過去:人でなしの無尽機
■title:<泥縄商事>本社艦隊にて
■from:泥縄商事・人事部長
「あたし、昔は【楽士】ってプレイヤーだったんだ~!」
ぷれい……? 楽器の演奏を生業にしていた、という事だろうか?
そう問うと、社長は「実際、楽器片手に面白おかしくやってたけどさー」と言ったものの、生業と言えるほどのものではなかったらしい。
「昔のあたしは予言の書による未来推測できたから、投機で儲けてたの。楽器の演奏は趣味だよ、趣味」
言葉は理解できるが、何を言っているのかイマイチわからない。
所詮、酔っ払いの戯言ということか……。
「でもさぁ、他のプレイヤー達が談合して源の魔神を謀殺したの! 私は源の魔神ありきのカンペしか持ってなかったから、そこから先の未来が視えなくなって~……遊ぶ金が全然手に入らなくなったのだ」
何故、いまここで源の魔神の名前が出てくる。
「困っていたら~……あれよあれよといううちに人類連盟で行われていた人体実験に参加させられちゃったの! そこで不死身になった。ちゃんちゃん。おわり」
よくわからない与太話はともかく、気になる点はあった。
酔っ払いの言葉だとしても、いくらか真実が混ざっているはずだ。
上手く汲み取っていくしかない。
……どんな人体実験に参加したのですか?
「おっ、興味あんの?」
それはもちろん。
察するに、社長が不死身なのはその人体実験の影響ですよね?
常人を不死身にできるなら、それは泥縄商事の新しい主力商品になります。
人類連盟が行っていた人体実験というのも、気になります。
「なるほどね~。でもまぁ、ウチで新しい不死者を作るのはムリかなぁ~?」
その実験は、それほど優秀な技術者が主導していたのですか?
「うん。あの実験は<メフィストフェレス>博士が主導してたのだ!」
■title:<泥縄商事>本社艦隊にて
■from:泥縄商事社長のドーラ
「メフィストフェレス博士……?」
知らんか~。最近の若い子はメフィストフェレスなんて。
そう言うと、第一営業部長が呆れ顔で「若い子じゃなくても知りませんよ」と突っ込んでくれた。実際その通りだけどネ。
「いえ、社内の資料で名前を見たことはあります。確か……発明の天才とか」
天才……天才ねぇ。
まあ、天才と言っても過言じゃないか。
あたしは怪物だと思うけどネ。あるいは機械仕掛けの神だ。
メフィストフェレスは人類連盟の設立に携わった人物だ。
出来たばかりの頃の人類連盟は、今とは別の意味でハリボテ組織だった。人類同士で争う国家を止められるだけの力が無かった。
それでもメフィストフェレスはプレーローマに対抗するため……人類を守るため……人類をまとめ上げるための組織として<人類連盟>を作った。
あの人は、人類の未来を本気で案じていた。
「人類連盟の設立に携わった、というのは初耳です」
じゃあ、これも知らないかな?
メフィストフェレスは「人類は既存の軍隊を全て解体し、兵器も兵士も全て手放す」「しかるのち、人類軍として再編成すべき」と提唱したんだ。
この話、どう思う?
「狂人の発想かと」
だよね。
対プレーローマを考えたら、メッフィーの考えは正しいよ。
人類の総力を結集して、1つの軍隊を作った方が勝率は高まる。統率仕切れるのかって問題はあるけど、皆が好き勝手に動いている状況は改善する。
当時は泥縄商事みたいのが争いを煽る必要もなく、人類同士でやり合ってたからね~。まあ、今だってウチがいなくても大して変わらないけどさ。
メッフィーは急進的な考えを持っていた。
人類のためを考えるなら、既存軍隊解体と再編成を進めるのが一番だと考えていた。けど、人類はそれが出来るほど合理的じゃなかった!
「むしろ、博士の仰る事の方が非合理だと思いますけどね」
ふむ?
「だって、そうでしょう? 各国が自国のために保有している軍隊を全て手放し、他者に全て委ねるという事でしょう? 人間として最低限の理性が働けば、他人に全てを委ねるのは『危険』と判断する方が正常です。合理的判断かと」
あー、そりゃあ確かにね。
けど、人類同士でいがみ合っているうちに、プレーローマに滅ぼされるよりはマシでしょ? 揉めている場合じゃないもん。
「それは確かにそうですが、そこまで徹底できないでしょう」
うん。確かに実際、徹底は出来なかった。
メッフィーが「人類存続のためには総力を結集するべき」と説いても、理解してくれる人は少なかった。
「実現もしなかった?」
いや、もう一歩のところまでは行ったんだよ。
メッフィーはゴネる人類にキレて、平和的な強硬手段に出た。
メフィストフェレスは発明家だ。それも、多次元世界史を変えるほどの発明ができる。発明を使って、人類を「説得」し始めたんだ。
例えば、プレーローマでも導入されている「流体装甲技術」はメッフィーが作ったものだ。あれは画期的な技術だった。
それ以外にも様々な先進的な発明をして、「これが欲しければ人類連盟に協力してくださ~い」と言いだしたんだよ。
自分に逆らう人類勢力に対して――。
「既存の軍隊は解体し、人類軍として再編成するように……と?」
そう。
ただし、メッフィー側も譲歩して段階的な解体と再編成になったけどね。
「その提案を呑まない場合、技術革新で大きく遅れてしまう。だから……多くの人類国家がそれに乗らざるを得なかったという事ですか?」
そうそう。
メフィストフェレスは、発明品という果実で人類を誘惑した。
人類のためを想って誘惑した。
発明品を売って作った財源で自前の軍隊を作り、発明品で人類との交渉を進めた。皆を強制的に一致団結させようとしたんだ。
それが出来るだけの傑物だったんだ。メフィストフェレスは。
「しかし……メフィストフェレスの野望は成就してませんよね?」
残念ながらね。
傑物過ぎて色んな勢力に追い込まれ、死んじゃったんだ。
メッフィーをそう紹介すると、第一営業部長が言葉を継いでくれた。
「で、そんなメフィストフェレスの作品がウチの社長だ」
「不死身の怪物というのは大した発明品ですね。魅力的です。<無尽機>」
えっ!! あたしいま口説かれてる!?
「無尽機、という発明品を褒めているだけです。社長は顔は良いのですが、中身がドブカスなので魅力を感じません」
めっちゃ貶されてる!!
これ訴えたら勝てるんじゃないかなぁ……。
「人類連盟に追われている犯罪者が、どこの法廷に訴え出るんですか?」
チクショー!
「しかし、メフィストフェレス博士は……何故、社長なんかを無尽機に?」
さあ? プレイヤーの身体が使い勝手良かったんじゃないの~?
博士は「死なない兵士」を欲しがったんだ。
「対プレーローマのために?」
そう。どれだけ訓練を積んで立派な兵士になったところで、死ねば終わり。
でも、何度も生き返るなら「死」すら糧となる。
死という失敗を、次の生で活かせる。無限に成長し続ける不死身の兵士を作るために<無尽機>計画が始動し、あたしが生まれたってワケ!
「社長以外の無尽機は――」
実験が成功したのは、あたしだけだよん。唯一の成功例!
無尽機の親機量産計画はあったんだけど――。
「量産する前に博士が殺されてしまったわけですか。だから、社長なんかが最初で最後の無尽機になってしまったのですね」
ムキー! 社長『なんか』ってなにさ!
人事部長の言葉にプリプリ怒っていると、第一営業部長が「実際、その通りでしょうに」と言ってきた。
「もっとまともで、正義感のある奴が成功例になってくれれば……人類の対プレーローマ戦争はもっと楽になっていただろうからなぁ」
「正義感があっても、仕事が出来るとは限らないのでは? 不死身というのは裏を返せば『死にたくても死ねない』という事です。死んでも死ねない日々で心を病み、廃人になって使い物にならなくなるのでは?」
「あー…………。まあ、それは…………」
「そもそも、成功例が1人では足りないでしょう」
「…………」
…………。
「戦争に勝つには『不死身の兵士』では足りない。『不死身の軍隊』が必要です。不死身の個人で戦争に勝てるはずがない」
それはそう。
ただ死なないだけの兵士なら、いくらでも対策は打てるからネ。
でもでも、あたしだって無尽機としての力、メッチャ活用してるよ!!
「例えば?」
メチャクチャ遠くに出張しても、出張先で自殺したら24時間以内に本社艦隊まで戻ってこれる。これ、有効活用してると思わな~い?
「であれば、社長の交通費は片道で見積もればいいんですね」
あ。
「今度から毎回、死んで戻ってきてください。経費で落とすのは片道だけです」
ゲェー!! しまった!!
出張にかこつけて、色々遊んでくる計画が全部パァじゃん!!
「社長が不死身になった経緯は、一応わかりました。どういう原理で蘇生しているかはわかりませんが……社長自身はそれを理解しているのですか?」
知らな~い。
天才発明家の発明品の仕組みなんて、わからんよ。
実際、流体装甲ですら未だに原理解明できてないっしょ?
それと同じ。実際に動くし作れるけど、原理は理解できないのだ。
「ブラックボックス化しているのですか……」
そうそう。
「しかし、現物は社長にある。原理を調べる実験は出来るでしょう?」
調べてどうすんの?
「泥縄商事の新商品にしましょう。不死身の兵士が大量にいたら、どこの勢力も欲しがるはずですよ」
売れるだろうけど、原理解明は無理かなぁ~。
あたし、プレーローマに何度か解剖されているけど、プレーローマの技術者だって「こんなのわかるか!!」って匙を投げたんだよ?
「それほどですか」
あたしはそれほどスゴいのだ!
「凄いのはメフィストフェレス博士ですね。それほどの人物を亡くしたというのは……人類史にとっての痛手ですね」
どうかなぁ。
あの人、マジでヤバい人だったし……死んで良かったのかもよ。
生きていたら調子づく奴らもいたし……。
「何か言いましたか?」
いやいや、なんでもないよん。
ま、ともかく、無尽機はそういう経緯で生まれたワケ!
社内クーデターを起こす参考になりそう?
「いえ、まったく。結局、社長の弱点は不明ですからね」
弱点……。弱点ねぇ。
まあ、メッフィーを捕まえてきたら余裕で勝てるよ?
メッフィーはあたしに安全装置を搭載したから、あたしはメッフィーの命令に逆らえない。死ねって言われれば死んじゃうのだ!
「死んだところで復活するんですよね?」
うん。
「一度死んだら『死ね』という命令はリセットされるんですか? それとも、生き返ったら即自殺してしまうんですか?」
あぁ、リセットされるよ。当然。
■title:<泥縄商事>本社艦隊にて
■from:泥縄商事・人事部長
「あぁ、リセットされるよ。当然」
なるほど。
つまり、社長を滅ぼすのはほぼ不可能か。
社長を社長の座から蹴落とすのは難しい。
泥縄商事を手に入れるには……あの方法しかないか。
参考になりました。ありがとうございます、社長。
「面白いクーデターを起こしてくれる!?」
検討しておきます。
今は、泥縄商事社員としての仕事に集中します。
いずれ泥縄商事を手に入れるなら、会社を大きくした方が得でしょう?
「ふふっ……。楽しみにしてるね? キミの挑戦」




