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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.5章:バッドカンパニー【新暦1225年】
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過去:侵略事業の成功者




■title:<泥縄商事>の輸送船にて

■from:泥縄商事の平社員


 終わった。


 終わりだ。


 親に言われて参加したセミナーで美少女社長に騙されて契約し、異世界侵略事業に手を染め、現住民の激しい抵抗にあって侵略失敗。


 泥縄商事への多額の負債を何とかするために入社し、馬車馬の如くこき使われる日々を送っていた時、大口の取引先を担当する事になった。


 それはいい。


 そこまではいい。


 前任者が「発狂して働けなくなった」と聞いたので、「いったい、どんな酷い取引先なんだよ」と戦々恐々としていたけど……蓋を開けてみれば全然違った。


 メチャクチャ楽な取引先だった!


 注文が来たら、右から左に流すだけ! 引き継ぎ無しで任されたのはともかく、一度慣れてしまえば安定した業績を上げることが出来た。


 昔から付き合いのある大口の取引先らしく、支払いもしっかりしている。注文もよく来ていた。


『新人。お前かなりツイてるな。ちょっと発狂してその取引先渡せよ』


 そんなジャンプする感覚で発狂なんて出来ませんよ。


『ウチの社員、何の仕事してても突然発狂するから、お前もそのうち発狂するよ』


 そんな馬鹿な。


『お前の前任者も発狂してるだろ?』


 運の良い僕を妬んだ先輩社員のアホくさい冗談を受け流し、オフィスで優雅に珈琲を飲みながら注文に応えるだけで業績を上げる事ができた。


 それだけの楽な取引先だった。楽な仕事だった。


 けど……その大口の取引先から突然、「取引停止」を告げられた。


 今までずっと優良顧客だったのに。兵器関連の取引を一気に止めると言われた。それで稼いでいたのに……! 僕が先方に何か失礼なことをしたんだろうか!? 一気に……一気に営業成績が落ちてしまった!


 大口の取引先とはいえ、泥縄商事にとっては無数にある1つに過ぎない。


 でも、僕にはこれだけしかなかった。上司にメチャクチャ怒られて、「何とか取引停止を撤回してきなさい」と言われてしまった。


 僕は慌てて取引先に向かうための方舟を手配した。


 取引再開の妙案は思いつかなかった。金額や質の面で不満を抱かれていたとしても、僕の裁量で何とかできる話じゃないよ~……!


 僕には無理だ。


 けど、僕の隣にいる人なら出来る。


「…………」


 取引先に向かう方舟の中。


 隣の席に不機嫌そうに座っている社長なら、取引先を説得できる……はずだ。


 説得出来るとしても、ヤバいよなぁ……。大口の取引先との一部取引停止。その説得に社長を同行させてしまっている事実に胃が痛む。


 社長、メチャクチャ怒ってるっぽいし……。


 す、すみません、社長……。


 お忙しい中、僕なんかに付き合っていただいて……。


「いま機嫌が悪いから、1日後に話しかけて」


 ハイ……。


 指示された通り、1日後に話しかけた。


 幸い、社長が不機嫌だった理由は僕じゃないらしい。


「あぁ、取引停止はいつもの事だから。そこまで気にしなくていいよ。なんで停止されたのか把握できていないキミの能力には問題を感じるけど」


 すみません! すみませんっ! すみません……!


「どーせ初回に『担当代わりました~』って挨拶行ったきりなんでしょ?」


 …………。


「あとは注文書が届いたら珈琲を飲みつつ、キーボードをタタタタ……ターンッ! してお仕事終わり? 何もせずに『仕事、楽だわ~』って油断してたでしょ?」


 ごめんなさいごめんなさいっ……!


「……つーか、挨拶ちゃんと行った? 初回すら行ってない?」


 …………。


「あー、そう。そっかぁ……! そりゃ何も理解できてないよねぇ!」


 すみません……! 遠方だったので、方舟を手配して行くの勿体ないと思ってしまって……! あ、挨拶……一度も行ってません。


「あっそ。これに懲りたら、取引先に顔出しな? 出張して情報収集がてら接待してもらったり、逆に接待したりしてきたな~? 諸々の金は必要経費だから」


 セミナーで初めて見た時のニコニコ美少女ぶりが嘘のように不機嫌な社長に謝り倒す。……というか、実際はかなり高齢らしいから「少女」じゃないんだよなぁ。


 今回の損失は内臓売ってでも補填します――と言ったけど、冷たい目つきで見られながら「キミの内臓はもう売り物にならないよ」と返されてしまった。


「キミの仕事内容はともかく……。私が不機嫌なのは第二営業部長に本社艦隊の増築と、難民受け入れを押し切られた事が原因っ! キミの所為じゃないよ。クッソ不機嫌でゴメンねぇ~!?」


 い、いえ……。


「キミが一部取引停止を言い渡された取引先はさー。私がテキトーに捕まえたニートを異世界侵略事業者に仕立て上げたとこなの」


 えっ、ニートを?


「そこそこの付き合いになるねぇ。といっても50年程度だけどさ」


 そ、そうだったんですか……!


 その辺の事情も知らなかった。


 取引先のこと、そこまで調べてなかった。


 前任者が発狂して引き継ぎ無しだったし……営業部の誰も何も教えてくれなかったから――という言い訳が出かけたものの、さすがに飲み込む。


「ちなみに何で取引停止されたと思う? あくまで一部取引だけど」


 いま向かっている国……シナジエイト帝国のイチロー1世との取引ですか?


「他にないでしょ」


 ぼ、僕が怠慢だったから……。


「違う。キミは確かに怠慢だったけど、イチローは気にしてないよ。彼、最初は文句ばかり言ってたけど、事業が軌道に乗ってからは『泥縄商事にはお世話になりっぱなしで~』とウチに恩義を感じまくってたからね。つーか。いまでも犯罪組織(あたしたち)の事を信じているだろうね~」


 社長は「犯罪組織を信じるとかアホだね」と言い、鼻で笑った。


「イチローの臣下達はともかく、イチロー本人は気にしてないと思うよ」


 では……他社に仕事を取られたのでしょうか?


 イチロー1世は社長と泥縄商事に恩義を感じている。


 その恩義があるから取引全面停止ではなく、あくまで一部停止して……しばらくはチマチマと取引してくれるつもりとか……?


「確かに最近、他所に仕事を取られてるね」


 泥縄商事は多次元世界でも指折りの闇商事だ。


 でも、多次元世界は広く、泥縄商事以外にも泥縄商事のような商売をしている者達はいる。商売敵は存在する。


 違法な武器取引で泥縄商事は最大手だが、商売敵は確かに存在する。どこも泥縄商事ほど手広くやっていないから、規模は一桁以上違うけど……。


 それでも商売敵がいる以上、他所に仕事を取られた可能性を考えていたけど、社長は「今回は違うと思うよ」と教えてくれた。


「取引記録を見たけど、シナジエイト帝国との取引で納期遅れは発生していないでしょ? 他所の取引では納期遅れで他所に仕事を取られる事が増えてるけど」


 泥縄商事では今、工場や資源採掘場やキャンプがよく襲撃されている。


 その所為で商品が手配出来ない事態が多発している。


 そこを他所の商売敵につけ込まれているけど、幸運にもシナジエイト帝国との取引は一切納期遅れが発生していない。質も前と変わらないはずだ。


 イチロー1世との取引は……一応、キッチリやっていたつもりです。


「キッチリなのか自信ないのかハッキリしてよ」


 や、でも、ホントに納期遅れとかは出てないんですよ。


 それでも取引停止ってことは、向こうは別の会社との取引に乗り換えるつもりなんじゃないかなぁ……と思っちゃって。


「違うと思うよ。シナジエイト帝国がある世界の情勢をチェックしてみ」


 社長に促され、慌てて端末を開く。


 調べていると、帝国と帝国がいる世界の情勢がわかってきた。


 シナジエイト帝国、最近は戦争してませんね……?


「イチローは結構頑張ったからね~。ウチが武器を売ってやったおかげで、侵略は80%完了。占領地域の統治で手を焼き続けているけど、あの世界ではもうシナジエイト帝国に対抗できる国家は存在しない」


 交国などの巨大軍事国家と比較すると、シナジエイト帝国は弱い。


 所詮、1つの世界にしか領地を持たない国家だ。


 だが、その世界にとっては覇権国家だ。


 遠からず、世界の完全統一ぐらいは出来そうに見えるけど……。


「でも、イチローはここ数年、大きな戦争はやってない。小競り合いや占領地の抵抗勢力とやり合うことはあるけど、侵略戦争はもう起こしていない」


 戦争をしなくなったから、泥縄商事の兵器が不要になった……?


 だから、一部取引停止と言いだしたのでしょうか……?


「30%ぐらい正解かな。戦争しなくても兵器は必要だけど、イチローは戦争に対する『やる気』を失っちゃったんだろうねぇ」


 社長はそう呟いた。


 不機嫌そうな呟きではなく、寂しそうな呟きだった。





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