過去:無間地獄
■title:<泥縄商事>本社艦隊にて
■from:泥縄商事・清掃部・派遣社員
「社長ーーーーッ! 認知してぇーーーーッ!!」
「何が認知だ! アホアホ第二営業部長!!」
「じゃあ死ね!!」
標的が――泥縄商事の社長が逃げている。
泥縄商事の第二営業部長と、その部下達に追われているようだ。
双方の動きを見つつ、特に社長の動きをよく観察しておく。
身体能力、身体強度共に常人並み。
ただし、社長だけあって泥縄商事・本社艦隊の構造を熟知している。優れた身体能力を持っていなくても、土地勘によって追跡を撒いていく。
今回は8番艦の第3エレベーターに逃げ込んで10番艦に逃げたと見せかけて、点検口経由で秘密区画に逃げ込んだようだ。
第二営業部長達はそれに気づかず、10番艦方面でウロウロしている様子。殺そうとしていた社長が見つからず地団駄を踏み、清掃部の部長にも協力要請を出し始めたようだ。
端末を見ると、清掃部の部長から――今の上司から「社長を見つけ出して殺せ」という指示が届いていた。
金で動かされているのだろう。社内で人殺しが横行している時点でどうかしているが、これが泥縄商事の日常らしい。
清掃部長の連絡を無視しつつ、こっそりと社長の追跡を続行する。
社長は追跡を撒いたと考えたのか、秘密区画内でくつろいでいる。ここは、本社艦隊の方舟が連結した際に出来た隙間に無理矢理作った部屋のようだ。
社長の隠れ家の1つらしく、私物が乱雑に置かれている。
社長は僕に気づいた様子もなく、備蓄している菓子を食べつつ、ソファでくつろぎ始めた。先程まで命を狙われていた人間とは思えない。
「まったくも~……。あの女、職権乱用しすぎだよ。どう懲らしめてやろう」
現在、泥縄商事では2つの騒動が起きている。
1つは<エデン>等の組織による泥縄商事施設襲撃事件。会社の工場やテロリスト養成キャンプが襲撃され、損害を受けている。
2つ目は社長と第二営業部長の仲違い。社長が第二営業部長の逆鱗に触れ、一方的に殺されそうになっているらしい。
きっかけは第二営業部長が「保護」し、少年兵に仕立て上げようとしていた子供達を社長が「元の世界に返してきなさい」と言った事らしい。
第二営業部長は社長命令に従わず、頑なに子供達を手元に置き続けた。歪んだ愛情を注ぎ続けていた。
それだけなら「いつもの事」らしいが、問題はその後に起こった。
第二営業部長が「保護」していた難民が数人、殺害されたらしい。
人事部の捜査により、下手人は社長とされ、第二営業部長は怒り狂った。社長への報復を開始し、部下も動員して社長を狙い続けている。
殺して殺して殺しまくって、「保護」の了承を得ようとしているらしい。
第二営業部長に協力を要請された清掃部長も乗り気で、清掃部に派遣社員として入っている僕にも「社長を殺してこい」という命令が来ている。
…………。
今なら殺せる。
社長はこちらに気づかず、くつろいでいる。
スナック菓子の油で汚れた指で、ゲーム機で遊ぶのに夢中だ。
殺せるけど……いま直ぐ殺す必要は無いだろう。
観察が必要だ。
派遣社員として泥縄商事に潜り込んで以降、僕はこの社長を調べ続けている。
この人は、とても興味深い観察対象だ。
泥縄商事社長のパンドラ――通称、「ドーラ」は不死身の怪物だ。人の形をしており、身体能力は見た目相応。だが、殺されても翌日には復活してくる不死者だ。
僕も本社艦隊内の事故に見せかけて、殺した事もある。社長は本社内を走る運送車に押しつぶされ、壁の染みになって死んでいた。だが、復活した。
今まで何人も殺してきた僕だけど、こいつは……殺せる気がしない。
殺せるけど殺せない。……そんな標的なんて初めてだ。
社長がおかしいのは能力だけではない。人間としてもおかしい。
泥縄商事の代表としてキッチリ仕事をしていたかと思えば、愉快犯のような行動をして社員の妨害をする。ろくでもない新規取引先を連れてきて、社員を困らせている。その所為で多くの社員に疎まれている。
特に各部署の代表者の鬱憤は山の如く膨れ上がっているらしく、毎日のように誰かしらが社長を殺そうとしている。何人もの暗殺者が放たれてきたようだ。
社長は復活する。
しかし、死ねば翌日まで死んでいる。
繁忙期は各部署の代表者達が共謀し、「社長黙殺作戦」が決行されているらしい。死人に口なし。不死者とはいえ、死んでいる間は邪魔されない。
社長はそんな状況を楽しんでいるらしく、死んでも死んでもケロリとしている。自分に差し向けられる暗殺者の追跡を、鬼ごっこ感覚で楽しんでいる。
社長は「殺し方」も人事考課に含めているらしく、自分を面白い殺し方をしてきた相手を昇進させる事もあるようだ。
そのため、昇進目的で社長を狙う社員もいるらしい。
死んでも死んでも復活する社長がいる影響か、泥縄商事の治安は最悪だ。「殺人」へのハードルが社長の殺害で下がっているらしく、社員同士の殺し合いも珍しくない。
彼らは正気を失っている。
異常な環境に置かれている事で、おかしくなっている。
おかしいのが日常と化している。
僕は清掃部の派遣社員として、その手の殺し合いで生まれた死体の処理を担当した事もある。ただ……よくよく観察すると手の抜き方もわかってきたから、死体処理は適当にやっている。
泥縄商事ほど悪い環境は、今まで見た事がない。
さっさとここでの仕事を終わらせてしまいたいが……終わるのはもう少し先だ。それに……標的である泥縄商事の社長を「殺せませんでした」と報告するのは、暗殺者の沽券に関わる話だ。
よく観察して、何とか……殺す方法を見つけ出したい。
■title:<泥縄商事>本社艦隊にて
■from:泥縄商事・清掃部・派遣社員
『アンタの所為よ!! アンタの所為で私が疑われているのよ死になさい!!』
「ちょっとぉ……! 艦内で機兵を暴れさせるのはルール違反だよねぇ!?」
今日も社長が追われている。
今日は第二営業部と清掃部以外にも追われている。
艦内の牢屋から脱走した商品企画部長も、社長を追っているらしい。
商品企画部長は情報漏洩の罪で拘束されているが、本人は冤罪を主張している。さらに「こうなったの全部社長の所為だ!」と言い、社長を追っているようだ。
錯乱した商品企画部長に追われる社長は焦った様子に見えるが……よくよく見ると、口元はニヤけている。この鬼ごっこも楽しんでいるようだ。
不死の怪物とはいえ、痛覚があるのは間違いない。
傷を負えば痛みを感じている。……僕も清掃部による社長の拷問をこっそり行ってみたけど、あの痛がりようは演技だとは思えなかった。
社長は強くない。むしろ弱い。
けど……弱点がわからない。
社長は弱点だらけだ。少女のような身体は脆弱で、弾丸一発で殺せる。
力も戦闘能力も大して高くない。
優れているのは「死んでも復活する」の一点のみ。
でも、完全に殺し切れるだけの弱点はわからない。
死が怖くないとしても、命を狙われるのは苦痛ではないんですか?
そう問いかけると、彼女は笑って答えてくれた。
『刺激が欲しいんだよね! 刺激が。長生きしすぎると色んなものに鈍感になっちゃうから、死によって生の喜びを思い出してんの~』
そう言いつつ、ブレンドされた神経毒を恍惚とした表情で注射してもらっていた。その後、身体中の穴という穴から血を出して死んでいた。
泥縄商事の社長は、実際に長生きらしい。
毎日のように死んでいるが、1000年以上前から「泥縄商事の社長」は存在し続けている。単なる不死ではなく、不老でもあるらしい。
社長という身分を継いでいるだけの別人の可能性も考えたけど、どこの写真・映像にも本人としか思えない人物が写っていた。
ずっと昔から少女の姿をしており、ずっと昔から生と死を繰り返している。
社長を疎んじている敵は内外に沢山いる。死んだところで復活するから、殺害以外の方法で彼女を無力化しようとする敵も多くいたようだ。
拘束、監禁、封印、人質、取引。多種多様な手段が用いられたが、「効果的」と言えるものはなかったようだ。
監禁・封印という手段は1日と持たなかった。
翌日には本社艦隊内でくつろいでおり、監禁場所も封印場所も最初から社長などいなかったように、もぬけの殻になっていたらしい。
薬物で昏倒させ、生命維持装置で無理矢理生かして無力化する手段がとられた事もあるようだが、結果は似たようなものだった。
どの手段も自殺対策は完璧だった……はずだ。
泥縄商事の社長は簡単に死ぬが、簡単には止められない。
死と復活を止められないなら、洗脳はどうか?
そう考えて実行に移した者もいたらしい。
洗脳はある程度成功した。
洗脳完了後の社長は、折り目正しい美少女になっていた。今までの狂人ぶりが嘘だったかのようにまともな経営者になっていたそうだ。
しかし、一度死ぬと「正気」に戻った。
直ぐに元通りの頭のおかしい少女が戻ってきたらしい。
復活能力を除けば、身体構造は常人並み。だが、精神は常人とは言いがたい。彼女は異常者であり、形状記憶合金のような自我を持っている。
洗脳に関しては、僕も試した事がある。
商品企画部長が身体能力を劇的に向上させる薬を開発し、社長に使おうとしていたため、僕の方でも細工をさせてもらった。
社長の精神が薬で変質してしまえば、今よりは無害になるのではないか、と考えた。獣並みの知性しかない不死者なら、弱体化出来ると考えた。
だが無駄だった。
彼女は本社艦隊内で暴れ回り、最終的に人事部長と相討ちになって死亡した。翌日、元通りの狂人が戻ってきた。
泥縄商事の要は社長だ。
だから、何とか殺害――いや、滅ぼしたかったんだが……方法が見つからない。
この化け物は、どうすれば止める事が出来るんだ?
そもそも、この復活能力はどうやって機能している?
神器や権能によるものじゃない。力の原理がわからない。
何とか解き明かさないと、殺せない。
■title:<泥縄商事>本社艦隊にて
■from:泥縄商事・清掃部・派遣社員
わかった。
わかった。
わかってしまった。
理解してしまった。
泥縄商事の社長を密かに捕獲し、解剖を行った。
解剖結果も含め、調査結果をまとめた。
結論。僕には泥縄商事の社長は殺せない。
暗殺者として非常に歯痒い結果だが、「アイツは殺せません」と報告しなきゃいけない。悔しいが、事実だから仕方ない。
殺すことは不可能じゃない。
多くの人間が、実際に殺害に成功している。
だが、意味がないんだ。
あの女を「復活」させないことは、おそらく誰でもできる。
でも、意味がないんだ。
そもそも、泥縄商事の社長の異能は復活じゃない。
だから、洗脳による無力化に失敗したんだ。
彼女には悪いけど、泥縄商事の社長を殺すのは諦めよう。
これ以上深入りすると、「契約」を結ばされる危険性もある。
泥縄商事で「契約」は行ってはならない。
魂を捧げる契約をしたが最後、こちらが破滅してしまう。
泥縄商事社長の異能と、今後の方針提案をまとめたレポートを書き上げる。
それを連絡員に渡し、彼女に――総長に届けてもらう。
「ズワルトピート。アンタでも泥縄商事の社長は殺せないのか」
……今は潜入中だ。コードネームで呼ぶな。
ともかく、泥縄商事の社長を殺すのは不可能だ。
だが、泥縄商事は殺せるはずだ。
総長にそう伝えてくれ。
「作戦を続行するんだな?」
それは彼女次第だ。




