拐させたから」


 誘拐?


 えっ、イチロー1世の孫を……誘拐?


「帝国お得意の人身売買だよ~。昔の帝国はねぇ、そこらの女子供をガンガンさらって、ガンガン子供を作らせて、ガンガン売ってきたんだから……いまさら1人売り飛ばされたところで文句を言えなくな~い? 因果応報ってヤツだよ」


 相手は子供ですよ。


「子供だね。皇帝の孫って付加価値があるから高値で売れるよぅ! あーあ、もっと作っておいてくれたら良かったのにネ」


 社長には、人の心がないんですか?


 本当に人間なんですか?


「それって重要? てか、イチローだって若かりし頃は滅ぼした国の王子を売り飛ばしてたんだよ? そして、滅ぼした国の王様の前で女王様を使って遊んだりさぁ、結構ヤることやってたんだよ~?」


 あ……あなたは、卑怯者だ。


 自分の命を賭けず、人の命を弄んでいる。


 第三者として戦争を煽り、好き放題している卑怯者だ!


「うん、そうだよ? それが仕事だからネ」


 い、今からでも、皇帝のお孫さんを返して――。


「子供は反帝国勢力に売っちゃった! 孫が拷問&処刑されたらイチローの目も覚めるかなぁ~? 復讐に燃えるアイツなら、武器を売ってやってもいいかなぁ?」


 こいつは人間じゃない。


 悪魔だ。


 拳銃を抜き、撃つ。


 いや、撃とうとした。


 けど、社長の方が速かった。


「ひぃ! 危ない! 自分のとこの社長を殺そうとするとか正気!? いや、泥縄商事(ウチ)の社員ならやるか! けどキミ如きには殺されてや~んない」


 喋れない。撃たれた。


 血を流しながら地面に倒れると、騒ぎを聞きつけた人達がやってきた。


 社長はその人達と片言でコミュニケーションを取り、手に持っていた拳銃を手渡した。そして、僕を試射用のマトとして使い始めた。



「泥縄商事は、あなた達の味方デース。


 対価さえいただければ、強力な武器をどんどん用意シマ~ス。


 戦争するなら、武器はいくらあっても困らないデショ?」






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