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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.5章:バッドカンパニー【新暦1225年】
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過去:彼らは何故、■ったか



■title:<泥縄商事>本社艦隊にて

■from:泥縄商事・人事部長


 酷い悪臭がする。


 本社艦隊のどこに行っても、血の臭いがする。


 本社艦隊は混沌の海を移動し続ける方舟。空調に問題がある場所もあるので、臭いがこもっている所も少なくない。


 ただ、今日は特に酷い。どうやら誰かが(・・・)一騒動起こしたらしい。社長か商品開発部辺りが余計な事をやらかしたのだろう。


 実際、何をしたのか知らないし、興味もないが――。


「じ、人事部長……! 助けてください……」


 清掃部の人間が「人員を増やしてください」と言ってきたので、「その辺にいる暇人を好きに使え」と告げておく。


 艦内の清掃作業は1日で終わる量ではなかったが、幸い、1日の業務が終わる頃には本社艦隊中央部の商業区の清掃は終わっていた。


 無駄に大きな本社艦隊には多数の社員が暮らしているため、福利厚生と搾取のために商業区が設けられている。昔は無かったらしいが、職場しかなかった本社艦隊で「娯楽の場を作れ!」という暴動が起き、商業区が誕生したらしい。


 騒がしいのは好きではないが、商業区のバーの雰囲気は気に入っている。仕事上がりによく1人で呑んでいるのだが、今日はあそこで人と会う約束をしている。


 血臭が漂う中で呑まずに済んで良かった――と思いつつ、バーを訪れる。そして、呑む約束をしていた相手に「どうも、第一営業部長」と声をかけた。


「やあ、人事部長。昨日は大変だったようだが、頭は(・・)大丈夫かな(・・・・・)?」


 大変?


 何のことですか?


 それより、第一営業部長に聞きたい事があるのです。


「前の人事部長と同じく、単刀直入だね。まずは一杯飲みつつ、雑談を挟もうとは思わないのかな?」


 貴方と私は初対面ではないでしょう?


 第一営業部長。


 貴方はかつて、社内クーデターを起こしたそうですね。


 それによって泥縄商事を乗っ取ろうとした。


「……古い話を知っているね。失敗したクーデターを肴に話したいのかい?」


 何故、失敗したのですか?


 第一営業部長は、泥縄商事で社長に次ぐ古株の社員だ。


 社内で足の引っ張り合いが盛んな泥縄商事で、長く重要なポストに座り続けているのは、この人が確かな実力者の証明だ。


 時には社長の事も手玉に取り、上手く事を進めている第一営業部長の起こしたクーデター。それが「失敗した」というのが信じられない。


 だから僕は問いかけた。


 何故、貴方のクーデターは失敗したのですか――と。


「絶対に成功しない計画だから、失敗したんだよ」


 貴方の計画が、そんな簡単に失敗するとは思えない。


 一体、何があったんですか?


 あの社長(アホ)にあなたの計画を止められるはずがない。


「惨めになるから、社長と比べないでくれ。……社長に反旗を翻した人間は、俺以外にも大勢いた。だが、誰も彼女に勝てなかった。それはつまり『社長の方が優秀だった』という事だ」


 そうは思えない。社長は優れた経営者ではない。


 ただ、「不死身」という長所を持っているだけですよ。


「しかし、実際に誰もあの人から社長の座を奪えていない。その事実こそが、彼女の優秀さを証明していないか?」


 ウチの社長が、優秀……?


「違うのかい? 『誰も社長の座を奪えていない』の『誰も』にはキミも含まれるはずだ。キミも泥縄商事代表の椅子が欲しいのだろう?」


 貰えるものなら貰いたいですね。


「彼女は優秀な社長だよ。ただ……通常の尺度では測れない存在だ。通常の方法では社長の椅子も奪えないだろうね。真っ当なクーデターじゃ無理だ」


 貴方の時はそうだった。


「その通り」


 ……何かカラクリがあるのでは?


 私はそう問いかけた。


 仮に本当に社長が優秀だったとしても、何か手はあるはずだ。


 第一営業部長のクーデターが失敗した理由がわかれば、それは今後に活かせるはずだ。問題があったなら、それを修正すればいいだけだ。


 失敗の理由を聞いたが、第一営業部長は疲れた笑みを浮かべ、「あまり言いたくないなぁ」とボヤいた。


「それを考えると鬱になる」


 たかが一度の失敗じゃないですか。


 クーデターなんて、またやればいい。貴方は社内クーデターを起こした身でありながら、第一営業部長の椅子に座り続けている。


 社長でも、貴方を閑職に追いやる――いや、会社から追い出す事は出来なかった。社長もわかっているのですよ。貴方を追い出せば、泥縄商事が立ちゆかなくなるという事を。


 社長も無敵の存在じゃない。


 彼女は、「ただ不死身なだけ」の人間だ。


「社長は社内クーデターを歓迎しているだけだよ。俺の事なんて恐れていない」


 その辺の真偽はどうでもいい。


 とにかく、失敗した理由を知りたい。


 今日は何でも奢るので教えてください――と言うと、第一営業部長はバーテンダーに「いつものバーボン」と注文した。


「俺が失敗した理由を聞いたら、商品企画部の部長みたいになるぞ」


 何故、クーデターの話で商品企画部長の話になったのだろうか?


 そんな疑問を抱いていると、第一営業部長は言葉を続けてきた。


「あの女が、プレーローマから派遣されてきた天使ってことは知ってるな?」


 それはもちろん。


 僕は人事部長だ。


 社員の事なら大抵、把握している。


 経歴だけではなく、交友関係や趣味趣向。私用端末のパスワードも把握している。企画部長が翼を隠していても、天使という事は知っている。


「アイツは元々、プレーローマの生体研究部門にいた才媛だった。だが、神器使いを使った実験で失敗をしてね」


 彼女の過去までは把握できていなかった。


 しかし……神器使いを使った実験ですか。


 間違って、世界でも滅ぼしてしまったのですか?


「滅ぼした。けど、それは実験の一環だ」


 プレーローマの天使達は、人類のことなど虫程度にしか考えていない。


 無数に存在する世界のことも、多少滅びても歯牙にもかけない。ゆえに気安く世界を使った実験も行っている。


「問題は、実験に使っていた神器使いが脱走した事だ。その責任を追及された結果、アイツはプレーローマから追い出されたんだ」


 実験の担当者が、警備責任まで負わされたんですか?


「本人が警備の責任者まで担当していたんだよ。何もかも自分で仕切りたがった結果、<エデン>に実験施設を襲撃され……神器使い達を掻っ攫われたんだ」


 エデン……。


 例の正義の味方ゴッコをしている組織ですか?


「酷い言い方だなぁ。けど、そのゴッコ遊びをしている連中に多くの国家、組織が手を焼かされているのも事実だ。ウチも迷惑しているだろう?」


 確かにその通り。


 エデンは青臭いバカの集まりだが、「神器」という力を持っている。


 神器という力にバカが組み合わさった結果、ウチも被害を受けている。


 そこらの人間を救ったところで、大した得にならないのに……。エデンの連中は本当にバカだ。金勘定が出来ない奴は、僕も苦手だ。


「プレーローマもエデンの所為で……エデンの神器使いの所為で、かなりの被害を受けている。彼女はその責任も追及されたのさ」


 研究者時代の商品企画部長がしくじっていなければ、エデンが神器を使って暴れる事はなかった。そう思うと僕も彼女を責めたくなってきます。


「十分、罰は受けているさ。その罰として彼女はプレーローマから泥縄商事に派遣されてきた。ウチの社長が優秀な研究者を欲しがったから、プレーローマの人間と取引したみたいでね」


 泥縄商事の社員は、ほぼ全員が人類だ。


 プレーローマにとって、泥縄商事も「敵」ではあるのだが……泥縄商事は人類の文明圏を荒らし回っているため、「都合の良い工作員」として重宝されている。


 泥縄商事がプレーローマの依頼を受ける事は、珍しくない。その縁で優秀な研究者を――商品企画部長を回してもらったようだ。


 しかし……プレーローマから泥縄商事なんか(・・・)に派遣とは、商品企画部長も嫌だったでしょう。彼女、人間を見下していますし。


「嫌だっただろうね。だから彼女は何とかプレーローマに戻るために努力した。結果を出し、故郷に戻る切符を掴もうとした」


 …………。


「だが、『真実』を知って発狂(・・)した」


 発狂……?


「自分が仲間に売られたことを知って、狂ってしまったんだ」


 商品企画部長は、発狂しているだろうか?


 そうは見えない。多少、頭がおかしい事もあるが……アレは天使としての価値観によるものだろう。「狂っている」という形容は合わない気がする。


 第一営業部長曰く、「今は正気と狂気の間を反復横跳びしている状態」らしいのだが……僕は彼女が狂気に陥った状態を知らない。


 というか、そもそも……狂うほど(・・・・)の事か(・・・)


 確かに泥縄商事はろくでもない会社だ。


 人死にが絶えないし、本社艦隊では殺人事件が毎日のように起きる。大半の被害者が社長というのは確かにおかしいが、それはいつもの事だ。


 彼女が知った『真実』というのは……どう足掻いてもプレーローマには戻れない、という事ですか?


「それも大きいが、問題はもっと根深い」


 …………。


「俺も『真実』を知って鬱になった。酒やクスリの世話になるようになった。企画部長も、アレで壊れてしまっているんだよ。最近は落ち着いている方だが」


 商品企画部長はともかく、第一営業部長(あなた)も……?


 どういう事だ? この人は天使ではないはずだが……。


 プレーローマ出身か否かは、関係ない真実(はなし)なのか?


前の(・・)人事部長……ああ、これはキミの前任者のことね。彼も発狂してダメになったんだよ。彼も『真実』の被害者だ」


 前任者が狂った話は知っている。


 天使だった、という事も聞いています。


「そう。アイツも天使で……アイツはプレーローマ内の政争に敗れて泥縄商事送りになったんだ」


 政争に敗れた天使とはいえ、優秀な存在だったらしい。


 人事部長としての仕事はそれなり以上にこなしていたらしい。僕は面識がないが、前任者の残してくれた兵員調達システムには助けられている。


「彼は泥縄商事で力をつけ、プレーローマの奴らに復讐しようとしていたが……最終的に発狂した」


 食品加工部門に異動したんですよね?


 そして、挽肉製造機に飛び込んだと聞いていますが。


「あ~……。その通り。それが実際に食堂に並ぶこともあるんだよなぁ」


 妙な話だ。


 商品企画部長と、前任の人事部長は「天使」という共通点がある。


 しかし、商品企画部長と違い、人事部長はプレーローマへの「帰還」ではなく、「復讐」を考えていたようだった。


 そこまでやる気があるのに、何故、狂ってしまったんだ? 第一営業部長も真実とやらを知って鬱になったなら、天使か否かは関係ないようだが……。


 彼らは何故、狂ってしまったんですか?


「知らない方がいい」


 教えてください。


 これは、かなり重要な話のはずだ。


 第一営業部長のクーデターが失敗した理由も絡んでいるのでは?


「…………。そうだ。その通りだ」


 なら、僕は知らなければならない。


 知って、対策を立てなければならない。


 だから第一営業部長を問い詰めたが、部長は曖昧な笑みを浮かべて「とにかく、泥縄商事はおかしいんだ」と呟くだけだった。


 何とか話を聞き出そうとしていると――。


「ねえねえ! 2人で何の話をしてんの?」


「あぁ……噂をすれば、だな」


 社長がやってきた。


 社長は既に酔っている様子で、顔を赤らめている。


 このバーとは別の居酒屋で、しこたま酒を飲んでしまったようだ。


 ねえねえ、と絡んでくる社長に対し、第一営業部長は苦笑しながら「俺がクーデターやって失敗した時の話ですよ」と返した。


 すると、社長はケタケタと笑い、「あぁ~! アレは上手くやったよね!」と返した。そして「そろそろ次のクーデターを起こしてよ」と言った。


「いえいえ……。もう社長には逆らいませんよ」


「うそつけ~! クーデターは起こさないにしても、第一営業部長(キミ)の思想に沿った活動はしてるっしょ?」


「社の利益にも繋がっているんだから、いいじゃないですか」


「ま、それは確かに~。おーい、あたしも第一営業部長と同じのチョーダイ」


 社長は第一営業部長の隣に「ちょこん」と座って注文した後、「最近は骨のあるクーデターがなくてつまらない」と呟いた。


「キミが新しいクーデターを起こしていいんだよ。人事部長」


 起こすとしても、勝ち目のない戦いはやりませんよ――と返した。


 泥縄商事は会社だが、真っ当な会社ではない。


 社長の退任を要求する場はない。社長は死んでも復活するし、寿命がある様子もない。何百年も前から今の姿のまま生き続けているらしい。


 第一営業部長のクーデターも含め、過去に様々な騒動が起きているが……結局、社長から泥縄商事を奪える人間は現れなかった。


 社長の弱点がわかれば、クーデターを起こす気にもなるのですが……。


「弱点かぁ~」


 銀の杭で心臓を刺されたら、死にませんか?


「死ぬ死ぬ。それはさすがに死ぬ」


「死ぬけど、翌日には復活してたよ。俺が試した」


 不老のうえに、死んでも復活する。


 無敵にも程がありませんか?


「そりゃあ、あたしは『ムジンキ』だからねっ!」


 無人機?


「人無しじゃなくて、『尽きること無し』の無尽ね。無尽蔵の無尽」


 初めて聞く情報。初めて聞く単語だ。


 無人機ではなく、<無尽機>か。


 社長から泥縄商事を奪う大きなヒントになるかもしれない。


 そう思い、無尽機について深掘りする事にした。


 相手は酔っている様子なので、全ての話を鵜呑みにはできないが……貴重な機会だ。聞ける話は聞いておこう。




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